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2025年の会話

 よし、思い切りやってやろう。いやでも、やりすぎたら隣の人に迷惑とかかかるか? もしかして衝撃が下の階の人に伝わったり……? いや、いやいやいや、ないでしょさすがに。俺ごときの体重でなにができるってんだよって話。
 ――じゃあ、飛び込んでしまえ!
 ってなわけで俺は今、お風呂にじゃばんと飛び込んだ。案の定、俺より小さな浴槽にカンペキなダイブなんてできるわけもなく、ただただいろんなところを打ってめちゃくちゃ痛い目を見た。もう二度と飛び込むもんか。やるならやっぱプールか温泉だな。後者は世間一般的に却下だけど。やりたくなることは誰にでもあるよな、俺だけじゃないよな。
 日頃の疲れがたまった肩にお湯をかける。どうせならと思って買ってきた入浴剤には、肩こりを和らげる効果があるらしいが、本当かどうか……。まあ、こういうのって信じる気持ちが大切だよな。いい感じ、柔らかくなってきた気もしてきた。よし、おっけ。
 久しぶりの静かな入浴を楽しんでたってのに、外側が騒がしくなってきた。ばたばたいってるし、……がさがさもいってるな。
 え、俺の同居人ってひとりの人間よな? ひとりだけでここまで騒がしくできるもんなのか? いや、あいつならできるんだろうけど。できるからこそ、今この状況が実現しているわけなんだけど。
 なるほど、これは俺への嫌がらせだな。ふむ、じゃあ嫌がらせで返してやろうじゃないか。ってなわけで、本当ならもうちょっと浸かっていたかったところだが、風呂をあがってやることにしよう。そうすることで、あいつは手洗いうがいをできなくなるのだ! はっはっは! ……いや、大人げなさすぎるな、俺。
 タオルで全身を拭いていれば、扉の向こう側からなにやら鼻歌が聞こえてくる。いやこれ鼻歌ってレベルじゃないだろ。完全に歌ってるもんな。ってか普通にうるさいな。え、ここカラオケ? 隣人トラブルになるんでやめてもらってもいいですかね?
「待って」嫌そうな声が聞こえた。俺の嫌がらせクリーンヒットだな、こりゃ。「えぇ、もしかして君ってば、今お風呂あがったところぉ? そっちいけないじゃんかよぉ」
 やったね。とは言えまあ、来られないことはないんだけど。鍵もかけてないし、もうほぼパジャマ着てるし。あと着てなかったとて、特段問題はないんだよな、別に。
 じゃあ逆になんで入れながってるのこの子? あれ、いつも気にせず入ってくるようなタイプだよな。はぁ? いやまあ、全然どうでもいいんだけどさ!
「いや、キッチンでも手洗いくらいできるだろ」
「えぇ? ……あぁ~、茶碗がたまっちゃってるから無理ですねぇ」
「洗えばいいだろ、茶碗を」
「この汚い手で?」
「そんな汚いの。外でなにして来たんだよ。じゃあ全然嫌かも」
 バスタオルを肩にかけつつ、頭をがしがし拭いてみる。それでも外側から不満が聞こえてくるから、仕方なく出てやる。かわいそうとは思ってない、全くもって。
 出るや否や、嫌そうな顔を見せられた。急にここまで変な顔をできるんだから、こいつの顔の筋肉はたいへん優秀に違いない。それ以外はてんでだめなんだろうけど。
「えぇ? 君ってばさぁ、本当に髪拭いてきた?」なぜか鼻をつまんでる。それはにおうときのジェスチャーだろ。「水滴りすぎてるのは、さすがにいい男とは言えないと思うけどなぁ」
「別にいい男判定されたくて滴らせてるわけじゃないんだよね。風呂あがりのいい男だから、滴ってるわけ。おわかり?」
「いやいや、雨降りの日の捨てられた子猫くらいびしょぬれだと思うけどね、僕は」
「個人の感想すぎるだろ。雨上がりのお前よりは乾いてるね」
「なにその基準? 僕そんなに濡れてる?」自分をきょろきょろ見てるから不安になる。
「え、雨上がりなの今」
「いや、予報も現実も快晴だったと思うよ。月も結構きれいに見えてたし」
 はぁ? ちょっとだけ頭にきたけど、ため息を吹きかけるだけにとどめておいてやる。これで飲み会あがりだって言うんだから、いつもひとりで飲み会してるんだろうなと思う。じゃないと説明がつかないだろ。こいつってなんでいつもあんなにボケバーサーカーなの? 日常にそんなのいらないでしょ。一緒に住んでる俺が主に求めてないね。
 あいつと交代でリビングに出ていくと、納得できない光景が飛び込んできた。いや、まさかそんな、たぶん勘違いだよな。
 じゃばじゃば、水遊びかよくらいの音が背後で聞こえているが、それにツッコミを入れる余裕すらない。だって、もし俺の考えていることが真実なら、やばすぎないか?
「ん、どったの、そんな立ち尽くしちゃって」
「あのさ、その……」
「えぇ? 言いにくいこと? 同居人に対して言いにくいことなんてある?」
「ないこたないだろ。ってそういうことじゃなくて、……いやぁ、確認なんだけどさ、お前って飲み会行ってきて、今は腹パンパンで帰ってきてるってことでいいんだよな?」
 すると同居人は、さも当たり前、みたいな顔で返答してくる。「もちのろんだよ。これ以上なにか食べたら終わるってくらいには、めちゃくちゃ食べてきたからね」しかもブイサイン付き。
 なのに俺の目の前にあるのは、コンビニの大きめな袋。いつもエコバッグ持ち歩きなさいって口酸っぱく言っていることは、この際どうでもいい。ただただまじで意味がわからん。腹いっぱい以上の状態だってことは、今ちょうど確認が取れたところ。なのにも関わらず、こいつはなにか食い物を買ってきている。別に開けてもらわなくたってわかる。だってこの香りは絶対にカレーだから。
「……まあ、幸せそうでなによりだよ。本当にカレー食えるのかよって思ってはいるけど」
「えっ、なんでバレたの。そうそう、これはコンビニでゲットしてきた素敵なカツカレーと、そして酒とつまみたちだね」
「おいこら、腹ペコじゃねえかバカ」
 これならどんな子だってイチコロ、みたいなにこっと笑顔を俺に向けたかと思えば、すぐに床にべたっと座り込み、そこで夜食をはじめる。しかもこれ、めっちゃ赤いシールついてたぞ。もう裏返ったからわかんないけど、たぶん唐辛子の絵がみっつよっつあったよな。つまり辛いやつってことだ。お前辛いの得意だったっけ? 普通に間違って買ってきたんじゃないかと不安にもなる。が、なにがあっても俺は引き受けてやらないぞ。半分食べてよとか言われても、絶対食ってやらんからな。心に決めて、洗面所に向かう。そう、歯を磨きはじめてしまえばこっちの勝ちだからだ。
 用意してきた歯ブラシ(歯磨き粉多め)を口に突っ込むと、慣れない風味が広がる。本当に許せない。俺の好みの歯磨き粉のスクショまで送ったってのに、どうして全然違うものを買ってくるんだろうか。同居人に対してのリスペクトが足りなすぎるよな、さすがに。
 腹立たしいことばっかりだから、食事中のこいつの目の前に座って歯を磨いてやることにした。ちょっとくらい嫌な気持ちになれ。
「そんなに見られたら恥ずかしいじゃん?」
「なにがだよ」歯磨きしながらしゃべるのって良くない。普通に飛ばしそうで怖いな。いや嫌がらせで目の前座ってるんだけど。
「だってさ、食事してきた上に、こんな夜中――もう一時すぎてるじゃん!――に、もう一回分の食事してんのやばくない? 普通に」
「あぁ、ちゃんとした常識はあるタイプの化け物なんだな」
 化け物って! なんて笑いながらスプーンを口に運び続けているが、こいつの唇の赤さは異常だと言っていいと思う。なんなら腫れてるようにも見えるし。まじで辛すぎるんじゃない、大丈夫? その顔、もしかして辛さに負けてるって気づいてないな? ……教えてや〜んね。
 カレーを半分食べたあたりで、酒が一缶あいたらしい。いや、配分間違えてるだろ。総じてもっと身体大切にしろよ、知らんけど。
 やべえ食生活を眺めながら歯を磨くのにも飽きてきたので――というかまあ、普通に磨き終えたので、洗面所に向かうことにする。が、なぜか同居人もついてくる。しかもカレーは立ち食いにするらしい。まじでなんで?
 気にしたら思うツボだってことだけはわかってるから、どうにも反応できない。というかしたくない。酔っ払ってるからなのか、いつもよりやばさが割増な気がする。覚めてくれんか、酔い。
 口をゆすいでから、ドライヤーを取り出す。そんな俺の隣でカツを頬張りながら、鏡越しに俺を見つめてくる同居人。なんかもうずっと嫌すぎる。
「えっ、待って待って、なにその乾かし方、おもしろ」
「乾かし方に変もなにもないだろ」
「まだ変とは言ってなかったのに」
「結果言ったことになったな」
 身体ごと傾けて、分け目を変えながらドライヤーの温風を当てる。これはいつかテレビで見た、髪に優しい方法だ。別に気にしちゃいないけど、髪はとぅるんとぅるんの方がいいじゃん? なんかヘアオイルももらったし。そういや、なんでくれたんだろう、誕生日でもなんでもなかったのにな。
 髪を一緒に乾かしてくれたタオルに感謝をしつつ――もちろん、いつもやってるわけじゃない。なんか、めちゃくちゃ見てくるやつがいるからやってみただけ――、ぽいっと投げて干す。けど、うまくいかなかったから、降ろしてもう一回。折れたりしわになったりしないように気をつける。乾ききらなくてカビさせた、昔のトラウマが蘇ってくるぜ……。怖かったな、あれで顔拭いた瞬間がいちばん。
 ふと隣に目をやると、くちゃっとまとまって干されている同居人のタオルを見つけた。いやこれ、……カビるまで秒読みだろ。残念だったな、予備はまだ買ってないぜ、お前が。
 気づいたら背後から気配が消えていて、リビングに戻ったら同居人はカレーを食べ終えていた。しかもつまみまであけて、たぶん三缶目に手をつけている。
 え、まじで飲み会行ってきたんだよな? どんだけ食べる気なんだお前?
「ん、お腹壊れるくらいまでかなぁ」
 返答が来てしまったということは、俺は口に出してしまっていたらしい。それくらいの衝撃は全然あるよ、正直。
「おい、なんか嫌だから食べ終わったやつくらい片づけてからつまみに入れよ」
「えぇ〜? 置いといたって変わらないじゃない」
「俺の気持ちが変わるね、七十三度くらい」
「なんでそんな中途半端?」
「ほら、やりなさい」
 カレーの器を持ってシンクまで行って……、なにもしない。シンクを眺めている同居人を、俺は眺めている。なにこの写真撮ってる人の写真撮るみたいな状況、不安すぎ。
 立ち上がってなにしてるのか確認しようとしたら、どうしようもないくらい寂しそうな、悲しそうな顔をしているのが目に入った。はぁぁ? って言いたくもなるけど、我慢。する意味ある?
「そんな顔すんなら茶碗洗えや」
「僕が洗うより君が洗った方が、きっと茶碗もうれしいよ」
「どういうつもりだこら。そんなことあるかぁ! 洗ってもらえたらもう誰にだろうがうれしいだろ、まず汚ねえんだから」
 ぴい。小鳥の鳴き声みたいなのを出してから、腕をまくっている。どうやらやる気になってくれたらしい。普段からそれくらいのやる気は持っておいてほしいよな。いや、もっと大きな気持ちを持っててほしいよ。お前も一緒に住んでるんだからさぁ!
「よしっ、がんばれっがんばれっ!」
「応援するなら手伝ってよぉ」
「手伝うかぁ!」
 仕方ないから洗い終えるのを見届けて、そののち自室に帰る。のに、どうしてかまたついてくる同居人。まじで、あの……、なに? 甘え上戸? そんなのあるのか知らんけどさ。
「え、寝ようと思ってるんだけど?」
「うん、知ってるよ」
「じゃあ出ていってもらっていいですかね、寝るんで」
「うん、僕も寝るね」
 言いながらつまみを口に運んでいるし、酒もしっかり飲んでるので、たぶん出てかないし寝ない。なんなら近くにソフトクリームまで準備してるし、たぶん袋に入ってるコーンフレークはトッピングするつもりなんだろうな。なにこいつ、楽しむ気満々じゃん。
 ってか今までこんなことあったか? 駄々っ子かよ。
「え、俺が、この部屋で、ひとりで、寝たいんだけど」
「そんなことよりさ、君のパジャマダサすぎじゃない? なにそれ、おっきく『俺!』って書いてあるの、意味わかんなすぎるじゃん」
 いや、これたぶんお前からのもらい物なんだけど? とは言えない。なんか、こんなご機嫌なのにそんなこと言っていい気がしなくて……。いつもされてる仕打ちに比べたらそれくらい許される気はするんだけど、ダメだ、俺はその一線を越えられないぜ……。
「お前酒飲みすぎ、もうやめて寝なさい」
「えぇ? 一緒に飲もうよぉ! 楽しいよぉ?」
 グイッと酒をあおり、それからソフトクリームを開ける。けど、全然うまくいってない。ぱきぱき言うだけ言わせて本体が外に出てこない。なにしてる?
「うわぁ、もうダメそう」明日は二日酔いなんじゃない? って言いたかったのに、言葉が食われた。
「年度末ってなんか嫌だよね」
 急なカーブが襲ってきて、遠心力でどっか飛ぶかと思った。
 あと俺の部屋なんだからコーンフレーク飛ばすな。そいつも今の遠心力にやられてるぞ。
「……うん、嫌だね。この状況も嫌だし、寝たいです」
「ってことはさ! もう三月終わちゃうっじゃあ!」
「言えてないね。とても眠いし」
「もう新年も? やっばいね、出会いと別れの季節やでぇしかしぃ」
「新年度ね、あとなんで関西弁。あの……まじで、寝かしてもらってもいいすかね?」
「もう〜、春が来とるやでしかし〜!」
「レパートリーないなぁ」
 ふへへへ、と笑う同居人がだるい。見る人が見れば落ちる笑みなのは、俺でもわかる。たぶんこういうのが好きなんだろうな、みんな。
 でも俺は許さん。こんなに寝たがってるってのに!
「うるせえ、寝るんだってば!」
「もおぉ、構ってよぉ」
「お前飲みすぎ、何本目だよ」
「知らなあい。数えないようにしてるも〜ん」
 なにがしたいのかは知らないが、食べかけのソフトクリームをプラスチックのなかに戻した。そして転がす。
 やめてくれ、間違ってもこぼさないでくれよ。まじで。
「……よしわかった、風呂は明日にしてもう寝なさい。この際、俺のベッドで寝ていいから。寝てくれ、そして寝かしてくれ頼むから……」
 その後、ソフトクリームが完全に液体になるまでだる絡みされたのち、こいつは俺のベッドのど真ん中で急に寝息を立てはじめた。そんなそぶりはなかったのに、まじで急だった。いや、一秒前まで普通に喋ってたじゃん? 俺のジャマをするあの絡みしてきたじゃん? 俺だけ置いてくなよ。
 ってなわけなので、仕方なくこいつのベッドを拝借して、俺は眠ることにする。ぼふっとベッドに飛び込んで布団にくるまる。うわ、知らねえ香りに包まれてる。いやまあ、知らねえこともないけど。慣れない場所で眠れる気がしないぜ……。
 え、この状況なに? まじでなんで?
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