約束
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「祈、約束を覚えてるね?」
『うん、大丈夫。ちゃんと覚えてる』
私は幼い頃から母親に管理されて生きてきたと思う。
お菓子なんて食べさせてもらっことないし、着る洋服も母親が決めたもの。
彼氏なんてもってのほかで友達すら制限されていた。
習い事や塾も沢山行かされた。
可愛くなる為にって渡されたサプリは欠かさず飲んでる。
母親が望むから読モだってしてる。
『それじゃあ、行ってきます』
この生活に不満はない。というより、感じなくなった。
可愛くなれるならなんでも良い。
「ねぇあの子って読モの願永祈じゃない?」
「ほんとだー、なんか実際みると気味悪いね。細すぎるって言うかさー」
もう陰口にはなれた。
勝手に言っていれば良い。私の方が偉いし私の方が可愛いのだから。
「おい、てめぇもヒーロー科かァ?」
目の前に立っていたのはツンツンした髪の男の子。
『うん、A組』
彼は私の手首を掴み走り出した。
「行くぞカス」
何で、と口に出たがすぐさま理解した。
あの場から遠ざけてくれたのか。
『ありがとう、助かった』
「俺はなんもしてねぇ、突っ立ってんのが邪魔だっただけだわ」
爆豪勝己と名乗った人は口角を上げて笑う。その姿は眩しかった。
◇◆◇◆
「願永ちゃん食堂行こ!」
最低限の交流が出来るほどにはクラスに馴染めた。
『いいよ、行こう』
私は食堂に行くが食べるのは母が作ったお弁当。
「うわ〜超並んどる……。願永ちゃん席取りしといてくれん?」
長蛇の列をみてげんなりする麗日さん。
私はこくりと頷き、二人分席が空いている机を探す。
『ここ座らせてもらっても良い?』
爆豪さんと切島さん、上鳴さんと瀬呂さんが座っている机が空いているのを発見した私は声を掛けた。
「おー良いぜ!爆豪うるせぇかもしんねぇけど!」
「あぁッ!?俺はうるさくなんぞねぇわッ!」
切島さんの一言で爆豪さんが怒り出すが構うことなく私は椅子に座った。
真新しいスマホを使い麗日さんに場所を伝えお弁当の包みを解く。
「願永はお弁当なの?」
上鳴さんが箸で指しながら聞いてきた。
『うん、母に拘りがあるみたい』
蓋を開ければ玄米が敷き詰められていた。
お弁当袋にはもう一つ入れ物がありそちらには野菜が入っていた。
いつもの光景だ。
「なんか超ヘルシーじゃね?てかヘルシー通り越してなんもないじゃん」
瀬呂さんが心配のような眼差しをこちらに向けるがそんなことないよ、と短文で返す。
「願永ちゃんごめ〜ん!時間掛かったぁ!」
◇◆◇◆
「あんのクソ教師ィ!」
不要な個性の使用を担任である相澤に見られ説教をくらった。
いつもより遅い時間の下校になり腹が立つ。
「あ"ぁ?」
下駄箱へ行くと靴ロッカーを開けて棒立ちになっている願永がいた。
「何してんだてめぇ、邪魔だわ」
肩をわざとぶつけ退かすように通ると偶然中が見えた。
「……んだこれ」
中には靴がなく、代わりにゴミが敷き詰めれられていた。ご丁寧に落書きまで。
『…嫌われやすいから、私』
弱々しい声でそう言った彼女は今にも壊れてしまいそうな程儚かった。
『自業自得なんだけど……』
「あ"ーめんどくせぇッ!!」
勢いよく自分の靴ロッカーの扉を開けて靴を押し付ける。
「これ履けや、帰れねぇだろ」
『でも爆豪さんはどうするの?』
こんな時にまで人の心配をするのかと思いつつ、上靴のまま昇降口を出る。
「オレはこれでいいわ」
そう言っても納得出来ていないような顔をしているので、仕方なく肉まん奢れと頼んだ。
『肉まんなんかで良かったの?』
コンビニから肉まんを持って出てきた願永にそう問われた。
「しつけぇんだよ、良いって言ってんだろアホ」
肉まんを受け取り半分に割り紙袋に入った方を渡す。
「やる」
彼女は苦しそうな顔をして薄笑いを浮かべた。
『ごめんなさい、母に禁止されてるの』
昼の時もそんなこと言ってたなと思い返す。
「お前、そんなんでいいんか?」
夕焼けを飲み込むような瞳は俺のことを捕らえているのに見ていないようだった。
『……少しだけ、嫌だったりするのかな』
まるで自分の事なのに理解できてないような回答をする。
「なら食えや」
有無も聞かず口に咥えさせた。
「ほんの少しっつーのは、実は少しじゃねぇ事の方が多いんだよ」
目を点にして呆然としているが表情が緩くなりありがとう、と口にされた。
◇◆◇◆
爆豪さんと買い食いをした日から何日か経った。
今は演習中。
「願永!そろそろ仕掛けてくると思うからサポート頼めるか?」
私は頷き手を握り合わせ口元へ運ぶ。
目を閉じて周りの音が聞こえなくなる程に集中する。
頭の中はイメージだけ。頭をフル回転させる。
体が軽くなって風が吹く感覚がする。
これは祈りが成功した合図。
『糸』
そう口にすれば私の指には複数の半透明の糸が巻かれそれは何処かへ繋がっている。
『切島さんもかかるかもしれないから気を付けて』
ハンカチで軽く汗を拭う。
個性は有能だが体力の消耗が激しく、集中出来る環境がなくてはならないことがネックだ。
「目を凝らせば見えねぇこともねぇし大丈夫!」
そういい私と背中合わせのような体制になり重い空気が漂う。
『切島さんからみて一時の方向に男性かな、私からみて十一時の方向に女性』
指先の糸が張ると私はすぐ切島さんに伝えた。
「てことは俺の方には緑谷、願永の方には麗日か!」
私は個性解除して次の行動へ移る。
『健闘を祈るよ』
私は歩いて隠れられるしすぐ逃げられるところを見つけて座る。
もう一度手を合わせ口元へ運ぶ。
私は粘着質の網を玉としたバズーカを思い浮かべる。
バズーカとなれば大きさは中々であり構造も複雑。それ故集中力は勿論、妨害されないことが必須となる。
『……バズーカ』
ドンッと音を立てて私の前に黒光りのバズーカが現れた。
『本当に…暑い』
流石に肌の露出がほぼゼロのコスチュームは暑い。
そんなことを稽える暇もなく私は気配を感じ取り、バズーカを手にして麗日さんの前に立つ。
前と言っても距離はある。
「願永ちゃん物騒なもの持っとる!?」
一度は驚く彼女だがすぐ冷静を取り戻し真剣な眼差しをこちらへ向けてくる。
その視線に目眩がした。
『ごめん、なさ……』
言い切れずそこで意識は途絶えた。
目が覚めたのは薬品や軟膏等の独特の匂いが漂う保健室だった。
『……相澤先生』
「起きたか、リカバリーガールは出張でいないから治療は出来ないぞ」
ベッドを囲うカーテンを開けて入ってくる相澤先生。
「外傷は掠り傷程度。倒れた原因は熱中症とか栄養失調とかそこら辺だな。心当たりは?」
紙に記入しないといけないらしい。
『睡眠時間が十分にとれてません』
私は自己分析よりも掠り傷がどれほどのものなのかという事しか頭になかった。
「そうか、よく寝るように。それと母親が迎えに来てくれるらしい」
そりゃそうなるだろう。
布団にシワができるほどに握りしめた。
「お前はヒーローになりたいのか?」
『傷が出来ると怒られるので…雄英高校ヒーロー科に通っていたという事実がほしいだけだと思います』
「違う」
先生の問いに答えると食い気味に否定された。
「それはお前の気持ちじゃなくて親の気持ちだろう。俺は願永祈、お前に聞いてるんだ」
真っ直ぐな瞳に見つめられ穴が空いてしまうかと思った。
『……わかりません。私は母の為に生きているので』
本当に自分でも面倒くさい生徒だと思う。
聞かれたことに正しく答えないのだから。
「…願永、雄英は楽しいか」
どういう意図で質問されたのか理解出来ず一度固まってしまった。
『楽しいというのが…いまいちわかりません』
まだそんなことお母さんに教えられてない。
知らないし、知ろうともしない。
教えてこないということは知らなくていいものだから。
「…そうか」
重い空気が流れ始めると保健室の外からドタバタ足音がした。
「祈ッ!!」
勢いよく音を立てて開かれた扉の先には、肩で息をするお母さんがいた。
「目立った怪我はないね?良かった……」
力強く抱き締められた。でも暖かくはなかった。
「先生もありがとうございます…。今日はもう失礼しますね」
「…お大事に」
先生はまだ何か言いたげな表情をしていたがお母さんは切り上げた。
多分、先生の表情に気付いていたのに。
「祈、やっぱり経営科の方が良かったんじゃない?ほら、将来ヒーローになる訳でもないんだし」
家に帰るとお母さんにそう言われた。
「お母さんが話して今からでも変えてもらおうか?お母さん力だけはあるから!」
『…私は経営を学びたいとは思わないよ、』
笑顔で私の将来を勝手に決めていく母に初めて寒気がした。
「もう祈に怪我してほしくないの。野外活動が多いでしょう?日焼けもしちゃうじゃない。筋肉までついたらもう……お仕事なくなっちゃう」
『でも……』
私が否定と捉えられる言葉を発するとお母さんの顔色は豹変した。
「なぁに?祈まで私の事否定するの?祈を育ててあげたのは誰?可愛くしてあげたのは?お薬だって学費だって安くないの。」
手首を掴まれて逃げることが出来ない。
初めてみるお母さんの顔は怖かった。
『ごめん、お母さん。ちゃんと考える』
「やっぱり祈は良い子ね…。世界一可愛い私のお人形さんよ。」
先程とは打って変わった表情、声色。
「祈、あなたは私のお人形なの。自分の意思なんて持たなくていい。私の言うことを聞いていて。それだけでいいから」
促されるまま私は頷いた。
否定も抵抗も出来ない私は弱い。そう自覚した。
夜が明けてまた朝がやってきた。
「祈身長伸びたでしょ?体重もう少し減らしましょ。お弁当はサラダにしといたから!演習は怪我すると危ないから休むように。あと…お薬!量増やしたからちゃんと飲んでね」
渡されたのは薬が詰められたガラス瓶と山盛りの野菜が入れられたお弁当箱。
『ありがとうお母さん』
母がいないと私は生きていけない。所詮子供だから。
「祈は私のそばに居てね……」
母も私がいないと生きていけない。だから私は母の願いを聞かなきゃいけない。永遠に。
「願永ちゃんおはよう!昨日大丈夫やった?」
『大丈夫、寝不足だっただけ』
お母さんはお友達でさえも制限する。
今私が話している麗日さんはお友達でいても良いのだろうか。
「願永さん、体調悪くなったらすぐに言ってねっ!」
「言ってくれればすぐ気付けるからな!」
お母さんは言わなくても気付いてくれるのに。
なんて邪念が頭をよぎった。
『……皆わざわざありがとう』
机に荷物をかけて相澤先生を探しに行く。
運良く廊下に出ると相澤先生がいた。
『相澤先生、今日の演習なんですが見学させてください』
そう頭を下げると先生は深いため息をついた。
「だろうな。今日は良いが毎回休むとなるとお前、厳しいぞ」
厳しい。これは進級と許可出来ないという二つの意味が込められていたと思う。
『お母さんに心配掛けたくないんです』
こんな時にまで母親かと言いたげな表情を向けられる。仕方ないでしょう。
「……分かった。次の演習はお前の意思で決めろ。母親の事は頭から消せ」
『意思……。そんなものとっくにありませんよ』
苦笑いとはまさにこういうことを指すのだろう。
先生に背中を向けて歩いた。
なにこれ、おかしい。
雄英に入ってからお母さんに従うのが苦しい。家に帰らず皆といたくなる。誰か、コレが何か教えて。
『……もうわかんない』
『うん、大丈夫。ちゃんと覚えてる』
私は幼い頃から母親に管理されて生きてきたと思う。
お菓子なんて食べさせてもらっことないし、着る洋服も母親が決めたもの。
彼氏なんてもってのほかで友達すら制限されていた。
習い事や塾も沢山行かされた。
可愛くなる為にって渡されたサプリは欠かさず飲んでる。
母親が望むから読モだってしてる。
『それじゃあ、行ってきます』
この生活に不満はない。というより、感じなくなった。
可愛くなれるならなんでも良い。
「ねぇあの子って読モの願永祈じゃない?」
「ほんとだー、なんか実際みると気味悪いね。細すぎるって言うかさー」
もう陰口にはなれた。
勝手に言っていれば良い。私の方が偉いし私の方が可愛いのだから。
「おい、てめぇもヒーロー科かァ?」
目の前に立っていたのはツンツンした髪の男の子。
『うん、A組』
彼は私の手首を掴み走り出した。
「行くぞカス」
何で、と口に出たがすぐさま理解した。
あの場から遠ざけてくれたのか。
『ありがとう、助かった』
「俺はなんもしてねぇ、突っ立ってんのが邪魔だっただけだわ」
爆豪勝己と名乗った人は口角を上げて笑う。その姿は眩しかった。
◇◆◇◆
「願永ちゃん食堂行こ!」
最低限の交流が出来るほどにはクラスに馴染めた。
『いいよ、行こう』
私は食堂に行くが食べるのは母が作ったお弁当。
「うわ〜超並んどる……。願永ちゃん席取りしといてくれん?」
長蛇の列をみてげんなりする麗日さん。
私はこくりと頷き、二人分席が空いている机を探す。
『ここ座らせてもらっても良い?』
爆豪さんと切島さん、上鳴さんと瀬呂さんが座っている机が空いているのを発見した私は声を掛けた。
「おー良いぜ!爆豪うるせぇかもしんねぇけど!」
「あぁッ!?俺はうるさくなんぞねぇわッ!」
切島さんの一言で爆豪さんが怒り出すが構うことなく私は椅子に座った。
真新しいスマホを使い麗日さんに場所を伝えお弁当の包みを解く。
「願永はお弁当なの?」
上鳴さんが箸で指しながら聞いてきた。
『うん、母に拘りがあるみたい』
蓋を開ければ玄米が敷き詰められていた。
お弁当袋にはもう一つ入れ物がありそちらには野菜が入っていた。
いつもの光景だ。
「なんか超ヘルシーじゃね?てかヘルシー通り越してなんもないじゃん」
瀬呂さんが心配のような眼差しをこちらに向けるがそんなことないよ、と短文で返す。
「願永ちゃんごめ〜ん!時間掛かったぁ!」
◇◆◇◆
「あんのクソ教師ィ!」
不要な個性の使用を担任である相澤に見られ説教をくらった。
いつもより遅い時間の下校になり腹が立つ。
「あ"ぁ?」
下駄箱へ行くと靴ロッカーを開けて棒立ちになっている願永がいた。
「何してんだてめぇ、邪魔だわ」
肩をわざとぶつけ退かすように通ると偶然中が見えた。
「……んだこれ」
中には靴がなく、代わりにゴミが敷き詰めれられていた。ご丁寧に落書きまで。
『…嫌われやすいから、私』
弱々しい声でそう言った彼女は今にも壊れてしまいそうな程儚かった。
『自業自得なんだけど……』
「あ"ーめんどくせぇッ!!」
勢いよく自分の靴ロッカーの扉を開けて靴を押し付ける。
「これ履けや、帰れねぇだろ」
『でも爆豪さんはどうするの?』
こんな時にまで人の心配をするのかと思いつつ、上靴のまま昇降口を出る。
「オレはこれでいいわ」
そう言っても納得出来ていないような顔をしているので、仕方なく肉まん奢れと頼んだ。
『肉まんなんかで良かったの?』
コンビニから肉まんを持って出てきた願永にそう問われた。
「しつけぇんだよ、良いって言ってんだろアホ」
肉まんを受け取り半分に割り紙袋に入った方を渡す。
「やる」
彼女は苦しそうな顔をして薄笑いを浮かべた。
『ごめんなさい、母に禁止されてるの』
昼の時もそんなこと言ってたなと思い返す。
「お前、そんなんでいいんか?」
夕焼けを飲み込むような瞳は俺のことを捕らえているのに見ていないようだった。
『……少しだけ、嫌だったりするのかな』
まるで自分の事なのに理解できてないような回答をする。
「なら食えや」
有無も聞かず口に咥えさせた。
「ほんの少しっつーのは、実は少しじゃねぇ事の方が多いんだよ」
目を点にして呆然としているが表情が緩くなりありがとう、と口にされた。
◇◆◇◆
爆豪さんと買い食いをした日から何日か経った。
今は演習中。
「願永!そろそろ仕掛けてくると思うからサポート頼めるか?」
私は頷き手を握り合わせ口元へ運ぶ。
目を閉じて周りの音が聞こえなくなる程に集中する。
頭の中はイメージだけ。頭をフル回転させる。
体が軽くなって風が吹く感覚がする。
これは祈りが成功した合図。
『糸』
そう口にすれば私の指には複数の半透明の糸が巻かれそれは何処かへ繋がっている。
『切島さんもかかるかもしれないから気を付けて』
ハンカチで軽く汗を拭う。
個性は有能だが体力の消耗が激しく、集中出来る環境がなくてはならないことがネックだ。
「目を凝らせば見えねぇこともねぇし大丈夫!」
そういい私と背中合わせのような体制になり重い空気が漂う。
『切島さんからみて一時の方向に男性かな、私からみて十一時の方向に女性』
指先の糸が張ると私はすぐ切島さんに伝えた。
「てことは俺の方には緑谷、願永の方には麗日か!」
私は個性解除して次の行動へ移る。
『健闘を祈るよ』
私は歩いて隠れられるしすぐ逃げられるところを見つけて座る。
もう一度手を合わせ口元へ運ぶ。
私は粘着質の網を玉としたバズーカを思い浮かべる。
バズーカとなれば大きさは中々であり構造も複雑。それ故集中力は勿論、妨害されないことが必須となる。
『……バズーカ』
ドンッと音を立てて私の前に黒光りのバズーカが現れた。
『本当に…暑い』
流石に肌の露出がほぼゼロのコスチュームは暑い。
そんなことを稽える暇もなく私は気配を感じ取り、バズーカを手にして麗日さんの前に立つ。
前と言っても距離はある。
「願永ちゃん物騒なもの持っとる!?」
一度は驚く彼女だがすぐ冷静を取り戻し真剣な眼差しをこちらへ向けてくる。
その視線に目眩がした。
『ごめん、なさ……』
言い切れずそこで意識は途絶えた。
目が覚めたのは薬品や軟膏等の独特の匂いが漂う保健室だった。
『……相澤先生』
「起きたか、リカバリーガールは出張でいないから治療は出来ないぞ」
ベッドを囲うカーテンを開けて入ってくる相澤先生。
「外傷は掠り傷程度。倒れた原因は熱中症とか栄養失調とかそこら辺だな。心当たりは?」
紙に記入しないといけないらしい。
『睡眠時間が十分にとれてません』
私は自己分析よりも掠り傷がどれほどのものなのかという事しか頭になかった。
「そうか、よく寝るように。それと母親が迎えに来てくれるらしい」
そりゃそうなるだろう。
布団にシワができるほどに握りしめた。
「お前はヒーローになりたいのか?」
『傷が出来ると怒られるので…雄英高校ヒーロー科に通っていたという事実がほしいだけだと思います』
「違う」
先生の問いに答えると食い気味に否定された。
「それはお前の気持ちじゃなくて親の気持ちだろう。俺は願永祈、お前に聞いてるんだ」
真っ直ぐな瞳に見つめられ穴が空いてしまうかと思った。
『……わかりません。私は母の為に生きているので』
本当に自分でも面倒くさい生徒だと思う。
聞かれたことに正しく答えないのだから。
「…願永、雄英は楽しいか」
どういう意図で質問されたのか理解出来ず一度固まってしまった。
『楽しいというのが…いまいちわかりません』
まだそんなことお母さんに教えられてない。
知らないし、知ろうともしない。
教えてこないということは知らなくていいものだから。
「…そうか」
重い空気が流れ始めると保健室の外からドタバタ足音がした。
「祈ッ!!」
勢いよく音を立てて開かれた扉の先には、肩で息をするお母さんがいた。
「目立った怪我はないね?良かった……」
力強く抱き締められた。でも暖かくはなかった。
「先生もありがとうございます…。今日はもう失礼しますね」
「…お大事に」
先生はまだ何か言いたげな表情をしていたがお母さんは切り上げた。
多分、先生の表情に気付いていたのに。
「祈、やっぱり経営科の方が良かったんじゃない?ほら、将来ヒーローになる訳でもないんだし」
家に帰るとお母さんにそう言われた。
「お母さんが話して今からでも変えてもらおうか?お母さん力だけはあるから!」
『…私は経営を学びたいとは思わないよ、』
笑顔で私の将来を勝手に決めていく母に初めて寒気がした。
「もう祈に怪我してほしくないの。野外活動が多いでしょう?日焼けもしちゃうじゃない。筋肉までついたらもう……お仕事なくなっちゃう」
『でも……』
私が否定と捉えられる言葉を発するとお母さんの顔色は豹変した。
「なぁに?祈まで私の事否定するの?祈を育ててあげたのは誰?可愛くしてあげたのは?お薬だって学費だって安くないの。」
手首を掴まれて逃げることが出来ない。
初めてみるお母さんの顔は怖かった。
『ごめん、お母さん。ちゃんと考える』
「やっぱり祈は良い子ね…。世界一可愛い私のお人形さんよ。」
先程とは打って変わった表情、声色。
「祈、あなたは私のお人形なの。自分の意思なんて持たなくていい。私の言うことを聞いていて。それだけでいいから」
促されるまま私は頷いた。
否定も抵抗も出来ない私は弱い。そう自覚した。
夜が明けてまた朝がやってきた。
「祈身長伸びたでしょ?体重もう少し減らしましょ。お弁当はサラダにしといたから!演習は怪我すると危ないから休むように。あと…お薬!量増やしたからちゃんと飲んでね」
渡されたのは薬が詰められたガラス瓶と山盛りの野菜が入れられたお弁当箱。
『ありがとうお母さん』
母がいないと私は生きていけない。所詮子供だから。
「祈は私のそばに居てね……」
母も私がいないと生きていけない。だから私は母の願いを聞かなきゃいけない。永遠に。
「願永ちゃんおはよう!昨日大丈夫やった?」
『大丈夫、寝不足だっただけ』
お母さんはお友達でさえも制限する。
今私が話している麗日さんはお友達でいても良いのだろうか。
「願永さん、体調悪くなったらすぐに言ってねっ!」
「言ってくれればすぐ気付けるからな!」
お母さんは言わなくても気付いてくれるのに。
なんて邪念が頭をよぎった。
『……皆わざわざありがとう』
机に荷物をかけて相澤先生を探しに行く。
運良く廊下に出ると相澤先生がいた。
『相澤先生、今日の演習なんですが見学させてください』
そう頭を下げると先生は深いため息をついた。
「だろうな。今日は良いが毎回休むとなるとお前、厳しいぞ」
厳しい。これは進級と許可出来ないという二つの意味が込められていたと思う。
『お母さんに心配掛けたくないんです』
こんな時にまで母親かと言いたげな表情を向けられる。仕方ないでしょう。
「……分かった。次の演習はお前の意思で決めろ。母親の事は頭から消せ」
『意思……。そんなものとっくにありませんよ』
苦笑いとはまさにこういうことを指すのだろう。
先生に背中を向けて歩いた。
なにこれ、おかしい。
雄英に入ってからお母さんに従うのが苦しい。家に帰らず皆といたくなる。誰か、コレが何か教えて。
『……もうわかんない』
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