初勝利(栗橋)

『よーし、抑えるぞー!』
『おー!』

結局、ベンチからのサインもあり満塁策は採らない事にした。
集まった選手達が各ポジションに戻っていく。
自分も戻ろうとした、その時だった。

萱島『・・・!』

萱島さんとバッターボックスの菊川さんの視線が交錯した。
その瞬間、菊川さんの口元が少しだけ笑った様に見えた。

萱島『・・・栗橋先輩』

萱島さんに名前を呼ばれた。
一旦足を止め、彼女の近くに戻る。

栗橋『どうしたの?』
萱島『・・・この回抑えたら、何か奢って下さい』

オレにだけ聞こえる位の大きさの声でそう言った。
春季キャンプ以降、オレと矢部君は立場が近いのも幸いし、よく話すようになった。
オレと矢部君が先発出場、そして萱島さんはリリーフ登板が決まっていた今日の試合前にも

萱島『栗橋先輩。お願いですから、今日はエラーしないで下さいよ?』
栗橋『・・・いや、今シーズンはまだエラー無いけど』
萱島『三年前ですよ、三年前。大体今シーズン、まだ守備にもついてないじゃないですか。ねぇ、矢部先輩』
矢部『やんす・・・』
萱島『って、矢部先輩?後ろで何やってるんですか?』
矢部『良いお尻でやんす。今の内にしっかり目に焼き付けておくでやんす・・・』
萱島『・・・矢部先輩!』
矢部『逃げるでやんす~』
萱島『・・・もう!』
栗橋『よし、今日エラーしたら《萱島さんのお尻に見とれてました》・・・これで行こう』
矢部『バッチリでやんすね』
萱島『・・・言い訳じゃなくて守備の方をバッチリにして下さい!』

と、こんな感じだった。
だが、それ以外のチームメートや先輩とはまだあまり打ち解けていない様で

みずき『ヤッホー♪楽しそうじゃん』
栗橋『あ、みずき先輩』
矢部『お疲れでやんす』
萱島『お、お疲れ様です・・・』
みずき『お疲れー。いきなり連敗でちょっとヤな感じだから、今日は絶対勝とうね』
栗橋『はい』
矢部『やんす』
みずき『楠葉、今日はリリーフだっけ?本拠地開幕戦だけど、いつも通り頑張ろうね』
萱島『は、はい・・・』

記者会見の一件があるのか、まだ少々ぎこちない。
同性なのですぐに打ち解けると思っていたが、大先輩という事もあり緊張してしまうのかもしれない。
みずき先輩は、そうなる事をあらかじめ見越していたのかもしれない。
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