夜の秋
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地図を片手にひたすら足を進めればとうとうお目当ての店へと到着した。
この催事場へ赴くきっかけと目的のなった場所だ。
「やっと着いた…どんな小物があるかな」
高鳴る鼓動と少しだけ切らした息を整えるが小走りで移動した事だけでなく漸く神子自身が求めていた元へ辿り着けたのも理由だ。
他の客は見当たらなくゆっくり歩んで来る彼女の姿へ気が付くなり店主の男性が「いらっしゃい」と掛け声を出す。
「コレはノビタキで、雄と雌があるなんて珍しい!こっちの雉もつがいであるし、ルリビタキまで揃ってるっ!雌雄どっちも綺麗な色だから並べたら素敵だなぁ…あっ雷鳥も雌はなかなか取り扱って貰えないから貴重かも」
テーブル上で並列された様々な野鳥の小物を見るなり呟きが止まらない神子に店主は唖然として静観するしかなかった。
しかし博識で羽を伸ばし出すその様相へ笑いながら「お姉さん野鳥に詳しいんだねぇ。まるで学者さんみたいだ」と話し掛けてくるので熱中していた神子は我に返った。
「す、すみません…年甲斐もなくはしゃいで騒いでしまって…」
「いいんだよ別にお姉さん以外でお客さんも居ないしね。ここまで反応して貰えたら時間をかけて作った甲斐があったよ」
羞恥心から赤面して俯く神子に店主は愉快そうな色の顔と声を返してくれ思う存分に見ていってくれと言葉にも表した。
この現状を大谷に見られたら確実に「喧しい」と頭を叩 かれ忠言をぶつけられるだろう。
一人で良かったと思いつつ(今度から気を付けないと…)と反省し待たせる夫が為に早くお目当てな物を探そうと考える。
(何にしようかな…自分だけじゃなくて市ちゃん達の好きな鳥とかもあったら買いたいんだけど)
ズラリと並べられた小物の数は彼女を悩ますのに充分な量で髪留めやブローチにポーチなど店主の男性からは想像出来なさそうなかなりの器用さが必要な品物ばかりだった。
加えて鳥好きな神子が興奮気味になる程の種類を選別し釘付けにしてしまうまでな出来栄えだ。
「本当にどうしよう。ずっと眺めてたい位だけど大谷さんが心配だし…もう直感で決めよう」
下手をしたら展示されている物を全て買い取りたくなる勢いで意識が固定されずっと張り付いて居てしまいたくなる。
だがこのまま居座っては店側の迷惑になり一番で憂いとなるのが然りげ無く気遣い自分一人で楽しめる様に計らってくれた大谷にも申し訳ないので無駄な悩みをやめた。
「ん?コレってもしや…桜ブンチョウ?」
「おっ気付いて貰えたかな。実はコレが一番自信作で工数がかかったんだ」
「凄いですねこんなに特徴を捉えて表現出来るなんて」
「お姉さん程じゃないが俺も鳥好きなものでね」
首も目も動かして自分の感覚から得た品物を選ぼうと考え付けば見覚えのある鳥の小物を見つけた。
それは神子の誕生日に大谷が贈物として迎えて来た飼い鳥の桜ブンチョウ・幸にそっくりな人形だった。
余りの精巧さに驚愕し店主から催促されるがまま両手へ乗せて見つめてみると今にでも鳴き声を上げて羽を広げ飛び立ちそうな錯覚がする。
「かわいい…ちゃんと 眼瞼輪 まである…」
「文鳥と言えばそれは欠かせないからな」
「流石ですね…私もこんな風に作れたら…」
本物の生きた桜ブンチョウとふれ合っている神子ですら感嘆とする様子へ店主は至極満足げに笑っていた。
自分も生態へ詳しいだけなく更に向上しようと(今度まつさんに詳しく裁縫を教えて貰おうかな)と新たな目標が生まれた。
「お姉さんならあっという間に作れるよ。なんたって俺より博識なんだから」
「そんな、幾ら私でもこんな器用に出来ませんよ…とりあえずこの子お願いします」
「まいどっ!良かったら他に欲しい鳥とかあるかい?数の都合で並べられなくて引っ込ませてるヤツもあるんだ」
「あっそれじゃあ…からすと鶴とホトトギスもお願いしたいです」
「任しときな。ちょっと待っててくれ」
ほぼ一目惚れに近い桜ブンチョウの人形を選ぶと店主がまだまだ控えている品物があると教えてくれるので頼む事にした。
脳裏で仕事仲間達の姿を思い浮かべながら差し出された野鳥の人形を見つめ笑みが止まらない神子だが不意に思い出して「すみません燕もありますか」と言いかけたが外部から「あのっ…!」と上擦っているが張り上げた声でかき消されてしまった。
「…?どうしました」
「良かった見つけられて。さっきは財布をありがとうございました」
「財布…?嗚呼、先程の」
不思議そうに振り向いて見れば一人の男性が立っており最初はピンとこなかったものの財布と聞いて数十分前にあった出来事を思い出す。
「色々考えたんですけれど、やっぱりちゃんとお礼を返したくて」
「わざわざをお礼を受ける程の事はしていませんよ。お気持ちだけで充分ですから」
「いえご遠慮なさらずに。後、お話もさせて頂きたいんです」
どうしても財布を拾って貰った礼をしたいと繰り返す男性。
だが本命は自分と茶をしつつ話もしたい様なのだが困惑と手早く事を済ませて待ち人の元へ戻らなけばならない。
お人好しではあるが断る時はきっちり断ると決めているので遠回しに伝えるが届いておらず見兼ねた店主まで「おいアンタ、お姉さんが困ってんだからやめとけよ」と注意するが結果は同じだった。
「すみません私、夫を待たせてしまっているのでそろそろ戻らないといけないんです」
「そこをなんとか。お茶を一杯呑み終えるまででいいんです。お願いします」
とうとう奥の手、になるか分からないが独り身ではなく伴侶が居る事まで明かしてみたが全く聞く耳を持たない。
流石にそろそろ我慢の限界が近い彼女は必死の余りか掴まれていた手首を無理矢理にでも振り解いて拒絶を見せようかとした刹那。
「我の神子に何をしている」
「おっ、大谷さんっ…!」
聞き慣れた低音の声が耳に届きその発生主は誰か瞬時で理解した神子は思わず喜びを声色で溢してしまいそうだった。
掴まれていた手首は包帯で巻かれた手によって解放されそのまま後ろへと引かれる。
「木こりの如く待ち惚けするには長丁場だったのでな」
「ごめんなさい…欲しい物は見つけたんですけど…その、」
「…まァ大方検討はつくが。ぬしに対する訓戒は後回しよ」
「はい……」
己の背後に自分を隠す大谷へ神子がおずおずと説明を始めようにも先程とは違う低い声は呆れたものが混じって返される。
「あ、貴方がこの人の…?」
「左様。して、我らに何用か」
「い…いえ、あの、少しお話がしたかったのですが…失礼しましたっ…!」
突如として姿を現した大谷を目の当たりにし男性は見る間に意気消沈となった。
神子を掴んでいた手が包帯を纏いながら苦もなく離された時点で既に勝敗を決された気分だった。
更にはこちらを見据えてくると言うより睨みを利かせてくる独特な目が言葉よりも物語っている。
夫の背中に庇われやり取りを静観していたらやがて男性は平謝りしてこの場から立ち去って行った。
「ただ財布を拾って渡しただけなのに…」
「ぬしの不覚さは作為的にしか思えぬな」
「そう言われましても…」
やっと尖らせていた神経を落ち着かせると深い息と共に呟きを吐けば振り向き際で呆れを越した目で見られひとまず謝罪と礼を伝えるしかない。
「おおっ、神子どん!こげな所におったんか!!」
「その声は…島津さんですか?」
事は済ませたので良い加減帰るべきかと話し合って決めると「お姉さん忘れもん!!」と静かに見守っていた店主が大慌てで紙袋を差し出してくるので神子も大焦りに謝り返してそれを受け取った。
大事そうに抱える妻へ再び帰宅しようと大谷が催促していたら豪快な声量で名を呼ばれた本人は飛び上がりそうになった。
周りの人々同様、振り返ってみると白髪 の老体ながら軽快に走って来る一人の男。
声だけで既に誰だか察した神子が名を呼び返せば「じゃっとよ!一月 振りね」と返答してくれた。
この古老の者の名は島津義弘と言い神子と顔見知りだった。
彼の言葉通り一月前に出会ったのもまさにこの催事場となっている地域でだ。
今回の件と同様で新聞と共に届いた広告(着物専用の洗剤を取り扱う店が開いた知らせ)を見て買い出しへ出掛けた神子はそこまで行き慣れていなかった事が祟り迷子となってしまった。
困り果てた彼女が道行く人へ声を掛けて現在地や帰路の為の情報を尋ねるもその男性は逆に遊び事へ誘引してくるので困り果てた神子を手助けしてくれたのが島津だった。
最初は同性であろうと老人だった為か強気に出ていたが年の功と目には見えぬ覇気へ圧倒され及び腰となり立ち去った。
頭を下げて礼を言う彼女に島津は『こげなこと大したもんじゃなか。おまはんは大丈夫 か』と気遣ってくれたのでしっかりと頷いた。
何故に絡まれていたのかと聞かれ道に迷って通り掛かりの人へ声を掛けたら教えて貰うどころか言い寄られてしまったのだと話せば『わっぜぇじゃったなぁ』と労わってくれ事情を汲んで道案内してくれる事となった。
先行く島津の後を追って進めば見慣れた景色と道にまで辿り着いた。
お礼を言おうとしたが念の為に神子の屋敷まで送ると言い出すので慌ててやんわりと感謝しつつ断ろうとした。
しかし島津は『遠慮 せんじいい』と明るく返し更に自然な動きで手持ちの荷物を取るのでそこまでしなくてもと慌てっぱなしな彼女へ軽々とそれを掲げて日頃の鍛錬で鍛えているので大丈夫だと笑顔ながら続けた。
結局、屋敷に到着するまで購入した荷物を運んで貰う形となってしまった。
その帰路の途中で彼について聞くと先程の出向いた地域で道場を開いており門下生へ剣道を指導している身と教えてくれた。
道場と耳にして自分が常連となっている和菓子屋兼ね道場を構えている武田道場を思い浮かべていれば漸く拙宅が見えてきた。
屋敷内への入り口前でやっと荷物を返して貰い改めて頭を下げていたら困惑の色が見える大声で『島津!?』と聞こえ顔を向ければ玄関の和風戸付近に顔馴染みの石田三成がいた。
そう言えば買い出しへ出る前に彼を呼んでいた事を思い出す一方で三成は締め切った和風戸へ『刑部!!』と声も張り上げ夫を呼んでいる。
数秒もしない内で戸が開かれ大谷が姿を現し短い距離ながら早めた足で詰め寄ってきた。
二人して遅いだの連絡がないだの言い訳も許されない勢いで迫り叱責が始まろうとした瞬間に島津が『まあそう怒らんで。ちっと迷い子になっちょっただけよ』と事由を語り出してくれたので一時中断とされた。
世話を掛けたと謝意を伝える顔見知りだった夫へ豪快に笑いながら『そげん神子どんが心配 なら護身においが教 すっかね?』と提言するも即刻『今は無用よ』と大谷が答えた。
手を振り合って別れの挨拶をしながら島津が立ち去るとやはり始まる二人からの叱責。
三成から『貴様は刑部の憂慮も知らずに』と不機嫌を超えた声色で出されても全く意に介さない神子が『あんまり居ないって聞きましたけど大谷さんもお友達の方がいらっしゃるじゃないですか』とどこか嬉しそうに見当違いな発言をするので悠長な事を言うなと大谷に片手だけで頬を挟まれ固定された状態で説教が追加された。
この催事場へ赴くきっかけと目的のなった場所だ。
「やっと着いた…どんな小物があるかな」
高鳴る鼓動と少しだけ切らした息を整えるが小走りで移動した事だけでなく漸く神子自身が求めていた元へ辿り着けたのも理由だ。
他の客は見当たらなくゆっくり歩んで来る彼女の姿へ気が付くなり店主の男性が「いらっしゃい」と掛け声を出す。
「コレはノビタキで、雄と雌があるなんて珍しい!こっちの雉もつがいであるし、ルリビタキまで揃ってるっ!雌雄どっちも綺麗な色だから並べたら素敵だなぁ…あっ雷鳥も雌はなかなか取り扱って貰えないから貴重かも」
テーブル上で並列された様々な野鳥の小物を見るなり呟きが止まらない神子に店主は唖然として静観するしかなかった。
しかし博識で羽を伸ばし出すその様相へ笑いながら「お姉さん野鳥に詳しいんだねぇ。まるで学者さんみたいだ」と話し掛けてくるので熱中していた神子は我に返った。
「す、すみません…年甲斐もなくはしゃいで騒いでしまって…」
「いいんだよ別にお姉さん以外でお客さんも居ないしね。ここまで反応して貰えたら時間をかけて作った甲斐があったよ」
羞恥心から赤面して俯く神子に店主は愉快そうな色の顔と声を返してくれ思う存分に見ていってくれと言葉にも表した。
この現状を大谷に見られたら確実に「喧しい」と頭を
一人で良かったと思いつつ(今度から気を付けないと…)と反省し待たせる夫が為に早くお目当てな物を探そうと考える。
(何にしようかな…自分だけじゃなくて市ちゃん達の好きな鳥とかもあったら買いたいんだけど)
ズラリと並べられた小物の数は彼女を悩ますのに充分な量で髪留めやブローチにポーチなど店主の男性からは想像出来なさそうなかなりの器用さが必要な品物ばかりだった。
加えて鳥好きな神子が興奮気味になる程の種類を選別し釘付けにしてしまうまでな出来栄えだ。
「本当にどうしよう。ずっと眺めてたい位だけど大谷さんが心配だし…もう直感で決めよう」
下手をしたら展示されている物を全て買い取りたくなる勢いで意識が固定されずっと張り付いて居てしまいたくなる。
だがこのまま居座っては店側の迷惑になり一番で憂いとなるのが然りげ無く気遣い自分一人で楽しめる様に計らってくれた大谷にも申し訳ないので無駄な悩みをやめた。
「ん?コレってもしや…桜ブンチョウ?」
「おっ気付いて貰えたかな。実はコレが一番自信作で工数がかかったんだ」
「凄いですねこんなに特徴を捉えて表現出来るなんて」
「お姉さん程じゃないが俺も鳥好きなものでね」
首も目も動かして自分の感覚から得た品物を選ぼうと考え付けば見覚えのある鳥の小物を見つけた。
それは神子の誕生日に大谷が贈物として迎えて来た飼い鳥の桜ブンチョウ・幸にそっくりな人形だった。
余りの精巧さに驚愕し店主から催促されるがまま両手へ乗せて見つめてみると今にでも鳴き声を上げて羽を広げ飛び立ちそうな錯覚がする。
「かわいい…ちゃんと
「文鳥と言えばそれは欠かせないからな」
「流石ですね…私もこんな風に作れたら…」
本物の生きた桜ブンチョウとふれ合っている神子ですら感嘆とする様子へ店主は至極満足げに笑っていた。
自分も生態へ詳しいだけなく更に向上しようと(今度まつさんに詳しく裁縫を教えて貰おうかな)と新たな目標が生まれた。
「お姉さんならあっという間に作れるよ。なんたって俺より博識なんだから」
「そんな、幾ら私でもこんな器用に出来ませんよ…とりあえずこの子お願いします」
「まいどっ!良かったら他に欲しい鳥とかあるかい?数の都合で並べられなくて引っ込ませてるヤツもあるんだ」
「あっそれじゃあ…からすと鶴とホトトギスもお願いしたいです」
「任しときな。ちょっと待っててくれ」
ほぼ一目惚れに近い桜ブンチョウの人形を選ぶと店主がまだまだ控えている品物があると教えてくれるので頼む事にした。
脳裏で仕事仲間達の姿を思い浮かべながら差し出された野鳥の人形を見つめ笑みが止まらない神子だが不意に思い出して「すみません燕もありますか」と言いかけたが外部から「あのっ…!」と上擦っているが張り上げた声でかき消されてしまった。
「…?どうしました」
「良かった見つけられて。さっきは財布をありがとうございました」
「財布…?嗚呼、先程の」
不思議そうに振り向いて見れば一人の男性が立っており最初はピンとこなかったものの財布と聞いて数十分前にあった出来事を思い出す。
「色々考えたんですけれど、やっぱりちゃんとお礼を返したくて」
「わざわざをお礼を受ける程の事はしていませんよ。お気持ちだけで充分ですから」
「いえご遠慮なさらずに。後、お話もさせて頂きたいんです」
どうしても財布を拾って貰った礼をしたいと繰り返す男性。
だが本命は自分と茶をしつつ話もしたい様なのだが困惑と手早く事を済ませて待ち人の元へ戻らなけばならない。
お人好しではあるが断る時はきっちり断ると決めているので遠回しに伝えるが届いておらず見兼ねた店主まで「おいアンタ、お姉さんが困ってんだからやめとけよ」と注意するが結果は同じだった。
「すみません私、夫を待たせてしまっているのでそろそろ戻らないといけないんです」
「そこをなんとか。お茶を一杯呑み終えるまででいいんです。お願いします」
とうとう奥の手、になるか分からないが独り身ではなく伴侶が居る事まで明かしてみたが全く聞く耳を持たない。
流石にそろそろ我慢の限界が近い彼女は必死の余りか掴まれていた手首を無理矢理にでも振り解いて拒絶を見せようかとした刹那。
「我の神子に何をしている」
「おっ、大谷さんっ…!」
聞き慣れた低音の声が耳に届きその発生主は誰か瞬時で理解した神子は思わず喜びを声色で溢してしまいそうだった。
掴まれていた手首は包帯で巻かれた手によって解放されそのまま後ろへと引かれる。
「木こりの如く待ち惚けするには長丁場だったのでな」
「ごめんなさい…欲しい物は見つけたんですけど…その、」
「…まァ大方検討はつくが。ぬしに対する訓戒は後回しよ」
「はい……」
己の背後に自分を隠す大谷へ神子がおずおずと説明を始めようにも先程とは違う低い声は呆れたものが混じって返される。
「あ、貴方がこの人の…?」
「左様。して、我らに何用か」
「い…いえ、あの、少しお話がしたかったのですが…失礼しましたっ…!」
突如として姿を現した大谷を目の当たりにし男性は見る間に意気消沈となった。
神子を掴んでいた手が包帯を纏いながら苦もなく離された時点で既に勝敗を決された気分だった。
更にはこちらを見据えてくると言うより睨みを利かせてくる独特な目が言葉よりも物語っている。
夫の背中に庇われやり取りを静観していたらやがて男性は平謝りしてこの場から立ち去って行った。
「ただ財布を拾って渡しただけなのに…」
「ぬしの不覚さは作為的にしか思えぬな」
「そう言われましても…」
やっと尖らせていた神経を落ち着かせると深い息と共に呟きを吐けば振り向き際で呆れを越した目で見られひとまず謝罪と礼を伝えるしかない。
「おおっ、神子どん!こげな所におったんか!!」
「その声は…島津さんですか?」
事は済ませたので良い加減帰るべきかと話し合って決めると「お姉さん忘れもん!!」と静かに見守っていた店主が大慌てで紙袋を差し出してくるので神子も大焦りに謝り返してそれを受け取った。
大事そうに抱える妻へ再び帰宅しようと大谷が催促していたら豪快な声量で名を呼ばれた本人は飛び上がりそうになった。
周りの人々同様、振り返ってみると
声だけで既に誰だか察した神子が名を呼び返せば「じゃっとよ!
この古老の者の名は島津義弘と言い神子と顔見知りだった。
彼の言葉通り一月前に出会ったのもまさにこの催事場となっている地域でだ。
今回の件と同様で新聞と共に届いた広告(着物専用の洗剤を取り扱う店が開いた知らせ)を見て買い出しへ出掛けた神子はそこまで行き慣れていなかった事が祟り迷子となってしまった。
困り果てた彼女が道行く人へ声を掛けて現在地や帰路の為の情報を尋ねるもその男性は逆に遊び事へ誘引してくるので困り果てた神子を手助けしてくれたのが島津だった。
最初は同性であろうと老人だった為か強気に出ていたが年の功と目には見えぬ覇気へ圧倒され及び腰となり立ち去った。
頭を下げて礼を言う彼女に島津は『こげなこと大したもんじゃなか。おまはんは
何故に絡まれていたのかと聞かれ道に迷って通り掛かりの人へ声を掛けたら教えて貰うどころか言い寄られてしまったのだと話せば『わっぜぇじゃったなぁ』と労わってくれ事情を汲んで道案内してくれる事となった。
先行く島津の後を追って進めば見慣れた景色と道にまで辿り着いた。
お礼を言おうとしたが念の為に神子の屋敷まで送ると言い出すので慌ててやんわりと感謝しつつ断ろうとした。
しかし島津は『
結局、屋敷に到着するまで購入した荷物を運んで貰う形となってしまった。
その帰路の途中で彼について聞くと先程の出向いた地域で道場を開いており門下生へ剣道を指導している身と教えてくれた。
道場と耳にして自分が常連となっている和菓子屋兼ね道場を構えている武田道場を思い浮かべていれば漸く拙宅が見えてきた。
屋敷内への入り口前でやっと荷物を返して貰い改めて頭を下げていたら困惑の色が見える大声で『島津!?』と聞こえ顔を向ければ玄関の和風戸付近に顔馴染みの石田三成がいた。
そう言えば買い出しへ出る前に彼を呼んでいた事を思い出す一方で三成は締め切った和風戸へ『刑部!!』と声も張り上げ夫を呼んでいる。
数秒もしない内で戸が開かれ大谷が姿を現し短い距離ながら早めた足で詰め寄ってきた。
二人して遅いだの連絡がないだの言い訳も許されない勢いで迫り叱責が始まろうとした瞬間に島津が『まあそう怒らんで。ちっと迷い子になっちょっただけよ』と事由を語り出してくれたので一時中断とされた。
世話を掛けたと謝意を伝える顔見知りだった夫へ豪快に笑いながら『そげん神子どんが
手を振り合って別れの挨拶をしながら島津が立ち去るとやはり始まる二人からの叱責。
三成から『貴様は刑部の憂慮も知らずに』と不機嫌を超えた声色で出されても全く意に介さない神子が『あんまり居ないって聞きましたけど大谷さんもお友達の方がいらっしゃるじゃないですか』とどこか嬉しそうに見当違いな発言をするので悠長な事を言うなと大谷に片手だけで頬を挟まれ固定された状態で説教が追加された。