ばきメモ2、ばきメモスタジアム

【慎重に見極める】
何かある。
直感的にそう感じ、バットを出すタイミングを遅らせた。
そして、ボールがガクンと沈む。
すくい上げようとして・・・

幼なじみ『あ・・・』

すくい上げ過ぎた。
フラフラと力無く上がった球は、2塁ベースのやや後ろにポトリと落下する。
結局当てただけだった。
と、思ったが。

彼女『やられたわ。不本意だけど・・・』

溜め息をつき、ボールを拾いに行く。
幼なじみに目を向ける。

幼なじみ『今のだと、ほぼ100%内野安打になるよ』
彼女『このリーグでは・・・ね。そもそも当てられた時点で負けも同然よ』

何となくだが、その前の直球と腕の振りが違う気がした。
具体的に何処が違うと聞かれても、上手くは説明できないが。

幼なじみ『やっぱり握り浅くした方が良いんじゃないですか?』
彼女『うーん・・・』

ボールを人差し指と中指で挟み込むように握っている。
浅くしたり深くしたり、そのまま腕を振ったりと試行錯誤を始めた。
この握りは、ひょっとして。

幼なじみ『そう、フォーク。試合では封印中だけど』
彼女『精度が、ね。今くらいの球が毎回投げられれば、まだ使い様はあるのだけど・・・でも』

彼女の眼が突然こちらを見据えてきた。
これは・・・獲物を狩る時の眼だ。
そして、その獲物は・・・

彼女『あ、待ちなさい!野球では負けたけど、こちらでは不覚は取らないわ!!』
幼なじみ『あーあ・・・』

もちろん、このオレだ。

彼女『芝生を赤く染めてあげるわ!観念なさい!!』
幼なじみ『全くもう・・・掃除する方の身にもなって下さーい!!』

そっちかよ、おい。


幼なじみ『本日は、最後までご観戦頂き誠にありがとうございました。お帰りの際には、お忘れ物に・・・』

聞き慣れた声が球場のスピーカーから流れてくる。
そういえば中学の時は放送部(後付け設定)だったか。
ブースの方を見てみると、幼なじみが笑顔で手を振ってきた。
軽く振り返す。
来年からは選手として参加するらしい。

オカルト女『いらっしゃいませ。あ・・・主人公君』

グッズ売場にいたのは、同級生のオカルト電波少女。
校則違反の怪しいほっかむりではなく、スタッフ用のシャツを着ている。

オカルト女『合わせて1500円になります。ありがとうございました・・・』

先日の野球対決。
理不尽な目に遭いかけた所で、幼なじみが割って入り本題に戻った。

オカルト女『頑張ろうね、主人公君』

オカルト電波少女の言葉に頷く。
本題・・・それは、来年から女子リーグに新たなチームが加入するのでGMをやってほしい。
ただ、GMといっても練習の手伝いや会場の設営といった雑用もしてもらうとの事だった。
そして、先日のアレはテストも兼ねていたらしい。

オカルト女『本当は私もテストに参加する予定だったけど、叔母の店でトラブルがあって遅れちゃって・・・』

オカルト電波少女の叔母(そこそこ有名な占い師らしい)が経営する喫茶店。
たまたまそこの店で、彼女と幼なじみが相談しているのが耳に入り、GMの補佐として立候補した訳だ。

オカルト女『まさか追いかけっこしてるとは思わなかったけど・・・』

少しでもリーグの事を知る為に、オカルト電波少女はアルバイトとして働く事となった。
そしてオレも、彼女の知り合いの元で勉強すると同時に、女子リーグはもちろん他の独立リーグやNPB、場合によってはサッカー等の他競技の試合にも足を運んでいる。

オカルト女『会長さんって、ああ見えて結構・・・いらっしゃいませー、限定品まもなく売り切れとなりますー』

グッズや設備等、真似したい事もあれば改善した方が良いと思える事もあった。
忘れないようにメモをとり、帰ったらノートにまとめていく。
学校の授業では苦痛にしか思えなかった事が、今はとても楽しく思える。
ちなみにオカルト電波少女の《会長さん》とは、当時生徒会長だった彼女の事を指す。


ライバル『あ、彼氏君。ちゃんと●●してる?』

いきなりとんでもない事を言われ、飲んでいたスポーツドリンクを少し吹いてしまった。
着ているのは、今日の彼女の対戦チーム(2チームしかないので、いつも同じ相手だが)のユニフォーム。

ライバル『そうそう・・・私なんて逆に(中略)って何引いてるのよ?』

《美人過ぎる野球選手》として取材された事もあり、知名度は高い。
女子野球界を牽引してきたスター選手で、20台半ばになった今も実力はリーグでトップクラスだ。

ライバル『来年から同じチームになるんだし、仲良くしようよ?』

普段はこんなだが、野球に関しては自分にも他人にも厳しい。
完全に別人と思える程に。

ライバル『そのせいで前の彼氏とも・・・って、それはまた今度。彼女さん、今日は多分来れないんじゃないかな?』

スマホを見てみると、確かに彼女からの申し訳無さそうなメールが来ていた。
何でも、球団の社長が取引先を連れて来ているらしい。

ライバル『でしょ?だからこの後は私と・・・って言いたい所だけど、最近調子悪いからまた今度ね』

今日も2安打だった気がしますけど。
さすがは彼女の先輩にして、《ライバル》的な存在だけあると思う。

ライバル『打つ方はともかく、守備の方。いくら私と彼氏君の仲でも、特別扱いはしてほしくないし。という訳だから、じゃあね~・・・』

真面目なのかそうじゃないのかよく分からない台詞を残し、去っていった。
・・・かと思ったら、すぐに熱心な男性ファンに囲まれている。


集まった男性ファン一人一人にサインしたり、一緒に写真に写ったりする。
長時間話しかけてくるファンや、写真撮影の際に肩を抱くような仕草をするファンに対しても嫌な顔一つしない。
上手く交わしつつ、後ろの方にいるユニフォームを来た小学生くらいの女の子の差し出したボールにサインしている。

??『おーい・・・』

老若男女、様々な世代の人が球場に来ている。
若い男性ファンだったり、昔からの野球ファンだったり、向こうで嬉しそうに《ライバル》さんと写真を撮っている野球少女だったりとまさに十人十色だ。

??『ヤリ●ンく~ん・・・』

残念ながら、このように卑猥な言葉を投げ掛ける人も中にはいるらしい。
GMとして、こういった問題にも向き合わなくてはいけないだろう。

??『ヤリ●ンく~ん、聞こえてる~?』

そういった行為をするのは、ほぼ間違いなく男性のファンだと思う。
なので、先程から聞こえるように女の人というのは珍しい。
けれど、球場には色々な人が来ている訳で中には・・・

??『無視・・・すんなッ!!』

股間を蹴り上げられ、初めて一連の卑猥な言葉が自分に向けられていたと気が付いた。
暴力女なら間に合ってます。
そう言い返そうとして、女性の顔を見てみた。

??『うぃーす、顔くらい知ってんでしょ?』

マスクを外した顔に見覚えがあった。


??『そ、蒼河唯早(あおかわいはや)。もっとも今は苗字違うけど』

蒼河唯早(あおかわいはや)。
NPB初の女子選手で、高校時代に140kmを記録した事により注目される。
投手として入団後、しばらくは一軍にたまに上がっても打ち込まれ二軍落ち・・・みたいな状況が続く。
その後頭角を現し中継ぎ投手として活躍、女性としては初となる勝ち星と初ヒットを記録するも怪我で引退。
引退後はすぐに結婚、現在は野球とは距離を置いているらしい。

蒼河『説明ありがと。補足しておくと、デキ婚だから』

そうだったのか。
一般男性と入籍したが、妊娠はしていないとスポーツ新聞の記事には出ていた。

蒼河『球団どころか野球界全体のイメージに影響するから・・・だって。ちなみに子供は旦那の実家』

それって、今問題になっている・・・

蒼河『・・・普段はちゃんとやってるわよ。今回は集中して観たいから預かってもらってるだけ』
『お待たせしました、スペシャルチョコバナナパフェでございます』

一般的なパフェの1.5倍位の大きさだ。
席に着くなり、有無を言わさずに注文した。

蒼河『美味し~い。現役時代はこういうの一切食べなかったから、反動が出ちゃって。もちろん運動はしてるわよ?軽いジョギング程度だけど』

口にクリームを付けながら美味しそうに食べている。
何というか・・・貴重な経験だ。


蒼河『そういやバナナで思い出したけど、キミってリーグの娘達の中では結構有名らしいよ』

有名なのは仕方ないとして、バナナで思い出されるのはなんか複雑だ。

蒼河『だってヤリ●ンじゃん。放送してたショートカットの娘もそうだけど、売店にいたおかっぱの娘とも普通に仲良いよね?』

まあ、同級生だし。

蒼河『さらにはリーグ一の知名度のあの娘なんか、自分から話しかけてたでしょ?』

知り合ったのはわりと最近だけど、(野球以外では)結構フランクな人だと思う。

蒼河『そして極めつけは今日も1失点完投のあの娘。キミの方をチラチラ見てたわよ?』

それは気付かなかった。

蒼河『さすがにインプレー中はやってないけど、それ以外だとさりげなく見てるって噂してるみたい。で、視線の先には誰がいるかって話になって・・・』

なんか照れるな。

蒼河『殴っていい?』

いやです。

蒼河『リーグの娘達は本命は売店のおかっぱの娘じゃないかって意見が多いみたいだけど、もちろんピッチャーのあの娘でしょ?』

もちろん。
・・・時々怖いけど。

蒼河『あのおかっぱの娘って、結構隠れファンが多いらしいわよ』

さすがは人気投票第2位。


蒼河『ふーん・・・こっちはサッカーに、プロレスの試合まで観に行ってるの?』

アイスコーヒーを一口啜り、ノートのページをめくる。
既にパフェを食べ終え(自分のも半分位は蒼河さんが食べた)、彼女との馴れ初めや他の女性陣との関係まで話し終えた所だ。

蒼河『実際、現場行ってみないと分からない事多いもんね・・・あ、すみませーん!』

追加でケーキを注文し始めた。
テーブルの上にあるのはオレの観戦ノート。
せっかくの機会なので、蒼河さんの意見も聞いてみたい。

蒼河『私?そんなに頻繁には行ってないから、あまり大した事は言えないけど・・・』


蒼河『書き終わった?』

少し苦笑している。
本人は謙遜していたが、自分とは違う目線の意見がとても新鮮で驚きの連続だった。

蒼河『もう少し、他の独立リーグとか2軍戦も廻ってみた方が良いんじゃないかな?チケットの価格帯とか球場の規模とか、そっちの方が近いと思うし』

確かに。
帰ったらネットで調べてみよう。

蒼河『私も2軍生活長かったからねー・・・』

時折1軍に上がっても、数試合で逆戻りというパターンが多かったと思う。

蒼河『そうそう。下でそれなりには結果出しても、上では・・・ってパターン。あの一年を除いてね』

確か、シーズン中盤くらいから中継ぎで投げてたシーズンがあった。

蒼河『翌年に肘やっちゃって引退したけどね。その時の話、聞きたい?』

もちろん。


蒼河『お疲れ様です・・・』
??『ああ・・・今日は、残念だったな』

私、蒼河唯早(あおかわいはや)と先輩の外野手。
そして二人の視線の先にあるのは、無惨に破壊されたバケツとゴミ箱。

蒼河『本当に・・・すみませんでした』

犯人は・・・私。
時折失点する事はあっても、ここまでの炎上は久々だった。

??『格闘家としてデビューするならサイン貰っておこう』
蒼河『折角ですから、サンドバッグになれる権利もお付けします』
??『寝技なら』
蒼河『首の骨、折りますよ?』

どちらともなく、練習場に向かって歩き出す。
今まであまり話した事の無い人だったので、どこまで冗談に付き合えば良いのか分からない。


??『・・・なるほど』

力無く転がってきたボールを拾い上げる。

蒼河『・・・』
??『一通りは投げたか?』
蒼河『はい』
??『難しいな』

最初は打席で構えているだけだった。
途中から打ちにきたのだが、空振りやカス当たりばかりといった有り様だ。

蒼河『打つ事が・・・ですか?』
??『いや・・・抑える事が』

高校時代に140kmを出した事もある私だったが、プロに入ってからは139kmが最高だった。
変化球も試合で使えるのはスライダーくらい、コントロールにはまずまず自信があったが今の球威ではたかが知れていた。
それでも2軍とはいえ通用していたのは・・・

蒼河『はあ?何言ってるんですか?打てなかったからって負け惜しみですか?』

気の強さ。
メンタル面だ。


??『・・・ダメだな』

10球程投げた後、彼はそう呟いた。

蒼河『まだ不慣れだからだと思います』
??『止めた方がいい』
蒼河『でも・・・』
??『無理矢理変えられて、余計に悪くなったパターンを何人か見てきた。最悪、下でも通用しなくなる』
蒼河『・・・』

彼の言う事はもっともだった。
今は手首を痛めて調整中だが、去年一昨年と2桁ホームランを打っている。
現時点では試合に出てもいないので、(一応試合に出ている)私の球を打てるはずが無かった。

??『横で投げるのは止めにしよう』
蒼河『分かりました。でも、今のままだと・・・』
??『どうしても変えたい?』
蒼河『はい』
??『だったら・・・』

彼の真似をして動く。
かつて日本球界、そしてアメリカでも大活躍したあの人のフォームだ。

蒼河『かえって投げにくい気が・・・』
??『大丈夫だ。打者が注目すれば勝手に打ち損じて・・・ぐおっ!?』
蒼河『どこに注目するんですか?』

腕を取り、関節を極める。
プロ入りしてすぐに、(万一に備える為)習わされた。
もっとも、練習以外で使ったのは初めてだ。

??『わ、悪かった・・・』
蒼河『次、そういう事言ったら腕ばきばきにしてあげますよ?』
??『ばきばき・・・そうか!』

何かを閃いたようだ。


『本日、初勝利&初ヒットを記録しました蒼河唯早選手のヒーローインタビューでした!』

フラッシュの光が浴びせられる中、サインをしたボール(本物ではなくサイン用の柔らかいボール)をスタンドに投げ入れる。
初勝利に初ヒット。
もちろん女子選手としては史上初の快挙だ。

『大変危険ですので、押し合わないよう・・・』

あれから数ヶ月が経った。
引き出しを拡げる為、様々な試みをした。
下半身の徹底強化や筋肉の可動域の拡大。
時には、バッティングや外野の守備練習までもこなした。

『ハヤちゃーん!』
『おめでとうー!』

もっとも効果があったのは、新球の習得だった。
打者のバットをばきばきにする、彼曰くばきばきボール(実際にはカットボールと呼ばれる物らしい)を覚えた事により、打たせて取るピッチングができるようになる。
そして、一軍に昇格してしばらく後の試合。
先発投手のアクシデントで急遽登板。
毎回ランナーを出しながらも無失点で抑え、さらには初ヒットも記録した。

コーチ『ハヤ、おめでとう』
蒼河『ありがとうございます』

私の野球人生でもっとも輝いた瞬間だった。


??『・・・キミか』

例の外野手の先輩だった。
私よりも少し早く昇格。
スタメン出場する事も多く、今シーズンもそれなりの成績を残していた。

??『調子はどうだ?』
蒼河『・・・え?』

普段なら、それは先輩から後輩への挨拶代わり。
しかし、今は違う。
監督、コーチ、同僚、裏方さん。
異口同音に贈られた祝いの言葉に深々と頭を下げ、御礼を述べた。

??『そうか、良かったな・・・』

頭を軽く叩かれる。
ここ何日かは試合に出ていなかったとはいえ、彼が知らないのは少しおかしい。
とりあえず、渡す物を渡そう。
お尻のポケットから“それ”を取り出す。

蒼河『匂いとか・・・嗅がないで下さいよ?』

ボールには《初勝利・初ヒット記念》と記してある。

??『これは・・・』
蒼河『本当は食事でも、って思ったんですけど・・・』

選手はもちろん、監督コーチまでもが私と外で食事する事を一切禁じられていた。
一緒に食事したのは、広報の女性スタッフと清掃のおばちゃんだけだ。

??『分かった、受け取ろう。



・・・野球人として、最後の記念に』

そう言い残し、彼は姿を消してしまった。
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