フォーム改造(ヒスイ)

少し前に行われたNPBのドラフトで、女子リーグから初めて指名された選手が出た。

今年のドラフトは、去年までとは全く違った意味を持っていた。
リーグの選手と寮のスタッフ全員が食堂で、そして監督コーチや球団スタッフの人もリーグの事務所でテレビ中継に注目していた。
私も普段通りを装っていたが、内心では自分の事のように緊張していた。

理由はただ一つ。
今年、女子リーグからドラフト指名される可能性のある選手が現れたからだ。
しかも二人も。

一人は、私とは違う《紫》所属の萱島楠葉(かやしまくすは)さん。
豊富な変化球で打たせて取るタイプのピッチャーだ。
去年まではあまり結果を残せていなかったが、今年はリーグの最多勝を獲得し最優秀選手にも選ばれた。

そしてもう一人が、私と同じ《青》に所属している西条美月(さいじょうみつき)さん。
美月さんの父親は、レ・リーグの猪狩カイザースで投手コーチを務めている。
単なる七光りではなく、美月さん自身も(女子としては)相当な実力があり、140kmを記録した事もある直球に落差のあるフォークを操る。
『女子野球界のサラブレッド』として雑誌や新聞に取り上げられた事もあり、指名される可能性は美月さんの方が高いと言われていた。

結果、指名されたのは萱島楠葉さん一人だった。
彼女は同じ女子選手である、橘みずきさんも所属しているキャットハンズに指名された。
萱島さんの名前が呼ばれた瞬間、食堂はお祭り騒ぎになった。
おそらくリーグの事務所の方でも、同じ状況だっただろう。

しかし・・・育成も含めたドラフト会議が終了した後、食堂内は微妙な空気に包まれた。
中でも《紫》の選手達は対戦相手だった事もあり、困惑していた。
幸いな事に、当の美月さんはあっけらかんした様子で萱島さんと『来年追い付くからね』と握手していた。

円さんによれば、さすがに数日間は凹んでいたらしいがその後はいつも通りに練習も再開した。
美月さんと円さんは本格的なハンバーガーを扱う店でアルバイトをしているが、決して練習を疎かにしている訳ではない。
遥さんによると、今日も朝からかなり内容の濃い練習をしていたらしい。

私も練習にはよく付き合うが、アルバイトまで付き合う予定はない。
『仕事に夢中になると気にならなくなるから大丈夫だよ~』と美月さんは言うが、『そんなの美月だけでしょ!』とツッコミを欠かさない円さんは結構気を使っているようだ。
生地が薄いというのは機能性の事もあるかもしれないが、もしかして店長とやらの趣味もあるのかもしれない。
以前、私が働いていたファーストフードの店でもラインが浮いてしまう事こそあったが、さすがに色まで透けたりはしなかった。
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