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叶わない恋でも

 
 ……初めからわかっていた。
 どんなに会話をしても、どんなにその瞳に移してもらっても、私にはあの人に入る隙はないって。
 私があの人を想うように、あの人は違う人を想っている。
 
「はっやさか先生!」
「灯月くん、どうしたんですか?」
「今日、調理実習でマフィン作ったからあげるー」
「……ありがとうございます」

 ほらまた、驚いた顔をしてすごく笑うんだ。
 ……あの子の、私の親友の前で。年柄もなく、ただ嬉しそうに。

「あ、凛~!」
「……なんだ?紅葉」
「今ね、速坂先生にもあげたんだけど、調理実習で作ったマフィンあげるっ!」
「ありがとう」
「じゃあ私、生徒会室で書類整理してくるねっ! 凛、また明日!速坂先生もっ!」

 無邪気に笑うあの子。揺れるオレンジ色は目を引く。女の私でさえ、彼女の表裏のない性格や笑顔に可愛いな、なんて思うこともあるぐらいだ。
 手を振ってその場を去ってくと沈黙が流れた。

「手ぇ出して教師クビになればいいのに」
「……物騒なこと言いますねぇ、涼宮くんは」

 苦笑いしながら私の隣に立つこの人を、私が誰よりも見てるのに届かない。
 可愛くない言い方をして、気なんて引けないのに止まらない。
 昔から可愛くない性格だった。
 妙に大人ぶって、周りには敵を作る。そんな私に初めて声をかけてきたのがあの子。……そして、初めて恋したのがこの人だ。
 メガネの奥にある黒い瞳はオレンジをいつまでも見る。
 それがまた悔しくて、悪態が止まらないんだ。

「ロリコンよりマシじゃ?」
「またそういうことを……可愛くないですね」
「……可愛くなったら好きになってくれる?」
「またそんなありえないことを」
「……バレたか」
「……涼宮くんには涼宮くんの良さがあるのに、それを潰すことはないってことです。ね?」

 分かってる。私じゃダメなことも。
 冗談交じりで言っても通じない。でも素直に言うのは怖い。
 自分の臆病さに呆れてしまうほど、私はこの人が好きなのに。
 優しくしないで欲しいのに、この人は優しくするからもっと辛い。
 頭を撫でる手も、笑顔も、私に向けてくるのはただの善意。
 あの子に対する態度とは違うのに、鼓動は止められなかった。

「じゃあ、僕は行きますね。涼宮くんまた明日」
「……うん、また明日」

 触れられた所があつい。
 去っていく背中を見てまた切なさが増す。
 分かっているのに、想う度に、求める度に目が熱を帯びて頬に水が伝った。
 
 ……好き。
 好きです、先生。
 叶わない恋でも、意識されてなくても、あなたのことが。

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