美しいひと

 彼女はさわさわと揺れる木々を見上げていた。何をするでもなく、ただ頭上で微笑んでいるそれらを見つめているだけだった。しかしそれが何とも美しくて、私は見惚れてしまっていた。
 強く吹いた風のせいで彼女の麦わら帽子が飛んでいく。彼女はその華奢な腕を伸ばしてそれを捕まえようとするが、その手は空を握るだけで。
 私は堪らず走り出した。彼女のためになることをひとつでもしてやりたいという思いのみで、動いてしまった。容姿端麗な彼女はそれほどの魅力を持っていたのだろう。
 しかし私には何の能力もなければ、何の特別さもない。私の伸ばした手もまた、宙を切るばかりでそれを掴むことは出来なかった。
 背後から彼女の笑い声が聞こえてくる。うふふ、と軽やかに笑っている。振り向くと、緩んだ口もとをその白い手で隠す彼女が見えた。
 それはいつのことだったか、もはや思い出せないが、私は今も彼女のことのみ鮮明に覚えている。
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