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それは蝉達が忙しなく鳴いている頃。
「あっ!利家さんとまつさん達だ」
昼餉を終えた神子は食器等の後片付けも終え湯呑みに淹れたお茶で一息ついていた。
机に肘を着きその腕の手で頬杖をついたまま視線先の液晶で映る見知った相手達へ思わず呟きが溢れる。
朗らかな表情の前田利家とその妻であるまつの二人はどうやら街頭インタビューを受けている様で画面端にはマイクらしき物が見えていた。
『ズバリ、奥さんの好きな所は何処ですか?』
『う〜ん…何処って言うか、それがしはまつなら全部が好きだなっ!』
『犬千代様。受答にしては大掴みでございまする!』
質問を受けて数秒ばかり考え込んでいる様子だったが直ぐ豪放磊落に笑い出し躊躇無く言い切った。
腰に両手を着けて大きく口も開いて笑う利家へ隣のまつが凛とした声色で指摘していた。
「ふふっまつさんは本当に利家さんから愛されてるなぁ…」
それでも夫婦仲良く会話を繰り広げ始め眼前ながら放置されたインタビュアーが困惑しているものの神子は微笑ましさから笑みを浮かべる。
「……私もあんな風に言って貰えるかな」
「ぬしはアレが好ましいのか」
「!おっ、大谷さんっ」
ボソッと無意識ながらに漏れた言葉を拾われぎょっとした顔で振り向けば夫の大谷が居間の入り口で立ち竦んでいた。
包帯に包まれた腕で書を抱えたままゆっくりと歩んで来る。
「お探しの本は、ありましたか…?」
「うむ。ちと見つけるのに手こずったがな」
「そうですか。私で良ければお手伝いしましたのに…」
神子の隣に置かれた座布団へストンと腰を下ろし本も机に置くなりそう問えばコクリと頷きながら返された。
昼餉を済ませこの屋敷に所在する書庫へ行ってくると言い出した大谷に自分が代わりで探すと買って出たが己の所望する物を探せるかと返された。
そう言及されると自信が縮んでゆき俯く妻の頭をポンポンと叩いてから踵を返して昼餉の後片付けを終えたのだから少しは休んだ方がいいと残しながらその場から離れた。
そして言われた通り大人しく休息を取っていれば何気なく見ていたテレビで先程のやり取りが起きていた訳だ。
「我は構わぬのだが」
「いいんです大丈夫です。もうお二人は映ってないですし…読書の邪魔になりそうですから」
机にあったリモコンを取りボタンを押せば音源が絶たれて本から顔を上げた大谷から声がかかった。
首を振って神子は答えて湯呑みの茶を啜る。
それからしばらくテレビが消えた居間は外から聞こえる蝉の活発な声と本を捲る音が繰り返されていた。
「神子」
「はいどうしました大谷さん」
「ぬしが所望するのであれば、やらぬ事もないぞ?」
「?何の話ですか」
腹拵えをした事もありぼんやりとした意識にうつらうつらとした感覚も混じり始めた神子は真横から呼ぶ夫へ向き合う。
しかし言葉の脈絡が理解出来ず軽く頭を傾げながら聞き返した。
疑問の顔を見せる妻にどう伝えるか考え込む大谷は親指と人差し指で己の顎を支えて思考する。
「………衷心を吐き出すのも悪くはないと考えた故」
「えっと…先程の利家さんとまつさんの事、ですよね」
夫婦の間柄もあり夫の唐突な発言や提案には驚きや困惑を抱 くものの幾分か慣れている神子は何を言及しているかある程度勘付けていた。
「その、ご無理にされなくても大丈夫ですよ。大谷さんのお気持ちは良く分かってますから」
最初は真っ直ぐに向き合ったまま答えていたのだが言葉で表してゆく内に羞恥心もじわじわと伴っている。
「前田さん達も素敵だと思いますけど私はいつもの様に大谷さんと過ごせれば満足ですし。どれだけ大事に思って下さっているか言葉でなくとも分かります」
「左様か」
「はい。後、一番で聞きたい時にちゃんと言って貰えてますから……状況によっては聞き損ねちゃってるかも知れないですけど」
発言を進めるのに比例して頬がうっすらと赤くなり視線も段々と落ちて正座しそこへ置かれた両手に向けられた。
小さくなってゆく声量で語尾に至ってはもはやぽそぽそとした喋り方となっており今この静かな居間だからこそ聞こえている様なものだった。
「ぬしの言う『一番で聞きたい時』とはコレの事か?」
「っ!?お、大谷さん待って…」
「ハズレか?」
「あ、合ってますっ。合ってますけど…待って下さい本当に…」
そんな妻の不意を突いて膝で置かれた片の手に己の包帯を纏う手も重ねながら神子の頤唇溝 に親指を添え残る指全てで下顎を捉えると大谷の顔が一気に迫ってくる。
視線を逸らしていた所為で気付けず現状へ陥った事に不甲斐なさが生じるも至近距離で見える夫の顔で心臓が忙しなくなってきた。
「大谷さん顔が近いです…」
「知っている」
「お気持ちは大変嬉しいんですけどいきなり過ぎると心の準備が、」
「我と神子の契りであればいつもの事であろ」
紅潮する頰で顔が中心に熱くなり湯気が出てしまいそうな程の妻へ大谷はヒヒッと笑って神子の唇へ己のものを重ね様とした。
「お邪魔させて頂きます!大谷御夫妻殿!!」
二人の唇がふれ合うほんの僅かな所で屋敷内へ響き渡る声。
その声量やよりによってな時で現れた訪問者の所為で静止する大谷を神子は困惑しながら見つめるしかない。
「だ、誰か来ましたね…」
「……居留守でも使うか」
「駄目ですよ。わざわざお越しになって下さったんですから出ないと」
手も顎も解放されないまま言及するも夫は無かったかの様にあっけらかんと呟くのでどうにか身動ぎして離れた。
「こんにちは宗茂さん。直ぐに出られず申し訳ありません」
「とんでもないです神子殿。こちらこそ打ち付けの往訪、大変失礼しました」
パタパタと慌ただしくながらどうにか小走りで向かえば玄関の和風戸を開けている訪問者の立花宗茂が仁王立ちしていた。
神子が挨拶と共に謝罪すると同等に詫びを返す。
「やはりぬしか」
「大谷殿!御二人の肝要な折に御無礼を…」
「…まァ、アレに比べたらまだ良いわ」
「お恥ずかしい限りで…」
一目見るだけで分かる大柄な体格に尻込みしてしまいそうだが彼の人柄を知る神子はニコニコと明るい表情を浮かべていた。
挨拶を交わしている内に居間の出入り口から顔を出して相手を改めて確認した大谷も歩みながら姿も現す。
白い布地に赤い蝶々の刺繍が縫われた羽織を纏う腕を組み言葉を続けそれを聞いた立花は直接的な言及がなくとも理解しているらしく困り果てた様な顔付きとなる。
「実は先日、奥と客旅に出ましてその御土産を御渡ししたく伺いました」
「そうなんですか!わざわざありがとうございます。よければお茶でも飲んでいって下さい」
「いえ御気遣いなく。ちょうど近くで所用があって通り掛かるものでしたから」
手で持っていた紙袋を差し出しつつ語られたので礼を合わせて頭も下げ神子は受け取ると隣の大谷がそれを取り寄せて代わりに携えた。
この暑い天気の中せめてもとひと息ついて欲しいが故にお茶へ誘うが立花は首を振り謙虚な応えを見せる。
「でも今日は例年なく気温が高いみたいですし宗茂さん、いつもお忙しそうですから少しだけでもお休みした方が…いいですよね?大谷さん」
「我は構わぬ。加えて一度 決めればなかなか折れぬぞ神子は」
「大谷さんもそうじゃないですかっ!」
それでも休息を薦める妻から意見を求められたので大谷も同意してくれたが一言多かったので神子が反論する。
眼前で起きかける言い合いに立花は遠慮がちながらも「御二人共落ち着いて下さい…」と手振りも混えて宥めていた。
「はいどうぞ。抹茶入りの煎茶です」
「忝 い。御好意に預かります」
結局、神子の厚意を無下に出来なかった立花は案内されるがまま和机を挟み夫婦と向かい側となる座布団へ腰を下ろした。
用意の為に席を外した妻が来るまで大谷と立花は幾つか会話を続けていたが御盆を運びながら戻って来たので中断する。
氷と説明通りの抹茶が入れられた湯呑みを目の前へ置かれ彼は頭を下げて懇切丁寧に返してくれる。
対する神子からいえいえと笑顔を向けられ次に和菓子(黒豆が加えられたわらび餅にきなこをかけたもの)を載せた皿まで出されてしまった為、立花は酷く焦った様子だ。
「神子殿!手前はここまで御持て成しを受ける訳には…!」
「ご遠慮なさらないで下さい、私と宗茂さんの仲じゃないですか。それとお疲れには甘いものがいいんですよ」
体格に比例した顔付きが親しみ易い色へ変わる彼と違って彼女はどこか得意げに語り出し「もしもご体調を崩されてしまったら奥さんも心配します」と付け加えた。
「ぬしが言える立場か」
「聞こえてますからね大谷さんっ!」
春ながら季節外れの風邪をひいた前科のある妻の発言に大谷が茶を啜りながら溢すので聞き逃さなかった神子が拗ねた様子で即反応した。
立花と出会ったのは買い出しへ出た時の事だった。
夫の為に必携の包帯が中心とされた医療品を調達へ出た神子が帰り道の途中で見慣れた公園を通りがかった。
まだ公園と言えば主役とも比喩出来る子供達がそこまで出歩く時間帯ではなかったので静かな光景を眺めていたら一人の男が椅子へ座っていた。
もしかしたら仕事へ出勤前に一息入れているのかと思えば良く見ると男の頬がうっすらと赤く腫れている事に気付いてぎょっとした神子は躊躇する暇も無く駆け寄って声をかけた。
項垂れていた彼は自分の元へ駆け寄って来た音で彼女の存在に気付きバッと顔を上げた。
神子が『あの…大丈夫ですか?』と尋ねてくるので表情をどうにか整えた男は『手前の事は御構いなく』と返したのだが直ぐに眉毛がしょんぼりと音で聞こえそうな程下がる様子からお人好しな彼女はほっとく事も出来なかった。
初対面故もあるが謙虚や申し訳なさから最初はなかなか了承しなかったものの神子の気遣いに押し負けて簡易な手当てを受け入れてくれた。
ちょうど消毒液や腫れに効く塗り薬を念の為に調達していた甲斐があった。
手当てが終わると同時に深々と頭を下げて『誠に、忝いっ…この御恩は必ず御返しします!』と言い出すので神子は大した事はしていないと返した。
心配から何があったのかとつい聞いてしまったのだが彼は一瞬だけ体を震わすと少し泣きそうな顔付きとなるので慌てて神子が謝る事に。
首を振って謝罪は大丈夫だと言い切ったのだが深い深い溜め息を吐いてから『…少々、話を聞いて頂いてもよろしいでしょうか』と消え入りそうな声で話し出すので何度も頷いた。
男、立花宗茂の話を聞けば奥と呼ぶ妻が居るそうなのだが今朝に何気ない話題を夫婦で話していたら何か気に障ってしまったのか不意で平手打ちを貰ってしまったとの事。
痛みとショックの余り家を衝動的に飛び出したものの行く当ても無く気が付けばこの公園へ辿り着いたらしい。
語り終えた立花は『もうわし、奥に許して貰えないのかな…』と大柄な風貌や先程までの話し方からは想像出来ない声色と口振りで呟く彼は涙目になっておりどこか大型犬の様な愛嬌を感じた。
自分も伴侶を持つ者として見過ごせず他人事に思えなかった神子は堪らず彼を慰め元気付け様と奮起した。
同じ妻としての立場から推測しどうすべきか考えてみた結果、ひとまず話を聞いて何故怒ってしまったのか理由を見つけて誠心誠意謝れば許してくれる筈だと助言した。
意気消沈し自信も損失してしまっている彼を慰め然りげ無く鼓舞し続ければ段々と元気を取り戻し始め最初の時よりも明るくなっていった。
やがて見た目通りの覇気や気力を取り戻した立花は勢い良く立ち上がるも『加療だけでなく手前の瑣末な繰言まで傾聴して頂けるとは…誠に申し訳ないです。どうか謝礼をさせて頂けませんか』と体格差故に片膝を着いてまでしてそう切り出してきた。
余りにも真っ直ぐな顔と言葉遣いで呆気に取られてしまったが先程の行動を思い出し謝礼を受け取る程でも受け取れる訳もいかない神子は大谷の事もありやんわりと笑顔で丁寧に御断りしその場から立ち去った。
呼び止める間もない内に遠ざかってゆく彼女の背中を見つめながら(親切で優しい人だったな〜…)と立花は内心で呟いていたのだった。
後日、朝餉後に大谷の歩行恢復が為の散歩と神子の野鳥観察を兼ねた日課として出歩いていた夫婦二人。
帰宅前の小休憩で公園の椅子に腰掛けお喋りをしていると声が掛かった。
二人して同じ方向を見ると見覚えのある背丈が目に入り軽く息を切らして立花が駆け寄って来た。
目を丸くする神子の一方で『大谷殿!?』と隣で座る彼の姿に驚いていたが。
傍らの夫へ『お知り合いですか?』と問えば『まァそんな所よ』と大谷から返された。
眼前の二人のやり取りを見つめていた立花は改めて先頃の礼を神子へ頭も下げつつ口にするので慌てる妻を横からジトッと目を向ける大谷。
相変わらずのお人好しっぷりにあからさまな呆れた顔で自分を見てくるので『軽くですけど怪我をされてたんですから見逃せる訳ないでしょう』とむくれながら先手を打つが相手が立花だったから良かったものの勘違いする輩だったらどうするのだと言い返されてしまった。
負けじと答え様とする神子を宥め彼女との関係性を同じ所帯持ちとして察した立花は大谷にも詫びをしせめてもの謝礼として包んできた南蛮菓子(カステラ)を渡してきた。
そんなつもりはなかった神子が遠慮するも彼の厚意は無下に出来ず夫からも『無駄な気兼ねは反りて非礼だぞ』と告げられ頭を下げて受け取った。
これ以降、立花との交流が出来た神子は時折に訪問してきてお喋りやお茶を楽しんだり彼の妻と文通を始める事になったりした。
同性且つ同じ夫を持つ者同士、話の種は尽きず友達が増えたと喜ぶ彼女を微笑ましく思う立花とこうやって妻は顔見知りを増やしてゆくのだと確信した大谷だった。
『まさか御二人が伉儷だとは…しかしとても仲睦まじいのですね』
『…気苦労が絶えぬがな』
.
「あっ!利家さんとまつさん達だ」
昼餉を終えた神子は食器等の後片付けも終え湯呑みに淹れたお茶で一息ついていた。
机に肘を着きその腕の手で頬杖をついたまま視線先の液晶で映る見知った相手達へ思わず呟きが溢れる。
朗らかな表情の前田利家とその妻であるまつの二人はどうやら街頭インタビューを受けている様で画面端にはマイクらしき物が見えていた。
『ズバリ、奥さんの好きな所は何処ですか?』
『う〜ん…何処って言うか、それがしはまつなら全部が好きだなっ!』
『犬千代様。受答にしては大掴みでございまする!』
質問を受けて数秒ばかり考え込んでいる様子だったが直ぐ豪放磊落に笑い出し躊躇無く言い切った。
腰に両手を着けて大きく口も開いて笑う利家へ隣のまつが凛とした声色で指摘していた。
「ふふっまつさんは本当に利家さんから愛されてるなぁ…」
それでも夫婦仲良く会話を繰り広げ始め眼前ながら放置されたインタビュアーが困惑しているものの神子は微笑ましさから笑みを浮かべる。
「……私もあんな風に言って貰えるかな」
「ぬしはアレが好ましいのか」
「!おっ、大谷さんっ」
ボソッと無意識ながらに漏れた言葉を拾われぎょっとした顔で振り向けば夫の大谷が居間の入り口で立ち竦んでいた。
包帯に包まれた腕で書を抱えたままゆっくりと歩んで来る。
「お探しの本は、ありましたか…?」
「うむ。ちと見つけるのに手こずったがな」
「そうですか。私で良ければお手伝いしましたのに…」
神子の隣に置かれた座布団へストンと腰を下ろし本も机に置くなりそう問えばコクリと頷きながら返された。
昼餉を済ませこの屋敷に所在する書庫へ行ってくると言い出した大谷に自分が代わりで探すと買って出たが己の所望する物を探せるかと返された。
そう言及されると自信が縮んでゆき俯く妻の頭をポンポンと叩いてから踵を返して昼餉の後片付けを終えたのだから少しは休んだ方がいいと残しながらその場から離れた。
そして言われた通り大人しく休息を取っていれば何気なく見ていたテレビで先程のやり取りが起きていた訳だ。
「我は構わぬのだが」
「いいんです大丈夫です。もうお二人は映ってないですし…読書の邪魔になりそうですから」
机にあったリモコンを取りボタンを押せば音源が絶たれて本から顔を上げた大谷から声がかかった。
首を振って神子は答えて湯呑みの茶を啜る。
それからしばらくテレビが消えた居間は外から聞こえる蝉の活発な声と本を捲る音が繰り返されていた。
「神子」
「はいどうしました大谷さん」
「ぬしが所望するのであれば、やらぬ事もないぞ?」
「?何の話ですか」
腹拵えをした事もありぼんやりとした意識にうつらうつらとした感覚も混じり始めた神子は真横から呼ぶ夫へ向き合う。
しかし言葉の脈絡が理解出来ず軽く頭を傾げながら聞き返した。
疑問の顔を見せる妻にどう伝えるか考え込む大谷は親指と人差し指で己の顎を支えて思考する。
「………衷心を吐き出すのも悪くはないと考えた故」
「えっと…先程の利家さんとまつさんの事、ですよね」
夫婦の間柄もあり夫の唐突な発言や提案には驚きや困惑を
「その、ご無理にされなくても大丈夫ですよ。大谷さんのお気持ちは良く分かってますから」
最初は真っ直ぐに向き合ったまま答えていたのだが言葉で表してゆく内に羞恥心もじわじわと伴っている。
「前田さん達も素敵だと思いますけど私はいつもの様に大谷さんと過ごせれば満足ですし。どれだけ大事に思って下さっているか言葉でなくとも分かります」
「左様か」
「はい。後、一番で聞きたい時にちゃんと言って貰えてますから……状況によっては聞き損ねちゃってるかも知れないですけど」
発言を進めるのに比例して頬がうっすらと赤くなり視線も段々と落ちて正座しそこへ置かれた両手に向けられた。
小さくなってゆく声量で語尾に至ってはもはやぽそぽそとした喋り方となっており今この静かな居間だからこそ聞こえている様なものだった。
「ぬしの言う『一番で聞きたい時』とはコレの事か?」
「っ!?お、大谷さん待って…」
「ハズレか?」
「あ、合ってますっ。合ってますけど…待って下さい本当に…」
そんな妻の不意を突いて膝で置かれた片の手に己の包帯を纏う手も重ねながら神子の
視線を逸らしていた所為で気付けず現状へ陥った事に不甲斐なさが生じるも至近距離で見える夫の顔で心臓が忙しなくなってきた。
「大谷さん顔が近いです…」
「知っている」
「お気持ちは大変嬉しいんですけどいきなり過ぎると心の準備が、」
「我と神子の契りであればいつもの事であろ」
紅潮する頰で顔が中心に熱くなり湯気が出てしまいそうな程の妻へ大谷はヒヒッと笑って神子の唇へ己のものを重ね様とした。
「お邪魔させて頂きます!大谷御夫妻殿!!」
二人の唇がふれ合うほんの僅かな所で屋敷内へ響き渡る声。
その声量やよりによってな時で現れた訪問者の所為で静止する大谷を神子は困惑しながら見つめるしかない。
「だ、誰か来ましたね…」
「……居留守でも使うか」
「駄目ですよ。わざわざお越しになって下さったんですから出ないと」
手も顎も解放されないまま言及するも夫は無かったかの様にあっけらかんと呟くのでどうにか身動ぎして離れた。
「こんにちは宗茂さん。直ぐに出られず申し訳ありません」
「とんでもないです神子殿。こちらこそ打ち付けの往訪、大変失礼しました」
パタパタと慌ただしくながらどうにか小走りで向かえば玄関の和風戸を開けている訪問者の立花宗茂が仁王立ちしていた。
神子が挨拶と共に謝罪すると同等に詫びを返す。
「やはりぬしか」
「大谷殿!御二人の肝要な折に御無礼を…」
「…まァ、アレに比べたらまだ良いわ」
「お恥ずかしい限りで…」
一目見るだけで分かる大柄な体格に尻込みしてしまいそうだが彼の人柄を知る神子はニコニコと明るい表情を浮かべていた。
挨拶を交わしている内に居間の出入り口から顔を出して相手を改めて確認した大谷も歩みながら姿も現す。
白い布地に赤い蝶々の刺繍が縫われた羽織を纏う腕を組み言葉を続けそれを聞いた立花は直接的な言及がなくとも理解しているらしく困り果てた様な顔付きとなる。
「実は先日、奥と客旅に出ましてその御土産を御渡ししたく伺いました」
「そうなんですか!わざわざありがとうございます。よければお茶でも飲んでいって下さい」
「いえ御気遣いなく。ちょうど近くで所用があって通り掛かるものでしたから」
手で持っていた紙袋を差し出しつつ語られたので礼を合わせて頭も下げ神子は受け取ると隣の大谷がそれを取り寄せて代わりに携えた。
この暑い天気の中せめてもとひと息ついて欲しいが故にお茶へ誘うが立花は首を振り謙虚な応えを見せる。
「でも今日は例年なく気温が高いみたいですし宗茂さん、いつもお忙しそうですから少しだけでもお休みした方が…いいですよね?大谷さん」
「我は構わぬ。加えて
「大谷さんもそうじゃないですかっ!」
それでも休息を薦める妻から意見を求められたので大谷も同意してくれたが一言多かったので神子が反論する。
眼前で起きかける言い合いに立花は遠慮がちながらも「御二人共落ち着いて下さい…」と手振りも混えて宥めていた。
「はいどうぞ。抹茶入りの煎茶です」
「
結局、神子の厚意を無下に出来なかった立花は案内されるがまま和机を挟み夫婦と向かい側となる座布団へ腰を下ろした。
用意の為に席を外した妻が来るまで大谷と立花は幾つか会話を続けていたが御盆を運びながら戻って来たので中断する。
氷と説明通りの抹茶が入れられた湯呑みを目の前へ置かれ彼は頭を下げて懇切丁寧に返してくれる。
対する神子からいえいえと笑顔を向けられ次に和菓子(黒豆が加えられたわらび餅にきなこをかけたもの)を載せた皿まで出されてしまった為、立花は酷く焦った様子だ。
「神子殿!手前はここまで御持て成しを受ける訳には…!」
「ご遠慮なさらないで下さい、私と宗茂さんの仲じゃないですか。それとお疲れには甘いものがいいんですよ」
体格に比例した顔付きが親しみ易い色へ変わる彼と違って彼女はどこか得意げに語り出し「もしもご体調を崩されてしまったら奥さんも心配します」と付け加えた。
「ぬしが言える立場か」
「聞こえてますからね大谷さんっ!」
春ながら季節外れの風邪をひいた前科のある妻の発言に大谷が茶を啜りながら溢すので聞き逃さなかった神子が拗ねた様子で即反応した。
立花と出会ったのは買い出しへ出た時の事だった。
夫の為に必携の包帯が中心とされた医療品を調達へ出た神子が帰り道の途中で見慣れた公園を通りがかった。
まだ公園と言えば主役とも比喩出来る子供達がそこまで出歩く時間帯ではなかったので静かな光景を眺めていたら一人の男が椅子へ座っていた。
もしかしたら仕事へ出勤前に一息入れているのかと思えば良く見ると男の頬がうっすらと赤く腫れている事に気付いてぎょっとした神子は躊躇する暇も無く駆け寄って声をかけた。
項垂れていた彼は自分の元へ駆け寄って来た音で彼女の存在に気付きバッと顔を上げた。
神子が『あの…大丈夫ですか?』と尋ねてくるので表情をどうにか整えた男は『手前の事は御構いなく』と返したのだが直ぐに眉毛がしょんぼりと音で聞こえそうな程下がる様子からお人好しな彼女はほっとく事も出来なかった。
初対面故もあるが謙虚や申し訳なさから最初はなかなか了承しなかったものの神子の気遣いに押し負けて簡易な手当てを受け入れてくれた。
ちょうど消毒液や腫れに効く塗り薬を念の為に調達していた甲斐があった。
手当てが終わると同時に深々と頭を下げて『誠に、忝いっ…この御恩は必ず御返しします!』と言い出すので神子は大した事はしていないと返した。
心配から何があったのかとつい聞いてしまったのだが彼は一瞬だけ体を震わすと少し泣きそうな顔付きとなるので慌てて神子が謝る事に。
首を振って謝罪は大丈夫だと言い切ったのだが深い深い溜め息を吐いてから『…少々、話を聞いて頂いてもよろしいでしょうか』と消え入りそうな声で話し出すので何度も頷いた。
男、立花宗茂の話を聞けば奥と呼ぶ妻が居るそうなのだが今朝に何気ない話題を夫婦で話していたら何か気に障ってしまったのか不意で平手打ちを貰ってしまったとの事。
痛みとショックの余り家を衝動的に飛び出したものの行く当ても無く気が付けばこの公園へ辿り着いたらしい。
語り終えた立花は『もうわし、奥に許して貰えないのかな…』と大柄な風貌や先程までの話し方からは想像出来ない声色と口振りで呟く彼は涙目になっておりどこか大型犬の様な愛嬌を感じた。
自分も伴侶を持つ者として見過ごせず他人事に思えなかった神子は堪らず彼を慰め元気付け様と奮起した。
同じ妻としての立場から推測しどうすべきか考えてみた結果、ひとまず話を聞いて何故怒ってしまったのか理由を見つけて誠心誠意謝れば許してくれる筈だと助言した。
意気消沈し自信も損失してしまっている彼を慰め然りげ無く鼓舞し続ければ段々と元気を取り戻し始め最初の時よりも明るくなっていった。
やがて見た目通りの覇気や気力を取り戻した立花は勢い良く立ち上がるも『加療だけでなく手前の瑣末な繰言まで傾聴して頂けるとは…誠に申し訳ないです。どうか謝礼をさせて頂けませんか』と体格差故に片膝を着いてまでしてそう切り出してきた。
余りにも真っ直ぐな顔と言葉遣いで呆気に取られてしまったが先程の行動を思い出し謝礼を受け取る程でも受け取れる訳もいかない神子は大谷の事もありやんわりと笑顔で丁寧に御断りしその場から立ち去った。
呼び止める間もない内に遠ざかってゆく彼女の背中を見つめながら(親切で優しい人だったな〜…)と立花は内心で呟いていたのだった。
後日、朝餉後に大谷の歩行恢復が為の散歩と神子の野鳥観察を兼ねた日課として出歩いていた夫婦二人。
帰宅前の小休憩で公園の椅子に腰掛けお喋りをしていると声が掛かった。
二人して同じ方向を見ると見覚えのある背丈が目に入り軽く息を切らして立花が駆け寄って来た。
目を丸くする神子の一方で『大谷殿!?』と隣で座る彼の姿に驚いていたが。
傍らの夫へ『お知り合いですか?』と問えば『まァそんな所よ』と大谷から返された。
眼前の二人のやり取りを見つめていた立花は改めて先頃の礼を神子へ頭も下げつつ口にするので慌てる妻を横からジトッと目を向ける大谷。
相変わらずのお人好しっぷりにあからさまな呆れた顔で自分を見てくるので『軽くですけど怪我をされてたんですから見逃せる訳ないでしょう』とむくれながら先手を打つが相手が立花だったから良かったものの勘違いする輩だったらどうするのだと言い返されてしまった。
負けじと答え様とする神子を宥め彼女との関係性を同じ所帯持ちとして察した立花は大谷にも詫びをしせめてもの謝礼として包んできた南蛮菓子(カステラ)を渡してきた。
そんなつもりはなかった神子が遠慮するも彼の厚意は無下に出来ず夫からも『無駄な気兼ねは反りて非礼だぞ』と告げられ頭を下げて受け取った。
これ以降、立花との交流が出来た神子は時折に訪問してきてお喋りやお茶を楽しんだり彼の妻と文通を始める事になったりした。
同性且つ同じ夫を持つ者同士、話の種は尽きず友達が増えたと喜ぶ彼女を微笑ましく思う立花とこうやって妻は顔見知りを増やしてゆくのだと確信した大谷だった。
『まさか御二人が伉儷だとは…しかしとても仲睦まじいのですね』
『…気苦労が絶えぬがな』
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