神宮寺さんと呼ぶ(恋人になる前)
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注意書き
・医療措置は全て素人の描写です。イメージで保管してください。
・裂傷を持った子供の描写があります。ザックリ。ちょっとグロです?
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逢魔が時。子供の泣き声がどんどん近くなってきているのに気づいて数秒、玄関が強い力で開く音に肩が跳ねる。慌てて廊下へと顔を出すと、その大きな声の持ち主がここ神宮寺寂雷宅に運ばれたのが目に入った。
「救急バッグを持ってきなさい。私の机の足元にあります」
大きな裂傷を腕に作り泣きじゃくる子供を抱えたまま、大きな背が髪を翻しながら電光石火のようにバスルームへと駆け抜ける。その腕から流れるてらてらとした大量の赤い血がフラッシュバックして思考を失いかけたが、いつもと変わらない低い声に意識が引き留められた。
指示の通りに神宮寺さんのいつも使っている仕事机へと走る。明るい色の重いバッグを見つけ、それを抱えてまた走る。バスルームで、膝をついている大きな背中を見つけた。
「持ってきました」
「開いたらここに。この子供を抱えて座って。しっかり抱きかかえて、腕を固定して」
黒い袖を捲くった彼は子供の血を洗浄し終えていた。しかしその腕にはまだ大きなガラス片が深く刺さり、血が流れている。
(なんてことだ)
呼吸を忘れるなと心に強く思い、バッグのファスナーを確実に開けて床へ置く。神宮寺さんから子供を受け取り、濡れたバスマットへと胡坐をかいた。
なにをするつもりだと思う矢先、バッグから取り出したゴム手袋を装着する姿に、追いつかない頭で察した。
彼はこんな所で手術をするのか!
神宮寺さんはバッグから色々な道具を取り出しては子供に使用した。より胸に近い方にバンドを付けたり、消毒液を塗ったりした。それから、小さな注射器を取り出して子供の腕へと刺した。
子供が身動ぎするのを押さえるのは私の役割だ。これでいいのかな、などと私の動きに迷いが無いのは、彼の目に一切の迷いがないから。目が開いてさえいれば、子供でも黙って彼に従うだろう鋭い眼光を宿している。彼の前では出来ないなどと言えない。しかし彼からNGが出ない限り、それでいいのだろうと心を落ち着かせる。
不安に思っている間も彼はピンセットと細い鋏とで、次々と見えていなかったガラス片を摘出していく。とても長い時間に思えたが、実際には数十秒もかかっていない早業だ。
慣れている。そう思う頃には彼は道具を変えていた。
「ガラスを抜きます」
彼の言葉に自然と子供の手首をしっかりと握る。彼も腕を押さえながら、大きなガラスを抜いた。
薄目になった視界、刺さっていたガラスが全く尖っていなかったことに気が付く。腕と平行になっているような、四角形のガラス片。想像していたよりずっと傷は浅く、しかし広く傷を作っていた。
血はあまり流れ出ない。バンドのせいか、あるいは先ほどの注射だろうか。
神宮寺さんは分かっていたかのように作業を進める。ガラスを置き、何か光るものを取り出した。それは釣り針のような形をしていた。
もしかして、縫合用の針なのか。彼は子供の腕に触れる。
切れた端へ釣り針のような針を通したかと思えば、両側の皮膚を寄せた。
神宮寺さんはその線をじっと見てから、皮膚を離す。そうしてから開いている片方の皮膚ずつ、一か所一か所、糸を操り縫い留めていった。
ほんの数回呼吸をした時には、その肌はぴったりと合わさって留められ、まるで一本の線のようになった。
泣きじゃくっていた子供はその線を見て泣き止んでから、また大きな声で私の首に顔を埋めて泣いた。
「まだですよ。薬を塗って、ガーゼを貼ったら、おしまいです」
彼はほんの少しだけ雰囲気を緩めて、普段の優しい眉に戻った。
・
・
・
泣き疲れて眠った子供。傷口が開かないかと心配になるほど、力強く抱き着かれてそのままだ。
子供が眠るのを起こさないよう、バスマットにずっと座っているのもなと悩んでいたら神宮寺さんは替えの服を持ってくると言う。
「スカートを持ってきたよ。濡れたままでは嫌だろう」
「履かせてもらえますか。……離れてくれそうになくて」
「とても力が強い子だからね。立てるかい」
「はい」
子供を抱えながら立ち上がるのに、背中と腕に手を添えてくれる。
着替えやすいよう、あるいは着替えさせやすいようにスカートを選んでくれている。
どちらの所作にも、私より一手先のことを考えられる彼へ純粋に尊敬させられた。
「壁に寄り掛かって」
言われた通りにすると彼が膝をつく。しだれる髪が子供の向こう側に見えた。
ふと顔を上げると洗面台の鑑が彼の姿を映している。私が踏まないようにと、柔らかい布を指先で手繰っていた。
「足を上げて、片足ずつ」
指示に従うと、足首に添って空気が流れる。ロングスカートが腰まで上げられてすぐ、ジーンズのベルトに手がかかる。間もなくベルトやボタンは外され、大きな手の平に剥かれていき、下ろされた。
(迷いがない)
神宮寺寂雷に世話されるなんて、想像にもしたことがない。ただ一つ言えるのは、その手付きはこれっぽっちもいやらしくなかったということだ。肌に極力触れないようにと、深い配慮がうかがえた。それはそれで何事も無く、少し寂しいと感じるほど。
これでよしと、彼はジーンズをまとめながら立ち上がった。見上げたものだ、その手際の良さも、彼の顔も。
「濡れた場所に座った時は、少し驚いたよ」
「すみません。そのせいでこんなことまでさせてしまって」
「とても施術がやりやすかったから、私としては都合が良かったですよ。それに君の思い切りの良さには、興味を惹かれてしまう」
ふんわりと困り顔をしたり、落ち着いた表情をしたり。彼の眉がいつもより柔らかく動く。
はりつめた空気が消えたことに気が付いて、やっと肩から力が抜けていった。
「この子のことを聞いても?」
「そうだね。お茶でも用意するから、君は座っていて」
・
・
・
優しい香りがする。カップの中を覗いてみると、ミルクが混ざっているようだった。
ソファに座ると、テーブルの上のミルクティーに手が届かない。それに気が付いて、床に座ることにした。
神宮寺さんもそれに気が付くと、ほんの少しだけきょとんとした顔をしてからクスりと笑った。
「喉が渇きましたので」
「気が付かなかったよ、ごめんね」
目元を緩めて笑う姿に、先ほどの面影が少し重なる。今の姿も先ほどの姿も、住み込みの家政婦である私ではあまり見かけられない姿だった。
医師として働き、人のために腕を揮う姿。患者を慈しみ、手を掛けることをいとわない姿。そのどちらもが、とても魅力的に見えた。
「とても驚かせてしまっただろう、ミコトくんが来てからは初めてのことだったから」
来てからはということは、割と頻繁にこういうことはあるのだろうと察する。
彼は普段から固定テープやガーゼを持ち歩いている。人工呼吸で使用する使い捨てのマウスシートが減っていたことから、彼が時間外でも患者を診ていることは予想していたが……まさか子供を連れ帰るほどだとは。
この人のことだから問題ないのだと思ってしまう自分も、どうかしているな。
「二つの意味で驚きました」
「……二つの、意味で?」
「一つは神宮寺さんが思うように、血塗れの子供を連れてきたこと。……もう一つはさてなんでしょう」
突然のクイズにこちらを見下ろしていた視線が逸れる。ふむ、と一拍置いて頬に手を添えると、目を閉じていたがやがて微笑みながらこちらに目を向けた。
「ヒントは、ありますか?」
些細な問題、答えを聞いてしまっても構わなかったというのに、本当にわからないなりに答えを探し出そうとする。
その答えが「貴方の姿が素敵だったから」なんて、クイズを吹っ掛けたこちらが恥ずかしくなる程に真っ直ぐだ。
「もう少し考えてみませんか」
「当てずっぽうでいいのなら、……私の腕かな」
うで。一瞬物理的な体の話かと過ったがいやいや違うと切り替える。彼は真面目な様子で続けた。
「天才と呼ばれることもあるから、時々言われることもあります。軍医をしていたこともあって、現場で治療することが多くてね。この子は車で帰ってくる途中一人でいる所を見つけてしまって……」
はた、と神宮寺さんは顔を上げた。髪の毛がぴょこりと跳ねたのは見間違いだろうか、それが意味したであろう感情を次第に顔へ表した。
困った人なのは貴方ですよ、私ではありませんとも。
「もしかして私を人攫いだと思って驚いているのかな」
半分はそうですと言い返しそうになる。一つ目と兼ね同じではないかと一瞬思ったが、前者は傷と血に、後者は人の狂気になるのだから違うかと思い直す。
一応、首を振って応じると「私は人攫いのつもりはないからね」とある意味狂気的な返事をされた。今日はいつも以上に綺麗に縫えたんだよとも。
ああそうかい貴方らしいな後悔なんて気持ちは無いんだろうなその脳内。である。
「今頃捜索願いが出されていますかね」
「一度そんなこともあったよ。だから、知り合いの駐在さんがいるんだ。今頃連絡をくれているだろう」
夕焼けも沈みかけた空が一層眩しく見えた。神宮寺さんは警察に知り合いがいるのかと、薄目になる。話の流れが泊まり、彼は「車に鞄を置いてきてしまいましたね、少し出てきます」と部屋を足早に去った。
神宮寺さんのグラスにお茶が無くなっているのに気が付いた。その駐在とやらに電話を掛けようとしたのも、どうやら思い付きではないらしい。腕の中で今も眠る彼のため、最後まで彼は付き合いきる。いや付き合いきらなければならない。
この夕焼けの下で生きる人々の中に、同じように助けられた人々がいるんだろう。そう思うと、目の奥がぼうっとした。いや、胸の中心辺りだろうか。
(つまらない答えを用意してしまったな)
ふとそう思う。「時々言われることもあります」と言っていたが、目にもとまらぬ縫合作業は魔法のようだった。子供の腕を見てもガーゼが貼ってあるばかりだが、その下はまるでもう治りかけのようにさえ見えた。
ぼうっとしていた時戻ってきた彼は、子供を警察に引き渡してくると私の腕の中から子供を受け取った。
「そういえば」
あの問題の答えはなんだったのかな。
神宮寺さんの言葉に疑問の色は無い。「そういえば」は「そういえば」ではなく、計画性のある言葉だった。
ふと思い出したように、なんでもない会話のようにされた質問は、「つまらない答え」あるいは「いつもの言葉」は求めていない。
しかし、どう答えようとも彼の期待に答えられそうにないのは……彼が優秀すぎるからだろう。
「神宮寺さんはとても頼りになる人なんだなと、驚いていたんです」
座ったまま、背の高い彼を見上げると息苦しかった。
彼は腕の中の子供の寝顔を見ながら「ありがとう」と言った。
「ミコトくんも、私にとってとても頼りになる人ですよ」
首を楽にすると紫色とピンク色の夕焼けが見えた。それが眠りにつくための準備をするのに、立ち上がるのが少し億劫であった。
彼は私が来るまで、一人で全てをこなしていたのだから。
注意書き
・医療措置は全て素人の描写です。イメージで保管してください。
・裂傷を持った子供の描写があります。ザックリ。ちょっとグロです?
***********************/
逢魔が時。子供の泣き声がどんどん近くなってきているのに気づいて数秒、玄関が強い力で開く音に肩が跳ねる。慌てて廊下へと顔を出すと、その大きな声の持ち主がここ神宮寺寂雷宅に運ばれたのが目に入った。
「救急バッグを持ってきなさい。私の机の足元にあります」
大きな裂傷を腕に作り泣きじゃくる子供を抱えたまま、大きな背が髪を翻しながら電光石火のようにバスルームへと駆け抜ける。その腕から流れるてらてらとした大量の赤い血がフラッシュバックして思考を失いかけたが、いつもと変わらない低い声に意識が引き留められた。
指示の通りに神宮寺さんのいつも使っている仕事机へと走る。明るい色の重いバッグを見つけ、それを抱えてまた走る。バスルームで、膝をついている大きな背中を見つけた。
「持ってきました」
「開いたらここに。この子供を抱えて座って。しっかり抱きかかえて、腕を固定して」
黒い袖を捲くった彼は子供の血を洗浄し終えていた。しかしその腕にはまだ大きなガラス片が深く刺さり、血が流れている。
(なんてことだ)
呼吸を忘れるなと心に強く思い、バッグのファスナーを確実に開けて床へ置く。神宮寺さんから子供を受け取り、濡れたバスマットへと胡坐をかいた。
なにをするつもりだと思う矢先、バッグから取り出したゴム手袋を装着する姿に、追いつかない頭で察した。
彼はこんな所で手術をするのか!
神宮寺さんはバッグから色々な道具を取り出しては子供に使用した。より胸に近い方にバンドを付けたり、消毒液を塗ったりした。それから、小さな注射器を取り出して子供の腕へと刺した。
子供が身動ぎするのを押さえるのは私の役割だ。これでいいのかな、などと私の動きに迷いが無いのは、彼の目に一切の迷いがないから。目が開いてさえいれば、子供でも黙って彼に従うだろう鋭い眼光を宿している。彼の前では出来ないなどと言えない。しかし彼からNGが出ない限り、それでいいのだろうと心を落ち着かせる。
不安に思っている間も彼はピンセットと細い鋏とで、次々と見えていなかったガラス片を摘出していく。とても長い時間に思えたが、実際には数十秒もかかっていない早業だ。
慣れている。そう思う頃には彼は道具を変えていた。
「ガラスを抜きます」
彼の言葉に自然と子供の手首をしっかりと握る。彼も腕を押さえながら、大きなガラスを抜いた。
薄目になった視界、刺さっていたガラスが全く尖っていなかったことに気が付く。腕と平行になっているような、四角形のガラス片。想像していたよりずっと傷は浅く、しかし広く傷を作っていた。
血はあまり流れ出ない。バンドのせいか、あるいは先ほどの注射だろうか。
神宮寺さんは分かっていたかのように作業を進める。ガラスを置き、何か光るものを取り出した。それは釣り針のような形をしていた。
もしかして、縫合用の針なのか。彼は子供の腕に触れる。
切れた端へ釣り針のような針を通したかと思えば、両側の皮膚を寄せた。
神宮寺さんはその線をじっと見てから、皮膚を離す。そうしてから開いている片方の皮膚ずつ、一か所一か所、糸を操り縫い留めていった。
ほんの数回呼吸をした時には、その肌はぴったりと合わさって留められ、まるで一本の線のようになった。
泣きじゃくっていた子供はその線を見て泣き止んでから、また大きな声で私の首に顔を埋めて泣いた。
「まだですよ。薬を塗って、ガーゼを貼ったら、おしまいです」
彼はほんの少しだけ雰囲気を緩めて、普段の優しい眉に戻った。
・
・
・
泣き疲れて眠った子供。傷口が開かないかと心配になるほど、力強く抱き着かれてそのままだ。
子供が眠るのを起こさないよう、バスマットにずっと座っているのもなと悩んでいたら神宮寺さんは替えの服を持ってくると言う。
「スカートを持ってきたよ。濡れたままでは嫌だろう」
「履かせてもらえますか。……離れてくれそうになくて」
「とても力が強い子だからね。立てるかい」
「はい」
子供を抱えながら立ち上がるのに、背中と腕に手を添えてくれる。
着替えやすいよう、あるいは着替えさせやすいようにスカートを選んでくれている。
どちらの所作にも、私より一手先のことを考えられる彼へ純粋に尊敬させられた。
「壁に寄り掛かって」
言われた通りにすると彼が膝をつく。しだれる髪が子供の向こう側に見えた。
ふと顔を上げると洗面台の鑑が彼の姿を映している。私が踏まないようにと、柔らかい布を指先で手繰っていた。
「足を上げて、片足ずつ」
指示に従うと、足首に添って空気が流れる。ロングスカートが腰まで上げられてすぐ、ジーンズのベルトに手がかかる。間もなくベルトやボタンは外され、大きな手の平に剥かれていき、下ろされた。
(迷いがない)
神宮寺寂雷に世話されるなんて、想像にもしたことがない。ただ一つ言えるのは、その手付きはこれっぽっちもいやらしくなかったということだ。肌に極力触れないようにと、深い配慮がうかがえた。それはそれで何事も無く、少し寂しいと感じるほど。
これでよしと、彼はジーンズをまとめながら立ち上がった。見上げたものだ、その手際の良さも、彼の顔も。
「濡れた場所に座った時は、少し驚いたよ」
「すみません。そのせいでこんなことまでさせてしまって」
「とても施術がやりやすかったから、私としては都合が良かったですよ。それに君の思い切りの良さには、興味を惹かれてしまう」
ふんわりと困り顔をしたり、落ち着いた表情をしたり。彼の眉がいつもより柔らかく動く。
はりつめた空気が消えたことに気が付いて、やっと肩から力が抜けていった。
「この子のことを聞いても?」
「そうだね。お茶でも用意するから、君は座っていて」
・
・
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優しい香りがする。カップの中を覗いてみると、ミルクが混ざっているようだった。
ソファに座ると、テーブルの上のミルクティーに手が届かない。それに気が付いて、床に座ることにした。
神宮寺さんもそれに気が付くと、ほんの少しだけきょとんとした顔をしてからクスりと笑った。
「喉が渇きましたので」
「気が付かなかったよ、ごめんね」
目元を緩めて笑う姿に、先ほどの面影が少し重なる。今の姿も先ほどの姿も、住み込みの家政婦である私ではあまり見かけられない姿だった。
医師として働き、人のために腕を揮う姿。患者を慈しみ、手を掛けることをいとわない姿。そのどちらもが、とても魅力的に見えた。
「とても驚かせてしまっただろう、ミコトくんが来てからは初めてのことだったから」
来てからはということは、割と頻繁にこういうことはあるのだろうと察する。
彼は普段から固定テープやガーゼを持ち歩いている。人工呼吸で使用する使い捨てのマウスシートが減っていたことから、彼が時間外でも患者を診ていることは予想していたが……まさか子供を連れ帰るほどだとは。
この人のことだから問題ないのだと思ってしまう自分も、どうかしているな。
「二つの意味で驚きました」
「……二つの、意味で?」
「一つは神宮寺さんが思うように、血塗れの子供を連れてきたこと。……もう一つはさてなんでしょう」
突然のクイズにこちらを見下ろしていた視線が逸れる。ふむ、と一拍置いて頬に手を添えると、目を閉じていたがやがて微笑みながらこちらに目を向けた。
「ヒントは、ありますか?」
些細な問題、答えを聞いてしまっても構わなかったというのに、本当にわからないなりに答えを探し出そうとする。
その答えが「貴方の姿が素敵だったから」なんて、クイズを吹っ掛けたこちらが恥ずかしくなる程に真っ直ぐだ。
「もう少し考えてみませんか」
「当てずっぽうでいいのなら、……私の腕かな」
うで。一瞬物理的な体の話かと過ったがいやいや違うと切り替える。彼は真面目な様子で続けた。
「天才と呼ばれることもあるから、時々言われることもあります。軍医をしていたこともあって、現場で治療することが多くてね。この子は車で帰ってくる途中一人でいる所を見つけてしまって……」
はた、と神宮寺さんは顔を上げた。髪の毛がぴょこりと跳ねたのは見間違いだろうか、それが意味したであろう感情を次第に顔へ表した。
困った人なのは貴方ですよ、私ではありませんとも。
「もしかして私を人攫いだと思って驚いているのかな」
半分はそうですと言い返しそうになる。一つ目と兼ね同じではないかと一瞬思ったが、前者は傷と血に、後者は人の狂気になるのだから違うかと思い直す。
一応、首を振って応じると「私は人攫いのつもりはないからね」とある意味狂気的な返事をされた。今日はいつも以上に綺麗に縫えたんだよとも。
ああそうかい貴方らしいな後悔なんて気持ちは無いんだろうなその脳内。である。
「今頃捜索願いが出されていますかね」
「一度そんなこともあったよ。だから、知り合いの駐在さんがいるんだ。今頃連絡をくれているだろう」
夕焼けも沈みかけた空が一層眩しく見えた。神宮寺さんは警察に知り合いがいるのかと、薄目になる。話の流れが泊まり、彼は「車に鞄を置いてきてしまいましたね、少し出てきます」と部屋を足早に去った。
神宮寺さんのグラスにお茶が無くなっているのに気が付いた。その駐在とやらに電話を掛けようとしたのも、どうやら思い付きではないらしい。腕の中で今も眠る彼のため、最後まで彼は付き合いきる。いや付き合いきらなければならない。
この夕焼けの下で生きる人々の中に、同じように助けられた人々がいるんだろう。そう思うと、目の奥がぼうっとした。いや、胸の中心辺りだろうか。
(つまらない答えを用意してしまったな)
ふとそう思う。「時々言われることもあります」と言っていたが、目にもとまらぬ縫合作業は魔法のようだった。子供の腕を見てもガーゼが貼ってあるばかりだが、その下はまるでもう治りかけのようにさえ見えた。
ぼうっとしていた時戻ってきた彼は、子供を警察に引き渡してくると私の腕の中から子供を受け取った。
「そういえば」
あの問題の答えはなんだったのかな。
神宮寺さんの言葉に疑問の色は無い。「そういえば」は「そういえば」ではなく、計画性のある言葉だった。
ふと思い出したように、なんでもない会話のようにされた質問は、「つまらない答え」あるいは「いつもの言葉」は求めていない。
しかし、どう答えようとも彼の期待に答えられそうにないのは……彼が優秀すぎるからだろう。
「神宮寺さんはとても頼りになる人なんだなと、驚いていたんです」
座ったまま、背の高い彼を見上げると息苦しかった。
彼は腕の中の子供の寝顔を見ながら「ありがとう」と言った。
「ミコトくんも、私にとってとても頼りになる人ですよ」
首を楽にすると紫色とピンク色の夕焼けが見えた。それが眠りにつくための準備をするのに、立ち上がるのが少し億劫であった。
彼は私が来るまで、一人で全てをこなしていたのだから。