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全力を賭した相手

「ではではさてさて、先程の本題についてですが――」
「うん、なんかもうどうでもいいや」
「無の境地!?」
私が何も写さぬ死んだ目で答えると、ステッキがオーバーリアクションを取った。
「いやいや、そうではなく……本題に入りましょうかぁ!」
いやっふー! と言いながら上機嫌にお風呂場を飛び回る姿はなんというかその……シュールだった。
その姿を見ていて、私はある事を思い出した。
「あっ! そう言えば私の願いは? 叶えてくれるんじゃ?」
「あー、ですからぁ……それも含めて本題なんですよぉ……まったく」
そう言ってため息を吐くステッキ。何故かその一つ一つの動作に怒りを覚えながらなんとか堪えた。
「えー、ゴホン。ではあなたの疑問から答えて行きましょうか!」
「え、あ、うん。なら……なんで、魔法少女にされたのかな?」
「あー、それですかぁ。簡単ですよぉ。私はひとりでは力を振るうことが出来ません」
本気で落ち込んでいるらしく、ステッキの頭の部分を少し落とした。が、一転。嬉しそうな感じがひしひしと伝わるほど私の顔面に近付いて来た。
「ですがぁ! あなたに出会って! 私は確信しました! あなたが私を守ってくれるに相応しい方だとぉ!」
「え、ど、どういうこと……???」
なお一層混乱する私を楽しんでいるのか、焦らすように言った。
「あなたぁ……いえ、結衣様。結衣様は私に“願い”を託された。合ってますね?」
「それ……は、まあ…………確かに……」
ふむ。とステッキは頷き、
「では、“願い”を叶えることに、多少なりとも代償のつく代物――とも、分かってますよね?」
「あー……確かに。本でそういうのいっぱい見たし……」
「それは話が早い! 魔法少女になると言うことこそが代償――と言えばお分かりで?」
煽るように、子供に諭すように言う。
「心底気に食わないけど……確かに、代償が魔法少女になることってのは理解した。でもさ……なんでそれが魔法少女なわけ?」
それがまだ分からない。このステッキの意図も、目的も――何もかも不明。
そんな私の思考を読み取るようにステッキは答えた。

「結衣様は、私があらゆる願いを叶えてしまう“願望器”――つまり、神のような存在であることはご存知で?」
「――…………は?」
「やはりそうですか……これは一から説明しなくては……」
何やらゴソゴソと何かを探し始めたステッキ。私はさっきからひっきりなしに頭が混乱していて、事態を収められそうになかった。
「あ、結衣様。言い忘れてました。これだけは言っておきましょう!」
と、お風呂場の天井まで昇って行ったステッキは、天井ギリギリまでで止まり、こう言い放った。

「魔法少女は――素晴らしいですよぉ!」
次の瞬間、私は窓に向かってステッキを放り投げていた。

☆ ☆ ☆

「酷すぎませんかぁ? 投げ飛ばされるこっちの身にもなってくださいよぉ……」
「どう考えても投げ飛ばされる方が悪いと思うよ!?」
渾身の力で放り投げたステッキだったが、一瞬で帰ってくる辺り何をしても無駄だろうと言うことが分かり、少しばかりショックを受けていた。
だがそんな私に構わず、ステッキは先程の話を続け始めた。
「はぁ……結衣様のように強い願いを持つ者は多いんですからねぇ? その人の手に渡ったらどうするんですかぁ?」
「え、こんなうざいステッキ欲しがる人いるの?」
本気な顔で真面目に疑問に思ったことをストレートに言い放った。
「ですから私は“願望器”――つまり、神にも等しい力を持つ私は良からぬ人の手に渡る可能性がすごく高いんですよぉ? よって、その人たちの手から私を守る義務を結衣様はおったわけでぇす!」
「こんなしょーもないバカステッキを守らなきゃいけないの!?」
「何気に結衣様酷いですよねぇ……」
て言うかそんな義務をおう羽目になるなんてものすごく不運だな、私。と本気で嘆いた。
「まあ、要するに『迫り来る魔の手から私を守ってくれ!』ということでぇす」
「それだけの事がなんでこんな複雑な話に……」
じわりと涙目になり、心の中でお母さん助けてと叫んだ。

「では明日からよろしくお願いしますね! 結衣様!」
「はあああぁ…………お手柔らかにお願いします……」
上機嫌で何やら踊っている様子のステッキと、死にたいと生を放棄し始めた私というシュールな光景に誰も突っ込む者はいなかった。

☆ ☆ ☆

翌日。本当に着いてくるらしいステッキは、ランドセルに詰め込み、なんとかほかの人にバレないようにした。
だが、ランドセル越しに振動を感じ、気持ち悪さで吐き気を催した。
それでもなんとか学校に辿り着いた私は眼前の光景に唖然としていた。
人がたくさん倒れ込んでいるグラウンドの真ん中にひとり佇むその人は異様な気配を漂わせていた。

「ね、ねぇ……あれって――」
「ええ、私を狙っているうちの一人でしょう」
ランドセルに詰め込んでいたはずのステッキが何故か私の隣に浮いているのに一瞬驚いたが、それに構っている余裕はない。

「て、ていうかあの人……獣耳付けてる!?」
「あれ、結衣様以外にも強く願いを望む人には力が与えられている仕様になってるって言いませんでしたっけ?」
「そんなの聞いてないけどぉ!?」
だったら魔法少女のなんたるかをまだ理解していない私はとっても不利なんじゃ――
「では戦いながら説明しますかねぇ……あいにくあちらは殺る気満々のようですし……」
「へ?」
目線を逸らし、獣耳の人に視線を向けるとその人は弓を引き、私に照準を合わせているようだった。
「ひっ……きゃああああ!!!?」
「くっ…………結衣様!」
咄嗟にステッキを掴み、変身した私。そして勢いよく――飛んだ。
「え、な、なにこれ!? 私っ、飛べた!?」
「魔法少女というのは得てしてそういうものでしょう」
「そ、そうかもしれないけど――」
魔法の使い方も、どう戦えばいいかも何も分からない。
だけど――

シュッ

「結衣様! 防壁を張りますよ!」
「うん。――防壁バリア!」
そう言うと同時、魔法で出来た壁のようなものが私の目の前にできる。そして矢を弾き、壁は姿を消した。
こんなすごいことが出来るなんて――と、高揚感に満ち溢れていた。
「ではひと段落した所で先程の話の続きと行きましょうか」
「あ、うん。そうだね。説明してくれるとありがたい……」
そっか、そう言えばまだ説明を受けていなかったな……と、気分が高鳴るのを抑えてステッキの話を聞いた。
「結衣様が魔法少女の力を手にしたのは、一般人――つまり、力を持っていない邪悪な人達から私を守ってもらうためです」
「あー、うん。それは前も聞いたよ?」
コクリと確認するようにステッキは頷き、次の瞬間思いもよらない言葉を放った。

「ですが、世の中には結衣様と同じように強い願いを望んでいる人達がいるのです。その強い願いを持つ人は何がなんでも私を奪いたいでしょう。ですから私がある人をマスターと定めた瞬間、強い願いを持つ人達は力を手に入れてしまう、というわけです」
「――……は? え、なにそれ……」
愕然とし、動きが一瞬止まったことによって、止まずに放たれていた矢がダイレクトに私の腕に突き刺さってしまった。
「うっ…………」
「ゆ、結衣様!」
腕からはドバドバ血が溢れ出てきて、尋常じゃない程の痛みが全身を駆け巡る。
「こ、これじゃ……戦えない、よ……」
声も出せるか出せないかのギリギリのライン。こんなんじゃ殺られるのは目に見えてる。
「諦めないでください。あなたを選んだ私を――信じてください!」
「す、ステッキ…………めっちゃ、えら…………そう……だよ…………」
「あっははぁ。それは今に始まったことでもないでしょう」
真剣な雰囲気から一変、いつも通りのふざけた雰囲気に戻る。だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「さあ、治癒魔法をかけますよ……!」
治癒フィーリング――」
そう言って治癒魔法をかける。腕の怪我した部分にステッキを翳すとみるみるうちに怪我が治ってゆく。痛みも徐々に消えてゆき、やがて怪我をする前の状態に戻る。
何故かそれが楽しくて――嬉しくて、気分が高鳴ったのを覚えている。

そして――と、視線を変えると獣耳を付けた人が血のような赤い目でこちらを窺っているのが分かった。
金色の陽の光に負けていない煌びやかな髪の毛は飾りでしかないのではと思うほど異様な目。
血を欲し、血に塗れ、そのものが血であるかのような不気味な瞳――ゾクリと背筋が凍るような錯覚に見舞われた。

私はその赤い目に、深い翠の瞳で応えた。あらゆるものを全て包み込むような深く、優しい翠。しかし、今はその色を鋭く光らせていた。
「ステッキ…………あの人は、みんなを巻き込んだ。そんな人に、あなたを渡すわけにはいかない!」
「結衣様……! へへへ、嬉しいです……ならば! 私もその“願い”、応えてやらないわけにはいきませんねぇ!」
高らかに叫ぶと、一直線に急降下し、遠距離戦ではなく、近接戦へ持ち込むことにした。
だが、今なお降り注ぐ矢の嵐は止まることを知らず、私を殺さんとして迫ってくる。
だがそんな簡単に殺られる私では――ない!
治癒も防壁も、願うだけで、イメージするだけで自分のものとして扱うことが出来た。ならば――

「どんなことだって! 願えば、叶う! ――増幅ブースト!」
ヒイイイィィンと言う音を伴って、急加速した私の身体は物理限界さえ突破しようとしていた。そしてこれは取っておき、と薄く笑って――
「ステッキ! 行くよ! 認識阻害!」
「……! なるほど! 了解しましたぁ!」
私の言葉の意図が解ったらしいステッキは、一層高らかな声を出した。
そして、認識が阻害された私を見つけることは叶わず、獣耳の敵――私と同じぐらいの年の少女の姿を、少女の真後ろから捉え――そして、
「全力全開!! ――大砲!」
魔法で編んだ大きな鉄砲玉――のようなキラキラした何かを、獣耳の少女にぶつける。
そして、ようやくこちらを見据えた少女は、一度も表情を変えることなく佇んでいたが、その時一瞬――ものすごく、悔しそうな顔をした…………ような気がした。

☆ ☆ ☆

「うっ…………ここ、は……?」
「あ、目が覚めた?」
獣耳の少女は、頭を押さえて立ち上がる。
「あ、あなた……は…………」
気まづそうに獣耳の少女は私から目を逸らす。しかし私はその子の肩を優しく掴み、笑顔で問う。
「ねぇ、あなたの名前は?」
「え…………」
その子はひどく困惑した様子で目を見開いている。そして――
「あ、えっと……水無川、真菜……」
「そっか、じゃあ真菜ちゃんだ! 私は椎菜結衣! よろしくね」
私は一層笑みを深め、誰もが見惚れるような瞳で――と言うのは言い過ぎかもしれないが、気持ちだけはそんな感じで――
「よ、よろしく…………って! いいの? 私……殺そうとしたのに――あ、いや、力を手にした途端……何も考えられなくなっちゃったんだけど……えっと――いい、の?」
懇願するように、祈るように言う。とても不安そうな顔で――
「うん! もちろん!」
そんな不安そうに揺れる瞳をかき消すように手を伸ばす。
「友達になろ?」
そう言って差し伸べた手を――真菜ちゃんは、太陽のような笑顔で、握ってくれた。
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