あんスタ
シトラスの夏が来る
嵐の送ったメッセージに、泉は「もうすぐ着く」とだけ返事をした。何せ待ち合わせの時間はもうとっくに過ぎている。早足で歩きながら、高い湿度と暴力的なまでの日差しに泉はうんざりしていた。
そういえば今日は猛暑日だとかなんとか、最近変わったばかりのアナウンサーが他人事ように言っていた気がする。熱中症対策は万全に、なんて言いながら少し微笑んで。
横断歩道の前、雑踏の中足を止める。ざわざわと騒がしい群衆が泉に気付くことはない。そこまで見目が変わったわけでもないのに、オーラを消すのがうまいのか、誰もこちらに目を向けることはなかった。
信号機の色が変わると、人々は堰を切ったように流れだした。その波に呑まれないように端の方を急ぎ目に歩く。渡った先、駅から少し離れた広い公園に入った。ランニングコースにもなるような広い公園の中、広場近くの木陰のベンチに彼の鮮やかなクリーム色が見えた。泉を見つけると嵐は軽く駆け寄ってくる。黄色をアクセントに入れた夏らしいコーディネートを着こなす嵐は、流石現役モデルと言わんばかりだ。
「泉ちゃん、今日はどうしたの?」
「髪の調子が悪くて... ホントごめん」
「良いのよ!それより早く行きましょ♪」
そういって嵐はにこにこと笑う。感じていた罪悪感をも吹き飛ばす笑顔に泉もそうだねぇ、と言ってから歩き出した。
ここ最近はソロでの活動が多く、Knightsが揃うことは2ヶ月近く無かった。そのせいか、話題に尽きない。この暑さも忘れる程夢中になって話していると、そんなに大声で騒ぐとファンに見つかる、と泉が小声で言う。そんなことも忘れるなんて、そこまで泉に会いたかったのかと嵐は今更実感した。
今日は最近嵐が気に入っているカフェに行ってから洋服を見て回る予定で、そのカフェは駅から少し離れたところにあったのでそこまで徒歩で向かっている。タクシーを使う程の距離ではなかった。
半歩先を歩く泉の背中を見ていると、背筋がしっかりと伸びていて、職業柄だなと感じてしまう。そうやって歩いていると、ふと爽やかな香りが鼻腔を掠める。レモンのような、柚子のような、いかにも柑橘系らしい華やかでさっぱりとした香りに、嵐は確かに覚えがあった。
この香りは、泉が夏の間だけ使っている制汗剤のものだ。
たしか高校3年の時から使い始めて、もう大人になった今でも愛用している。大して値段の張るものではないので、使い心地以外のところ、香りをたいそう気に入っているのだろう、と嵐は勝手に推測していた。高校生の時にもその香りを嗅いで、何を使っているのか尋ねたことがある。いつも高校生が使わないような値の張る化粧品ばかり使う泉からその制汗剤の名前を聞いて少し驚いた覚えがあった。結局嵐が使うことは無かったが、その香りが鼻腔をくすぐる度に夏を感じると共に、今でも、いや今だからこそ。この香りが香るとあの頃を思い出す。
「もう夏ねェ、」
そう呟くと何をそんな当然のことを、と言いたげなライトブルーがこちらを見ていた。
嵐はなんでもないわと笑う。
どうしようもなく愛しいこの香りを、嵐はいつまでも追いかけ続ける。
いつだって、夏になればこのシトラスがあの頃へ連れていってくれるのだろう。
何年後でも、ずっと。
嵐の送ったメッセージに、泉は「もうすぐ着く」とだけ返事をした。何せ待ち合わせの時間はもうとっくに過ぎている。早足で歩きながら、高い湿度と暴力的なまでの日差しに泉はうんざりしていた。
そういえば今日は猛暑日だとかなんとか、最近変わったばかりのアナウンサーが他人事ように言っていた気がする。熱中症対策は万全に、なんて言いながら少し微笑んで。
横断歩道の前、雑踏の中足を止める。ざわざわと騒がしい群衆が泉に気付くことはない。そこまで見目が変わったわけでもないのに、オーラを消すのがうまいのか、誰もこちらに目を向けることはなかった。
信号機の色が変わると、人々は堰を切ったように流れだした。その波に呑まれないように端の方を急ぎ目に歩く。渡った先、駅から少し離れた広い公園に入った。ランニングコースにもなるような広い公園の中、広場近くの木陰のベンチに彼の鮮やかなクリーム色が見えた。泉を見つけると嵐は軽く駆け寄ってくる。黄色をアクセントに入れた夏らしいコーディネートを着こなす嵐は、流石現役モデルと言わんばかりだ。
「泉ちゃん、今日はどうしたの?」
「髪の調子が悪くて... ホントごめん」
「良いのよ!それより早く行きましょ♪」
そういって嵐はにこにこと笑う。感じていた罪悪感をも吹き飛ばす笑顔に泉もそうだねぇ、と言ってから歩き出した。
ここ最近はソロでの活動が多く、Knightsが揃うことは2ヶ月近く無かった。そのせいか、話題に尽きない。この暑さも忘れる程夢中になって話していると、そんなに大声で騒ぐとファンに見つかる、と泉が小声で言う。そんなことも忘れるなんて、そこまで泉に会いたかったのかと嵐は今更実感した。
今日は最近嵐が気に入っているカフェに行ってから洋服を見て回る予定で、そのカフェは駅から少し離れたところにあったのでそこまで徒歩で向かっている。タクシーを使う程の距離ではなかった。
半歩先を歩く泉の背中を見ていると、背筋がしっかりと伸びていて、職業柄だなと感じてしまう。そうやって歩いていると、ふと爽やかな香りが鼻腔を掠める。レモンのような、柚子のような、いかにも柑橘系らしい華やかでさっぱりとした香りに、嵐は確かに覚えがあった。
この香りは、泉が夏の間だけ使っている制汗剤のものだ。
たしか高校3年の時から使い始めて、もう大人になった今でも愛用している。大して値段の張るものではないので、使い心地以外のところ、香りをたいそう気に入っているのだろう、と嵐は勝手に推測していた。高校生の時にもその香りを嗅いで、何を使っているのか尋ねたことがある。いつも高校生が使わないような値の張る化粧品ばかり使う泉からその制汗剤の名前を聞いて少し驚いた覚えがあった。結局嵐が使うことは無かったが、その香りが鼻腔をくすぐる度に夏を感じると共に、今でも、いや今だからこそ。この香りが香るとあの頃を思い出す。
「もう夏ねェ、」
そう呟くと何をそんな当然のことを、と言いたげなライトブルーがこちらを見ていた。
嵐はなんでもないわと笑う。
どうしようもなく愛しいこの香りを、嵐はいつまでも追いかけ続ける。
いつだって、夏になればこのシトラスがあの頃へ連れていってくれるのだろう。
何年後でも、ずっと。
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