紅茶と角砂糖と、それから
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他人にとっては当たり前のように過ぎる毎日のなかの一日に過ぎない。
だけど誰かにとっては特別な一日になる今日は、私にとっても特別で大切な一日になる。
今日一日、沢山の人からお祝いの言葉を貰った本人は私が買ってきたホールケーキを幸せそうな顔で食べている。
カミュ御用達のケーキ屋さんで予約した一番大きいサイズのホールケーキは苺たっぷりのショートケーキと艶々したチョコレートケーキの2つ。
テーブルに並べられたそれを交互に取り分けては口に運ばれていく。
無駄な動作のない綺麗な食べ方は昔から変わらないのだろう。
最初に取り分けてくれた二種類のケーキを食べながら目の前の愛しい人を眺めた。
「……そのように見られてはゆっくり食べることも出来ぬ」
「あ、ごめんごめん。食べている姿も相変わらず美しいなぁと思ってて……」
「ふん、当たり前だ。女王陛下に仕える身、食事の動作も美しく無くてはならない。今更のことであろう」
「今更と言ったらそうなんだけど、歌が上手くて日本語も流暢に話す、馬にも乗れて顔もスタイルもいい。そんな男が目の前に座ってたら褒めたくもなるよ」
食べ終えたフォークをお皿の端に置きティーカップに口をつける。
少し冷めてしまった紅茶はケーキに合うようにカミュが選んで淹れたもの。これはなっちゃんからお勧めで頂いた紅茶のリピート。
紅茶は私が入れるより断然カミュが入れた方が美味しいから基本的にはカミュにお願いするようにしている。
私はティーカップに描かれた模様をなぞりながら淡い赤色の小さな湖を見つめた。
「好きなところ挙げたらキリがないくらい沢山あるんだけどね、あのね一番伝えたいことがあって」
淡い赤色の小さな湖から顔をあげると、あの大きなホールケーキをいつの間にか食べ終わったカミュが次の言葉を待つようにこちらを見つめ返してくる。
いつもと変わらないその眼差しは言葉の音ひとつ溢さずに受け止めてくれるような気がした。
「生まれてきてくれてありがとう。私と出逢ってくれてありがとう」
何週間も前からどう伝えようかと悩んで、手紙で伝えようかなと思って何度も書き直したりもした。でも結局手紙では伝わらないような気がして、それからはずっと何て言おうか考えていた。
私がカミュと出逢ってから今日まで過ごしてきた時間は、別々の人生を歩んできた今までの時間に比べたらまだまだ足りなくて。
だけどこれから二人で紡いでいく時間はカミュが、生きてきた今までの時間がなければ成り立たないものだから……─────────。
「お誕生日おめでとうクリスザード。……愛してるよ」
「全く、なぜ祝われた俺ではなくお前が泣くのだ」
ポロポロと溢れて止まない涙を掬うように拭ってくれるカミュは優しく笑っている。
その顔を見てまた涙が溢れてきた。
こんなにも生まれてきてくれてありがとうと思ったことはカミュに出逢うまでは知らない感情だった。
「俺もお前と出逢えたこと、こうして側にいてくれることにとても感謝している」
「……うんっ」
「穂花、愛している。……俺と出逢ってくれてありがとう」
コツンと額が合わさって目の前がアイスブルーの世界に包まれる。
そっと瞼を閉じると、唇に優しく柔らかいものが触れた。
カミュの首に腕を回し抱き上げられて向かう先は二人だけの夢の世界。
残り僅かになった特別な日を、最愛の人と過ごせることの幸せを噛み締めながら温もりに抱かれて夢の中へと旅立った。