説教と謝罪
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朝を迎えた秀吉宅の屋敷。
自室の布団にてまだ眠りについている晴雅。
そんな晴雅を起こす為に足音を立てないで静かに部屋へと歩みつつある半兵衛の姿が。
「晴雅、入るよ」
二回扉を叩き晴雅に入る許可を求めるが部屋の主はやはり熟睡中の様だ。
返事が無い事に気付いた半兵衛は溜め息を吐いて中に入る。
バタンッとあからさま音を立てて扉を閉めたが反応はなし。
「晴雅…朝だよ。起きて」
「んー…」
気持ち良さそうに眠る晴雅を起こすのは忍びないがこのままだと大学に遅刻してしまう。
仕方ないなと呟いて半兵衛は晴雅の枕元へ顔を近付けた。
正確に言えば顔ではなく晴雅の耳元へ口を近寄らせていた。
「晴雅このままだと、遅刻してしまうよ。良いのかい?」
「ん…?」
耳へかかる僅かな吐息に晴雅は微量に反応を示した。
「早く起きないと…僕のやり方で起こしちゃうよ?」
「…ふぇ!?は…半兵衛様!!」
半兵衛の言葉が効いたのか効いてないのかともかく晴雅は急いで起床した。
なんとも慌ただしい起床である。
「やっと起きた。全く…朝に直ぐ起きれないんだから夜更かしはあれ程駄目だって言っただろう?」
「刑部さんから貸して貰った本が面白かったからつい…いえ、変な起こし方しないで下さい半兵衛様」
「君が自分で起きる癖を付けなければ誰が晴雅を起こしに来るんだい?」
「うっ……」
晴雅は余り朝に強くない。
はっきり言ってしまえば晴雅は夜型な方だ。
朝は目覚まし時計をセットしても止めたらまた眠りについたり。
二度寝をよくしてしまう。
故に二度寝を遮り起床させる為に半兵衛が晴雅を起こしに来る訳だ。
「すみませんでした…」
「分かれば宜しい。さぁ顔を洗っておいで」
「は~い」
こうして晴雅の朝は始まる
半兵衛の言い付け通り、顔を洗って手拭いでふく。
「ふ~…さっぱりした」
そのまま置いて有った櫛(くし)を手にして、髪をとかす。
「これで良し、と」
満足げに鏡に映った自分の髪を見て、晴雅は独りでに頷く。
洗面所を出て、次は食事の居間へと向かう。
「晴雅、起きたのか」
「おはようございます秀吉様。半兵衛様に起こして頂きましたが」
着いてみれば屋敷の主である秀吉が、テーブルの真ん中である席に座っていた。
「昨夜はいつ頃眠りについた」
「十一時半頃に…」
「遅いな…もう少し早く眠れ。でなければ体を壊してしまう。親を心配させるでない」
「はい…すみません」
晴雅の身を誰よりも案じている秀吉は、多少厳しめに言った。
それを良く理解している晴雅は素直に謝る。
「座るが良い。直に半兵衛が朝餉を持ってくる」
「はい…あれ、三成は?」
「三成くんならまだ部屋で何かしてたよ」
「部屋で何か…?」
秀吉が晴雅を座らせると、ちょうど半兵衛がやって来て晴雅の疑問に答える。
「髪でも整えてたりして。珍しく寝癖がついちゃったり。前髪じゃなくて」
「まさか。三成に限ってそれは、」
「秀吉様!半兵衛様!遅れてしまい、大変申し訳ございません!!」
晴雅がクスクスと笑いながら珍しく遅れている三成の予想をしていると、話題の当人が現れる。
かなり慌てた様子の三成は、軽く頭に手を添えていた。
「ほらやっぱり~」
「晴雅…貴様、何故笑っている」
「寝癖を慌てて直す三成を想像したら、笑えてきて」
「貴様!斬滅して、」
「三成くん。早く食べないと晴雅共々、遅刻するよ」
「はっ!?」
己を笑う晴雅の首を鷲掴みにしようとした三成を、半兵衛が止めた。
「「………」」
そして黙々と食事をする三成と晴雅。
「そう言えば、今日は大学に神子さんが来るんだっけ。三成?」
「あ…あぁ、確かにそうだが…」
隣同士に並んで半兵衛の作った朝食を食べていると、不意に晴雅が三成に問いかけた。
問いかけの中に神子、と出てきて三成は少しながら戸惑いを見せた。
「神子が来るのかい?大学に」
「そうみたいです!昨日お昼頃メールで野鳥の生態とかの講演会を開くらしいって聞いたので」
「成程…流石は大谷の妻だけあるな」
「ですよね?神子さんは凄く野鳥に詳しいですから!」
嬉々として神子の事を、秀吉と半兵衛に話す晴雅に対して三成は何処かしら沈んで見えた。
「三成…大丈夫?具合でも悪いの?」
「!…支障はない、気にするな」
「そう?なら良いんだけど…体調が悪いなら直ぐに言ってね。三成は変にやせ我慢しちゃうから」
「分かっている…」
心から心配そうに己を見つめる晴雅に三成はこれ以上の心配をかけぬよう、はっきりと返した
「え~と、忘れ物はないかな…」
「忘れてるよ」
朝食を済ませて、晴雅は大学に向かう準備をして再確認をする。
忘れ物がないか鞄を開いていると、後ろから半兵衛が弁当を持って晴雅に答える。
「あ…お弁当」
「本当に晴雅は何処か抜けてるね…心配で堪らないよ」
「どうすれば直せるか、分からないんですけど…」
「まぁ、忘れない様にするしかないね。ほら、早く行きなさい」
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
「怪我をするなよ」
「しませんよ」
あせあせと半兵衛特製弁当を鞄にしまい、玄関から外に向かおうと歩きだす。
半兵衛と秀吉に見送られ、晴雅は屋敷を出る。
「あ!三成、一緒に行こう」
屋敷の門を通って出てみれば、携帯をいじっている三成が居た。
「晴雅か…すまないが先に行ってくれ」
「え~?」
いつも大学へ行く時は二人で話をしながら、歩んでいたのだが。
謝罪から返された三成の言葉に晴雅はつまらなそうにしていた。
「許せ。私は用事が出来た。だから先に行け」
「用事って…どんな用事なの」
「刑部と少しばかり話がある」
「刑部さんと?仕方ないなー。帰りは絶対に帰ろうね、約束だから」
「私が裏切ると思うか?良いから行け。遅れて良いのか」
「分かってるってばー」
渋々と大学への道を進んで行った晴雅の背中を、三成は見えなくなるまで見ていた。
「遅かったな晴雅。お前にしては珍しい」
「おはよう、かすがちゃん。ごめんね…待たせちゃった?」
「いいや大丈夫だ。さっさと行くとしよう」
「うん」
大学の校門にて同級生且つ、クラスメイトそして親友であるかすがと挨拶を交わし、校舎に入る
ここ婆娑羅大学に通う晴雅は二階にある自分の教室へ、かすがと一緒に向かう。
席は大学に通い始めた当初から、決まっているが晴雅はかすがと隣である。
故に直ぐに友達となって以来、ずっと行動を共にしている。
そして暇あらば…
「…それで、上杉先生とはどんな感じ?」
「こ、この前な…晴雅の言う通りに手作り菓子を手渡したら、かなり喜んで貰えて…」
「良かった!先生に渡せたんだね」
片想いをしているかすがの相談に乗ってやる。
普段、かすがはボーイッシュで他の女子学生からは、男子学生よりも格好いい。
と言われるが、晴雅や片想い相手―日本史の教師である上杉謙信―の前では立派な乙女になる。
「そろそろ告白してみたら?」
「な…!?こ、告白なんて…そんな…」
かすがの恋路が順調な事に喜ぶ晴雅は、謙信に告白を勧めてみた。
告白、と聞いてかすがは真っ赤になって語尾を小さくしていった。
「大丈夫!私も協力するから!」
「本当か…?」
「勿論!だってかすがちゃんの為だもの」
「ありがとう、晴雅」
「どういたしまして」
なかなか謙信への告白に踏み切れなかったかすがだが、晴雅の言葉に元気付けられてやってみよう、と思えた。
その後も和気あいあいな雰囲気でかすがとお喋りをしていると、教師がやって来て授業が始まった。
授業中、あれ程にお喋りをしていた晴雅とかすがはピタリと話を止めて、静かに教師の言葉を耳に入れる。
「次は鳥獣保護会の方からわざわざこの大学にやって来て、講演会を開いて貰う事となった。キチンと聞いているように」
授業が終わると教師が特別授業がある詳細を話して、教室を出て行った。
「鳥獣保護会から…一体誰が来るんだ?」
「私は…何となく分かるかも」
「何?誰なんだ」
「多分ね、知り合いだと思うんだ。私と三成の」
「そうなのか…?ますます予想が出来ない」
首を捻って考えるかすがを見て実はちゃっかり知っている晴雅は笑っていた
「おはようございます、初めまして。鳥獣保護会の方から参りました…大谷神子と申します」
「ほら、やっぱり神子さんだ」
講演の講師として現れたのは知っての通り晴雅の知り合いである神子であった。
「大谷…と言う事はあいつは、」
「そっ、刑部さんの奥さんだよ」
晴雅の旧い友人でもある大谷吉継の妻、神子とは数カ月ぐらい会ってなかったが、余り変わった様子はない。
「…この度は講演会を開かせて頂き、誠にありがとうございます。それでは早速、ハクセキレイから説明して行きましょう」
神子の野鳥に対する知識は博識故、完璧な講演であった。
余りに完璧な説明に晴雅は感動して思わず講演が終了したと同時で神子へと駆け寄った。
「神子さん!!」
「あっ晴雅ちゃん、どうだった?私の講演。正直、緊張してたから上手くいったか分からなくて…」
「何言ってるんですか!凄く楽しかったですよ神子さんの話は」
「そう?良かった…ありがとうね」
「いーえ!それより、この事は刑部さんも知っているんです?」
「え…大谷、さん?……うん。話したんだけど…」
「…何か有ったんですか?」
刑部…基、夫の大谷が話に出てきて神子の顔が一瞬曇る。
それを見逃さなかった晴雅は神子が心配になって尋ねてみた。
「刑部さんが何かやらかしたんですか?」
「実はね…―――」
おずおずと何処か落ち込んでいる様子の神子がポツリポツリと話始める。
「何ですかそれ!流石に言って良い事と悪い事、分かる筈なのに刑部さんは!!」
「そ…そんなに攻めないであげて…大谷さんだって、本心から言ってないと思うけど、」
「分かってます。でもそんな言い方は駄目だと思って…」
大谷の神子に対する言葉に憤慨する晴雅。
それを落ち着かせようと神子は少し焦って晴雅に話しかける。
「全く…じゃあ私から少しばかり説教をしますので。また後で」
「せ、説教!?大谷さんに…大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ!私はこれでも刑部さんと長く接して来ましたから。神子さんは講演会頑張って下さいね」
「ありがとう…晴雅ちゃん」
「良いんですよ」
少し元気になった神子は晴雅に礼を言うと教室から出て行った。
「どうしたんだ?晴雅」
「ちょっとね…」
席に戻ればかすがは心配そうに晴雅へ声をかける。
「おい聞いたか!?今日、大谷の奴が来てんだって!!」
「聞いたぜ!確か長曾我部の奴が居残りを喰らったんだっけな?」
かすがの心配を振り払う様に、晴雅は一言返していると廊下で男子生徒達が騒いでいる。
「騒がしい奴らだな…次は謙信様の授業だと言うのに」
「………」
賑やかな男子生徒達に眉をしかめるかすがに対し、晴雅はある言葉を聞いて黙り込んでいた
「刑部、次は二年の部屋だ」
「ぬしも頑張り屋よな。わざわざ我の元まで来るとは」
「貴様の為ならばこれぐらい」
一方、晴雅より遅れて大学に着いた三成は大谷の付き添いをしていた。
久々に大学へ行こうと思案していた大谷の言葉を受け、三成は直ぐに付き添いを引き受けた。
故に朝、晴雅を先に大学へ行かせたのは大谷を迎えに行っていたからだった。
付き添いと言っても三成にも授業を受ける必要があるので、僅かな休み時間の間に大谷を次の教室へと送り届けるだけだが。
「…刑部」
「如何した」
「あいつとは口をきいたのか?」
「何の話だ?我はぬしの申す事が理解出来ぬな」
車椅子を押しながら、三成が大谷へずっと気になっていた事を聞いてみた。
しかし帰ってきたのは、大谷の冷たい一言だけ。
それに僅かながら寂しそうな顔をした三成は、黙って車椅子を押す。
大谷も沈黙していた。
…が。
「刑部さん!!」
「晴雅…?」
「何用か晴雅、ぬしにしては騒がしい」
前方の方から息を切らして晴雅が走って来る。
三成は驚いていたが大谷は微動だにしていない。
「聞きましたよ。刑部さん…あなた、神子さんと喧嘩したらしいですね?」
「………」
「…それがどうした」
「それが!?本当に刑部さんは神子さんの事、分かってないんですね」
「なに…?」
憤怒の表情で問い詰める晴雅と、それに冷静な大谷と、戸惑って黙る三成。
吐き捨てる様にとある言葉を晴雅が発すると、大谷が顔をしかめて彼女を睨んできた。
「神子さん…あなたにあんな事を言われても、刑部さんを攻めないでって…私に言ってきたんですよ?」
「………」
「喧嘩しているんですよ?でも神子さんは刑部さんを庇った…どれだけ神子さんが優しいか分かってます?誰よりもあなたに優しさを向けている神子さんに、どうして素直に返せないんですか」
「晴雅!刑部の考えはどうするつもりだ貴様は!?」
「三成、あなたも何で話してくれなかったの?刑部さんと神子さんが喧嘩したって」
「それは…」
ただ黙り続けたままの大谷を案じる三成が晴雅に迫るが、逆に問いただされた。
「はぁ…もう良いや。せめて刑部さんから謝ってあげて下さいよ。それなら私も何も言いませんから」
「ほう?我に指図するのか?」
「無理にはしたくないのですけど…神子さんへ実家に帰る様、勧めたらどうします?」
「………」
「刑部…」
やっと発言した大谷に対して冷静沈着な返しをすると、晴雅はさっさと行ってしまった。
何も言えなかった三成は、ただ心配そうに大谷の名前を呼ぶだけだった。
「晴雅…お前何か有ったのか?」
「え、分かっちゃう?」
「私で良ければ話を聞くが」
「いやいや!大丈夫!それより、上杉先生の授業なんだから気にせず受けて」
「大丈夫なら良いんだが…」
相談ならば聞く、とかすがは言ってくれたが晴雅は首を振ってやんわりと断った。
今は謙信による日本史の授業。
かすがの邪魔をしたくない晴雅は、ひたすら一人で考え事をしていた。
謙信の授業も大切だが、晴雅の事も心配なかすがは時折に横目で晴雅を見ていた。
そんなこんなで謙信の授業の終了と、午前全ての授業も終わりを告げるチャイムが鳴る。
「やっと終わったね。かすがちゃん、がんば!」
「う…うん」
授業が終わって昼休みになった事で一息ついた晴雅だが、かすがへの応援を忘れない。
晴雅の励ましにかすがは勇気を振り絞って、謙信の元へ歩む。
「あの…!謙信様…!!」
「おや?どうしました、かすが」
「その…良かったら、一緒に…お弁当を頂いても宜しいでしょうか!?」
(頑張った!良くやったよ、かすがちゃん!)
教科書等を抱えて、教卓から離れた謙信にかすがのアタックが始まる。
最初はおどおどしながら小さな声量であったが、後半に全てを出しきって謙信に申し込む。
それを静かに見守っている晴雅は、心で叫びながら親指を立てていた。
「よろしいですよ。ではまいりましょうか」
「本当ですか!!」
ほんの少し驚いた様子の謙信だったが、直ぐに笑みを浮かべて返事を出す。
承諾を得れたかすがは、パアッと嬉しそうな顔になる。
「どうです?あなたもきますか、つきよのどの」
「わ、私!?」
そのまま二人で昼食を取ろうと教室を出ると思いきや、静観していた晴雅も誘う謙信。
いきなり名前を呼ばれて晴雅は裏返った声を上げてしまった。
「わ…私は、」
ちらりと晴雅はかすがを見る。
別段、邪魔が入るとは思ってなさそうだ。
それ所かお前も来るか?とかすがの目が語っている。
だが…
「私はちょっとお腹の調子が悪いので…お二人でどうぞ」
「…晴雅」
「そうですか…まことにざんねんです。ではきかいがあれば、また」
「はい、ありがとうございます」
勿論、晴雅の言う事は嘘だが。
(すまない晴雅…私の為になんか…)
(気にしないで!私は本当に大丈夫だから。上杉先生と二人で楽しんでおいでよ)
(ありがとう、本当に…)
(そのまま告白出来たら良いね)
(で…出来たら、やってみる)
(ファイト!じゃ、また後でね)
かすがと謙信を見送った晴雅は、弁当を取り出して教室を出る。
「さてと…慶次くんでも誘って屋上で食べようかな」
普段、かすがと弁当を食べていた晴雅は同級生の前田慶次を誘おうかと思った。
「晴雅!!」
そそくさと慶次へ電話をしようとした晴雅に、今度は三成の声がかかった。
「三成…どうしたの」
「大した事ではないが、お前と昼餉を取りたい」
「私と…?」
三成自ら昼食の誘いを受けるなど初めてだった。
そもそも恋人関係ながら彼は恥ずかしがって普段から大学所在時に話しかけてくるのが皆無だったのだ。
帰宅先が共に居候している屋敷なので特に気にした事はなかったが。
普段の三成はクラスメイトの徳川家康と長曾我部元親に伊達政宗などと(ほぼ一方的だが)昼食を取っていた。
だから晴雅は三成の言葉を俄に信じられなかった。
「良いの?私で。家康くんと元親くん政宗くん達と食べなくて」
「お前だから誘っているのだ」
「でも私、三成に酷い事言っちゃったよ…?八つ当たりしちゃったんだよ?」
「だからどうした。私は晴雅だから望んでいる」
謙信の授業を受けていた際、晴雅は三成と大谷の事を考えていた。
あの時はつい頭に血が登ってひたすら、自分の怒りを二人にぶつけてしまった気がして堪らなかったのだ。
特に三成には酷くぶつかってしまった。
それを冷えた頭で考え直してみれば、とても申し訳ない事をしたと思った。
ずっと罪悪感が胸に渦巻いて、どうしようもなかった。
「ごめんね三成…ごめんね…」
「謝るな。私にも責任がある。行くぞ」
「…うん!」
かすかに泣きそうな晴雅を三成は優しく頭を撫でて慰めてくれた。
謝れば三成はキッパリと言い切って晴雅の手を取り、引っ張った。
急な力で引っ張られた晴雅は前のめりになってしまったが、嫌ではなかった。
女子生徒の黄色い声や、男子生徒の視線を受けながら、三成と晴雅は屋上へ向かう。
周りの事など知りもしなかった
二人して屋上に着いた。
「う~ん…良い天気!ね、三成」
「ああ」
ずっと建物の中に居た為、屋上に出てみれば解放感に包まれる。
ぐーッと伸びをして、背後にいる三成に問いかければ頷きながら返してくれた。
「じゃあ此処で」
三成と晴雅以外、屋上に居る者は皆無。
なので大胆に屋上のど真ん中で食べる事にした。
どちらも半兵衛手作りの弁当を開いて、食事を始める。
「いただきます!んー…やっぱり半兵衛様のお弁当は美味しいな」
「………晴雅」
弁当に舌鼓を打っていると、静かに三成が晴雅を呼んだ。
「三成?どうかした?」
「すまなかった…刑部とあいつの件を、黙っていて…」
「もーそれは怒ってないよ。私、分かってるもん三成が黙ってた理由」
「………?」
軽く俯き加減で謝る三成に晴雅は溜め息を吐きながら続けた。
「私が変に心配しないように、でしょ…分かってるよ。三成、優しいから」
「私は優しくなど…」
「素直になれなくても良いの。私は三成の事、全部分かってる。誰よりも優しい事」
「晴雅…」
「三成は神子さんと同じぐらいに優しくて、私と刑部さんを大事に思ってくれてる…それだけで充分だよ」
箸を置き、三成の膝に軽く手を添えて顔を近付ける。
それはもう、御互いの鼻が触れ合う程。
ニコリと晴雅が笑えば三成も少し笑って、口付ける。
己の事を奥底から理解してくれる晴雅を、三成は心から愛しいと思えた
,
自室の布団にてまだ眠りについている晴雅。
そんな晴雅を起こす為に足音を立てないで静かに部屋へと歩みつつある半兵衛の姿が。
「晴雅、入るよ」
二回扉を叩き晴雅に入る許可を求めるが部屋の主はやはり熟睡中の様だ。
返事が無い事に気付いた半兵衛は溜め息を吐いて中に入る。
バタンッとあからさま音を立てて扉を閉めたが反応はなし。
「晴雅…朝だよ。起きて」
「んー…」
気持ち良さそうに眠る晴雅を起こすのは忍びないがこのままだと大学に遅刻してしまう。
仕方ないなと呟いて半兵衛は晴雅の枕元へ顔を近付けた。
正確に言えば顔ではなく晴雅の耳元へ口を近寄らせていた。
「晴雅このままだと、遅刻してしまうよ。良いのかい?」
「ん…?」
耳へかかる僅かな吐息に晴雅は微量に反応を示した。
「早く起きないと…僕のやり方で起こしちゃうよ?」
「…ふぇ!?は…半兵衛様!!」
半兵衛の言葉が効いたのか効いてないのかともかく晴雅は急いで起床した。
なんとも慌ただしい起床である。
「やっと起きた。全く…朝に直ぐ起きれないんだから夜更かしはあれ程駄目だって言っただろう?」
「刑部さんから貸して貰った本が面白かったからつい…いえ、変な起こし方しないで下さい半兵衛様」
「君が自分で起きる癖を付けなければ誰が晴雅を起こしに来るんだい?」
「うっ……」
晴雅は余り朝に強くない。
はっきり言ってしまえば晴雅は夜型な方だ。
朝は目覚まし時計をセットしても止めたらまた眠りについたり。
二度寝をよくしてしまう。
故に二度寝を遮り起床させる為に半兵衛が晴雅を起こしに来る訳だ。
「すみませんでした…」
「分かれば宜しい。さぁ顔を洗っておいで」
「は~い」
こうして晴雅の朝は始まる
半兵衛の言い付け通り、顔を洗って手拭いでふく。
「ふ~…さっぱりした」
そのまま置いて有った櫛(くし)を手にして、髪をとかす。
「これで良し、と」
満足げに鏡に映った自分の髪を見て、晴雅は独りでに頷く。
洗面所を出て、次は食事の居間へと向かう。
「晴雅、起きたのか」
「おはようございます秀吉様。半兵衛様に起こして頂きましたが」
着いてみれば屋敷の主である秀吉が、テーブルの真ん中である席に座っていた。
「昨夜はいつ頃眠りについた」
「十一時半頃に…」
「遅いな…もう少し早く眠れ。でなければ体を壊してしまう。親を心配させるでない」
「はい…すみません」
晴雅の身を誰よりも案じている秀吉は、多少厳しめに言った。
それを良く理解している晴雅は素直に謝る。
「座るが良い。直に半兵衛が朝餉を持ってくる」
「はい…あれ、三成は?」
「三成くんならまだ部屋で何かしてたよ」
「部屋で何か…?」
秀吉が晴雅を座らせると、ちょうど半兵衛がやって来て晴雅の疑問に答える。
「髪でも整えてたりして。珍しく寝癖がついちゃったり。前髪じゃなくて」
「まさか。三成に限ってそれは、」
「秀吉様!半兵衛様!遅れてしまい、大変申し訳ございません!!」
晴雅がクスクスと笑いながら珍しく遅れている三成の予想をしていると、話題の当人が現れる。
かなり慌てた様子の三成は、軽く頭に手を添えていた。
「ほらやっぱり~」
「晴雅…貴様、何故笑っている」
「寝癖を慌てて直す三成を想像したら、笑えてきて」
「貴様!斬滅して、」
「三成くん。早く食べないと晴雅共々、遅刻するよ」
「はっ!?」
己を笑う晴雅の首を鷲掴みにしようとした三成を、半兵衛が止めた。
「「………」」
そして黙々と食事をする三成と晴雅。
「そう言えば、今日は大学に神子さんが来るんだっけ。三成?」
「あ…あぁ、確かにそうだが…」
隣同士に並んで半兵衛の作った朝食を食べていると、不意に晴雅が三成に問いかけた。
問いかけの中に神子、と出てきて三成は少しながら戸惑いを見せた。
「神子が来るのかい?大学に」
「そうみたいです!昨日お昼頃メールで野鳥の生態とかの講演会を開くらしいって聞いたので」
「成程…流石は大谷の妻だけあるな」
「ですよね?神子さんは凄く野鳥に詳しいですから!」
嬉々として神子の事を、秀吉と半兵衛に話す晴雅に対して三成は何処かしら沈んで見えた。
「三成…大丈夫?具合でも悪いの?」
「!…支障はない、気にするな」
「そう?なら良いんだけど…体調が悪いなら直ぐに言ってね。三成は変にやせ我慢しちゃうから」
「分かっている…」
心から心配そうに己を見つめる晴雅に三成はこれ以上の心配をかけぬよう、はっきりと返した
「え~と、忘れ物はないかな…」
「忘れてるよ」
朝食を済ませて、晴雅は大学に向かう準備をして再確認をする。
忘れ物がないか鞄を開いていると、後ろから半兵衛が弁当を持って晴雅に答える。
「あ…お弁当」
「本当に晴雅は何処か抜けてるね…心配で堪らないよ」
「どうすれば直せるか、分からないんですけど…」
「まぁ、忘れない様にするしかないね。ほら、早く行きなさい」
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
「怪我をするなよ」
「しませんよ」
あせあせと半兵衛特製弁当を鞄にしまい、玄関から外に向かおうと歩きだす。
半兵衛と秀吉に見送られ、晴雅は屋敷を出る。
「あ!三成、一緒に行こう」
屋敷の門を通って出てみれば、携帯をいじっている三成が居た。
「晴雅か…すまないが先に行ってくれ」
「え~?」
いつも大学へ行く時は二人で話をしながら、歩んでいたのだが。
謝罪から返された三成の言葉に晴雅はつまらなそうにしていた。
「許せ。私は用事が出来た。だから先に行け」
「用事って…どんな用事なの」
「刑部と少しばかり話がある」
「刑部さんと?仕方ないなー。帰りは絶対に帰ろうね、約束だから」
「私が裏切ると思うか?良いから行け。遅れて良いのか」
「分かってるってばー」
渋々と大学への道を進んで行った晴雅の背中を、三成は見えなくなるまで見ていた。
「遅かったな晴雅。お前にしては珍しい」
「おはよう、かすがちゃん。ごめんね…待たせちゃった?」
「いいや大丈夫だ。さっさと行くとしよう」
「うん」
大学の校門にて同級生且つ、クラスメイトそして親友であるかすがと挨拶を交わし、校舎に入る
ここ婆娑羅大学に通う晴雅は二階にある自分の教室へ、かすがと一緒に向かう。
席は大学に通い始めた当初から、決まっているが晴雅はかすがと隣である。
故に直ぐに友達となって以来、ずっと行動を共にしている。
そして暇あらば…
「…それで、上杉先生とはどんな感じ?」
「こ、この前な…晴雅の言う通りに手作り菓子を手渡したら、かなり喜んで貰えて…」
「良かった!先生に渡せたんだね」
片想いをしているかすがの相談に乗ってやる。
普段、かすがはボーイッシュで他の女子学生からは、男子学生よりも格好いい。
と言われるが、晴雅や片想い相手―日本史の教師である上杉謙信―の前では立派な乙女になる。
「そろそろ告白してみたら?」
「な…!?こ、告白なんて…そんな…」
かすがの恋路が順調な事に喜ぶ晴雅は、謙信に告白を勧めてみた。
告白、と聞いてかすがは真っ赤になって語尾を小さくしていった。
「大丈夫!私も協力するから!」
「本当か…?」
「勿論!だってかすがちゃんの為だもの」
「ありがとう、晴雅」
「どういたしまして」
なかなか謙信への告白に踏み切れなかったかすがだが、晴雅の言葉に元気付けられてやってみよう、と思えた。
その後も和気あいあいな雰囲気でかすがとお喋りをしていると、教師がやって来て授業が始まった。
授業中、あれ程にお喋りをしていた晴雅とかすがはピタリと話を止めて、静かに教師の言葉を耳に入れる。
「次は鳥獣保護会の方からわざわざこの大学にやって来て、講演会を開いて貰う事となった。キチンと聞いているように」
授業が終わると教師が特別授業がある詳細を話して、教室を出て行った。
「鳥獣保護会から…一体誰が来るんだ?」
「私は…何となく分かるかも」
「何?誰なんだ」
「多分ね、知り合いだと思うんだ。私と三成の」
「そうなのか…?ますます予想が出来ない」
首を捻って考えるかすがを見て実はちゃっかり知っている晴雅は笑っていた
「おはようございます、初めまして。鳥獣保護会の方から参りました…大谷神子と申します」
「ほら、やっぱり神子さんだ」
講演の講師として現れたのは知っての通り晴雅の知り合いである神子であった。
「大谷…と言う事はあいつは、」
「そっ、刑部さんの奥さんだよ」
晴雅の旧い友人でもある大谷吉継の妻、神子とは数カ月ぐらい会ってなかったが、余り変わった様子はない。
「…この度は講演会を開かせて頂き、誠にありがとうございます。それでは早速、ハクセキレイから説明して行きましょう」
神子の野鳥に対する知識は博識故、完璧な講演であった。
余りに完璧な説明に晴雅は感動して思わず講演が終了したと同時で神子へと駆け寄った。
「神子さん!!」
「あっ晴雅ちゃん、どうだった?私の講演。正直、緊張してたから上手くいったか分からなくて…」
「何言ってるんですか!凄く楽しかったですよ神子さんの話は」
「そう?良かった…ありがとうね」
「いーえ!それより、この事は刑部さんも知っているんです?」
「え…大谷、さん?……うん。話したんだけど…」
「…何か有ったんですか?」
刑部…基、夫の大谷が話に出てきて神子の顔が一瞬曇る。
それを見逃さなかった晴雅は神子が心配になって尋ねてみた。
「刑部さんが何かやらかしたんですか?」
「実はね…―――」
おずおずと何処か落ち込んでいる様子の神子がポツリポツリと話始める。
「何ですかそれ!流石に言って良い事と悪い事、分かる筈なのに刑部さんは!!」
「そ…そんなに攻めないであげて…大谷さんだって、本心から言ってないと思うけど、」
「分かってます。でもそんな言い方は駄目だと思って…」
大谷の神子に対する言葉に憤慨する晴雅。
それを落ち着かせようと神子は少し焦って晴雅に話しかける。
「全く…じゃあ私から少しばかり説教をしますので。また後で」
「せ、説教!?大谷さんに…大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ!私はこれでも刑部さんと長く接して来ましたから。神子さんは講演会頑張って下さいね」
「ありがとう…晴雅ちゃん」
「良いんですよ」
少し元気になった神子は晴雅に礼を言うと教室から出て行った。
「どうしたんだ?晴雅」
「ちょっとね…」
席に戻ればかすがは心配そうに晴雅へ声をかける。
「おい聞いたか!?今日、大谷の奴が来てんだって!!」
「聞いたぜ!確か長曾我部の奴が居残りを喰らったんだっけな?」
かすがの心配を振り払う様に、晴雅は一言返していると廊下で男子生徒達が騒いでいる。
「騒がしい奴らだな…次は謙信様の授業だと言うのに」
「………」
賑やかな男子生徒達に眉をしかめるかすがに対し、晴雅はある言葉を聞いて黙り込んでいた
「刑部、次は二年の部屋だ」
「ぬしも頑張り屋よな。わざわざ我の元まで来るとは」
「貴様の為ならばこれぐらい」
一方、晴雅より遅れて大学に着いた三成は大谷の付き添いをしていた。
久々に大学へ行こうと思案していた大谷の言葉を受け、三成は直ぐに付き添いを引き受けた。
故に朝、晴雅を先に大学へ行かせたのは大谷を迎えに行っていたからだった。
付き添いと言っても三成にも授業を受ける必要があるので、僅かな休み時間の間に大谷を次の教室へと送り届けるだけだが。
「…刑部」
「如何した」
「あいつとは口をきいたのか?」
「何の話だ?我はぬしの申す事が理解出来ぬな」
車椅子を押しながら、三成が大谷へずっと気になっていた事を聞いてみた。
しかし帰ってきたのは、大谷の冷たい一言だけ。
それに僅かながら寂しそうな顔をした三成は、黙って車椅子を押す。
大谷も沈黙していた。
…が。
「刑部さん!!」
「晴雅…?」
「何用か晴雅、ぬしにしては騒がしい」
前方の方から息を切らして晴雅が走って来る。
三成は驚いていたが大谷は微動だにしていない。
「聞きましたよ。刑部さん…あなた、神子さんと喧嘩したらしいですね?」
「………」
「…それがどうした」
「それが!?本当に刑部さんは神子さんの事、分かってないんですね」
「なに…?」
憤怒の表情で問い詰める晴雅と、それに冷静な大谷と、戸惑って黙る三成。
吐き捨てる様にとある言葉を晴雅が発すると、大谷が顔をしかめて彼女を睨んできた。
「神子さん…あなたにあんな事を言われても、刑部さんを攻めないでって…私に言ってきたんですよ?」
「………」
「喧嘩しているんですよ?でも神子さんは刑部さんを庇った…どれだけ神子さんが優しいか分かってます?誰よりもあなたに優しさを向けている神子さんに、どうして素直に返せないんですか」
「晴雅!刑部の考えはどうするつもりだ貴様は!?」
「三成、あなたも何で話してくれなかったの?刑部さんと神子さんが喧嘩したって」
「それは…」
ただ黙り続けたままの大谷を案じる三成が晴雅に迫るが、逆に問いただされた。
「はぁ…もう良いや。せめて刑部さんから謝ってあげて下さいよ。それなら私も何も言いませんから」
「ほう?我に指図するのか?」
「無理にはしたくないのですけど…神子さんへ実家に帰る様、勧めたらどうします?」
「………」
「刑部…」
やっと発言した大谷に対して冷静沈着な返しをすると、晴雅はさっさと行ってしまった。
何も言えなかった三成は、ただ心配そうに大谷の名前を呼ぶだけだった。
「晴雅…お前何か有ったのか?」
「え、分かっちゃう?」
「私で良ければ話を聞くが」
「いやいや!大丈夫!それより、上杉先生の授業なんだから気にせず受けて」
「大丈夫なら良いんだが…」
相談ならば聞く、とかすがは言ってくれたが晴雅は首を振ってやんわりと断った。
今は謙信による日本史の授業。
かすがの邪魔をしたくない晴雅は、ひたすら一人で考え事をしていた。
謙信の授業も大切だが、晴雅の事も心配なかすがは時折に横目で晴雅を見ていた。
そんなこんなで謙信の授業の終了と、午前全ての授業も終わりを告げるチャイムが鳴る。
「やっと終わったね。かすがちゃん、がんば!」
「う…うん」
授業が終わって昼休みになった事で一息ついた晴雅だが、かすがへの応援を忘れない。
晴雅の励ましにかすがは勇気を振り絞って、謙信の元へ歩む。
「あの…!謙信様…!!」
「おや?どうしました、かすが」
「その…良かったら、一緒に…お弁当を頂いても宜しいでしょうか!?」
(頑張った!良くやったよ、かすがちゃん!)
教科書等を抱えて、教卓から離れた謙信にかすがのアタックが始まる。
最初はおどおどしながら小さな声量であったが、後半に全てを出しきって謙信に申し込む。
それを静かに見守っている晴雅は、心で叫びながら親指を立てていた。
「よろしいですよ。ではまいりましょうか」
「本当ですか!!」
ほんの少し驚いた様子の謙信だったが、直ぐに笑みを浮かべて返事を出す。
承諾を得れたかすがは、パアッと嬉しそうな顔になる。
「どうです?あなたもきますか、つきよのどの」
「わ、私!?」
そのまま二人で昼食を取ろうと教室を出ると思いきや、静観していた晴雅も誘う謙信。
いきなり名前を呼ばれて晴雅は裏返った声を上げてしまった。
「わ…私は、」
ちらりと晴雅はかすがを見る。
別段、邪魔が入るとは思ってなさそうだ。
それ所かお前も来るか?とかすがの目が語っている。
だが…
「私はちょっとお腹の調子が悪いので…お二人でどうぞ」
「…晴雅」
「そうですか…まことにざんねんです。ではきかいがあれば、また」
「はい、ありがとうございます」
勿論、晴雅の言う事は嘘だが。
(すまない晴雅…私の為になんか…)
(気にしないで!私は本当に大丈夫だから。上杉先生と二人で楽しんでおいでよ)
(ありがとう、本当に…)
(そのまま告白出来たら良いね)
(で…出来たら、やってみる)
(ファイト!じゃ、また後でね)
かすがと謙信を見送った晴雅は、弁当を取り出して教室を出る。
「さてと…慶次くんでも誘って屋上で食べようかな」
普段、かすがと弁当を食べていた晴雅は同級生の前田慶次を誘おうかと思った。
「晴雅!!」
そそくさと慶次へ電話をしようとした晴雅に、今度は三成の声がかかった。
「三成…どうしたの」
「大した事ではないが、お前と昼餉を取りたい」
「私と…?」
三成自ら昼食の誘いを受けるなど初めてだった。
そもそも恋人関係ながら彼は恥ずかしがって普段から大学所在時に話しかけてくるのが皆無だったのだ。
帰宅先が共に居候している屋敷なので特に気にした事はなかったが。
普段の三成はクラスメイトの徳川家康と長曾我部元親に伊達政宗などと(ほぼ一方的だが)昼食を取っていた。
だから晴雅は三成の言葉を俄に信じられなかった。
「良いの?私で。家康くんと元親くん政宗くん達と食べなくて」
「お前だから誘っているのだ」
「でも私、三成に酷い事言っちゃったよ…?八つ当たりしちゃったんだよ?」
「だからどうした。私は晴雅だから望んでいる」
謙信の授業を受けていた際、晴雅は三成と大谷の事を考えていた。
あの時はつい頭に血が登ってひたすら、自分の怒りを二人にぶつけてしまった気がして堪らなかったのだ。
特に三成には酷くぶつかってしまった。
それを冷えた頭で考え直してみれば、とても申し訳ない事をしたと思った。
ずっと罪悪感が胸に渦巻いて、どうしようもなかった。
「ごめんね三成…ごめんね…」
「謝るな。私にも責任がある。行くぞ」
「…うん!」
かすかに泣きそうな晴雅を三成は優しく頭を撫でて慰めてくれた。
謝れば三成はキッパリと言い切って晴雅の手を取り、引っ張った。
急な力で引っ張られた晴雅は前のめりになってしまったが、嫌ではなかった。
女子生徒の黄色い声や、男子生徒の視線を受けながら、三成と晴雅は屋上へ向かう。
周りの事など知りもしなかった
二人して屋上に着いた。
「う~ん…良い天気!ね、三成」
「ああ」
ずっと建物の中に居た為、屋上に出てみれば解放感に包まれる。
ぐーッと伸びをして、背後にいる三成に問いかければ頷きながら返してくれた。
「じゃあ此処で」
三成と晴雅以外、屋上に居る者は皆無。
なので大胆に屋上のど真ん中で食べる事にした。
どちらも半兵衛手作りの弁当を開いて、食事を始める。
「いただきます!んー…やっぱり半兵衛様のお弁当は美味しいな」
「………晴雅」
弁当に舌鼓を打っていると、静かに三成が晴雅を呼んだ。
「三成?どうかした?」
「すまなかった…刑部とあいつの件を、黙っていて…」
「もーそれは怒ってないよ。私、分かってるもん三成が黙ってた理由」
「………?」
軽く俯き加減で謝る三成に晴雅は溜め息を吐きながら続けた。
「私が変に心配しないように、でしょ…分かってるよ。三成、優しいから」
「私は優しくなど…」
「素直になれなくても良いの。私は三成の事、全部分かってる。誰よりも優しい事」
「晴雅…」
「三成は神子さんと同じぐらいに優しくて、私と刑部さんを大事に思ってくれてる…それだけで充分だよ」
箸を置き、三成の膝に軽く手を添えて顔を近付ける。
それはもう、御互いの鼻が触れ合う程。
ニコリと晴雅が笑えば三成も少し笑って、口付ける。
己の事を奥底から理解してくれる晴雅を、三成は心から愛しいと思えた
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