ばきメモソルジャー

??『グハァァァ!!』

女のストレートパンチが鈍い音を立てて男の顔面に炸裂した。
殴られた男が吹っ飛び《サイン用ボール》《レプリカユニ(フリーサイズ)》等と書かれた段ボール箱の山に突っ込む。

??『フン』

一方で女の方はプイとソッポを向き、何処かへ行ってしまった。

??『うう、クソビッ●め・・・痛っ!』

殴られた男が段ボール箱の山からヨロヨロと這い出してくる。
起き上がろうとして、今度は旗に頭をぶつけてしまった。



??『くぅ・・・すまない』

さすがにこのままにしておく訳にはいかないので《ファンクラブ会員募集中!》と書いてある旗を端の方に寄せ、男を助け出す。
かつては銀色に染めた髪に化粧という怪しさ満点の出で立ちで(勿論今は違うが)34回もの職務質問を受けたことがあるこのクキカワとかいう男、実はそれなりに活躍した元プロ野球選手だった。

クキカワ『して少年・・・大変残念な事に、私の知り合いには顔を合わせるなり殴りかかってくる女が何人もいる』

おそらくその中の一人はオレの彼女だろう。
濃い化粧も正体を隠す為だと聞けば納得がいく。(余計に目立っている気もしなくはないが)

クキカワ『だがそれが子持ちというのは初めてだ。本性を知らず下心のみで近付いた男が哀れ絡め取られ・・・うおっ!?』

円盤状の丸い物体が、クキカワの顔近くをかすめる。
ボールの模様が入った色紙だった。

クキカワ『おいこら、商売道具を粗末に・・・うわ、ちょ・・・来るな!!』



クキカワ『おのれ・・・カニバサミ女め』

どう考えても女性に付けるには全く相応しくないあだ名で悪態をつく、元神官クキカワ。
あの後さらに、カニバサミ女・・・もとい、蒼河唯早(あおかわいはや)さんに往復ビンタを食らっていた。
去り際に『ヤケになって飲みまくたんだから、仕方ないでしょ!生物としての本能よ、本能!!』と言ってたので当たらずとも遠からず、といった所だろう。

??『あの・・・大丈夫ですか?』
クキカワ『・・・何とかな』

今年入団した、銀水(ぎんす)うきは選手が心配そうに駆け寄ってくる。

クキカワ『まあ、あれくらい気が強くないとな・・・』

遠い目をして呟く。
女性初のプロ野球選手として入団し、数年後に初勝利と初ヒットを記録したが翌年に引退。
クキカワとは同じチームだったらしい。

クキカワ『ところで少年、カニバサミ君には野球をやらせるのだろうか?』
銀水『あの・・・後ろ』
クキカワ『後ろ・・・?おわっ、まだいた!?』
蒼河『カニバサミ君言うな。・・・一応、やらせてはみる予定だけど』
クキカワ『そ、そうか』
蒼河『人の子供に変なあだ名つけやがって・・・そうそう、愛しの彼女が呼んでるわよ』

悪戯っぽく笑う蒼河さん。
今はオレのチームで監督を務めているので蒼河監督と呼ぶのが正しいだろう。

蒼河『そんな堅苦しくしなくて大丈夫だって。《蒼ちゃん》でも全然OK~♪さ、呼んでみて』
銀水『えっと・・・』
クキカワ『必殺、蒼ちゃんバサミ~・・・うごっ!?』
蒼河『そのネタ、しつこい!関節極めてばきばきにすんぞコラ!!』
クキカワ『く・・・捕まるか!旦那にでもやってろ!!』
蒼河『もうやった!』
クキカワ『そしたら!?』
蒼河『泣かれた!!』
銀水『うわぁ・・・』

旦那さん、お疲れ様です。



辺りの様子を見ながら歩く。
GMとして、何か異常が無いか常にアンテナを張っておく事が必要だ。
関係者用駐車場に車が入ったのを見て、そちらに向かった。
車のドアが開き、中から見知った顔が出てくる。

??『おはようございまーす。あ、今日はよろしくね』

元クラスメイト、通称《アイドル》。
実際に芸能活動をしている、正真正銘の芸能人だ。
歌やグラビアに加えて最近では女優としての活動も多くなっており
、来月始まる連続ドラマでは準主役に抜擢されたらしい。

アイドル『結構良い役貰ったから、気合入りまくりなんだ』
幼なじみ『空回りしないようにね』
アイドル『あ、言ったな~』
オカルト女『では、このタイミングで・・・』

車を運転していたマネージャーとオカルト電波少女が段取りの打ち合わせを始めている。

アイドル『このユニホームって、身体のライン出るよね。GMさんから見てどう?』
幼なじみ『・・・滅!』
アイドル『アイタッ!』
オカルト女『時間的には・・・』

空手チョップが命中する。

アイドル『カルシウム足りないんじゃな~い?あ、もっと足りない物あるか』
幼なじみ『・・・主人公君、掃除機持ってない?それ、試しに吸ってみるから』
アイドル『脂肪吸引器代わり!?』
幼なじみ『ついでに、吸われてる時の声も録音してCDにしてやる』
アイドル『別名義で声優デビュー!?』
オカルト女『それではよろしくお願いします・・・2人とも、聞いてましたか?』
幼なじみ&アイドル『『もう一度お願いします・・・』』



??『始球式の娘、到着した?』

スーツ姿の女性に声をかけられる。
かつて、教団の幹部でマリナと名乗っていた女性だ。

マリナ『そういえば、今日の始球式の娘って・・・』

数年前の出来事が頭をよぎる。
《アイドル》が職員室から持ち出してきた資料によって、教団の暴走を未然に防ぐ事ができたらしい。
今となっては、それがどの位の事態になったのか想像もつかない。
マリナさんやクキカワによれば、数千人くらいの人が救われたというらしいが全ては闇の中だ。

マリナ『それはそうとして、この前はゴメンね?皆の前で怒鳴っちゃって』

先日のリーグ全体会議で、有料入場者数が減少傾向にあるという議題が出た。
インターネットで行ったアンケート結果も芳しくなく、課題は山積みだ。

マリナ『クレームであがってるの、日付見てみるとほとんどあっちの2つが主催なの。でも、私達の方が新参だから露骨に言う訳にはいかないでしょ?』

《あっちの2つ》とは元からリーグに所属していた2チームで、《私達の方》は新しくリーグに参加した2チームを指す。
オレや彼女、幼なじみや蒼河さんのチームが《ばきばきメモリーズ》。
そしてクキカワやマリナさん、ライバルさんのチームが《スペリオルクッキーズ》だ。
ちなみに、先程の銀水さんは元からリーグに所属していた・・・つまり《あっちの2つ》の1チームに在籍している。

女子マネ『あ、そんな意図があったんですね。すみません、気付かなくて・・・』
ライバル『うーん・・・それとなく向こうの参加メンバー見てましたけど、あまり期待できないかもですね。薄笑い浮かべてるのとかいましたし』
マリナ『あっちゃー・・・』

改めて『ゴメンね』と手を合わせるマリナさんに、大丈夫ですと返す。
道は険しいな。

女子マネ『そうだね。前も失敗しちゃったし、まだまだ未熟者だ』
マリナ『でもちゃんと報告してくれたでしょ?他にも色々気付いてくれるし、クキカワも褒めてたわよ』

オレ達の高校で野球部のマネージャーだった、通称《女子マネ》。
今はクッキーズのスタッフとして働いている。
クラスが違う事もあって在学中はあまり関わりが無かったが、幼なじみによると野球部キャプテンと色々あったらしい。

ライバル『なにそれ?詳しく聞かせて?』
女子マネ『詳しくも何も・・・単に4股されて人間ホームランかましただけですけど』
マリナ『修羅場ね・・・それで?』
女子マネ『って言われましても・・・』
ライバル『バレたきっかけとかその後のやり取りとか、そこら辺を詳細に!』
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