ある夏の記憶(澄谷)

ワタルの部屋を出たオレは、寮へ向かって歩いていた。
今日は吐く息も白くなる程に寒い。

そろそろ5年目、寮を出る事も考えなくてはいけない。
プロ野球の寮というのは、とにかく快適だ。

食事はバランスがとれており、それでいて美味しい。
何処かのホテルで料理長をやっていたシェフが、メニューを考案しているらしい。
既に寮を出たワタルも、たまに食べに来る。

そして風呂も大きい。
ゆったりと疲れを癒す事ができる。
寮長も気さくで話しやすい。
最低限の規律さえ守れば、色々言われる事もない。

だが、いつまでも甘えている訳にはいかない。
寮から徒歩圏内のマンションに住んでいるワタルに、大家の連絡先を聞こうとしたが止めた方が良いと言われた。

何でも、一年位前から怪しい宗教が入居しているらしい。
住民の中にも信者が増えており、ワタルも何回か勧誘されたらしい。
困ったものだ。

まさか、今年ワタルが不調だったのはそのせいではないだろうか?
そんな事を考えていた、その時だった。

??『あの~、すみません・・・』

突然、知らない女性に話しかけられた。
瞳を潤ませている。
何かもの凄く困っている様子だった。

??『ちょっと教えて欲しいんですけど・・・』

彼女は一つのマンションの場所を聞いてきた。
先程までオレがいた所だった。

??『ありがとうございます!助かりましたぁ・・・』

安堵の表情を浮かべ、マンションへ向かっていった。
・・・と思ったら、すぐに戻ってきた。

??『あの・・・そこを左に曲がって、その後どうするんでしたっけ?』
澄谷『・・・』
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