ばきメモ2、ばきメモスタジアム
【見送る】
見送った・・・というより、手が出なかった。
膝元ギリギリに直球が突き刺さる。
『ボール・・・で良いですよね、先輩?』
『・・・』
幼なじみの声に、彼女がやや不満そうな顔を見せながらも頷く。
『今の・・・多分、人によってはストライク取ると思う』
ボールを彼女に投げ返した幼なじみが、小声で呟いた。
確かに今のはギリギリだった。
甘くしてくれた、って訳か。
『それもあるんだけど、練習も兼ねて』
練習?
『前にね、審判の心情悪くしちゃった事があって。ストライクの判定で』
なるほど。
『まあ、次の回から全球ど真ん中に投げて無失点で抑えたけどね』
凄いな、改めて。
『でも今後の事を考えると、あまり良くはないでしょ?先輩の怒った顔って、背筋がゾクッとするというか・・・』
確かに。
見慣れいるとはいえ、恐ろしい。
何かこう・・・人間の根本的な部分に触れてくる。
先日、3分持たなかった時もそんな感じだった。
『・・・次、キミの顔の後ろに構えても良いかな?』
普通に投げてきそうだから止めて。
『そろそろ良いかしら?』
『・・・何か笑顔がわざとらしいね』
後が怖いな・・・と思いつつ、バットを構える。
判定に救われたとはいえ、ツーストライクのままである事には変わらない。
そして、彼女が振りかぶった。
『・・・ンッ!』
さっきの直球よりも少し遅い。
コースは・・・先程よりもやや高め。
【選択肢】
⇒思いっきり振る
慎重に見極める
【思いっきり振る】
タイミングを合わせ、思いっきり振り抜いた。
・・・はずだったが。
『あ・・・』
伝わってきたのは、軽く擦ったような感覚。
力なく転がったボールを、彼女が素手で拾い上げた。
『・・・ふう』
捉えたと思った瞬間、ほんの少しガクッと沈んだように見えた。
これは、ひょっとして。
『そう、フォーク。まだ試行錯誤中だけど』
『やっぱりイマイチね。私は握りを深くした方が良いと思うけど・・・』
不満そうに呟く彼女。
『でも《あの人》は浅くした方が合うんじゃないか、って言ってるんですよね?』
『そうだけど・・・』
『えっと・・・元プロ野球選手の人がいて、その人からアドバイス貰ってるんだって』
師匠みたいな存在か。
『うん。でもその人って、何処にいるか分からないみたい』
『何をしているか、もね』
それでどうやってアドバイスを貰うのだろうか?
『動画サイト、あるでしょ?共有アカウント作って、そこに練習の動画アップするの』
『女子だけならともかく、もう一つは球種あった方が良いって・・・』
直球にカーブ、そして今のフォークか。
どんどん本格的になってきてるな。
『さすがにまだ試合で使える段階じゃないわ』
『そうですね。今のは結構イイ線行ってたと思いますけど』
『でもコントロールが明らかに甘かった。だからチ●カス素人にも当てられるのよ』
自分の彼氏をチ●カスって。
『3分持たなかった事、根に持ってるんじゃない?』
次はもっと頑張ろう、うん。
幼なじみ『あ、確かにブラックでも美味しいですね』
彼女『うん。私も元々はミルク入れてたけど』
グラウンドの片付けを終えたオレ達3人は、学校近くのアンティークな喫茶店に来ていた。
一通り身体を動かした後なので、アイスコーヒーが余計に美味しく感じられる。
幼なじみ『で、結局どうしますか?』
彼女『とりあえずは、これでしばらく続けるわ。どっちみち精度上げないと使えないし』
幼なじみ『分かりました』
ノートに何やら書き込んでいる。
素人目線で見ても、芯を外すだけの効果はあると思うけど。
彼女『毎回あれ位の球が投げられれば、ね』
幼なじみ『うん。全く変化しなかったりとか』
彼女『かと思えば、ホームベースのかなり手前でバウンドしたり』
変化球一つ投げるのも大変なんだな。
幼なじみ『先輩の場合はカーブはすぐに修得できたんだけどね』
彼女『まあ・・・』
やっぱり凄い。
幼なじみ『ここで問題です。ど真ん中で全く変化しない球とホームベース手前でバウンドする球、先輩が試合で投げちゃいけないのはどちらでしょう?』
彼女『できればどちらも投げたくないわね・・・』
幼なじみ『ちなみに選択肢は無いから、普通に進んでね』
ランナーがいるときならともかく、それ以外で危ないのはど真ん中の棒球だ。
ワンバウンドなら単にボール1つで済むが、ど真ん中の棒球だとそうはいかない。
幼なじみ『うん、普通ならそうだけどね』
彼女『この場合はホームベース手前でバウンドする球、が正解なの』
幼なじみ『たまたまその試合に球団の社長が観に来ててね・・・』
彼女『みっともないボール投げるな、って言われたわ』
幼なじみ『まだ試合途中にも関わらず、ベンチに来てね』
彼女『新たに参戦する以上、好きにやらせてもらうわ』
幼なじみ『・・・今だって好きにやってると思いますけど?』
さっきだって一通り練習した後、何故か乱取りに付き合わされた。
オレが無様な姿を晒している間、幼なじみは周囲に人が来ないかの監視役をやらされていた。
彼女『う・・・うるさいわね。身体が疼いてきちゃったのよ』
幼なじみ『ねえ・・・今からでも、私に乗り換えない?』
魅力的なお誘いだけど、生きて卒業できそうになりから辞退します。
幼なじみ『まあ・・・命の方が大事だもんね』
そうそう。
それにさっき、このページの冒頭で《参戦》って言ってたよね?
ひょっとして、K●Fにでも出場するのだろうか。
幼なじみ『中ボスとかで出たら面白そうだよね』
謎の力に目覚めて暴走したり、とか。
彼女『・・・身体中喰らい尽くされたい?』
彼女『って、そんな訳無いでしょう。野球よ、野球』
幼なじみ『うん。今度、女子リーグの新しいチームを作るんだって』
彼女『父の会社を中心に、幾つかの企業や色々な団体が出資してくれる事になっているわ』
その《色々な団体》っていうのが気になるのだが。
幼なじみ『・・・きゅ、球場も手配できてるんですよね?』
彼女『え、ええ・・・。改修工事はこれからだけど』
誤魔化したな。
幼なじみ『まあまあ。駅からもそんな遠くないし、繰り返し来て貰えるように頑張らないとね』
彼女『バックネット裏の席を全部造り変える予定なの。後はお手洗いとか・・・』
幼なじみ『内野部分は屋根もあるんですよね?』
彼女『ええ・・・当面は問題無さそうよ』
随分と話が進んでるんだな。
幼なじみ『うん。だからキミも、GMとして責任重大だよ?』
彼女『貴方ならできるって信じてるわ』
話が見えて来ない。
幼なじみ『え、何?この期に及んで断る訳?それじゃあ単なる早●野郎だよ?』
彼女『・・・いくら本当の事でも、口に出して良い事と悪い事があるわ』
幼なじみ『でも初めて一戦交えた時、東●ポの4コマみたいになったんですよね?』
おいバカ止めろ。
話がおかしな方向に飛びそうだったので、(これ以上自分の価値を落とさない為に)オレは首を縦に振るしかなかった。
幼なじみ『良かった~・・・引き受けてくれて』
彼女『ええ・・・一安心だわ』
女子リーグに新たなチームが参戦するので、GMに就任してほしい。
ただ、GMといっても雑用や練習の手伝いもしてもらうとの事だった。
幼なじみ『テストも兼ねてたんだよ。理不尽な要求をしてくる選手とか、後は・・・』
GMに暴力を振るう選手とか。
幼なじみ『そうそう・・・って、それは先輩以外にいないから』
彼女『貴方達・・・月を見る度に思い出したい?』
いや、明日の朝日すら拝めなくなりそう。
幼なじみ『ま、まあ先輩は特別だとしても・・・他の人達を納得させるには、一応の根拠が必要だった訳で』
彼女『贔屓で選んだ、って言われるのは私達も不本意だからね』
今までにオレが受けた仕打ちの数々をレポートにまとめれば、一発OKだと思うけど。
幼なじみ『単にマゾ扱いされるだけじゃないかな?』
それは勘弁。
幼なじみ『この人、知ってる?』
スマホの画面に写っていたのは、彼女のチームとは違うチーム(と言っても2チームしか無いが)の選手だった。
アマチュア時代から女子野球界を牽引しており《美人すぎる野球選手》という見出しで取り上げられた事もあるので、知名度は高い。
先日の試合でも彼女が格の違いを見せ付ける中、唯一2塁を踏んだのがこの人だった。
幼なじみ『なんとなんと!来年から、一緒のチームだよっ♪』
彼女『ええ・・・』
嬉しそうな幼なじみと比べて、複雑そうな表情の彼女。
幼なじみ『キミの事話したら、何か気に入っちゃったみたいで』
腿に激痛が走る。
彼女『鼻の下伸ばしてんじゃ・・・ないわよっ!』
幼なじみ『違う所も伸ばしてたりしてね』
彼女『何ですってぇ!?』
痛い。
冗談抜きに痛い。
誰か助けて。
??『・・・あまり店の中で騒がないでもらえますか?』
声のした方に振り向く。
彼女『貴女は・・・確か』
幼なじみ『オカルト電波少女!』
オカルト女『何ですか、藪から棒に。しかも本人を目の前にして・・・』
幼なじみ『ごめんごめん、画面の前の人にも分かるようにって事で』
そこにいたのは、同級生のオカルト電波少女(人気投票第2位)だった。
手には、氷水の入ったポット。
彼女『そういえば・・・』
オカルト女『叔母の店です』
手際よく、お冷やのお代わりを入れるオカルト電波少女。
よく見ると、店内の装飾品も占いやおまじないを連想させる物が多い。
彼女『貴女のご両親は、そういうのあまり好きではないらしいわね』
オカルト女『そうですね、あまり良い顔は致しません。詳しくは、私のルートで・・・ね?』
幼なじみ『あー!1オクターブ高くなったー!!』
オカルト女『私、簿記の資格持っています。運動は苦手ですけど、GMのサポート役として誠心誠意尽くします』
彼女『私も選手としての活動があるから、ずっと一緒にはいられないし・・・お願いしようかしら』
傍らでサポートしてくれるのは、とても有り難い。
どうしても自分一人だけだと視野が狭くなるし、男性の自分には言いづらい事も多いだろう。
幼なじみ『でも危ないんじゃないですか?』
彼女『どうして?』
幼なじみ『性格はアレだけど、人気投票第2位だけあってスタイルルックス共にかなりのレベルだし』
彼女『・・・自分が3位だからって、逆恨みじゃないの?』
幼なじみ『ムキーッ!!』
オカルト女『性格って・・・いやまあ、自覚はありますけど』
自覚があるって事は、個別ルートに入った後のバージョンか。
オカルト女『うん。至らない所もあるかと思いますが、よろしくお願いします』
うーん・・・やっぱり普通に笑うと可愛いな。
幼なじみ『あー!やっぱり鼻の下伸ばしてるー!!先輩、やっぱ危ないですよ~・・・』
彼女『うーん・・・』
オカルト電波少女を品定めするように凝視している。
オカルト女『ところで会長さん』
彼女『何かしら?』
オカルト女『新チームの監督は決まってますか?』
彼女『・・・正式には、まだだけど。アテでもあるのかしら?』
幼なじみが驚いた表情で彼女を見ている。
それを手で制する彼女。
オカルト女『・・・一体どんな魔法を使ったのですか?』
外で電話していたオカルト電波少女が、驚愕の表情で戻ってきた。
幼なじみ『いや、オカルトちゃんに言われても・・・』
オカルト女『それはそうかもしれませんけど、まさか蒼河唯早(あおかわいはや)さんが既に監督に内定していたなんて・・・』
彼女『《正式には》って、言ったはずよ』
蒼河唯早(あおかわいはや)。
NPB初にして唯一の女子選手。
既に引退しており、野球とは距離を置きたいと明言していたはずだが・・・
オカルト女『それはそうですけど・・・』
彼女『むしろ私が気になるのは、貴女が持ってるルートよ』
幼なじみ『ルート?』
彼女『事務経理、貴女にお願いするわ。その代わり・・・』
無言で見つめあう美女2人。
禍々しいオーラが漂っているように感じるのは、店内の至る所に飾られているオカルトグッズのせいだけではないだろう。
オカルト女『会長さんの御想像通り、といえば納得して頂けますか?』
彼女『あの男と知り合いだったとは、驚きね』
幼なじみ『なんか、話に付いていけない・・・』
全くだ。
彼女『大丈夫よ。何も心配無いわ』
オカルト女『はい、いずれ彼は私達の前に姿を現すでしょう・・・。星がそう言っています』
なんか不安だ。
オカルト電波少女も最初に登場した時に戻ってるし。
幼なじみ『えっと・・・仮に現れたとして、どうするの?』
彼女『そうね・・・一通りの技の実験台になってもらおうかしら』
オカルト女『貴女という人は・・・!』
新監督にほぼ内定している初のNPB女子選手、蒼河唯早(あおかわいはや)。
そして、蒼河さんと関係があるとされる謎の男。
彼女とオカルト電波少女は、その人物の事も知っているようだった。
幼なじみ『ねえ・・・主人公君は先輩の本当の性格知ったのって、いつ?』
付き合ってしばらくした頃だったと思う。
確か、教室で幼なじみと話が盛り上がって・・・
幼なじみ『そうそう。その後廊下に出るなり、首根っこ掴まれて連れてかれちゃったよね。びっくりしちゃったよ』
彼女『・・・何か言いたい事でも?』
幼なじみ『うん。先輩とその人って、どんな関係ですか?』
彼女『関係・・・ね』
オカルト女『・・・』
まず、オレを見る。
そして、オカルト電波少女とアイコンタクトを交わした。
彼女『出来の悪い兄・・・って所かしら』
オカルト女『まあ・・・確かに』
認識はほぼ一致しているようだった。
彼女『それはそうとして、頼むわよ?』
オカルト女『一緒に頑張りましょう、主人公君』
うーん、やっぱ可愛いな。
幼なじみ『先輩~、やっぱ他の人にした方が・・・』
彼女『とは言ってもね・・・今から新規でグラ書き直す余裕は無いわよ』
オカルト『はい。わざわざスーツも新調しましたし。スカートとスラックス、どっちがお好みですか?』
できれば日替わりで・・・と言おうとしたが、声にならなかった。
幼なじみ『あ・・・落ちた』
オカルト女『会長さん・・・貴女、本当にカタギの人間ですか?』
彼女『う、うるさいわね・・・』
なつき『・・・で、これが《オカルト電波少女》か』
ユリ『《ばきメモスタジアム》予約特典のクオカードです。他のヒロインに比べると控え目なデザインですね』
なつき『他の予約特典だと、これとこれが着替え中でこれとこれはシャワー浴びてる最中か・・・』
ユリ『《オカルト電波少女》ちゃんは事務職という事もあり、スーツ姿です』
なつき『普通にパンツ見えてるけどな』
ユリ『高い所にあるファイルを取ろうとして、やっと手が届いたと思ったら後ろに・・・そそりますねぇ、この表情』
なつき『・・・それにしても、よく全種類集めたな』
ユリ『はい。マニアショップ何軒も探してようやく手に入れました』
なつき『矢部じゃあるまいし・・・ちなみに幾らかかった?』
ユリ『うーん・・・どちらかと言えば物々交換の占める割合が・・・いえ、何でも無いです』
なつき『・・・』
ユリ『決して例の水着姿の・・・あ』
なつき『・・・』
見送った・・・というより、手が出なかった。
膝元ギリギリに直球が突き刺さる。
『ボール・・・で良いですよね、先輩?』
『・・・』
幼なじみの声に、彼女がやや不満そうな顔を見せながらも頷く。
『今の・・・多分、人によってはストライク取ると思う』
ボールを彼女に投げ返した幼なじみが、小声で呟いた。
確かに今のはギリギリだった。
甘くしてくれた、って訳か。
『それもあるんだけど、練習も兼ねて』
練習?
『前にね、審判の心情悪くしちゃった事があって。ストライクの判定で』
なるほど。
『まあ、次の回から全球ど真ん中に投げて無失点で抑えたけどね』
凄いな、改めて。
『でも今後の事を考えると、あまり良くはないでしょ?先輩の怒った顔って、背筋がゾクッとするというか・・・』
確かに。
見慣れいるとはいえ、恐ろしい。
何かこう・・・人間の根本的な部分に触れてくる。
先日、3分持たなかった時もそんな感じだった。
『・・・次、キミの顔の後ろに構えても良いかな?』
普通に投げてきそうだから止めて。
『そろそろ良いかしら?』
『・・・何か笑顔がわざとらしいね』
後が怖いな・・・と思いつつ、バットを構える。
判定に救われたとはいえ、ツーストライクのままである事には変わらない。
そして、彼女が振りかぶった。
『・・・ンッ!』
さっきの直球よりも少し遅い。
コースは・・・先程よりもやや高め。
【選択肢】
⇒思いっきり振る
慎重に見極める
【思いっきり振る】
タイミングを合わせ、思いっきり振り抜いた。
・・・はずだったが。
『あ・・・』
伝わってきたのは、軽く擦ったような感覚。
力なく転がったボールを、彼女が素手で拾い上げた。
『・・・ふう』
捉えたと思った瞬間、ほんの少しガクッと沈んだように見えた。
これは、ひょっとして。
『そう、フォーク。まだ試行錯誤中だけど』
『やっぱりイマイチね。私は握りを深くした方が良いと思うけど・・・』
不満そうに呟く彼女。
『でも《あの人》は浅くした方が合うんじゃないか、って言ってるんですよね?』
『そうだけど・・・』
『えっと・・・元プロ野球選手の人がいて、その人からアドバイス貰ってるんだって』
師匠みたいな存在か。
『うん。でもその人って、何処にいるか分からないみたい』
『何をしているか、もね』
それでどうやってアドバイスを貰うのだろうか?
『動画サイト、あるでしょ?共有アカウント作って、そこに練習の動画アップするの』
『女子だけならともかく、もう一つは球種あった方が良いって・・・』
直球にカーブ、そして今のフォークか。
どんどん本格的になってきてるな。
『さすがにまだ試合で使える段階じゃないわ』
『そうですね。今のは結構イイ線行ってたと思いますけど』
『でもコントロールが明らかに甘かった。だからチ●カス素人にも当てられるのよ』
自分の彼氏をチ●カスって。
『3分持たなかった事、根に持ってるんじゃない?』
次はもっと頑張ろう、うん。
幼なじみ『あ、確かにブラックでも美味しいですね』
彼女『うん。私も元々はミルク入れてたけど』
グラウンドの片付けを終えたオレ達3人は、学校近くのアンティークな喫茶店に来ていた。
一通り身体を動かした後なので、アイスコーヒーが余計に美味しく感じられる。
幼なじみ『で、結局どうしますか?』
彼女『とりあえずは、これでしばらく続けるわ。どっちみち精度上げないと使えないし』
幼なじみ『分かりました』
ノートに何やら書き込んでいる。
素人目線で見ても、芯を外すだけの効果はあると思うけど。
彼女『毎回あれ位の球が投げられれば、ね』
幼なじみ『うん。全く変化しなかったりとか』
彼女『かと思えば、ホームベースのかなり手前でバウンドしたり』
変化球一つ投げるのも大変なんだな。
幼なじみ『先輩の場合はカーブはすぐに修得できたんだけどね』
彼女『まあ・・・』
やっぱり凄い。
幼なじみ『ここで問題です。ど真ん中で全く変化しない球とホームベース手前でバウンドする球、先輩が試合で投げちゃいけないのはどちらでしょう?』
彼女『できればどちらも投げたくないわね・・・』
幼なじみ『ちなみに選択肢は無いから、普通に進んでね』
ランナーがいるときならともかく、それ以外で危ないのはど真ん中の棒球だ。
ワンバウンドなら単にボール1つで済むが、ど真ん中の棒球だとそうはいかない。
幼なじみ『うん、普通ならそうだけどね』
彼女『この場合はホームベース手前でバウンドする球、が正解なの』
幼なじみ『たまたまその試合に球団の社長が観に来ててね・・・』
彼女『みっともないボール投げるな、って言われたわ』
幼なじみ『まだ試合途中にも関わらず、ベンチに来てね』
彼女『新たに参戦する以上、好きにやらせてもらうわ』
幼なじみ『・・・今だって好きにやってると思いますけど?』
さっきだって一通り練習した後、何故か乱取りに付き合わされた。
オレが無様な姿を晒している間、幼なじみは周囲に人が来ないかの監視役をやらされていた。
彼女『う・・・うるさいわね。身体が疼いてきちゃったのよ』
幼なじみ『ねえ・・・今からでも、私に乗り換えない?』
魅力的なお誘いだけど、生きて卒業できそうになりから辞退します。
幼なじみ『まあ・・・命の方が大事だもんね』
そうそう。
それにさっき、このページの冒頭で《参戦》って言ってたよね?
ひょっとして、K●Fにでも出場するのだろうか。
幼なじみ『中ボスとかで出たら面白そうだよね』
謎の力に目覚めて暴走したり、とか。
彼女『・・・身体中喰らい尽くされたい?』
彼女『って、そんな訳無いでしょう。野球よ、野球』
幼なじみ『うん。今度、女子リーグの新しいチームを作るんだって』
彼女『父の会社を中心に、幾つかの企業や色々な団体が出資してくれる事になっているわ』
その《色々な団体》っていうのが気になるのだが。
幼なじみ『・・・きゅ、球場も手配できてるんですよね?』
彼女『え、ええ・・・。改修工事はこれからだけど』
誤魔化したな。
幼なじみ『まあまあ。駅からもそんな遠くないし、繰り返し来て貰えるように頑張らないとね』
彼女『バックネット裏の席を全部造り変える予定なの。後はお手洗いとか・・・』
幼なじみ『内野部分は屋根もあるんですよね?』
彼女『ええ・・・当面は問題無さそうよ』
随分と話が進んでるんだな。
幼なじみ『うん。だからキミも、GMとして責任重大だよ?』
彼女『貴方ならできるって信じてるわ』
話が見えて来ない。
幼なじみ『え、何?この期に及んで断る訳?それじゃあ単なる早●野郎だよ?』
彼女『・・・いくら本当の事でも、口に出して良い事と悪い事があるわ』
幼なじみ『でも初めて一戦交えた時、東●ポの4コマみたいになったんですよね?』
おいバカ止めろ。
話がおかしな方向に飛びそうだったので、(これ以上自分の価値を落とさない為に)オレは首を縦に振るしかなかった。
幼なじみ『良かった~・・・引き受けてくれて』
彼女『ええ・・・一安心だわ』
女子リーグに新たなチームが参戦するので、GMに就任してほしい。
ただ、GMといっても雑用や練習の手伝いもしてもらうとの事だった。
幼なじみ『テストも兼ねてたんだよ。理不尽な要求をしてくる選手とか、後は・・・』
GMに暴力を振るう選手とか。
幼なじみ『そうそう・・・って、それは先輩以外にいないから』
彼女『貴方達・・・月を見る度に思い出したい?』
いや、明日の朝日すら拝めなくなりそう。
幼なじみ『ま、まあ先輩は特別だとしても・・・他の人達を納得させるには、一応の根拠が必要だった訳で』
彼女『贔屓で選んだ、って言われるのは私達も不本意だからね』
今までにオレが受けた仕打ちの数々をレポートにまとめれば、一発OKだと思うけど。
幼なじみ『単にマゾ扱いされるだけじゃないかな?』
それは勘弁。
幼なじみ『この人、知ってる?』
スマホの画面に写っていたのは、彼女のチームとは違うチーム(と言っても2チームしか無いが)の選手だった。
アマチュア時代から女子野球界を牽引しており《美人すぎる野球選手》という見出しで取り上げられた事もあるので、知名度は高い。
先日の試合でも彼女が格の違いを見せ付ける中、唯一2塁を踏んだのがこの人だった。
幼なじみ『なんとなんと!来年から、一緒のチームだよっ♪』
彼女『ええ・・・』
嬉しそうな幼なじみと比べて、複雑そうな表情の彼女。
幼なじみ『キミの事話したら、何か気に入っちゃったみたいで』
腿に激痛が走る。
彼女『鼻の下伸ばしてんじゃ・・・ないわよっ!』
幼なじみ『違う所も伸ばしてたりしてね』
彼女『何ですってぇ!?』
痛い。
冗談抜きに痛い。
誰か助けて。
??『・・・あまり店の中で騒がないでもらえますか?』
声のした方に振り向く。
彼女『貴女は・・・確か』
幼なじみ『オカルト電波少女!』
オカルト女『何ですか、藪から棒に。しかも本人を目の前にして・・・』
幼なじみ『ごめんごめん、画面の前の人にも分かるようにって事で』
そこにいたのは、同級生のオカルト電波少女(人気投票第2位)だった。
手には、氷水の入ったポット。
彼女『そういえば・・・』
オカルト女『叔母の店です』
手際よく、お冷やのお代わりを入れるオカルト電波少女。
よく見ると、店内の装飾品も占いやおまじないを連想させる物が多い。
彼女『貴女のご両親は、そういうのあまり好きではないらしいわね』
オカルト女『そうですね、あまり良い顔は致しません。詳しくは、私のルートで・・・ね?』
幼なじみ『あー!1オクターブ高くなったー!!』
オカルト女『私、簿記の資格持っています。運動は苦手ですけど、GMのサポート役として誠心誠意尽くします』
彼女『私も選手としての活動があるから、ずっと一緒にはいられないし・・・お願いしようかしら』
傍らでサポートしてくれるのは、とても有り難い。
どうしても自分一人だけだと視野が狭くなるし、男性の自分には言いづらい事も多いだろう。
幼なじみ『でも危ないんじゃないですか?』
彼女『どうして?』
幼なじみ『性格はアレだけど、人気投票第2位だけあってスタイルルックス共にかなりのレベルだし』
彼女『・・・自分が3位だからって、逆恨みじゃないの?』
幼なじみ『ムキーッ!!』
オカルト女『性格って・・・いやまあ、自覚はありますけど』
自覚があるって事は、個別ルートに入った後のバージョンか。
オカルト女『うん。至らない所もあるかと思いますが、よろしくお願いします』
うーん・・・やっぱり普通に笑うと可愛いな。
幼なじみ『あー!やっぱり鼻の下伸ばしてるー!!先輩、やっぱ危ないですよ~・・・』
彼女『うーん・・・』
オカルト電波少女を品定めするように凝視している。
オカルト女『ところで会長さん』
彼女『何かしら?』
オカルト女『新チームの監督は決まってますか?』
彼女『・・・正式には、まだだけど。アテでもあるのかしら?』
幼なじみが驚いた表情で彼女を見ている。
それを手で制する彼女。
オカルト女『・・・一体どんな魔法を使ったのですか?』
外で電話していたオカルト電波少女が、驚愕の表情で戻ってきた。
幼なじみ『いや、オカルトちゃんに言われても・・・』
オカルト女『それはそうかもしれませんけど、まさか蒼河唯早(あおかわいはや)さんが既に監督に内定していたなんて・・・』
彼女『《正式には》って、言ったはずよ』
蒼河唯早(あおかわいはや)。
NPB初にして唯一の女子選手。
既に引退しており、野球とは距離を置きたいと明言していたはずだが・・・
オカルト女『それはそうですけど・・・』
彼女『むしろ私が気になるのは、貴女が持ってるルートよ』
幼なじみ『ルート?』
彼女『事務経理、貴女にお願いするわ。その代わり・・・』
無言で見つめあう美女2人。
禍々しいオーラが漂っているように感じるのは、店内の至る所に飾られているオカルトグッズのせいだけではないだろう。
オカルト女『会長さんの御想像通り、といえば納得して頂けますか?』
彼女『あの男と知り合いだったとは、驚きね』
幼なじみ『なんか、話に付いていけない・・・』
全くだ。
彼女『大丈夫よ。何も心配無いわ』
オカルト女『はい、いずれ彼は私達の前に姿を現すでしょう・・・。星がそう言っています』
なんか不安だ。
オカルト電波少女も最初に登場した時に戻ってるし。
幼なじみ『えっと・・・仮に現れたとして、どうするの?』
彼女『そうね・・・一通りの技の実験台になってもらおうかしら』
オカルト女『貴女という人は・・・!』
新監督にほぼ内定している初のNPB女子選手、蒼河唯早(あおかわいはや)。
そして、蒼河さんと関係があるとされる謎の男。
彼女とオカルト電波少女は、その人物の事も知っているようだった。
幼なじみ『ねえ・・・主人公君は先輩の本当の性格知ったのって、いつ?』
付き合ってしばらくした頃だったと思う。
確か、教室で幼なじみと話が盛り上がって・・・
幼なじみ『そうそう。その後廊下に出るなり、首根っこ掴まれて連れてかれちゃったよね。びっくりしちゃったよ』
彼女『・・・何か言いたい事でも?』
幼なじみ『うん。先輩とその人って、どんな関係ですか?』
彼女『関係・・・ね』
オカルト女『・・・』
まず、オレを見る。
そして、オカルト電波少女とアイコンタクトを交わした。
彼女『出来の悪い兄・・・って所かしら』
オカルト女『まあ・・・確かに』
認識はほぼ一致しているようだった。
彼女『それはそうとして、頼むわよ?』
オカルト女『一緒に頑張りましょう、主人公君』
うーん、やっぱ可愛いな。
幼なじみ『先輩~、やっぱ他の人にした方が・・・』
彼女『とは言ってもね・・・今から新規でグラ書き直す余裕は無いわよ』
オカルト『はい。わざわざスーツも新調しましたし。スカートとスラックス、どっちがお好みですか?』
できれば日替わりで・・・と言おうとしたが、声にならなかった。
幼なじみ『あ・・・落ちた』
オカルト女『会長さん・・・貴女、本当にカタギの人間ですか?』
彼女『う、うるさいわね・・・』
なつき『・・・で、これが《オカルト電波少女》か』
ユリ『《ばきメモスタジアム》予約特典のクオカードです。他のヒロインに比べると控え目なデザインですね』
なつき『他の予約特典だと、これとこれが着替え中でこれとこれはシャワー浴びてる最中か・・・』
ユリ『《オカルト電波少女》ちゃんは事務職という事もあり、スーツ姿です』
なつき『普通にパンツ見えてるけどな』
ユリ『高い所にあるファイルを取ろうとして、やっと手が届いたと思ったら後ろに・・・そそりますねぇ、この表情』
なつき『・・・それにしても、よく全種類集めたな』
ユリ『はい。マニアショップ何軒も探してようやく手に入れました』
なつき『矢部じゃあるまいし・・・ちなみに幾らかかった?』
ユリ『うーん・・・どちらかと言えば物々交換の占める割合が・・・いえ、何でも無いです』
なつき『・・・』
ユリ『決して例の水着姿の・・・あ』
なつき『・・・』