野球の島(夢小説)

それから数ヶ月後。
年が明け、1月のある日。

透『似合ってる?』
真理『正直言って、スーツに着られている印象が強いわね・・・』
透『ガーン・・・』

実際、透だけでなく私もそんな感じだろう。
背中の辺りが涼しいというか寒い。
しかも歩き辛い。

透『時間、大丈夫?』
真理『そろそろね。行きましょうか』

場違いなビルの場違いなエレベーターに乗る。
私達がこれから向かうのは、高層ビルの41階にある高級なレストラン。
ユリからの《ちゃんとした御礼》らしい。
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『お待たせしました。こちらが本日のメインディッシュ、仔牛の・・・』

蝶ネクタイ姿の店員が料理の説明を読み上げていく。
店に入るまでは半信半疑だったが、

真理『予約してます、小林と矢島です』
『小林真理様と矢島透様ですね。お待ちしておりました・・・』

とフルネームで呼ばれ、少しホッとした。

透『えっと・・・また野球観に行こうか』
真理『そ、そうね・・・』

店の雰囲気のせいか、会話がぎこちない。
去年も野球界では色々あった。

透『あの二人ってどうなるのかな?』
真理『キャットハンズの?』
透『うん』
真理『あまり良い状況にはならないと思うけど・・・あ、すみません』

グラスに水が注がれ、頭を下げる。
ソフトドリンクは飲み放題という話だったが、それぞれ2杯ずつ飲んだ後は水にしていた。
もっとも、その水というのもペットボトルではなくガラスの瓶に入ったミネラルウォーターで相当な高級品である事は想像に難くない。

透『キャットハンズもそうだけど、バルカンズにも驚いたよね。女子リーグから2人も指名して』
真理『うん。しかも、紀三井寺監督がコーチ就任』

紀三井寺奏(きみいでらかなえ)。
六大学野球のアイドル投手として、女性では初のNPB入りを果たした早川あおい元投手と人気を二分していた。
クラブチームを経て女子リーグの監督、そして今年からはバルカンズのコーチに就任する。

透『女子リーグから入団した2人のサポート役なのかな?』
真理『それもあると思うけど・・・』
透『年の近い《新監督》が関係あるって、前に言ってたよね?』

現役選手同士のスキャンダルに始まり、女子リーグからの2人指名や紀三井寺監督のコーチ就任。
そして何より《あの人》がバルカンズの新監督に就任するという一報には驚かされた。

真理『うん。同じ高校の先輩後輩』
透『そうだっけ?《あの人》の出身校はカタカナの名前だったと思うけど・・・』
真理『学校の名前が途中で変わったらしいわよ』
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透『み、見てない見てない!』
真理『じとー・・・』

一週間前、私と透の自宅宛てにそれぞれスーツとドレス一式が招待状と一緒に送られてきた。
ユリは『透君もきっと喜ぶよ』と言っていたが、そういう意味だったのか。
デザインと色合いはともかく、ちょっと胸元開き過ぎ。
あの監督にでも着せたら、もっと凄い事になりそうだ。

真理『透の変態。この前のシャツで来れば良かったかしら?』
透『いや、さすがにアレは・・・』
真理『冗談だって。それにしても、ユリって凄いよね』

スーツとドレス一式を簡単に用意できる位だから、色々な知り合いがいても不思議ではない。
もっとも、あの店長には驚されたが。

透『ユリ先輩は型落ち品だから気にしないで、って言ってたけど・・・』
真理『それにしては、サイズピッタリだったわね』

同じ野球部の透はともかく、私のサイズを何処で調べたのだろうか。
考えたら負け、なのかもしれない。

透『うん。それに・・・』
真理『それに?』
透『ユ、ユリ先輩に御礼言わなきゃね』
真理『・・・どういう意味で?』

私は4月から大学に進学する。
そしてユリは、色々あって少しゴタゴタしていたらしいが・・・次の週末から女子リーグの練習に参加するらしい。

透『そういえばこの前のパーティー、女子リーグから指名されたあの人も来てたよね』
真理『・・・どこ見て思い出したの?』
透『う・・・』
『失礼します。本日のデザートをお持ち致しました。マロンの・・・』

頑張ろう、お互いに。
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【無右衛門】
ミクニコーヒーから発売されているペットボトルの緑茶飲料で、《むえもん》と読む。
有名な茶匠プロデュースの厳選茶葉を使用しているのが売りだったが、宣伝費を抑えた事で売上が低迷する。
その後、半分悪ノリみたいな状態でラベルに女の子のイラストを印刷し《萌えもん》という商品名で夏の同人誌即売会で販売する。
その時の評判が元になり見た目だけでなく味も良いというのが口コミで広まって、今ではシェア1、2を争う商品となった。

【思わぬ臨時収入】
青いリボンの女性をホテルまで送り届けた際に、貰ったお金。
金額は、真理と別れた後に透が貰ったお金の6倍。

【ばきメモ2】
恋愛シミュレーションゲーム、ばきばきメモリアル2ことばきメモ2のヒロインに抜擢された通称《彼女》。
主人公の一年先輩で、文武両道運動神経抜群頭脳明晰生徒会長(中略)性格良好というパーフェクトなヒロインだった。
ばきメモ2でも完璧超人なのは相変わらずだが、嫉妬深い面が異常に強調されておりキャラクター説明の際にも《性格良好》が取り除かれる場合が多い。

【雰囲気似てる】
ユリは真理の外見がばきメモシリーズの《彼女》に似てると思っていたのだが、透にそれを話したら

『ユリ先輩に言われて動画見てみたけど、確かに似てるよね・・・加虐趣味な所とか』

と言われ、酷い目に遭わせたのは言うまでもない。
ちなみに透が見た動画は《ばきメモ2 暴力シーン特集》。

【アルバイト】
既に本編でも語られている通り、ユリが働いている店《MIWA》は店構えといい店長といい内装といい決してマトモではない。
常連客も、地元の人間と店長の個人的な知り合いを除けば訳ありの人間が多い。

【あの監督】
そんな常連客の一人が、元プロ野球選手で現在は恋恋高校の監督を務めている藤乃なつき。
整ったルックスにプロポーションも抜群だが、髪はボサボサで目ヤニが付いている事も多く一部では《残念な美人》と呼ばれていたりする。

【この前のシャツ】
先日、その店を貸しきってクリスマスパーティーが開催され、透と真理も招待された。
参加者には店長の肖像画をイメージしたイラストがプリントされたシャツが渡され、パーティー中は(店長以外)全員が着用した。
ユリも、店長とは(表向きには)単なる知り合いという事になっていたので、同じTシャツを着用していた。

【あの店長】
みわちゃんこと、実和男(じつかずお)。
ユリが(店員ではなく)主催者として参加した為、オカマ仲間が何人かヘルプとして手伝っていた。
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