ヴァンドーラ・サーカス団

 分厚く積もった雪の中、ふたりは寄り添い合って座っていた。吐く息は白く染まり、冷たい中空にふわりと消える。屋内にいれば寒くもないのに、ふたりはともに外にいることを選んだ。
「ねえ、ねえねえジョーカー?」キッティは、赤と黒二色の手袋と手をつなごうとしながら――肉球がジャマでうまくいかないが――、猫なで声で言う。「ねえジョーカー、あたしね、あなたのことが大好きなの」
 ふたりの目の前に浮かぶ炎は、サーカスのパフォーマンスのときよりも柔らかな温度を持っている。材木もなにもないのにその場で燃え続けていられるのは、それが本物の炎ではないから。魔女であるジョーカーの――性別を問わず、異端者はそう呼ばれている――魔法だからだ。
「あぁ、ぼくもさキッティ。ぼくもきみが好きだ」笑みを浮かべるジョーカーの顔には、サーカスの外だというのにピエロのメイクが残ったままだ。「寒くはないかい?」
「寒いなんて、あるわけないわ。だって隣にはジョーカーがいるんだもの!」
 キッティはほほえんで、ジョーカーの腕に自分ごと絡まる。決してその爪でひっかいてしまわないように気をつけながら。頭上にのびた獣のような耳にふさわしい、獣のような爪。キッティはなにも考えないことを意識しつつ、頭の中をジョーカーで満たそうとその細い腕に頬ずりをした。
「でもほら、少し震えているじゃないか。ぼくにくっついてもいるし」
「ねえジョーカー、あたしがあなたにくっついてるのなんて、いつものことだわ」
「そうだったね、いつものことだ」
 ジョーカーは小さく笑いながら、キッティによってかためられていない方の手で、空気をかくように指を動かした。すると炎がひとまわり大きくなり、あたたかさが寄り添う。
 ほうっと吐いた息は、降りはじめた雪に紛れて消える。
「あたたかい……」
 小さな身体をさらに小さくして、キッティは炎に近づく。まるでそれもジョーカーそのものであるかのように、愛おしそうに、酔いしれるように、手を伸ばす。が、炎に届くことはない。それよりも先に、ジョーカーがキッティの腕を引っ張ったのだ。
 驚いた顔のキッティを見て、ジョーカーもまた驚きの色を見せる。自分でもその行動の理由を知る前に、動いていたらしい。
「どうしちゃったの、ジョーカー? だってあなたの炎よ、火傷なんてしないって、教えてくれたじゃない」
「その通りだね、キッティ。でも――」続ける言葉を探していれば、簡単な真実をそこに見つけた。「でもぼくはここにいる、その炎はぼくじゃないんだよキッティ」
 隣に自分がいるというのに、それでも炎の方を優先したように見えたのが、ジョーカーの心の奥底にひっかかったらしい。自分の魔法からうまれでたぬくもりに、自分で嫉妬をするなんて、思ってもみなかったことだった。
 キッティはゆがめながら口角を上げ、しっぼはぴんと伸びた後、くねくねと踊るように揺れる。まるで世界でいちばんうれしいことがおきたかのように、全身ですべての感情を表している。これが無意識なのは、彼女が獣の魔女だからなのか、それとも彼女自身の特性なのか。
「ねえ、ねえねえジョーカー好きよ、大好き」しなしなと力が抜けるようにして、伸びていた背中が丸まっていく。「あぁ、あたしがもうちょっと大きかったら、ジョーカーの肩に届くのに」
 もう一度ジョーカーに絡みつきながら、しかし、のせられない頭を腕に擦り付けるしかできない。本当なら、肩にのせて甘えたいのに。
「そうだね、じゃあこうしようか」
 ジョーカーが人さし指をすい、とあげれば、キッティは少しずつ大きくなっていく――わけではない。彼女はジョーカーの魔法によって浮いているのだった。炎も浮遊も、ジョーカーの得意な魔法だ。
「ほら、これで届くだろう?」
 その縦長の瞳孔に、驚いたような色を滲ませてから、キッティは満面の笑みを浮かべる。ココアに浮かべたマシュマロがほろほろ溶けていくように、キッティの顔もとろけていく。そのままゆっくりジョーカーの肩に頬をのせ、幸せなため息をひとつ吐く。
「好きよ、ジョーカー大好き。ずうっと一緒にいてね」
「もちろんさ」彼は少しだけ迷うように視線を動かしてから、白いピエロのメイクを突き抜けるほど頬を赤らめて言う。「愛するきみの願いなら、ぼくが全部叶えるからね」
 とろけるようだったキッティは、パッとジョーカーから離れ、彼の方を見た。「あ」の口でかためられたように動けなくなっている彼女の顔は、急に燃えるように赤くなった。
「あ、あ……、あいっ」裏返りながらも、彼女は声を出す。「愛してるって……!? あたしのことを! 愛してるって!」
 きゃー、と手を口元に持っていき、それから手足をばたばたさせる。もちろん、耳はうれしそうにぴこぴこ動いているし、しっぽも感情を表すようにぱしぱしジョーカーのことを叩いている。どちらも無意識だ。
「あっ、あたしも! 愛してるわジョーカー!」
 思い切り抱きついた衝撃で、ふたりは雪の降る中、白銀の世界に埋もれた。
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