夏中
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実家に帰郷しすべき事を済ませると大谷から好きなだけ休んでからで構わないので、墓参りに行きたいと所望された。
気力や体力も存分に余裕がある神子は二つ返事で了承するも当人が望んでいるとは言え移動に移動を重ねている気がして夫の体調が気がかりだった。
しかし「先程も頗 る良好と申したであろ」と細めたジト目でこちらを見据えてくるので分かりました、と根気負けした神子が溜め息を吐く。
数分前に終えた線香を供える事と墓参りに行く事を強く望んで前後させる事も頑なに譲らなかった大谷へこの人も相変わらずだなと返したくなった。
此度、神子の生まれ育った実家へと向かう案の話が出たのはまさかの大谷の口からであった。
先日届いた余り物の扇風機を送って貰った礼をせねばと前置きがあったがその次に続いた内容が本命だと察していたが敢えて神子は何も言わなかった。
実際に扇風機の礼を直接伝えたいのも確かで数年振りに実家へ帰省し両親に会いたいのも事実。
そして普段から余程の事でなければ融通を利かせてくれる夫が唯一、意地を張ってでも譲らない神子の祖父へ対する墓参り等を望むのであれば無下に出来ずしたくもなかった。
ちなみに扇風機の礼を伝えれば「べ、別にお前の為でなくて神子が悲しまない為だからなっ」と無駄に意固地な反応を見せる霊魔へほのかがしっぺを繰り出した。
父親の返答にどこか聞き覚えがある様な気がした神子だったが大谷に「それは思い出さんでもよい」と否定された。
「大谷さん本当に大丈夫ですか?お花も桶も両方持たれて…」
「見て分からぬか。我が好きでやっておるのだ」
「はいはい分かりましたよ」
またしても二人して並び歩き右腕で供え物の花を抱えもう片方の左手では水が満たされそこに杓も入れられた手桶を持つ夫へ気遣いの言葉をかけるも有無を言わせぬ覇気で好きにさせようと決めた。
神子の実家は住居となる屋敷と彼女の父、霊魔が住職を務める寺で形成されており歩いて数十分もすれば寺内の墓地に辿り着ける。
時刻も既に夕刻頃で大谷と神子の他に墓参りへ来ている者達は誰一人居なかった。
均一に定められた領域で並ぶ墓石前を幾つか通り過ぎ、雰囲気や建て付けが一段と他の物と異なる所で足を止めた。
「お祖父様、今回も大谷さんが来てくれましたよ」
佐伯家之墓と白く刻まれた黒灰色の墓石へ笑顔で語りかける神子。
その横の大谷も言葉は掛けなかったが深々と頭を下げていた。
この墓石の下で眠るのは神子の父方の祖父、佐伯逢魔。
現住職の霊魔の先代であり大谷がかつて昔に大層な世話になっていた人物だ。
まだ幼かった故に神子の中の記憶で残る祖父の姿は既に住職を息子へ譲り自分なりのやり方で慈善行為を絶えず繰り返していた印象が強かった。
まだ現役だった時でさえ寺の住職として必要な務めをこなす傍ら悩みを持つ者の話を聞いて助言してやったり、そのまま解決まで手伝ってやったり、悶着が発生し行き場を求める者達の一時避難所を受け持ってやったりと好々爺の見た目通り人の好い人物であった。
霊魔は父親程の優しさを持つには少し不器用だった為、良く「俺は親父に似れなかった。でも神子は親父の底無しな優しい所とほのかのお人好しな所が似てて良かった」と安堵や喜びそしてどこか切なさも含む顔付き声色で優しく娘の頭を撫でて語っていた。
祖父の思い出を追憶していれば大谷が率先して持参した供花ーー白妙菊ーーを花立てに挿し手桶の水を杓で墓石にかけていた。
代わろうと手伝おうとした神子だがいつも祖父の墓参りの時は己がやると聞かない大谷の姿や言葉を脳裏で浮かべ見守る事にした。
ただ何もせずにいるのは流石に気が引けるのでタイミングを見計らって唯一持たせて貰っていた線香に火を点けて振るい手渡す。
数本ばかりの線香を渡され「あいすまぬ」と相槌を打ってから大谷は墓石へと供えた。
煙と線香特有の匂いが漂う中、大谷と神子は並んで静かに手を合わせ目を伏せた。
『初めまして』
逢魔の墓参りに来た時、必ず毎回思い出す彼との遭逢。
突如として病を患い場繋ぎの処置を受けて安静にせざるを得ない体。
包帯に包まれ身動き一つ出来ず身を横たわらせた暗い闇の様な部屋。
『ようやく君に会えた』
効くか分からないも口にするしかない薬を何種類も何回も飲み下し辛うじて繰り返す呼吸も時折に止まってしまいそうな程苦しみの渦中。
『嬉しいよ吉継くん』
一人孤独に病と戦う最中 、障子越しながら声が聞こえた。
「……さん、大谷さん?」
過去の記憶に飲まれかけていると耳元で妻の声が聞こえ横を見れば心配そうに己を見つめる神子。
「大丈夫、ですか…?やっぱりお疲れが…」
「なにちと昔の記憶を蘇らせていたのよ。気分は良好よリョウコウ」
「それならいいんですけど、大谷さんに何か遭ったら私がお祖父様からお叱りを受けてしまいそうで」
「ぬしの祖父君に限ってそれはなかろ」
肩と腕にも手を添えて体調を確認してくるので本日何度目かと問い詰めたくなったが神子の優しさや気遣いを無下にしたくないので素直に大谷は返した。
「私もお祖父様の記憶を思い出して懐かしい気分になってました」
「いつのだ」
満足するまでその場に留まっていたがもう完全に日も落ちて夜となりそろそろ両親が待つ家へと帰る事にした。
帰路を進む神子の手には空になった手桶があり今度こそは自分が持つと言って聞かなかった彼女へ大谷は少し笑って好きにせよと任せてくれた。
行きの時とやはり同じく肩を並べて歩いていると不意にポツリと呟かれたので聞き逃さず拾って促す。
「何でそれなんだって言われてしまいそうですけど、お祖父様が亡くなった時の事を…つい」
数年前の事。それは大谷にも忘れずにはいられない記憶の一つだ。
交際が始まり共に過ごす時間を増やしたいとお互いに伝え合って祝言を上げる日の前日。
病に臥せていた逢魔が急遽亡くなり準備も全て投げ打って二人は急ぎ駆け付けた。
闘病生活が続いていたのもあり医者からも長くはないと先に告げられていたがまさかこんな時期になるとは思ってもいなかった。
薄々勘付いていたとは言えその時を迎えれば覚悟が揺らぎそうだった。
息を引き取った祖父の顔は穏やかに眠っている様で生前の時と全く変わらなかった。
枕元に正座をしてしばらく逢魔の顔を見つめていた神子はただ静かに涙を流して幾つかの言葉をかけるしか出来なかった。
それを隣で静観していた大谷も神子の背中に手を添えたが視界がぼやけて雫がうっすらと顔を覆い隠す包帯と頬を濡らす。
『神子』
『………大谷さん』
気が済むまで祖父との時間を許され少し気分転換をしようと自室の縁側にて夜風を受けていた神子を大谷が呼ぶ。
振り向くと同時に隣へ腰を下ろし共に風を受ける。
『気分は如何した』
『だいぶ落ち着いてきました』
『そうか』
不必要な気遣いは逆に彼女を傷付けかねないと思考していた大谷だが軽く放心状態に近い神子が気掛かりで寂しげな背中も見兼ね声をかけた。
『すみません…明日は大谷さんとの大事な日なのに』
『何故ぬしが詫びる。此度の事は誰も非が見当たらぬ』
目元が薄ら赤く腫れている様からどれだけ神子が涙していたか嫌と言う程、察せてしまいこれ以上彼女を悲しませたくなかった。
『そう、ですよね。お祖父様もずっと楽しみにしてくれていたんですから、心配させない様に少しでも華やかにしましょう…!』
『………』
自分を案じてくれている彼へ迷惑や負担をかけたくない故に気丈に振る舞う神子をジッと大谷が見つめる。
『…大谷さん?』
『虚勢を張るなとは言わぬが、ぬしはひた隠すのが骨が折れる程に優れておるからな』
『………』
『我の前だけでも構わぬ。晒すならば好きなだけ晒せばよい』
近距離から注がれる視線に不思議がっているとこちらを見据えたままそう告げてくるので思わず返す言葉が見当たらない。
沈黙する神子の頬へ手を添えられればもう何度も体感している包帯の感触とそれから伝わってくる大谷の体温に意図せず視界がぼやけてくる。
『意地を張るな』
続けて耳に届く低くもどこか感情が込められた言葉で我慢が効かなくなってしまった。
流すだけ流した枯れた筈の涙がまた溢れ出してぽたぽたと服に落ちてゆく。
声を押し殺しても漏れ出てしまう嗚咽を抑えようと止まらなくなってしまった涙も隠そうと両手で覆うしかない。
背中も震わせて落涙する彼女の肩に腕を回し加減して引き寄せると神子の顔が大谷の頬へ密着する。
より一層に震えが強くなる様子で肩へ置いた手に力が込もる。
とうとう耐えきれなくなったのか己の胸元に顔をうずめて泣き出す神子を大谷はただ黙って、しかし守る様に抱き締め続けていた。
『………』
一人娘の身が心配で部屋を訪れていた霊魔は開きかけていた襖の隙間から二人を見つめていた。
だが水を差す様な事はしたくない為物音を立てずにその場を離れた。
『…余計な世話かも知れんが親父なら謝るだろうからな、すまん』
『ぬしらはほんに三世代を渡って親子よな。血は争えぬと言ったものよ』
それからしばらくして泣き疲れた神子を己の膝枕で寝かせてやり彼女がいつだか贈物として特注で用意してくれた蝶々の刺繍が施された羽織を掛けてやっていれば彼女の父親である霊魔が現れる。
『最初は本当に何でお前なんだと思っていたが、今なら親父の考えや気持ちが分かった様な気がする』
『左様か』
『親父はお前だから託したんだ。お前だから、お前なら神子は幸せになれると』
ーーー『私は吉継くんと神子達が幸せならそれでいいんだよ。それが私の幸せなんだ』ーーー
明日には己の義父となる人物からそう語られ大谷の脳裏で過 ぎるのはやはり逢魔の姿と言葉。
『既に察しているだろうが神子を泣かせたら許さんからな。俺だけでなく親父も含めた佐伯一族総出でお礼参りしてやるぞ』
『それはそれは怖やコワヤ。神子の祖父君が為にも肝へ命じておくわ』
今にでも手を出しかねない覇気を漂わせる霊魔へ怖気付く事なく大谷は念を深く強く込めて誓いの如く返した
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気力や体力も存分に余裕がある神子は二つ返事で了承するも当人が望んでいるとは言え移動に移動を重ねている気がして夫の体調が気がかりだった。
しかし「先程も
数分前に終えた線香を供える事と墓参りに行く事を強く望んで前後させる事も頑なに譲らなかった大谷へこの人も相変わらずだなと返したくなった。
此度、神子の生まれ育った実家へと向かう案の話が出たのはまさかの大谷の口からであった。
先日届いた余り物の扇風機を送って貰った礼をせねばと前置きがあったがその次に続いた内容が本命だと察していたが敢えて神子は何も言わなかった。
実際に扇風機の礼を直接伝えたいのも確かで数年振りに実家へ帰省し両親に会いたいのも事実。
そして普段から余程の事でなければ融通を利かせてくれる夫が唯一、意地を張ってでも譲らない神子の祖父へ対する墓参り等を望むのであれば無下に出来ずしたくもなかった。
ちなみに扇風機の礼を伝えれば「べ、別にお前の為でなくて神子が悲しまない為だからなっ」と無駄に意固地な反応を見せる霊魔へほのかがしっぺを繰り出した。
父親の返答にどこか聞き覚えがある様な気がした神子だったが大谷に「それは思い出さんでもよい」と否定された。
「大谷さん本当に大丈夫ですか?お花も桶も両方持たれて…」
「見て分からぬか。我が好きでやっておるのだ」
「はいはい分かりましたよ」
またしても二人して並び歩き右腕で供え物の花を抱えもう片方の左手では水が満たされそこに杓も入れられた手桶を持つ夫へ気遣いの言葉をかけるも有無を言わせぬ覇気で好きにさせようと決めた。
神子の実家は住居となる屋敷と彼女の父、霊魔が住職を務める寺で形成されており歩いて数十分もすれば寺内の墓地に辿り着ける。
時刻も既に夕刻頃で大谷と神子の他に墓参りへ来ている者達は誰一人居なかった。
均一に定められた領域で並ぶ墓石前を幾つか通り過ぎ、雰囲気や建て付けが一段と他の物と異なる所で足を止めた。
「お祖父様、今回も大谷さんが来てくれましたよ」
佐伯家之墓と白く刻まれた黒灰色の墓石へ笑顔で語りかける神子。
その横の大谷も言葉は掛けなかったが深々と頭を下げていた。
この墓石の下で眠るのは神子の父方の祖父、佐伯逢魔。
現住職の霊魔の先代であり大谷がかつて昔に大層な世話になっていた人物だ。
まだ幼かった故に神子の中の記憶で残る祖父の姿は既に住職を息子へ譲り自分なりのやり方で慈善行為を絶えず繰り返していた印象が強かった。
まだ現役だった時でさえ寺の住職として必要な務めをこなす傍ら悩みを持つ者の話を聞いて助言してやったり、そのまま解決まで手伝ってやったり、悶着が発生し行き場を求める者達の一時避難所を受け持ってやったりと好々爺の見た目通り人の好い人物であった。
霊魔は父親程の優しさを持つには少し不器用だった為、良く「俺は親父に似れなかった。でも神子は親父の底無しな優しい所とほのかのお人好しな所が似てて良かった」と安堵や喜びそしてどこか切なさも含む顔付き声色で優しく娘の頭を撫でて語っていた。
祖父の思い出を追憶していれば大谷が率先して持参した供花ーー白妙菊ーーを花立てに挿し手桶の水を杓で墓石にかけていた。
代わろうと手伝おうとした神子だがいつも祖父の墓参りの時は己がやると聞かない大谷の姿や言葉を脳裏で浮かべ見守る事にした。
ただ何もせずにいるのは流石に気が引けるのでタイミングを見計らって唯一持たせて貰っていた線香に火を点けて振るい手渡す。
数本ばかりの線香を渡され「あいすまぬ」と相槌を打ってから大谷は墓石へと供えた。
煙と線香特有の匂いが漂う中、大谷と神子は並んで静かに手を合わせ目を伏せた。
『初めまして』
逢魔の墓参りに来た時、必ず毎回思い出す彼との遭逢。
突如として病を患い場繋ぎの処置を受けて安静にせざるを得ない体。
包帯に包まれ身動き一つ出来ず身を横たわらせた暗い闇の様な部屋。
『ようやく君に会えた』
効くか分からないも口にするしかない薬を何種類も何回も飲み下し辛うじて繰り返す呼吸も時折に止まってしまいそうな程苦しみの渦中。
『嬉しいよ吉継くん』
一人孤独に病と戦う
「……さん、大谷さん?」
過去の記憶に飲まれかけていると耳元で妻の声が聞こえ横を見れば心配そうに己を見つめる神子。
「大丈夫、ですか…?やっぱりお疲れが…」
「なにちと昔の記憶を蘇らせていたのよ。気分は良好よリョウコウ」
「それならいいんですけど、大谷さんに何か遭ったら私がお祖父様からお叱りを受けてしまいそうで」
「ぬしの祖父君に限ってそれはなかろ」
肩と腕にも手を添えて体調を確認してくるので本日何度目かと問い詰めたくなったが神子の優しさや気遣いを無下にしたくないので素直に大谷は返した。
「私もお祖父様の記憶を思い出して懐かしい気分になってました」
「いつのだ」
満足するまでその場に留まっていたがもう完全に日も落ちて夜となりそろそろ両親が待つ家へと帰る事にした。
帰路を進む神子の手には空になった手桶があり今度こそは自分が持つと言って聞かなかった彼女へ大谷は少し笑って好きにせよと任せてくれた。
行きの時とやはり同じく肩を並べて歩いていると不意にポツリと呟かれたので聞き逃さず拾って促す。
「何でそれなんだって言われてしまいそうですけど、お祖父様が亡くなった時の事を…つい」
数年前の事。それは大谷にも忘れずにはいられない記憶の一つだ。
交際が始まり共に過ごす時間を増やしたいとお互いに伝え合って祝言を上げる日の前日。
病に臥せていた逢魔が急遽亡くなり準備も全て投げ打って二人は急ぎ駆け付けた。
闘病生活が続いていたのもあり医者からも長くはないと先に告げられていたがまさかこんな時期になるとは思ってもいなかった。
薄々勘付いていたとは言えその時を迎えれば覚悟が揺らぎそうだった。
息を引き取った祖父の顔は穏やかに眠っている様で生前の時と全く変わらなかった。
枕元に正座をしてしばらく逢魔の顔を見つめていた神子はただ静かに涙を流して幾つかの言葉をかけるしか出来なかった。
それを隣で静観していた大谷も神子の背中に手を添えたが視界がぼやけて雫がうっすらと顔を覆い隠す包帯と頬を濡らす。
『神子』
『………大谷さん』
気が済むまで祖父との時間を許され少し気分転換をしようと自室の縁側にて夜風を受けていた神子を大谷が呼ぶ。
振り向くと同時に隣へ腰を下ろし共に風を受ける。
『気分は如何した』
『だいぶ落ち着いてきました』
『そうか』
不必要な気遣いは逆に彼女を傷付けかねないと思考していた大谷だが軽く放心状態に近い神子が気掛かりで寂しげな背中も見兼ね声をかけた。
『すみません…明日は大谷さんとの大事な日なのに』
『何故ぬしが詫びる。此度の事は誰も非が見当たらぬ』
目元が薄ら赤く腫れている様からどれだけ神子が涙していたか嫌と言う程、察せてしまいこれ以上彼女を悲しませたくなかった。
『そう、ですよね。お祖父様もずっと楽しみにしてくれていたんですから、心配させない様に少しでも華やかにしましょう…!』
『………』
自分を案じてくれている彼へ迷惑や負担をかけたくない故に気丈に振る舞う神子をジッと大谷が見つめる。
『…大谷さん?』
『虚勢を張るなとは言わぬが、ぬしはひた隠すのが骨が折れる程に優れておるからな』
『………』
『我の前だけでも構わぬ。晒すならば好きなだけ晒せばよい』
近距離から注がれる視線に不思議がっているとこちらを見据えたままそう告げてくるので思わず返す言葉が見当たらない。
沈黙する神子の頬へ手を添えられればもう何度も体感している包帯の感触とそれから伝わってくる大谷の体温に意図せず視界がぼやけてくる。
『意地を張るな』
続けて耳に届く低くもどこか感情が込められた言葉で我慢が効かなくなってしまった。
流すだけ流した枯れた筈の涙がまた溢れ出してぽたぽたと服に落ちてゆく。
声を押し殺しても漏れ出てしまう嗚咽を抑えようと止まらなくなってしまった涙も隠そうと両手で覆うしかない。
背中も震わせて落涙する彼女の肩に腕を回し加減して引き寄せると神子の顔が大谷の頬へ密着する。
より一層に震えが強くなる様子で肩へ置いた手に力が込もる。
とうとう耐えきれなくなったのか己の胸元に顔をうずめて泣き出す神子を大谷はただ黙って、しかし守る様に抱き締め続けていた。
『………』
一人娘の身が心配で部屋を訪れていた霊魔は開きかけていた襖の隙間から二人を見つめていた。
だが水を差す様な事はしたくない為物音を立てずにその場を離れた。
『…余計な世話かも知れんが親父なら謝るだろうからな、すまん』
『ぬしらはほんに三世代を渡って親子よな。血は争えぬと言ったものよ』
それからしばらくして泣き疲れた神子を己の膝枕で寝かせてやり彼女がいつだか贈物として特注で用意してくれた蝶々の刺繍が施された羽織を掛けてやっていれば彼女の父親である霊魔が現れる。
『最初は本当に何でお前なんだと思っていたが、今なら親父の考えや気持ちが分かった様な気がする』
『左様か』
『親父はお前だから託したんだ。お前だから、お前なら神子は幸せになれると』
ーーー『私は吉継くんと神子達が幸せならそれでいいんだよ。それが私の幸せなんだ』ーーー
明日には己の義父となる人物からそう語られ大谷の脳裏で
『既に察しているだろうが神子を泣かせたら許さんからな。俺だけでなく親父も含めた佐伯一族総出でお礼参りしてやるぞ』
『それはそれは怖やコワヤ。神子の祖父君が為にも肝へ命じておくわ』
今にでも手を出しかねない覇気を漂わせる霊魔へ怖気付く事なく大谷は念を深く強く込めて誓いの如く返した
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