ある夏の記憶(澄谷)

??『チックショー!次は抑えてやるー!!』
??『フン、ムダな事よ・・・何度やっても』

グラウンドでは、マウンドにいる男とバッターボックスにいる女が口論している。
二人とも、オレと同学年だ。

男の方は、瀬名拓哉(せなたくや)。
140kmに迫る速球と豊富な変化球があり、実力は抜きん出ている。
ただ、時々制球が乱れ自滅してしまう。

そして女の方は、城咲円(しろさきまどか)。
女子ながら、力強い打撃と堅実な守備を誇る。
前のキャプテンが引退してから、唯一の女子部員となった。
無愛想で口調が厳し過ぎる所もあるが、面倒見の良い性格で後輩からも頼りにされている。

瀬名『女にオレの球が打てるハズが無い!』
城咲『いい加減現実を見たら?』

マネージャーはオロオロしているが、他の部員は囃し立てたり守備に付いたりしている。
オレはそんな様子をベンチで見ていた。

??『どうした?元気が無いな』

青紫色の髪の女性に肩を叩かれた。
そのまま、オレの隣へと座る。

澄谷『お久しぶりです。聖先輩』
聖『うむ。澄谷もな』

この人は、六道聖(ろくどうひじり)先輩。
オレより二つ年上で、オレ達が聖タチバナ学園の野球部に入部した時のキャプテンだ。
女子ながらチームのキャプテン、そして正捕手を務めていた。

聖『大した物では無いが差し入れを持ってきた。冷蔵庫に入れてあるから、一段落したら食べてくれ』
澄谷『ありがとうございます』

新入部員の中には彼女の実力を疑う声もあったが、次の日にはそんな声は皆無となった。
まず、守備。
大暴投にも素早く反応し、ボールを後ろに逸らさない。
肩は決して強くは無かったが、送球までの早さは明らかにプロ並みだった。
初の紅白戦、彼女の絶妙なリードに皆キリキリ舞いさせられた。

聖『確か、澄谷にはヒットを打たれたな』
澄谷『よく覚えてますね。まあ、後の2つは三振でしたけど』

そして、打撃。
長打こそあまり無いものの、球に逆らわず左右に打ち分ける。
それは芸術と呼ぶに相応しい物だった。

聖『だが、タイミングは合っていた』

実力だけでなく、面倒見も良かった。
部活の後、何回か先輩お気に入りの店に連れて行ってもらった事がある。
・・・最近は全然行ってないが。

聖『澄谷や城咲でも大丈夫なように、全然甘くないのを選んだぞ』
澄谷『すみません・・・』

『甘さ控えめ』という事だろう。
最近は、先輩自身も多少控えているらしい。
やはりウエストが気になってきたのだろうか。
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