ばきメモソルジャー

三角コーンが置かれ、黄色いテープが張り巡らされている。
その中心にあるのは、ベンチ・・・ではなくベンチだった物。
かろうじて残った脚が、かつてベンチだった事を物語っている。

『え、何?壊れちゃったの?』
『オマエ、太り過ぎ~』

集まった野次馬達が口々に好きな事を喋りだす。
彼等の注目は、無残に破壊されたベンチだった物に向けられていた。

??『酷いな・・・これは』

だから、トイレからフッと姿を現した怪しい男性に気が付く人はいない。

??『・・・うおっ!?』

・・・私を除いて。

??『この感触・・・キミか』
オカルト女『ちょっ・・・何処で判断してるんですか!?』

残念、会長さんやライバルさんのようには上手くはいかない。
仕方なく、私は首の拘束を解いた。



オカルト女『あの日、《夢の国》で私に会う少し前ですよね?』
??『・・・』
オカルト女『何か理由でも?』

アイスコーヒーを一口飲み、瞑目している。

??『キミ達の高校・・・』
オカルト女『え?』
??『私立ばきばき高校、だったか・・・』
オカルト女『・・・まさか!?』

わざわざ《約束》を破ってまで主人公君に近付いた理由。
そして彼の口から出た、私達の高校の名前。
考えられる事は・・・

??『・・・現時点で分かっているのは、女だという事。教師なのか生徒なのかは不明だ』
オカルト『学食や出入りしている業者の方、という可能性もあります』

学校内に《教団》の協力者がいる。
だからこそ、わざと主人公君に接触し警護するよう仕向けたのだろう。

??『聞く所によると、その人物から相当に有益な情報が提供されたらしい・・・』
オカルト女『・・・』

殴ってやりたい。
今すぐに。
ここ数年の間に発生している、不可解で猟奇的な事件。
そのほとんどが《教団》によって起こされた物らしい。

??『あの女には、その日の夜に伝えてある。事態は一刻を争うからな』
オカルト女『はい・・・』
??『私が教団の人間なら、次はあの少年を狙う』
オカルト女『いや、貴方・・・教団の人間でしょう?』

私の目の前にいる人物。
それは《教団》の神官クキカワだった。


クキカワ『そういえばそうだったな。正式に、という訳ではないが』
オカルト女『正式どうこう言うのなら、教団の存在自体が完全に違法です』
クキカワ『全くだな』

各種メディアにも影響力を持っている為、教団に否定的な記事を載せるのは一部の週刊誌だけだ。
それすら、タダでは済まないだろう。

オカルト女『もう一杯、飲みます?』
クキカワ『頼む』

今、私と神官クキカワがいるのは叔母の喫茶店。
叔母が不在の為に臨時休業中なので、他に人はいない。
《業務用》と書かれている紙パックを冷蔵庫から取り出し、氷の入ったグラスに注ぐ。

オカルト女『お待たせしました』
クキカワ『すまない』

空いているテーブルの椅子や紙ナプキンの位置がずれていないか、普段のクセでついつい確かめてしまう。
いないと分かっていても、手を挙げてるお客さんがいないか周囲を見渡す。
週に何日かここでバイトしている私にとって、それらは身体に染み付いた動作だった。


クキカワ『今日は、収録か?』
オカルト女『はい』

隣の席で、アイスティーを一口。

クキカワ『最近は・・・』
オカルト女『あれから来ないですね』

店内の至るところに置かれた、オカルトを連想させるグッズの数々。
マガジンラックに入っている雑誌も、そういう類の物がほとんどだ。

クキカワ『そうか』

カウンターに置かれた、悪魔の人形を撫でている。
カマを持っているが、それでも《教団》そのものに比べると可愛く感じるのは、クキカワも同じらしい。

オカルト女『何かあれば、会長さん達が黙っていないでしょう』
クキカワ『単に気に食わないという理由だけで、そこまでのリスクを背負うのは割りに合わないだろうな』
オカルト女『確かに・・・』

私の叔母・・・この喫茶店のマスターであり、それなりに有名な占い師という顔も持つ。
オカルト系の雑誌に連載を持つだけでなく、テレビで芸能人を占ったりする事もある。
似た者同士は反発しあうという事なのか、教団の中に叔母を敵視する者がいるらしい。

オカルト女『・・・』

私がその事を知ったのは、目の前でアイスコーヒーをかき混ぜているクキカワ経由だった。
苗字を聞いて、ひょっとしたら・・・と思ったらしい。

クキカワ『どうした?』
オカルト女『いえ・・・』

そしてそれから数日後。
無言電話や意味不明なファックスといった幼稚な嫌がらせが、一切無くなったらしい。


何か特別な事をした訳ではない。
会長さんや《ライバル》さんといったBMSのメンバーが、叔母の喫茶店に出入りするようになっただけだ。
クキカワによれば、それからすぐに《例の占い師には絶対に手を出すな》といった通達が回ったらしい。

オカルト女『・・・』

確かに、叔母の身の安全は保証された。
だが正直、複雑だった。

クキカワ『・・・』

目には目を。
力には力を。
まさに毒をもって毒を制すというやり方その物だ。

オカルト女『・・・』

アイスティーをもう一口飲む。
案外、私達も教団も本質は大して変わらないのかもしれない。

クキカワ『おい』
オカルト女『あ、お代わりですね。すぐに・・・』
クキカワ『じゃなくて、ずっと鳴ってる』
オカルト女『・・・あ』

カウンターに置かれた私のスマホが振動していた。



オカルト女『すみません、慌ただしくて・・・』

電話は叔母からだった。
共演者の一人にトラブルが発生し、収録が急遽中止になったらしい。
店を開くので空いていたら手伝ってほしいとの申し出を、私は断った。

クキカワ『それはいいけど、大丈夫なのか?』
オカルト女『・・・はい』

クキカワと接触できたら、できる限り情報を収集する。
会長さんや《ライバル》さんに言われていた事だった。
私とクキカワとの関係は、当然叔母も知らない。

クキカワ『悪い』
オカルト女『どうかしまし・・・キャッ!?』

一瞬、何が起こったのか分からなかった。
突然、身体を抱き締められる。
ついに・・・我慢できなくなってしまったのか。

クキカワ『・・・』
オカルト女『・・・』

これも情報収集の為。
それに、全く見ず知らずの相手という訳でもない。
覚悟を決め、瞳を閉じた。


クキカワ『もう大丈夫だ』
オカルト女『・・・え!?』

現実に引き戻された。

クキカワ『顔を見られる訳にはいかないからな』
オカルト女『・・・教団の人間ですか?』
クキカワ『いや・・・私もそうだが、キミもだ』
オカルト女『・・・私?』

高校の関係者だったのだろうか?
元々悪かった私の評価は、今年度に入ってからさらに悪化しているに違いない。
品行方正だった《幼なじみ》さんを巻き込んで、良からぬ事を企んでいるという噂まで流れているくらいだ。

クキカワ『隣の駅まで歩いてどのくらいだ?』
オカルト女『20分もあれば大丈夫だと思います。その・・・』

当たらずとも遠からず、といった所だろう。
実際、さらに(学校の関係者が知ったら)驚愕するであろう人物まで関わっている訳だが。

クキカワ『・・・の連中だ。駅前でパンフレットでも配るのだろう。以前、挨拶に行った時に見た顔がいた』

クキカワの所属している教団とは違う宗教団体だった。
こちらもこちらで、トラブルが絶えないらしい。
絶対に、挨拶だけでは済まなかっただろう。

クキカワ『後ろで何もせずに、ただ直立不動にしていただけだ』
オカルト女『その時点で既に恐喝です』


オカルト女『クキカワ、さっきの話ですけど・・・』
クキカワ『ああ、おそらく収録が中止になったのも先程の連中が・・・む?』

目の前には、わりと大きめのバッティングセンター。
《期間限定!ホームランで豪華賞品プレゼント!!》と貼り紙がしてある。

クキカワ『・・・』
オカルト女『やっていきます?』
クキカワ『い、いや・・・』

複雑な表情のクキカワ。
予想通りといえば予想通りの反応だ。

オカルト女『・・・』
クキカワ『・・・』
オカルト女『寄ってもいいですか?』
クキカワ『キミが打つのか?』
オカルト女『たまにメンバーの皆さんと行ったりはしますけど、私だけさっぱりで・・・』
クキカワ『そういえば他の連中・・・特にあの女はそっちの人間だったな』

彼の言う《あの女》、すなわち《ライバル》さんは女子野球界のトップ選手として活躍してきた。
さらには・・・あらゆる事を人並み以上にこなす会長さんに、同じく(料理以外は)何でもこなせる万能型の《幼なじみ》さん。
《ライバル》さんはアドバイスをしてくれるのだが、一部が抽象的過ぎたりしてどうも理解できなかったりする。


クキカワ『ほう・・・見違えるようになってきたな』

一度ゲージから出て、ハンカチで汗を拭く。
さっぱりだった1ゲーム目が嘘のように、良い当たりが飛ぶようになっていた。

オカルト女『自分でも驚きです』
クキカワ『これも信じる力が生み出した結果だ。キミも今すぐ入信して・・・』
オカルト女『・・・はっ倒しますよ?』

自販機で買ったスポーツドリンクを口にする。

『よっしゃー、ホームランー!』

近くのゲージから、ファンファーレと若い男の声が聞こえた。

『すげー、2連発ー!オレ、超スゲー!!』
クキカワ『・・・』

私とクキカワが見ている前で、さらに次の打球が《HOMERUN》と書かれた的に命中する。
文字の部分がピカピカ光り、再びファンファーレが鳴った。
1ゲーム終了のタイミングを見計らって、抽選箱を持った店員が駆け寄っていった。

『どっちも1ゲーム無料券?そりゃねーよ・・・』

抽選結果が芳しくなかったらしく、落胆の色を浮かべている。

『ま、いっか。ホームラン打ったし。そこの派手なオッサンだか兄ちゃんだか分かんない人も見てたでしょ?』
クキカワ『・・・私か?』
『そうだよ。見てたっしょ?オレのスーパーホームラン』

男性客がクキカワに話しかけている。
有頂天になっている気持ちは分からなくもないが、よりにもよってクキカワとは。

クキカワ『今のか?そうだな・・・真正面のセンターフライ、いやもしかしたら手前に落ちてヒットになっていたかもしれないな』
『・・・何だよそれ。だったらアンタ、ホームラン打てるのか?』
クキカワ『・・・よかろう』

厄介事だけは勘弁してほしいという私の願いは、無残にも打ち砕かれた。


クキカワ『・・・む?』

擦ったような音を立てて、力の無いボールが転がった。

『んだよ、全然じゃねーか』
オカルト女『・・・』

そのスイングは鋭い。
《ライバル》さんや会長さんよりも数段上だ。

クキカワ『一体どうなってる?まさか木目が・・・いや、金属だったか』

でも、打球が飛ばない。

クキカワ『・・・』

最後の一球を見逃す。
足元付近に転がったボールを正面に放り投げ、スイッチが並んだパネルに目を落とした。

クキカワ『なるほどな・・・』

プリペイドカードを挿し込み、キーを操作している。


先ほどとは全く違う打球音。
鋭いライナーがライト方向へ飛んでいった。

オカルト女『・・・』

90kmから140km。
一気に50kmも速くなったその球を、いとも簡単に打ち返している。

クキカワ『く・・・やはりマシーンだと合わせ辛いな』

真後ろに打球が突き刺さった。
その次の球に軽く合わせ、正面に低い弾道の打球を飛ばしている。

『でさー・・・いつホームラン打ってくれるの?』

先程の男性客だ。
手に持っているコーラのペットボトルが半分くらい減っている。

クキカワ『そういえばそんな話だったな』

クキカワが話している間に、マシンから放たれたボールが後ろのネットに突き刺さる。

クキカワ『・・・』

さらにもう一球見逃す。
そしてその次に来たボールを・・・

クキカワ『・・・おおっ!!』

これ以上無い快音と共に打ち返した。


『すげぇ・・・』
クキカワ『今のがホームランだ。さあ店員、抽選箱を持ってきたまえ』
『いや、その・・・』

店員が戸惑うのも無理は無い。
確かにクキカワの打った球は、もの凄い速さで向こう側のネットに突き刺さった。

クキカワ『どうした?遠慮する事は無いぞ』
『的に当てていただかないと・・・』

《HOMERUN》の的から2メートルくらい右側に。

クキカワ『・・・ほう。今のがホームランではないとぬかすのか。貴様、何年野球をやっている?』
『小4からだから・・・7年っすね』
クキカワ『7年!7年も何をしていた?・・・まさか、女子マネージャーの尻を追いかけ回してただけではあるまいな?』
オカルト女『・・・』

会長さんといい、このクキカワといい、どうして向かう先々でトラブルばかり起こすのだろう。
先ほどの男性客はというと、既に退散した後だ。
最後に同情するような目線を送ってきたので、軽く頷き返しておいた。

クキカワ『今のはそこら辺の河川敷どころか、福岡や札幌でも・・・む?』
オカルト女『・・・え?』

いい加減止めた方が良いかなと思い、一歩前に出る。
とりあえず店員に頭を下げようとした。

クキカワ『・・・おい』
『うう・・・ああ・・・』


予想外の反応だった。
追い出されるか、相手にされずに引っ込んでしまうかと思っていた。



しかし。

『ううう・・・うわぁぁぁ・・・』

あろうことか、さめざめと泣き始めてしまった。
涙をポロポロとこぼすその様は、まさに号泣といえるだろう。

オカルト女『ごめんなさい!この人ちょっと・・・いや、かなりおかしいんです!本当にごめんなさい!!』
クキカワ『その・・・悪かった。キミの7年間は決して無駄ではない。いつか役に立つ時が・・・む?』

取り繕うような台詞を話していたクキカワが、突然考え込むような表情になる。

オカルト女『どうかしました?』
クキカワ『小4からで・・・7年間?』
『実はボク・・・高校1年の夏合宿で』

練習に付いていけなかったという事だろうか?

『そうじゃないんです。男子校だったんですけど・・・その・・・』
オカルト女『・・・』
『先輩に・・・お尻を・・・ぅぅぅ』
クキカワ『・・・』

それ以上は言葉にならなかった。
《男子校》《先輩》《合宿》《お尻》・・・その4つのキーワードと彼の態度で、大方の察しはついてしまう。



クキカワ『教団にもその手の輩はいるが・・・私は勘弁願いたい』
オカルト女『・・・』

肩を並べて歩く。
既に外は暗くなっていた。

クキカワ『・・・暇な時にでも行ったらどうだ?』
オカルト女『正直・・・行き辛いです』

あの後、何とか泣きやんだ店員にクキカワがバッティングの指導をする。
元々野球をやっていただけあって、すぐに上達した。
高校時代の同級生達に草野球のチームへ誘われており、今回の事で野球を再び始める決意をした彼から様々な御礼を貰った。
手提げの紙袋の中には、箱のままの野球カードにキャッチボール用の柔らかいボール。
野球日本代表のレプリカユニフォームに、フェイスタオル。
そして冊の状態のままで渡された、とても使い切れない量の1ゲーム無料券。
おそらく、ホームランの景品にするはずだった物だろう。
《ライバル》さんにあげれば喜ぶだろうか。

??『あー、いたいた!』
??『探したわよ』
クキカワ『むっ、チート女に自称野球少女か』



クキカワ『ぐ・・・ローリングソバットとは・・・』
オカルト女『あの・・・他の御二人は?』
ライバル『彼氏君が思っていた以上に消耗してたから、軽くストレッチして終了。《幼なじみ》ちゃんに送らせたわ』
彼女『全く・・・だらしないにも程があるわ。明日から鍛え直してあげなくっちゃ』
クキカワ『何でも自分を基準にして考えるな、チート女』

今回ばかしはクキカワの意見に賛成だ。
私も人並み以上の体力を付けるのに、どれほど苦労した事か。

彼女『あ?やるっていうの?』
ライバル『2人同時に仕掛ける?勝ったらコイツ好きにしていい?』
彼女『良いですよ。では・・・』
クキカワ『良くない!』
オカルト女『あの・・・』

紙袋から野球カード(箱入り)を取り出す。
この状態で買う行為を、俗に大人買いと言うらしい。

彼女『貰ったの?』
オカルト女『はい』
ライバル『確かこういうのって、確実に一枚は直筆サインのやつとか入ってるんだよね』
オカルト女『御二人は書いた事あるんですよね?』
クキカワ『・・・ああ。折れたバットをやった事もあったな』
ライバル『後は、アンダーシャツの切れ端とか』
彼女『それは・・・遠慮願いたいわね』

箱を見てみる。
これ一箱だけで、結構な値段だ。

ライバル『やたらツルツルして書きにくいのあるよね?』
クキカワ『ボールに書くのは最後まで慣れなかったな・・・そろそろ時間か』

クキカワが背を向ける。

彼女『行くの?』
クキカワ『ああ、教団繁栄の為に』
ライバル『それはそれで面白いかもしれないけど・・・』
オカルト女『仮にそんな事になったら、この国は破滅です』

お互いに本気とも冗談ともとれるやり取りを交わす。

彼女『と、いう訳だから・・・』
ライバル『手加減しないわよ♪』
クキカワ『フ・・・達者でな』
オカルト女『・・・はい』

そして、それぞれ違う方向へと歩き出した。
非常識で、高校生らしくなくて、暴力的で、オカルティックで・・・でも退屈だけはしない日々は、まだ続いていく。



オカルト女『と、こんな感じです。いかがでしたか?』
幼なじみ『結局あの後、オカルトちゃんはクキカワと会ってたんだね』
オカルト女『はい』

幼なじみ『で、クキカワって何者?単なる不審者とは思えないけど・・・』
オカルト女『それは・・・その・・・』
幼なじみ『まあ、いいや。今知ったら楽しみが半減しそうだし』
オカルト女『すみません・・・』
幼なじみ『でも、それとなく正体が示唆されてるよね?』
オカルト女『そう言えば、そうですね』

幼なじみ『っていうかさー、あの店員さん・・・』
オカルト女『お気の毒でしたね・・・』
幼なじみ『クキカワも素に戻ってたよね?』
オカルト女『確かに・・・』
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