残酷な運命
ある暑い夏の日、私は近所の図書館に涼みに来ていた。
「あー、生き返るぅ……」
そこは――天国だった。
もう一度言おう。天国だった。
クーラーの効いた館内、様々な本、朝早いからかガランとしているいい静けさ。
これはさしずめ楽園か? はたまた理想郷か――ッ!?
私は内心吼えた。暑さで頭がやられたのか、いつもの私の面影はなかった。
だが、ここで大声を出すほどイカれてはいない。
常識をわきまえ、節度ある行動を心得る。それがわた――
「アホか」
――“し”と紡ごうとした口は何者かに遮られ、何かを投げつけられた。
「えー? いいじゃないですかぁ。結衣様の気持ちを代弁しただけだと言うのにぃ〜」
「……私別に頭良くないけどそこまでアホじゃないから」
――そう、これまで喋っていたのはガーネット。私の魔法のステッキ。こいつに半ば強引に魔法少女にされてしまい、そこから付き纏われている。心底鬱陶しいったらありゃしない。
高らかな笑い声も、語尾を伸ばす口調も、何もかも一言で片付いてしまう。そう――“ウザイ”のだ。
ため息を吐きながら現実逃避しかけた私の目に一冊の本が入る。
「これは――」
と、手に取った本は魔法使いの話が書かれているような題名と表紙だった。
「『魔法使いの願い事』?」
「あー、その本は私の一部ですよぉ」
「は? え? どういうこと??」
確かにこのアホステッキは最初は本の姿をしていた。
だが、一部とは――? そう問う視線にアホステッキは諦めたように零した。
「いつか、結衣様にはお話しなくてはと思っていたのですよ……」
いつになく真剣な様子で前置きを語ったステッキだったが、突如轟音が鳴り響き、その続きは聞けなかった。
図書館――いや、図書館の周辺をも震わせる轟音に思わず耳を塞ぐ。
耳を劈くような不快な音。何が起こっているのかさえ掴めないこれは――
「た、多分……これ、敵襲――!?」
「そう……みたい、ですねっ…………嗚呼、うるさいっ……!」
ガーネットの耳(耳などないが)にも余程ダメージを受けたのか、机の上に倒れ込んでしまった。
「ガ、ガーネットっ!」
「あらあらぁ、こんなので倒れてしまったの? うふふ、だらしないわねぇ」
ガーネットの元へ慌てて駆け寄ろうとすると、眼前から薄気味悪い笑い声が響いた。
「まー、それも当然か。“強い魔力を持つもの”ほどこの音は何処までも響くんだから」
――な、何を言って…………そう声を出したいのに声が出てこない。膝が笑っているのが分かる。足に力が入らない。
これは――恐怖? ダメだ。そんな事悠長に考えている場合ではない。私は首を振り、再度敵に向き直った。
「…………恐怖感や威圧感を煽って行動不能にしたいと思っていたのだけど……あなたは案外しぶといのね」
――こ、こいつ、真菜ちゃんの時とは違った敵意を感じる! このままじゃ危険だ!
即座にそう判断した私は未だ突っ伏しているガーネットを手に取り変身した。
だが――
「遅いわね」
敵のいる方角から――ではなく、私の背後から飛んできた“ソレ”は――私の身体を、易々と貫通した。
何が起きたのか理解できなかった私は、そのまま意識を手放してしまった。
☆ ☆ ☆
「――様、結衣様!」
――はっと目を覚ます。目を開けるとそこには先程の図書館の天井と――ガーネットが映った。
「えっ!? ガーネット!?」
「よかったぁ……! 目を覚ましたんですねぇ!」
「あ、うん…………じゃなくて! なんで??」
そう、相手はガーネットの願いを叶える力を欲しているはずだ。だからこそ奇襲してきたのだろうと思っていたのだが……
現にガーネットは眼前にいる。声も姿も違わない。私の身体を見るが、変身も解かれていない。
つまり――
「それが…………あの方、私に結衣様への伝言を託された後直ぐに消えてしまって……」
私の思考を肯定するように響いた声に納得し、
「伝言って?」
「ええ……『あの子が起きたらこう伝えておいてね。――あなたに魔法少女は荷が重すぎると思うわよ』と、言い捨てられた後、私が反論しようとしたら既に消えた後でして…………」
と、心底悔しそうに語るガーネットを見て悟った。――これは、一筋縄ではいかなさそうだ。と。
「分かった…………つまりあの人――何故お前が選ばれたのか――って文句を言いに来たってことね…………」
「まあ……そんな感じはしました……」
俯いてそう零した私を見て、何を感じたのか。ガーネットはいつもになく弱々しい声を零した。
だが――内心嗤っていた。“魔法少女は荷が重い”? ああ、まさしくその通りだ。その上なりたくてなったわけでもないし、私の“願い”なんてちっぽけなものだ。
だが、それでも、この力を――ガーネットを手放すわけにはいかないのだ。
私欲のためじゃない――と言えば嘘になるが、それだけではない。
「は――ははっ。あははははっ」
無邪気とは程遠く、魔法少女らしからぬ獰猛な笑みで嗤う。
ガーネットは酷く困惑した様子で立ち尽くしている。
「あー、うん。やってやろーじゃん。私をナメた罰だ。償ってもらおうか――」
そう言い捨てると、変身したままその場をあとにした。
☆ ☆ ☆
光も届かぬほどの暗い空間に一人の少女が岩に腰掛けていた。しかし、そこに突如風が舞い込んできた。
「……どうしてここが?」
目を見開いてそう問う視線の先に――魔法少女がいた。
魔法少女は決然と答える。
「そんなの分かるでしょ? 魔法少女だもん。魔法で居場所を特定したの」
「普段やらないから疲れましたよぉ……」
演技のように白々しそうに答えるステッキもいた。衝動的に殴りたくなるようにニヤニヤしてそうな雰囲気が視認出来そうなほど――ナメていた。
それを感じたのか、魔法少女ではない方の少女は黄色の瞳を猫のように不気味に光らせ、戦闘態勢を取る。
「やられたらやり返す、ね。ふふっ。相手にとって不足なし――」
「はっはーん、ナメてた口が良く言うわ」
戦闘態勢を取った少女は不敵に笑うが、魔法少女は皮肉で応じる。
そして――二人同時に地を蹴り割るように跳んだ。
――そこから会話は無用だった。互いに一歩も引かず、攻撃し、躱し、また攻撃するを繰り返していた。しかし――それは突如終わりを告げた。
「がはっ」
「結衣様!」
終わりの音は魔法少女の方から聞こえてきた。吐血し、魔法を使用することも叶わず、岩石にダイレクトに当たってしまった。
服が破れ、尋常ではない痛みが魔法少女の体内に駆け巡る。その場を動くことすらままならず、相手を睨みつけることしか出来ない。
「やっぱり、あなたに魔法少女は似合わなくてよ? 魔法なんて私には効かないし」
「ぐっ…………」
眼前に迫る敵にどうする事も出来ず、ただ見ていることしか出来ない歯がゆさに心が折れそうになる。
「あ、あのっ! 一つだけお聞きしても?」
ガーネットの突然の問いに、二人は目を剥く。
だが直ぐに、
「ええ、いいわ。ただし、一つだけね?」
そう言うと魔法少女の首に自身の武器を当てる。今にでも殺されそうな魔法少女はだが、ただ真っ直ぐにガーネットを見つめる。
「あなたのその武器――なんですか?」
「ああ、これ? 当たった攻撃を解析して次の瞬間には抗体ができ、当たった攻撃はもう通じなくなるの。だから魔法も効かないし、これは飛び道具――手裏剣やブーメランみたいに投げることが出来るの。盾にも矛にもなる、そんな感じね」
そう言って自身の武器――ひし形のような何かを手で弄びながら淡々と答える。
それを聞いて、何故か安堵したらしいステッキは――
「――そうですか。では、当たらない魔法なら発動出来る、と?」
「――…………は?」
「――増幅 !」
いつもは魔法少女が紡ぐ言葉を今はガーネットが紡ぐ。そして素早く魔法少女を救い出し、疑問が残っている少女を置き去りに距離を置いた。
そしてまたガーネットは素早く言葉を紡いだ。
「――防壁 !」
魔法少女を包むように広がる魔法のドームができる。あらゆる攻撃を赦さないと語る魔法のドームと共に魔法少女――ガーネットのマスターを宙に浮かせ、
「――認識阻害!」
そう言うと同時――何もかもが消えた。否、消えたように見えるそれは、実際はそこにいた。だが、武器を持った少女にはそれを視ることは叶わず――
「これで、おしまいです」
と背後から響いた声にも、ついぞ反応出来ず――
「全力全開の――えいっ!」
そう言うと同時、武器を持った少女に衝撃が走った。
「ま、さか――ただ、殴った…………と……?」
「いえす……私も痛いですが、構ってられません……」
ガーネットは自分自身を武器にし、体当たりをしたのだと言う。
黄色の瞳の少女はフッと小さく笑うと意識を手放した。
「あー、生き返るぅ……」
そこは――天国だった。
もう一度言おう。天国だった。
クーラーの効いた館内、様々な本、朝早いからかガランとしているいい静けさ。
これはさしずめ楽園か? はたまた理想郷か――ッ!?
私は内心吼えた。暑さで頭がやられたのか、いつもの私の面影はなかった。
だが、ここで大声を出すほどイカれてはいない。
常識をわきまえ、節度ある行動を心得る。それがわた――
「アホか」
――“し”と紡ごうとした口は何者かに遮られ、何かを投げつけられた。
「えー? いいじゃないですかぁ。結衣様の気持ちを代弁しただけだと言うのにぃ〜」
「……私別に頭良くないけどそこまでアホじゃないから」
――そう、これまで喋っていたのはガーネット。私の魔法のステッキ。こいつに半ば強引に魔法少女にされてしまい、そこから付き纏われている。心底鬱陶しいったらありゃしない。
高らかな笑い声も、語尾を伸ばす口調も、何もかも一言で片付いてしまう。そう――“ウザイ”のだ。
ため息を吐きながら現実逃避しかけた私の目に一冊の本が入る。
「これは――」
と、手に取った本は魔法使いの話が書かれているような題名と表紙だった。
「『魔法使いの願い事』?」
「あー、その本は私の一部ですよぉ」
「は? え? どういうこと??」
確かにこのアホステッキは最初は本の姿をしていた。
だが、一部とは――? そう問う視線にアホステッキは諦めたように零した。
「いつか、結衣様にはお話しなくてはと思っていたのですよ……」
いつになく真剣な様子で前置きを語ったステッキだったが、突如轟音が鳴り響き、その続きは聞けなかった。
図書館――いや、図書館の周辺をも震わせる轟音に思わず耳を塞ぐ。
耳を劈くような不快な音。何が起こっているのかさえ掴めないこれは――
「た、多分……これ、敵襲――!?」
「そう……みたい、ですねっ…………嗚呼、うるさいっ……!」
ガーネットの耳(耳などないが)にも余程ダメージを受けたのか、机の上に倒れ込んでしまった。
「ガ、ガーネットっ!」
「あらあらぁ、こんなので倒れてしまったの? うふふ、だらしないわねぇ」
ガーネットの元へ慌てて駆け寄ろうとすると、眼前から薄気味悪い笑い声が響いた。
「まー、それも当然か。“強い魔力を持つもの”ほどこの音は何処までも響くんだから」
――な、何を言って…………そう声を出したいのに声が出てこない。膝が笑っているのが分かる。足に力が入らない。
これは――恐怖? ダメだ。そんな事悠長に考えている場合ではない。私は首を振り、再度敵に向き直った。
「…………恐怖感や威圧感を煽って行動不能にしたいと思っていたのだけど……あなたは案外しぶといのね」
――こ、こいつ、真菜ちゃんの時とは違った敵意を感じる! このままじゃ危険だ!
即座にそう判断した私は未だ突っ伏しているガーネットを手に取り変身した。
だが――
「遅いわね」
敵のいる方角から――ではなく、私の背後から飛んできた“ソレ”は――私の身体を、易々と貫通した。
何が起きたのか理解できなかった私は、そのまま意識を手放してしまった。
☆ ☆ ☆
「――様、結衣様!」
――はっと目を覚ます。目を開けるとそこには先程の図書館の天井と――ガーネットが映った。
「えっ!? ガーネット!?」
「よかったぁ……! 目を覚ましたんですねぇ!」
「あ、うん…………じゃなくて! なんで??」
そう、相手はガーネットの願いを叶える力を欲しているはずだ。だからこそ奇襲してきたのだろうと思っていたのだが……
現にガーネットは眼前にいる。声も姿も違わない。私の身体を見るが、変身も解かれていない。
つまり――
「それが…………あの方、私に結衣様への伝言を託された後直ぐに消えてしまって……」
私の思考を肯定するように響いた声に納得し、
「伝言って?」
「ええ……『あの子が起きたらこう伝えておいてね。――あなたに魔法少女は荷が重すぎると思うわよ』と、言い捨てられた後、私が反論しようとしたら既に消えた後でして…………」
と、心底悔しそうに語るガーネットを見て悟った。――これは、一筋縄ではいかなさそうだ。と。
「分かった…………つまりあの人――何故お前が選ばれたのか――って文句を言いに来たってことね…………」
「まあ……そんな感じはしました……」
俯いてそう零した私を見て、何を感じたのか。ガーネットはいつもになく弱々しい声を零した。
だが――内心嗤っていた。“魔法少女は荷が重い”? ああ、まさしくその通りだ。その上なりたくてなったわけでもないし、私の“願い”なんてちっぽけなものだ。
だが、それでも、この力を――ガーネットを手放すわけにはいかないのだ。
私欲のためじゃない――と言えば嘘になるが、それだけではない。
「は――ははっ。あははははっ」
無邪気とは程遠く、魔法少女らしからぬ獰猛な笑みで嗤う。
ガーネットは酷く困惑した様子で立ち尽くしている。
「あー、うん。やってやろーじゃん。私をナメた罰だ。償ってもらおうか――」
そう言い捨てると、変身したままその場をあとにした。
☆ ☆ ☆
光も届かぬほどの暗い空間に一人の少女が岩に腰掛けていた。しかし、そこに突如風が舞い込んできた。
「……どうしてここが?」
目を見開いてそう問う視線の先に――魔法少女がいた。
魔法少女は決然と答える。
「そんなの分かるでしょ? 魔法少女だもん。魔法で居場所を特定したの」
「普段やらないから疲れましたよぉ……」
演技のように白々しそうに答えるステッキもいた。衝動的に殴りたくなるようにニヤニヤしてそうな雰囲気が視認出来そうなほど――ナメていた。
それを感じたのか、魔法少女ではない方の少女は黄色の瞳を猫のように不気味に光らせ、戦闘態勢を取る。
「やられたらやり返す、ね。ふふっ。相手にとって不足なし――」
「はっはーん、ナメてた口が良く言うわ」
戦闘態勢を取った少女は不敵に笑うが、魔法少女は皮肉で応じる。
そして――二人同時に地を蹴り割るように跳んだ。
――そこから会話は無用だった。互いに一歩も引かず、攻撃し、躱し、また攻撃するを繰り返していた。しかし――それは突如終わりを告げた。
「がはっ」
「結衣様!」
終わりの音は魔法少女の方から聞こえてきた。吐血し、魔法を使用することも叶わず、岩石にダイレクトに当たってしまった。
服が破れ、尋常ではない痛みが魔法少女の体内に駆け巡る。その場を動くことすらままならず、相手を睨みつけることしか出来ない。
「やっぱり、あなたに魔法少女は似合わなくてよ? 魔法なんて私には効かないし」
「ぐっ…………」
眼前に迫る敵にどうする事も出来ず、ただ見ていることしか出来ない歯がゆさに心が折れそうになる。
「あ、あのっ! 一つだけお聞きしても?」
ガーネットの突然の問いに、二人は目を剥く。
だが直ぐに、
「ええ、いいわ。ただし、一つだけね?」
そう言うと魔法少女の首に自身の武器を当てる。今にでも殺されそうな魔法少女はだが、ただ真っ直ぐにガーネットを見つめる。
「あなたのその武器――なんですか?」
「ああ、これ? 当たった攻撃を解析して次の瞬間には抗体ができ、当たった攻撃はもう通じなくなるの。だから魔法も効かないし、これは飛び道具――手裏剣やブーメランみたいに投げることが出来るの。盾にも矛にもなる、そんな感じね」
そう言って自身の武器――ひし形のような何かを手で弄びながら淡々と答える。
それを聞いて、何故か安堵したらしいステッキは――
「――そうですか。では、当たらない魔法なら発動出来る、と?」
「――…………は?」
「――
いつもは魔法少女が紡ぐ言葉を今はガーネットが紡ぐ。そして素早く魔法少女を救い出し、疑問が残っている少女を置き去りに距離を置いた。
そしてまたガーネットは素早く言葉を紡いだ。
「――
魔法少女を包むように広がる魔法のドームができる。あらゆる攻撃を赦さないと語る魔法のドームと共に魔法少女――ガーネットのマスターを宙に浮かせ、
「――認識阻害!」
そう言うと同時――何もかもが消えた。否、消えたように見えるそれは、実際はそこにいた。だが、武器を持った少女にはそれを視ることは叶わず――
「これで、おしまいです」
と背後から響いた声にも、ついぞ反応出来ず――
「全力全開の――えいっ!」
そう言うと同時、武器を持った少女に衝撃が走った。
「ま、さか――ただ、殴った…………と……?」
「いえす……私も痛いですが、構ってられません……」
ガーネットは自分自身を武器にし、体当たりをしたのだと言う。
黄色の瞳の少女はフッと小さく笑うと意識を手放した。
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