その女

 何となく、今日は大学に行きたくないと思っていた。
 別に、ゼミに居場所がないとか、いじめられているとか、そういうことではなくて。ただどうしても、今日は大学の友人たちに会いたくないし、あの教室にも入りたくない。朝起きた瞬間からそう思っていた。
 私は布団に包まったまま、くすんだクリーム色の天井を見つめていた。母が起こしに来るのを待ちながら、どうやって言い訳しようか考えながら、数十分そのまま転がっていた。
 だから、母が慌てて部屋に飛び込んで来たときは、本当に驚いた。
「今日は大学に行かない方が良いわ! このまま家にいなさいね……」
「お、お母さん? どうしたの、そんなに慌てて」
 母は少しパニック気味になってるみたいで、まるで別の生き物みたいに黒目が動いていた。それがすごく怖くて不気味で、何か良くないことが起きている、命に関わる悪いことが起きているのだ、と直感した。
「大きな刃物を持った不審者が入ってきたって……それにその人、爆弾を身体に巻いてるって……」
 あぁ、だからだ。だから私は学校に行きたくないと思ったんだ――。
 だけど、それでも、私の中の嫌な予感はまだここにある。つまりまだ、何か悪いことが起きる気がしている。
 どうにか回避しないと、と思っても予感でしかないから何もできない。
 部屋を見渡してみる。おかしなことがある訳でもないけど、どこかいつもと違う気がする。
「もしかしてお母さん、今、料理の途中?」
「えっ、うそっ!」
 母はそのまま走るように出て行って、キッチンの方に行った。
 開いた扉の外から焦げ臭さが入ってきたから、やっぱり何かに火をかけたまま来ていたらしい。でもこの感じは、焦がしただけではない気がする。
 私は部屋の窓から外に出た。サイレンの音が聞こえる。外を歩いてた人が気付いて、消防車を呼んでくれたのかもしれない。いい人もいるものだな。
 そのまま外にいても良かったけど、少し寒かったから動くことにした。ちょっとくらいなら家から離れたって大丈夫。今は母も忙しくて私のことを忘れてるだろうし、火を消すので大変なはずだから。
 少し歩いて横断歩道まで来たとき、私はパジャマのまま着替えずにここまで歩いてきてしまったことに気付いて、恥ずかしくて家に戻ろうとした。したのだが、その瞬間に家がなくなった。
 響く爆発音、飛び散る破片、変わり果てた姿の私の家――。
 驚きのあまり動けずにいると、後ろからすごい物音がした。爆発で飛んできた何かが信号待ちの車の上に落ちたらしかった。ボンネットがへこんでしまっている。
 学校に行かなくて良かった。家から出ておいて良かった。横断歩道を渡らなくて良かった。悪い予感のおかげで私は生き残った。
 でも、私にはもう、何もない。
 まだまだ雪が残っているその場に、薄いパジャマのまま座り込んだ。膝と膝の間に頭を埋めて、出てこない涙に戸惑った。いろんなことがいっぺんに起きてしまったからか、私には何もわからなかった。
 どうしたらいいのかも、わからなかった。
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