ヴァンドーラ・サーカス団
目の前に眩い光が持ち上がってくる。世界を真っ白に染めてしまいそうな太陽が、ふたりを照らす。
「ねえ、ねえねえジョーカー」キッティは嬉しそうに顔を崩しながら呼びかける。「こんな幸せが、あたしたちに訪れてもいいのかしら」
日の出にうっとりしながら、ジョーカーに絡まりながら、溶けてしまいそうな声でこぼす。年が明けたのだ。陽の光の下で年を越すのは、キッティにははじめてのことだった。
「そうだよキッティ、ぼくたちだって幸福に包まれるときがあっていいのさ」
ジョーカーはそのピエロメイクの上からでもわかるほど、幸せそうな笑みを浮かべている。それがキッティには、なによりも嬉しい。
ふたりは、世間から疎まれる魔女だった。不思議な力を持っていたり、人間とは違う見た目をしている者は、男女問わずそう呼ばれた。キッティは獣と言葉を交わすことができ、また獣のような見た目――と言っても、愛らしい猫に近い外見――をしている。ジョーカーの素顔を見たことがある者はほとんどいないようだが、彼の能力については満場一致の素晴らしさだ。特に浮遊と炎の魔法を得意としており、それはサーカス団で重宝されている。
サーカス団には他にも魔女が多数いる。ふたりともその環境を心地よく感じており、団員とは誰とでも仲良く、家族のように過ごしている――キッティにとっては、ひとりを除いて、という注釈つきだが。
「きゃっ!」キッティの悲鳴が朝日から返ってくる。「じょ、ジョーカー! ヘビだわ、ヘビよ!」
ふたりの足元には、いつの間にかヘビが這い寄ってきていた。それも真っ白のヘビだ。「キッティ大丈夫さ、この子は幸運を運ぶヘビだって言うから」
「そんなこと知らないわ、だってヘビなんだもの! はやくどこかへよけてちょうだい、お願いよジョーカー!」
このままではキッティが走って逃げてしまうか、それとも正気を手放して獣の本能でヘビを切り裂いてしまうか。考えるまでもなく、ジョーカーは彼女を浮遊させることにした。が、直後失敗したと頭を抱える。彼女が言ったのは「ヘビをどこかに消せ」ということであって、「ヘビから遠ざかりたい」ではないのだ。
「ねえ! ねえねえジョーカー!」いつものような甘ったるい猫なで声ではない。「どうしてこんなことするの、あたしイヤよ!」
ジョーカーも冷静に考えればわかることだった。彼女はヘビから逃げたいのではない、ヘビを視界に入れたくないのだ。セルペンテを思い出させるから。
「あの|2ー025《セカンド・トゥーファイブ》みたいな気味の悪い動物はキライなの。あたしが愛するのは獣たちとジョーカーだけよ、ねえ助けてジョーカー」
ジョーカーは抱えていた頭を解放し、それから首を横に振った。「まったくきみの言う通りだよ、ぼくが悪かった」眉を下げながら、手をふわふわ動かし、彼女を宙から降ろしてやる。「でもねキッティ、家族のことをそんなふうに呼ばないでほしいんだ。あの子の名前はセルペンテだ、名前があるんだよ」
「でもあの怪物ったら――。ちょっと待ってジョーカー、今なんって言ったの。あの子? |あの子《ゼイ》って言ったの?」
ジョーカーは驚いた顔を見せてから、もう一度、今度はゆっくりと首を振った。
「そりゃあそうだ、あの子には性別がないんだ。いや、どちらもあると言った方がいいのかな。とにかく、あの子がゼイと呼んでくれって言ったんだ、ぼくはそれに従うだけさ」
「でもあんな人ったらし、あたし好きになれないわ。ねえジョーカー、本当にあの人もヴァンドーラの家族なの? ただの魔女にされてラッキーだったかいぶつ――」
「しーっ」ジョーカーの指先が、キッティの唇に触れる。「それ以上は言わないでくれ、ぼくが悲しいよ」
「ご、ごめんなさい、ジョーカー」
それから、彼は浮遊の魔法を使うのではなく、ゆっくりと近づいていき、その手でヘビに触れようとした。
「ま、待って、怖いわジョーカー。毒があったらどうするの?」
あとずさったキッティは牙をむき、爪を出して威嚇している。頭の上では耳が倒れている。もしかしたら唸り声すら聞こえてくるかもしれない。その姿はまるでトラのようで、しかし迫力はない。きっとジョーカーの隣にいるからだろう。彼のそばにいる限り、キッティは|仔猫《キッティ》のままなのだ。
「大丈夫さ、セルペンテに種類と見分け方を教えてもらったからね」ほらおいで、言いながらジョーカーは手を近づけていき――ようやく腕にその白を絡ませた。「白いヘビは縁起がいいらしいんだ、あの子が言ってた。そんなに威嚇しないで、この子も家族になれるんだ。怖くない、ほらね?」
キッティへと差し出されたヘビは気品を感じさせる動作で首を持ち上げるも、流し目で一瞥し、すぐさまジョーカーの方へ頭を向けた、ようにキッティには見えた。それがなんとも許しがたい。こんなところまであの怪物――セルペンテにそっくりだなんて! キッティは白ヘビと同様に顔をそっぽへ向けた。
「あなたがそうなら、あたしだって――」
言葉が止まったのは、指先に温度を感じたから。見てみればジョーカーの手がキッティの小さな手を包んでいる。その上にはヘビの頭。その子もまた、キッティの温度を確かめているようだった。
「な、なによあなた、それで許されるとでも思ってるの?」ちろちろと覗く舌は真っ赤だ。きっと同じ色の血が流れているのだろうと思うと、どうしても言葉が出てこなくなる。キッティは生来、優しい子だった。「違うわ、あなたがいい子だからじゃない。ジョーカーが言うから、ジョーカーの頼みだからこそ、仲良くしてあげるのよ」
キッティは渋々ながら、その白を受け入れる。腕の周りをくるくるまわりながら、目と鼻の先に顔を持ち上げ、少し下げた。それがどこかの国の挨拶に似ていて、キッティも思わず返そうとしたが、どうしてもヘビにキスをあげる気にはなれなかった。
「ありがとうキッティ」
「どうしてジョーカーがお礼を言うの。あたしはただ、ジョーカーが言うから仲良くしてあげないでもないかなって、そう思っただけよ」
「だからだよ。家族と仲良くしようとしてくれるのは、ぼくにとってもうれしいことだからね」言いながら彼は、ヘビの巻きついていない方のキッティの手に、自分の指を絡める。
「ななな、なに言ってるのよ! あ、あたしセルペンテと仲良くするなんてひとことも言ってないわ!」
「でもぼくが言ったんだ、仲良くしてくれるんだろう? ぼくは知っているよ、きみが思いやりと愛のある子だって」
そんなこと……。キッティは顔を真っ赤にさせながら、言葉を透明にさせていく。指と指の間から、ジョーカーの体温を感じる。ジョーカーの愛を感じる。
「わ、わかったわ、降参よ。あたし、セルペンテとちゃんと話してみるわ」しなしなと俯かせた顔を、ぱっと持ち上げてジョーカーと目を合わせる。「それでもダメだったらジョーカーも諦めてくれるわよね。あたしセルペンテとは合わないと思うわ、哺乳類と爬虫類の違いって大きいもの」
ジョーカーは明るく笑う。「そうだね。でもぼくとセルペンテも哺乳類と爬虫類の違いがある。どうだい、ぼくたちは仲がいいように見えないかい?」
「ジョーカーったら、今日はいちだんといじわるだわ」
絡めあった指はそのままに、ふたりはヴァンドーラへと帰っていく。新しく見つけた家族の白ヘビも一緒だ。きっとセルペンテは彼のことを気に入るだろう。
「ねえ、ねえねえジョーカー」キッティは嬉しそうに顔を崩しながら呼びかける。「こんな幸せが、あたしたちに訪れてもいいのかしら」
日の出にうっとりしながら、ジョーカーに絡まりながら、溶けてしまいそうな声でこぼす。年が明けたのだ。陽の光の下で年を越すのは、キッティにははじめてのことだった。
「そうだよキッティ、ぼくたちだって幸福に包まれるときがあっていいのさ」
ジョーカーはそのピエロメイクの上からでもわかるほど、幸せそうな笑みを浮かべている。それがキッティには、なによりも嬉しい。
ふたりは、世間から疎まれる魔女だった。不思議な力を持っていたり、人間とは違う見た目をしている者は、男女問わずそう呼ばれた。キッティは獣と言葉を交わすことができ、また獣のような見た目――と言っても、愛らしい猫に近い外見――をしている。ジョーカーの素顔を見たことがある者はほとんどいないようだが、彼の能力については満場一致の素晴らしさだ。特に浮遊と炎の魔法を得意としており、それはサーカス団で重宝されている。
サーカス団には他にも魔女が多数いる。ふたりともその環境を心地よく感じており、団員とは誰とでも仲良く、家族のように過ごしている――キッティにとっては、ひとりを除いて、という注釈つきだが。
「きゃっ!」キッティの悲鳴が朝日から返ってくる。「じょ、ジョーカー! ヘビだわ、ヘビよ!」
ふたりの足元には、いつの間にかヘビが這い寄ってきていた。それも真っ白のヘビだ。「キッティ大丈夫さ、この子は幸運を運ぶヘビだって言うから」
「そんなこと知らないわ、だってヘビなんだもの! はやくどこかへよけてちょうだい、お願いよジョーカー!」
このままではキッティが走って逃げてしまうか、それとも正気を手放して獣の本能でヘビを切り裂いてしまうか。考えるまでもなく、ジョーカーは彼女を浮遊させることにした。が、直後失敗したと頭を抱える。彼女が言ったのは「ヘビをどこかに消せ」ということであって、「ヘビから遠ざかりたい」ではないのだ。
「ねえ! ねえねえジョーカー!」いつものような甘ったるい猫なで声ではない。「どうしてこんなことするの、あたしイヤよ!」
ジョーカーも冷静に考えればわかることだった。彼女はヘビから逃げたいのではない、ヘビを視界に入れたくないのだ。セルペンテを思い出させるから。
「あの|2ー025《セカンド・トゥーファイブ》みたいな気味の悪い動物はキライなの。あたしが愛するのは獣たちとジョーカーだけよ、ねえ助けてジョーカー」
ジョーカーは抱えていた頭を解放し、それから首を横に振った。「まったくきみの言う通りだよ、ぼくが悪かった」眉を下げながら、手をふわふわ動かし、彼女を宙から降ろしてやる。「でもねキッティ、家族のことをそんなふうに呼ばないでほしいんだ。あの子の名前はセルペンテだ、名前があるんだよ」
「でもあの怪物ったら――。ちょっと待ってジョーカー、今なんって言ったの。あの子? |あの子《ゼイ》って言ったの?」
ジョーカーは驚いた顔を見せてから、もう一度、今度はゆっくりと首を振った。
「そりゃあそうだ、あの子には性別がないんだ。いや、どちらもあると言った方がいいのかな。とにかく、あの子がゼイと呼んでくれって言ったんだ、ぼくはそれに従うだけさ」
「でもあんな人ったらし、あたし好きになれないわ。ねえジョーカー、本当にあの人もヴァンドーラの家族なの? ただの魔女にされてラッキーだったかいぶつ――」
「しーっ」ジョーカーの指先が、キッティの唇に触れる。「それ以上は言わないでくれ、ぼくが悲しいよ」
「ご、ごめんなさい、ジョーカー」
それから、彼は浮遊の魔法を使うのではなく、ゆっくりと近づいていき、その手でヘビに触れようとした。
「ま、待って、怖いわジョーカー。毒があったらどうするの?」
あとずさったキッティは牙をむき、爪を出して威嚇している。頭の上では耳が倒れている。もしかしたら唸り声すら聞こえてくるかもしれない。その姿はまるでトラのようで、しかし迫力はない。きっとジョーカーの隣にいるからだろう。彼のそばにいる限り、キッティは|仔猫《キッティ》のままなのだ。
「大丈夫さ、セルペンテに種類と見分け方を教えてもらったからね」ほらおいで、言いながらジョーカーは手を近づけていき――ようやく腕にその白を絡ませた。「白いヘビは縁起がいいらしいんだ、あの子が言ってた。そんなに威嚇しないで、この子も家族になれるんだ。怖くない、ほらね?」
キッティへと差し出されたヘビは気品を感じさせる動作で首を持ち上げるも、流し目で一瞥し、すぐさまジョーカーの方へ頭を向けた、ようにキッティには見えた。それがなんとも許しがたい。こんなところまであの怪物――セルペンテにそっくりだなんて! キッティは白ヘビと同様に顔をそっぽへ向けた。
「あなたがそうなら、あたしだって――」
言葉が止まったのは、指先に温度を感じたから。見てみればジョーカーの手がキッティの小さな手を包んでいる。その上にはヘビの頭。その子もまた、キッティの温度を確かめているようだった。
「な、なによあなた、それで許されるとでも思ってるの?」ちろちろと覗く舌は真っ赤だ。きっと同じ色の血が流れているのだろうと思うと、どうしても言葉が出てこなくなる。キッティは生来、優しい子だった。「違うわ、あなたがいい子だからじゃない。ジョーカーが言うから、ジョーカーの頼みだからこそ、仲良くしてあげるのよ」
キッティは渋々ながら、その白を受け入れる。腕の周りをくるくるまわりながら、目と鼻の先に顔を持ち上げ、少し下げた。それがどこかの国の挨拶に似ていて、キッティも思わず返そうとしたが、どうしてもヘビにキスをあげる気にはなれなかった。
「ありがとうキッティ」
「どうしてジョーカーがお礼を言うの。あたしはただ、ジョーカーが言うから仲良くしてあげないでもないかなって、そう思っただけよ」
「だからだよ。家族と仲良くしようとしてくれるのは、ぼくにとってもうれしいことだからね」言いながら彼は、ヘビの巻きついていない方のキッティの手に、自分の指を絡める。
「ななな、なに言ってるのよ! あ、あたしセルペンテと仲良くするなんてひとことも言ってないわ!」
「でもぼくが言ったんだ、仲良くしてくれるんだろう? ぼくは知っているよ、きみが思いやりと愛のある子だって」
そんなこと……。キッティは顔を真っ赤にさせながら、言葉を透明にさせていく。指と指の間から、ジョーカーの体温を感じる。ジョーカーの愛を感じる。
「わ、わかったわ、降参よ。あたし、セルペンテとちゃんと話してみるわ」しなしなと俯かせた顔を、ぱっと持ち上げてジョーカーと目を合わせる。「それでもダメだったらジョーカーも諦めてくれるわよね。あたしセルペンテとは合わないと思うわ、哺乳類と爬虫類の違いって大きいもの」
ジョーカーは明るく笑う。「そうだね。でもぼくとセルペンテも哺乳類と爬虫類の違いがある。どうだい、ぼくたちは仲がいいように見えないかい?」
「ジョーカーったら、今日はいちだんといじわるだわ」
絡めあった指はそのままに、ふたりはヴァンドーラへと帰っていく。新しく見つけた家族の白ヘビも一緒だ。きっとセルペンテは彼のことを気に入るだろう。
