ある夏の記憶(澄谷)

鋭い打撃音が聞こえ、グラウンドの方を見る。
円の打った打球が右翼線ギリギリを転がっていた。

澄谷『ツーベース・・・』
聖『だな』
瀬名『クッソー!・・・あーオマエ、もしかして男じゃないのかー?』
城咲『バカ言ってんじゃないわよ、この変態!』
澄谷『・・・』
聖『・・・』

聖先輩は今年の春に高校を卒業、今は大学で野球を続けている。
残念ながら指名はされなかったが、大学で実力を磨き、いずれは先輩達と同じ舞台を目指すとの事だった。
そしてOBとなった今でも、時々は様子を見に来てくれる。

澄谷『今日は着物じゃないんですね』
聖『・・・いくら私でも《てーぴーおー》位は、わきまえてるぞ』

入部してしばらくした頃、先輩の実家に野球部の皆で行った事がある。
それなりに歴史のある寺である事にも驚かされたが、それよりも驚いたのは先輩の服装だった。

着替えてくると言って、一旦下がってしまった。
そして再び現れた先輩は、着物姿だった。
制服以外で外出する時は常に着ているらしい。
見事な着こなしで、服に着られてる印象は全然無く全員が圧倒されていた。

さすがに大学では目立ち過ぎるという事で、今は特別な事情が無い限り着ないらしい。
そんな訳で、今日の聖先輩はラフなTシャツにジーパン姿だった。

澄谷『《TPO》です。・・・それと、聖先輩』
聖『どうした?』
澄谷『ヒモ、出てますよ』

自分の首と肩の境目辺りを指で叩く。
最近は見せても良いのがあると円から聞いた事があるが、この水色のは明らかに違うだろう。

聖『む・・・すまない』

シャツを直す。
9月になったとはいえ、まだ残暑は厳しかった。

城咲『ストライクゾーンにも入らない訳?』
瀬名『う、うるせー!』

今日は監督がいないので、ずっとこんな感じだ。
強い打球が飛ぶので、守備練習にはなっている。

澄谷『呼びましょうか?』
聖『いや・・・その前に、澄谷の悩みを聞いてからだ』
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