初勝利(栗橋)

オレと萱島さんは、裏通りに面した所を歩いていた。
しきりにプリントアウトした資料を確認している。

栗橋『これから行く店って、どんな所?』
萱島『女子リーグの娘の知り合いの人がやっている店なんです。その娘の名前を出せば、少しだけ安くしてくれるみたいです』

地図と周囲を交互に見ながら答える。
確かに、ここから女子リーグの本拠地まではそんなに離れていない。

萱島『前に、先輩から素敵な店を教えてもらいましたからね』
栗橋『う・・・』

その時の事は、あまり思い出したくない。
食べ物はそれなりに美味しかったが、それ以上に二度と行きたくなくなる理由があった。
信じられない事に、萱島さんはあの後何回か行っているらしい。

萱島『今度一緒に行きましょうよ』
栗橋『絶対にイヤ』
萱島『大丈夫ですよ。万一の時は、また私が助けてあげます』
栗橋『それでもイヤ』
萱島『私の奢りでも?』
栗橋『イヤ』

繰り返すが、その時の事は思い出したくない。
一体、あの店のどこに彼女が気に入る要素があるのか疑問だった。
やはり味に惹かれたのだろうか?

萱島『前に行った時、ウチのチームの人に会いましたよ。ほら、今年移籍してきた・・・』
栗橋『ああ・・・だったら誘えば良いじゃん』
萱島『駄目ですよ。奥さんいるのにそんな事できません』

そういえばそうだった。
確か、ドラフトで指名された次の日に入籍したらしい。
みずき先輩と同学年で、高校時代に対戦した事があると言っていた。

萱島『奥さんも一緒に来てたんです。すっごく綺麗な方で、ビックリしちゃいました』
栗橋『どんな感じの人?』
萱島『えっと、ウェーブがかかった金髪の人です』
栗橋『外国の人、とか?』
萱島『いえ。高校時代の同級生で野球部のマネージャーをしてたみたいです』

洗いたてのタオルを渡したり、声を枯らして一生懸命応援する姿が目に浮かぶ。

萱島『でも、結構大変だったみたいですよ?野球部が二つに分かれて抗争を繰り広げていたり、水をくみに行って拉致されたりとか・・・』
栗橋『・・・』

一体どこの国の野球部だ。
第一、水ってくみに行く物なのか?

萱島『あそこの店長も同じ高校の野球部で、一年先輩だったみたいです』

だから夫婦揃って来てるのか。
オレはもう勘弁だが。
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