cyan(菊川)

まだ、オレ達がこうなる前の事だ。
部屋で二人で飲んでいた時、ちょっとした口論となり(一方的に)絡まれた事があった。

掴まれたかと思うと、いきなり腕を捻られ床に倒された。
だが・・・それでもリナは本気を出していないと、関節を極められながら思った。
酔っ払いながらも手加減をしており、素人ではないのは明らかだった。

さらに悲惨だったのは、その後だ。
手洗いから戻ってきたリナに『ねえ尚志、ちょっとこっち来て・・・』と呼ばれた。
オレがリナの側に行くと、『もっと近くに来て・・・もう少し・・・』と催促された。
抱き寄せようとした次の瞬間、気合いの入った掛け声と同時に視界が一回転し背中に激痛が走った。
薄れゆく意識の中で『ウソ、こんなに上手く決まるなんて・・・!』というリナの声を聞いた。

次の日の朝、泣きながら謝ってきたので酔っていて覚えてないとだけ言っておいた。
・・・その後数日間は、背中に湿布を貼ってプレーする羽目になった。

そもそも、オレはリナの事を何から何まで知ってる訳では無い。
父親は離婚して消息不明らしく、母親には何回か会った事があるが既に身体を壊しており、数年前に亡くなっている。
母親以外に親族の人間と会った事は無い。
妹が一人いたらしいが、父親に引き取られて同じく消息不明となっていると聞いた。

一応、友人として紹介された女子リーグに所属している本西遥の連絡先は知っているが、年頭の挨拶でメールのやり取りをする位だ。
恋恋高校で監督をしている藤乃なつきの方は、会った事も無い。

そして、リナが普段何をしているかオレは知らない。
スポーツ医学か何かの研究をしていると聞いた事があるが、本当かどうか分からない。
少なくとも、収入はそこそこある様で金に困っている様子は見られない。
本西遥か藤乃なつきなら何か知ってるのかもしれないが、さすがに聞いた事は無い。

リナ『先に休ませてもらうわ。おやすみ』
菊川『おやすみ・・・』

そのまま部屋へと入っていく。
幾つかある部屋の内の一つは、リナが使っている。
といっても、一週間以上姿を見せない時もある。

菊川『・・・』

オレも眠くなってきた。
テレビを消し、歯を磨く為に洗面台へ向かった。
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