ばきメモソルジャー
【『・・・ああ』】
クキカワ『・・・ああ』
特に意味もなく、そう答えていた。
ライバル『引退だって。結局どこからも声かかんなかったみたい』
クキカワ『・・・そうか』
そもそも、戦力外になっている事すら知らなかった。
あの男も、そんな年齢か。
もっとも、その年までやれる事自体が野球選手としては成功した証だろう。
放たれた投球が打者の肩を直撃するのを認め、ライトの守備位置から駆け出していた。
そのピッチャー・・・直球は平均で150前後、さらには独特の軌道を描くスライダーがある。
だが、コントロールが悪い。
よって、奪三振率は高いが四球率も高い。
そして、死球も少なくはない。
これで2者連続だ。
スタンドからは怒声が浴びせられ、両チームのベンチからも選手が何人も出てきている。
おそらく、乱闘は避けられないだろう。
さらに悪い事に、打者と何やら言い合いを始めてしまっていた。
舌打ちをし、誰を止めるべきか状況を見てみる。
その時だった。
『・・・!』
1塁ランナーの外国人が、マウンド方向へ何やら叫びながら走っていた。
そしてピッチャーは(外国人に)全く気付いていない。
今にも殴りかかろとしているが、この距離では止めようが無い。
・・・少し前までの自分なら。
それから数日が経った。
《今季絶望、急遽代わりの外国人選手をリストアップへ》と野球面の下の方に載っている。
『なんか乱闘の時に怪我したらしいぜー。向こうさんにとっちゃ災難だったな』
『ですね・・・』
一瞬の出来事だった。
おそらく本人には何が起きたか分からないだろう。
『ウチも何人かやられたし、気を付けねーとな』
『・・・』
あの後さらに、一部の観客がフェンスを乗り越えてグラウンドに乱入し完全に収拾のつかない事態となってしまう。
例の外国人も、結局誰がやったのか不明という事になったのは自分にとって幸いだった。
グラウンドに乱入し暴力行為を働いたとして逮捕された何人かの名前が載っていたが、これはほんの一部だろう。
『どうした?』
『いえ・・・』
よくも没収試合にならなかったものだ。
それから少し後だった。
『あれ、まだシーズン中なのに引退すんのか。コイツのヤジって、やたら頭に響くから嫌だったんだよなー』
『ええ・・・驚きですね』
新聞には《膝の古傷が悪化、引退へ》の文字。
『じゃあ、先行ってるぞー』
『はい・・・』
・・・やってしまった。
一度ならず、二度も。
数日前の試合だった。
相手ベンチからのヤジがその日に限って、妙に鼻に付いた。
一度審判を見るが、すぐに視線を外されてしまう。
結果、打ち損ねてゲッツーという最悪の結果に終わった。
『・・・』
手を見る。
集中してイメージを送ると紫色に光り出した。
送るのを止めると、それに合わせるかのように光が霧散する。
まともな人間の範疇を既に超えていた。
一度目は、まだ仕方が無かったと言い訳ができる。
不意打ちを喰らっていたら、おそらくあのピッチャーはタダでは済まなかっただろう。
だが二度目は、完全な逆恨みに等しかった。
次の日の試合開始前に、後を付ける。
そして周りに人がいない所で死角から一発。
見事に膝から崩れ落ちた。
・・・辞めよう。
足首が痛いと嘘を付いて、数日間試合を休んだ後に出た結論がそれだった。
こんな事をする為に野球を始めたのではない。
頭では分かっていても、結局は同じ事を繰り返すだけだろう。
相手チームの選手、審判、マスコミ関係者。
彼らの顔を思い浮かべていた、その時だった。
足音がこちらに近付いている。
したためた引退届を懐に隠した。
程なくして、ユニフォームを来た人物が姿を現す。
同じチームの後輩で、少し前から練習を世話していた。
『・・・キミか。調子はどうだ?』
その後輩に、挨拶代わりの言葉をかけた。
??『・・・え?』
それに対し、何故か戸惑ったような表情を見せる。
《何言ってるんですか?》とでも言いたげな表情だ。
??『私、初勝利に加えて初ヒットまで記録したんですよ』
その後輩・・・同じユニフォームを着ているものの、身体のラインが明らかに違っていた。
やや丸みを帯びた腰回り。
そして、膨らんだ胸元。
??『もちろん、女性としては初です』
そう、その後輩は・・・女だった。
『そうか、良かったな・・・』
蒼河唯早(あおかわいはや)。
日本のプロ野球において史上初、そして現時点では唯一の女子選手だ。
蒼河『匂いとか・・・嗅がないで下さいよ?』
ボールを手渡された。
日付とサイン、そして《初勝利・初ヒット記念》と記してある。
『これは・・・』
蒼河『本当は食事でも、って思ったんですけど・・・』
女子選手である蒼河が入団するにあたって、球団がもっとも恐れているのがスキャンダルの発生だ。
選手ばかりか、スタッフ首脳陣まで全ての男性が球団施設外で行動を共にする事を一切禁止するという徹底ぶりだった。
『分かった、受け取ろう。・・・野球人として、最後の記念に』
好都合だった。
しばらくは蒼河の話題で持ちきりだろう。
クキカワ『・・・』
いつの間にか、蒼河の事に刷り変わっていた。
結局、翌年に肘を壊してしまい引退。
現時点で、次の女子選手はまだ現れていない。
ライバル『ねえ、クッキーちゃん』
女子野球ではトップクラスだったが、年齢的にも指名される可能性はもう無いだろう。
私のすぐ近くにいる、通称《ライバル》。
・・・いや、近すぎる。
ライバル『つーかまえた♪』
クキカワ『ちょ・・・放せっ!』
気が付いた時には遅かった。
逃げようとするも、身体が言う事を聞いてくれない。
・・・そして。
ライバル『いっただきまーす♪』
クキカワ『や、やめ・・・ひぎゃあああぁぁぁ!!』
次へ
他の選択肢も試す
クキカワ『・・・ああ』
特に意味もなく、そう答えていた。
ライバル『引退だって。結局どこからも声かかんなかったみたい』
クキカワ『・・・そうか』
そもそも、戦力外になっている事すら知らなかった。
あの男も、そんな年齢か。
もっとも、その年までやれる事自体が野球選手としては成功した証だろう。
放たれた投球が打者の肩を直撃するのを認め、ライトの守備位置から駆け出していた。
そのピッチャー・・・直球は平均で150前後、さらには独特の軌道を描くスライダーがある。
だが、コントロールが悪い。
よって、奪三振率は高いが四球率も高い。
そして、死球も少なくはない。
これで2者連続だ。
スタンドからは怒声が浴びせられ、両チームのベンチからも選手が何人も出てきている。
おそらく、乱闘は避けられないだろう。
さらに悪い事に、打者と何やら言い合いを始めてしまっていた。
舌打ちをし、誰を止めるべきか状況を見てみる。
その時だった。
『・・・!』
1塁ランナーの外国人が、マウンド方向へ何やら叫びながら走っていた。
そしてピッチャーは(外国人に)全く気付いていない。
今にも殴りかかろとしているが、この距離では止めようが無い。
・・・少し前までの自分なら。
それから数日が経った。
《今季絶望、急遽代わりの外国人選手をリストアップへ》と野球面の下の方に載っている。
『なんか乱闘の時に怪我したらしいぜー。向こうさんにとっちゃ災難だったな』
『ですね・・・』
一瞬の出来事だった。
おそらく本人には何が起きたか分からないだろう。
『ウチも何人かやられたし、気を付けねーとな』
『・・・』
あの後さらに、一部の観客がフェンスを乗り越えてグラウンドに乱入し完全に収拾のつかない事態となってしまう。
例の外国人も、結局誰がやったのか不明という事になったのは自分にとって幸いだった。
グラウンドに乱入し暴力行為を働いたとして逮捕された何人かの名前が載っていたが、これはほんの一部だろう。
『どうした?』
『いえ・・・』
よくも没収試合にならなかったものだ。
それから少し後だった。
『あれ、まだシーズン中なのに引退すんのか。コイツのヤジって、やたら頭に響くから嫌だったんだよなー』
『ええ・・・驚きですね』
新聞には《膝の古傷が悪化、引退へ》の文字。
『じゃあ、先行ってるぞー』
『はい・・・』
・・・やってしまった。
一度ならず、二度も。
数日前の試合だった。
相手ベンチからのヤジがその日に限って、妙に鼻に付いた。
一度審判を見るが、すぐに視線を外されてしまう。
結果、打ち損ねてゲッツーという最悪の結果に終わった。
『・・・』
手を見る。
集中してイメージを送ると紫色に光り出した。
送るのを止めると、それに合わせるかのように光が霧散する。
まともな人間の範疇を既に超えていた。
一度目は、まだ仕方が無かったと言い訳ができる。
不意打ちを喰らっていたら、おそらくあのピッチャーはタダでは済まなかっただろう。
だが二度目は、完全な逆恨みに等しかった。
次の日の試合開始前に、後を付ける。
そして周りに人がいない所で死角から一発。
見事に膝から崩れ落ちた。
・・・辞めよう。
足首が痛いと嘘を付いて、数日間試合を休んだ後に出た結論がそれだった。
こんな事をする為に野球を始めたのではない。
頭では分かっていても、結局は同じ事を繰り返すだけだろう。
相手チームの選手、審判、マスコミ関係者。
彼らの顔を思い浮かべていた、その時だった。
足音がこちらに近付いている。
したためた引退届を懐に隠した。
程なくして、ユニフォームを来た人物が姿を現す。
同じチームの後輩で、少し前から練習を世話していた。
『・・・キミか。調子はどうだ?』
その後輩に、挨拶代わりの言葉をかけた。
??『・・・え?』
それに対し、何故か戸惑ったような表情を見せる。
《何言ってるんですか?》とでも言いたげな表情だ。
??『私、初勝利に加えて初ヒットまで記録したんですよ』
その後輩・・・同じユニフォームを着ているものの、身体のラインが明らかに違っていた。
やや丸みを帯びた腰回り。
そして、膨らんだ胸元。
??『もちろん、女性としては初です』
そう、その後輩は・・・女だった。
『そうか、良かったな・・・』
蒼河唯早(あおかわいはや)。
日本のプロ野球において史上初、そして現時点では唯一の女子選手だ。
蒼河『匂いとか・・・嗅がないで下さいよ?』
ボールを手渡された。
日付とサイン、そして《初勝利・初ヒット記念》と記してある。
『これは・・・』
蒼河『本当は食事でも、って思ったんですけど・・・』
女子選手である蒼河が入団するにあたって、球団がもっとも恐れているのがスキャンダルの発生だ。
選手ばかりか、スタッフ首脳陣まで全ての男性が球団施設外で行動を共にする事を一切禁止するという徹底ぶりだった。
『分かった、受け取ろう。・・・野球人として、最後の記念に』
好都合だった。
しばらくは蒼河の話題で持ちきりだろう。
クキカワ『・・・』
いつの間にか、蒼河の事に刷り変わっていた。
結局、翌年に肘を壊してしまい引退。
現時点で、次の女子選手はまだ現れていない。
ライバル『ねえ、クッキーちゃん』
女子野球ではトップクラスだったが、年齢的にも指名される可能性はもう無いだろう。
私のすぐ近くにいる、通称《ライバル》。
・・・いや、近すぎる。
ライバル『つーかまえた♪』
クキカワ『ちょ・・・放せっ!』
気が付いた時には遅かった。
逃げようとするも、身体が言う事を聞いてくれない。
・・・そして。
ライバル『いっただきまーす♪』
クキカワ『や、やめ・・・ひぎゃあああぁぁぁ!!』
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