暑気払い
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「今日こそはと思って直々にお邪魔させて貰ったよ!お茶は…我輩お手製の玄米茶があるから気にせず茶菓子だけで構わないからね!」
ベラベラと聞いてもないのに話し出す最上へ夫婦は第三者が現れるまでの現状なまま止まっていた。
反応が無い事にむむっと前を見れば大谷は己の羽織を妻に掛けてずれ落ちない様に肩も掴んだまま神子を押さえている光景が広がる。
「おっと我輩は何も見てないよ!なんだって素敵紳士だからねぇ!!」
大袈裟な動作でバッと片手を使い目を覆い隠すともう一方の手の平を二人に向けて広げながら最上が叫ぶ。
「急くに衣を替えてくるがよい」
「分かりました…お言葉に甘えさせて頂きます」
無論、彼に構っている暇などない大谷は再び催促をしそれを受けた神子が素直に頷いて縁側から屋敷内へと姿を消した。
飼い主の一人が立ち去ってしまい妻の後ろ姿を目で追っていた幸が寂しげに鳴くので名を呼んでやれば己の肩に留まったので指を使い頭を撫でてやる。
「おや神子くんが見当たらない様だがお着替えかね?」
一人置いてかれていた最上がようやく手を離して視界を明瞭にさせれば残っているのは大谷と幸だけである。
遠くでもなく高らかに響く彼の声は嫌と言う程聞こえるが屋敷の主は無視して己の飼い鳥を慰めていた。
「そちらが噂の桜ブンチョウだったかな?」
「左様。して、何用で参った」
「そうだっ忘れる所だったよ!最近ようやく完成したのだ、我輩印の高貴な玄米茶がね!!」
少しばかり幸の調子が戻った事で仕方なしに意識を突然の来訪者へ向ければ気を取り直した最上がよくぞ聞いてくれた!と言わんばかりに語りだした。
「我輩が目を光らせて厳選した選りすぐりの玄米を使って作らせた茶だよ!まだ正式には出回ってはいないがねぇ」
どこからか取り出した湯呑みを片手にまるで語り部の如く話す最上はそう簡単に止まりそうになかった。
「羽州の探題として名を広め我輩の愛顧者を増やす為にも是非、君達夫妻の協力が必要なのだよ!」
話の途中でもポーズを混じえて続ける最上を無に近い目や表情で直視してるかも怪しい大谷は放置して聞き流していた。
それは不意に取り出された紙袋(彼の家紋入り)を押し付けられても変わらなかった。
「君達は色々と交流の輪があるのだろう?ならばより広めて貰わなければならないっ!」
また髭を撫でて歩き出す最上よりも飼い主が持つ紙袋へ興味を示す幸に意識を向けている大谷。
「ところで神子くんはまだかね?折角我輩自らが直談判しようと思ったんだが」
「我を通してからにせよ」
「光栄なる勤めの嘱託を本人に伝えたかったんだがまぁ素敵紳士としてそこは伴侶の小川くんにも話しておこう」
クルッと髭を撫でたまま振り向いて尋ねてくる彼へようやく反応を見せた大谷は声色を少し変えて発した。
「居留が難しいのであればいっその事、我輩の超真空流星隼号をこちらに預けて神子くんに『ピピィーッ!!』うわぁーっ!?」
ビッと人差し指を立てて妙案だと言わんばかりに物語り始めた最上だがとある言葉を発言した刹那に彼にも劣らぬ甲高い鳴き声を上げながら幸が飛び掛かった。
一目散に羽を羽ばたかせて突撃すると迷いなく形が整えられた髭へ噛み付いた。
突如飛び掛かってきた小鳥に間の抜けた悲鳴を上げると幸はパッと離れて素早く飼い主の元へとんぼ返りする。
己の人差し指で留まった飼い鳥へ「ようやった不幸よ」と褒めながら大谷が喉を撫でてやった。
「お待たせしました大谷さん!代えの羽織も持ってきましたよ」
「しとどは払拭したか」
「はい。ちゃんと拭いてから新しい服に着替えました」
自慢の髭が幸によって崩れ曲がってしまったので「我輩、調子が優れないから今日はこれで失礼させて貰うよ!神子くんによろしく伝えてくれたまえっ」と言い残しそそくさと立ち去って行った。
狐の様に姿を消したちょうどで神子が戻ってきてみれば丁寧に幸の嘴を手拭いで拭いてやっている大谷だけが居た。
ようやくもう一人の飼い主が帰って来たので上機嫌に鳴きながら幸が飛び付いてくれば「もう、またびっくりして転んじゃうわよ」と困りながらも笑顔で自分の肩に留まった飼い鳥を撫でる。
気を取り直し着替えを済ませて早足で持参した夫の新しい羽織を着せれば問いを受けたので頷いて答えた。
妻に着せて貰った白色の蝶が刺繍で施されている黒い羽織を纏うと大谷が手を引いていい加減に屋敷へ戻るべきだと催促し歩み出す。
「最上さんはどうなさったんですか?」
「急くの所用を思い出したと帰参した」
「そうなんですか…お茶とお菓子をお出し損ねてしまいました」
「茶はいらぬと言っておったが?茶菓子も出さずに済んだが」
休みがてら思考していた昼餉の準備をしつつ台所から神子が聞くと住処の鳥籠に帰した幸へ餌をやり大谷が金網の扉を閉めて返す。
「そうでしたっけ、あの時は服が濡れてしまって慌ててたので曖昧で…その紙袋はどうしたんですか?」
手を動かしながら記憶を辿るがやはりあやふやでう〜ん…と顎に握り拳を当てながら首を傾げるしかなかった。
会話を挟みながらも準備を進めて作り終えた昼餉を運び机へ並べ出す。
最後の器を置くと同時で神子がチラリと部屋の隅を見れば例の紙袋があった。
押し付けられたそれを視界に入れようともせず宣伝として配って欲しいと言い付けられた旨を大雑把で伝えれば「じゃあお母さんとお父さんにお裾分けしようかな」と呟くので数日前に届いた抹茶はまさにそちらの方から届いただろうとすかさず指摘した。
「そうだった、どうしましょう大谷さん」
「ふむ…我には当てがある故、まかせてみよ」
「本当ですか!一体どちらに、」
「それは言えぬ」
「何でですか!?」
夫から言われて貰い物で余ってしまったからだと実家から送られてきた抹茶の粉末を思い出し頭を抱えそうになる妻へ少々考えを巡らせた大谷は助け船を出す事にした。
頼る当てがあるらしいものの自分の知る誰かなのか気になるが夫ははぐらかすばかりで結局その当てが一体どこの誰なのか知る事は出来なかった。
後日、突如届いた荷物の差出人の苗字が犬猿相手故に関わるまいとしていたが当の本人ではなくその妻と知り真逆の上機嫌となり嬉々として開封した。
ところが中身を確認すれば見覚えのある家紋と人物の顔がデカデカと載せられた代物で持ち上がった気分は一気に下降しとある存在は「何故じゃぁぁぁ!!?」と絶叫するのであった。
「大谷さん湯加減はどうですか」
「相も変わらず相当の熱度よ」
「そうですか!よかった…体を洗い終えたら私も入りますので」
夕餉を終え入湯の時を迎えたので夫婦二人して一日の疲れを癒す。
包帯を解き妻に身を洗い澄まされた後、一足先に湯船へ浸かっていれば神子から声がかかる。
沸き立つ湯気越しながら確認を取るので大谷は少しばかり湯を掬って己の肩へかけながら答えた。
毎度風呂の準備を熟している神子は安堵の表情を浮かべると手早くながらしっかりと体を洗って夫が待つ湯船へと向かった。
「面から火が出そうであったぬしが、今やこれまで馴染むとはなァ」
「もう流石に慣れましたよ…」
以前は混浴となると羞恥心が勝りタオルを身に着けていた神子だがもう何度も繰り返し続けてしまえば逆に必要ないと認識してしまう程に順応済みだった。
そもそも夫婦であり夜を何度も共にしている時点で恥じる意味がないのだが。
大谷からの視線もそのまま受け入れつつ神子はゆっくりと足を浸かせて歩み寄っていった。
滑らない様に気を付けて近付き夫の隣にまで到着するとゆっくり体を沈める。
「ふぅ、お薬の効果かなんだか整いますね」
「そうよな」
ひとまず小休憩とも言える時間を迎え一息つきながら一週間前頃に里帰りした実家にて受け取った薬湯を使い湯治も兼ねた湯浴みを実行したのだ。
神子がその薬が齎した効能を振れば裃を脱いだかの様に大谷は目を閉じながらも答えてくれた。
しばし漂う湯烟の中でそれぞれ肩の力を抜き落ち着いた空気に包まれる。
「……あの、大谷さん…」
「如何した」
「どうして私の背後にいらっしゃるんですか」
「気のせいよ」
ふと浸かっているお湯に波紋が広がって小さく波立つ光景から隣の夫が動き出した事を認識して顔を向けたが視線の先には誰も居なかった。
忽然と姿を消した存在に困惑するも状況がだけに直ぐ居場所を感知した。
振り向くのも億劫に感じて呼びかければ大谷はいつも通りの調子で返答してくる。
いつだか記憶にあるやり取りを思い出して溜め息を吐く妻の首へ包帯が解かれた両腕を後ろから回し己の顎を肩に乗せる。
「おっ、大谷さんっ…!」
「過ぎた事だが頭 から水を浴びた故、ぬしの体が悴けては困るのでな」
「アレ位じゃ風邪なんてひきませんよ…ちゃんと濡れた所を拭いてから着替えましたし…」
腕だけでなく自分の背中に密着する大谷の体と入湯である為、露出された夫の髪が神子の首筋辺りへ接触し気が気でない。
大焦りで振り向きたくとも羞恥心が生まれて身じろぎすら出来ず湯よりも熱を感じる根源で跳ね続ける鼓動を抑えるのに必死だった。
湯浴みを終えて明日に備えるべき事を済ませば寝伏の時を迎える。
大谷の自室にて二組の布団を敷きそれぞれ腰を下ろして床へ伏す前の慣例を行っていた。
「我はまだ待たねばならぬか神子よ」
「あっ…ごめんなさい大谷さん直ぐに」
丁寧に傷付かぬ様、妻が細心の注意を払って病んだ皮膚を浄めて必携の薬を塗ってから巻かれた包帯の確認を終えると振り向きながら問えば神子が慌てた顔を上げる。
「大谷さんのお体を守ってくれるものですから、傷がないかしっかり見ておきたくて」
蝶々を模した装飾で形付けられている被り物を正座したまま両手で抱える妻が答えた。
「家紋もですけど蝶々を見ると必ず大谷さんを思い出します」
「左様か。我も燕を見ると神子が眼 に浮かんで適わんわ」
「ふふっ、燕は大好きだから嬉しいです。でも何でこの様なものを選んだんですか?」
「………そうよなァ」
初めて会ったその時も身に着けていた大谷の身を守る被り物をそのままに楽しげな笑みを混えて語れば似た様な相槌を打つ。
今に至るまで残っていた疑問を口で出して見れば少し沈黙してから呟き出した。
「ぬしに我を見出して貰う為だと、言ったらどうする」
そう答えながらこちらを真っ直ぐに見つめてくる大谷の眼と言葉で神子の意識が彼へ固定される。
下手をしたら大事な被り物を取り落としてしまいそうになりながらも夫の言葉を脳裏で反芻させる。
「この蝶々がいてもいなくても、あなたの妻であれば私なら何処に居ても絶対に大谷さんを見つけますよ」
ーーー『私はこの世の果ててでも……の何処に居られようとも、必ず貴方の元へ駆けつけます』ーーー
凛とした迷いのない言葉を紡ぐ神子の姿からぼんやりと蘇るある声。
「大谷、さん…?」
「………ぬしはやはり変わらぬな」
突如黙り込んでしまった夫の身を案じて何か変な事を言ってしまったか不安げに顔を曇らせる妻へ手の被り物を取り畳に置くと包帯を纏う手でふれる。
何の前触れもなく自分の顎と唇に接触する手や指の感触で身動きがぎこちなくなる妻へ独り言の様に溢しながら大谷が神子に口付ける。
不意打ちで受けたそれに驚愕で目を見開く神子だったが拒絶する意思も生まれずゆっくりながら自ら腕を大谷の背へ回した。
「ヒヒッ…ぬしにしては稀有な顔をしておるな」
「うっ、だっ、だって…」
身構えていた神子だったがこの口付けはお互いの唇がふれているだけのもので長さはともかく、とある行いの際に比べればあっさり終わりを迎えて困惑が出てしまった。
身ごと唇を離せばどこか物足りなそうな顔の妻を間近で見つめ口許を引き上げて愉快気味に大谷が笑う。
「私だって…大谷さんが好きだから、その…気分になる時もあります…」
揶揄われている事は嫌と言う程に体験済みで敵わない事だって分かっている。
だからあるがままに正直に漏らしながら夫の胸元へ耳を当ててから紅潮する顔を隠す様にうずめれば背中と腰に腕が回ってくる。
「よかろ、ぬしが求めるがままに我も応えるとしよう」
「えっ」
「所望しておったのだろ?案ずるな我は常々、神子を充たす心組は出来ておる」
「いやその、急なお話でしょうから無理ではなければで『我は常に万全と申したであろ』まっ、待って下さ『待たぬ』」
ほんの出来心で少し甘えたい様な感情からつい出てしまった発言を夫は生真面目に捉えて迫ってきた。
落ち着いて欲しさと自分も正常な判断を出来る様に距離を取ろうにも背中と腰へ回されたままの両腕で阻止された。
苦労も虚しく神子は大谷に思う存分愛惜の限りを尽くされたのだった
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ベラベラと聞いてもないのに話し出す最上へ夫婦は第三者が現れるまでの現状なまま止まっていた。
反応が無い事にむむっと前を見れば大谷は己の羽織を妻に掛けてずれ落ちない様に肩も掴んだまま神子を押さえている光景が広がる。
「おっと我輩は何も見てないよ!なんだって素敵紳士だからねぇ!!」
大袈裟な動作でバッと片手を使い目を覆い隠すともう一方の手の平を二人に向けて広げながら最上が叫ぶ。
「急くに衣を替えてくるがよい」
「分かりました…お言葉に甘えさせて頂きます」
無論、彼に構っている暇などない大谷は再び催促をしそれを受けた神子が素直に頷いて縁側から屋敷内へと姿を消した。
飼い主の一人が立ち去ってしまい妻の後ろ姿を目で追っていた幸が寂しげに鳴くので名を呼んでやれば己の肩に留まったので指を使い頭を撫でてやる。
「おや神子くんが見当たらない様だがお着替えかね?」
一人置いてかれていた最上がようやく手を離して視界を明瞭にさせれば残っているのは大谷と幸だけである。
遠くでもなく高らかに響く彼の声は嫌と言う程聞こえるが屋敷の主は無視して己の飼い鳥を慰めていた。
「そちらが噂の桜ブンチョウだったかな?」
「左様。して、何用で参った」
「そうだっ忘れる所だったよ!最近ようやく完成したのだ、我輩印の高貴な玄米茶がね!!」
少しばかり幸の調子が戻った事で仕方なしに意識を突然の来訪者へ向ければ気を取り直した最上がよくぞ聞いてくれた!と言わんばかりに語りだした。
「我輩が目を光らせて厳選した選りすぐりの玄米を使って作らせた茶だよ!まだ正式には出回ってはいないがねぇ」
どこからか取り出した湯呑みを片手にまるで語り部の如く話す最上はそう簡単に止まりそうになかった。
「羽州の探題として名を広め我輩の愛顧者を増やす為にも是非、君達夫妻の協力が必要なのだよ!」
話の途中でもポーズを混じえて続ける最上を無に近い目や表情で直視してるかも怪しい大谷は放置して聞き流していた。
それは不意に取り出された紙袋(彼の家紋入り)を押し付けられても変わらなかった。
「君達は色々と交流の輪があるのだろう?ならばより広めて貰わなければならないっ!」
また髭を撫でて歩き出す最上よりも飼い主が持つ紙袋へ興味を示す幸に意識を向けている大谷。
「ところで神子くんはまだかね?折角我輩自らが直談判しようと思ったんだが」
「我を通してからにせよ」
「光栄なる勤めの嘱託を本人に伝えたかったんだがまぁ素敵紳士としてそこは伴侶の小川くんにも話しておこう」
クルッと髭を撫でたまま振り向いて尋ねてくる彼へようやく反応を見せた大谷は声色を少し変えて発した。
「居留が難しいのであればいっその事、我輩の超真空流星隼号をこちらに預けて神子くんに『ピピィーッ!!』うわぁーっ!?」
ビッと人差し指を立てて妙案だと言わんばかりに物語り始めた最上だがとある言葉を発言した刹那に彼にも劣らぬ甲高い鳴き声を上げながら幸が飛び掛かった。
一目散に羽を羽ばたかせて突撃すると迷いなく形が整えられた髭へ噛み付いた。
突如飛び掛かってきた小鳥に間の抜けた悲鳴を上げると幸はパッと離れて素早く飼い主の元へとんぼ返りする。
己の人差し指で留まった飼い鳥へ「ようやった不幸よ」と褒めながら大谷が喉を撫でてやった。
「お待たせしました大谷さん!代えの羽織も持ってきましたよ」
「しとどは払拭したか」
「はい。ちゃんと拭いてから新しい服に着替えました」
自慢の髭が幸によって崩れ曲がってしまったので「我輩、調子が優れないから今日はこれで失礼させて貰うよ!神子くんによろしく伝えてくれたまえっ」と言い残しそそくさと立ち去って行った。
狐の様に姿を消したちょうどで神子が戻ってきてみれば丁寧に幸の嘴を手拭いで拭いてやっている大谷だけが居た。
ようやくもう一人の飼い主が帰って来たので上機嫌に鳴きながら幸が飛び付いてくれば「もう、またびっくりして転んじゃうわよ」と困りながらも笑顔で自分の肩に留まった飼い鳥を撫でる。
気を取り直し着替えを済ませて早足で持参した夫の新しい羽織を着せれば問いを受けたので頷いて答えた。
妻に着せて貰った白色の蝶が刺繍で施されている黒い羽織を纏うと大谷が手を引いていい加減に屋敷へ戻るべきだと催促し歩み出す。
「最上さんはどうなさったんですか?」
「急くの所用を思い出したと帰参した」
「そうなんですか…お茶とお菓子をお出し損ねてしまいました」
「茶はいらぬと言っておったが?茶菓子も出さずに済んだが」
休みがてら思考していた昼餉の準備をしつつ台所から神子が聞くと住処の鳥籠に帰した幸へ餌をやり大谷が金網の扉を閉めて返す。
「そうでしたっけ、あの時は服が濡れてしまって慌ててたので曖昧で…その紙袋はどうしたんですか?」
手を動かしながら記憶を辿るがやはりあやふやでう〜ん…と顎に握り拳を当てながら首を傾げるしかなかった。
会話を挟みながらも準備を進めて作り終えた昼餉を運び机へ並べ出す。
最後の器を置くと同時で神子がチラリと部屋の隅を見れば例の紙袋があった。
押し付けられたそれを視界に入れようともせず宣伝として配って欲しいと言い付けられた旨を大雑把で伝えれば「じゃあお母さんとお父さんにお裾分けしようかな」と呟くので数日前に届いた抹茶はまさにそちらの方から届いただろうとすかさず指摘した。
「そうだった、どうしましょう大谷さん」
「ふむ…我には当てがある故、まかせてみよ」
「本当ですか!一体どちらに、」
「それは言えぬ」
「何でですか!?」
夫から言われて貰い物で余ってしまったからだと実家から送られてきた抹茶の粉末を思い出し頭を抱えそうになる妻へ少々考えを巡らせた大谷は助け船を出す事にした。
頼る当てがあるらしいものの自分の知る誰かなのか気になるが夫ははぐらかすばかりで結局その当てが一体どこの誰なのか知る事は出来なかった。
後日、突如届いた荷物の差出人の苗字が犬猿相手故に関わるまいとしていたが当の本人ではなくその妻と知り真逆の上機嫌となり嬉々として開封した。
ところが中身を確認すれば見覚えのある家紋と人物の顔がデカデカと載せられた代物で持ち上がった気分は一気に下降しとある存在は「何故じゃぁぁぁ!!?」と絶叫するのであった。
「大谷さん湯加減はどうですか」
「相も変わらず相当の熱度よ」
「そうですか!よかった…体を洗い終えたら私も入りますので」
夕餉を終え入湯の時を迎えたので夫婦二人して一日の疲れを癒す。
包帯を解き妻に身を洗い澄まされた後、一足先に湯船へ浸かっていれば神子から声がかかる。
沸き立つ湯気越しながら確認を取るので大谷は少しばかり湯を掬って己の肩へかけながら答えた。
毎度風呂の準備を熟している神子は安堵の表情を浮かべると手早くながらしっかりと体を洗って夫が待つ湯船へと向かった。
「面から火が出そうであったぬしが、今やこれまで馴染むとはなァ」
「もう流石に慣れましたよ…」
以前は混浴となると羞恥心が勝りタオルを身に着けていた神子だがもう何度も繰り返し続けてしまえば逆に必要ないと認識してしまう程に順応済みだった。
そもそも夫婦であり夜を何度も共にしている時点で恥じる意味がないのだが。
大谷からの視線もそのまま受け入れつつ神子はゆっくりと足を浸かせて歩み寄っていった。
滑らない様に気を付けて近付き夫の隣にまで到着するとゆっくり体を沈める。
「ふぅ、お薬の効果かなんだか整いますね」
「そうよな」
ひとまず小休憩とも言える時間を迎え一息つきながら一週間前頃に里帰りした実家にて受け取った薬湯を使い湯治も兼ねた湯浴みを実行したのだ。
神子がその薬が齎した効能を振れば裃を脱いだかの様に大谷は目を閉じながらも答えてくれた。
しばし漂う湯烟の中でそれぞれ肩の力を抜き落ち着いた空気に包まれる。
「……あの、大谷さん…」
「如何した」
「どうして私の背後にいらっしゃるんですか」
「気のせいよ」
ふと浸かっているお湯に波紋が広がって小さく波立つ光景から隣の夫が動き出した事を認識して顔を向けたが視線の先には誰も居なかった。
忽然と姿を消した存在に困惑するも状況がだけに直ぐ居場所を感知した。
振り向くのも億劫に感じて呼びかければ大谷はいつも通りの調子で返答してくる。
いつだか記憶にあるやり取りを思い出して溜め息を吐く妻の首へ包帯が解かれた両腕を後ろから回し己の顎を肩に乗せる。
「おっ、大谷さんっ…!」
「過ぎた事だが
「アレ位じゃ風邪なんてひきませんよ…ちゃんと濡れた所を拭いてから着替えましたし…」
腕だけでなく自分の背中に密着する大谷の体と入湯である為、露出された夫の髪が神子の首筋辺りへ接触し気が気でない。
大焦りで振り向きたくとも羞恥心が生まれて身じろぎすら出来ず湯よりも熱を感じる根源で跳ね続ける鼓動を抑えるのに必死だった。
湯浴みを終えて明日に備えるべき事を済ませば寝伏の時を迎える。
大谷の自室にて二組の布団を敷きそれぞれ腰を下ろして床へ伏す前の慣例を行っていた。
「我はまだ待たねばならぬか神子よ」
「あっ…ごめんなさい大谷さん直ぐに」
丁寧に傷付かぬ様、妻が細心の注意を払って病んだ皮膚を浄めて必携の薬を塗ってから巻かれた包帯の確認を終えると振り向きながら問えば神子が慌てた顔を上げる。
「大谷さんのお体を守ってくれるものですから、傷がないかしっかり見ておきたくて」
蝶々を模した装飾で形付けられている被り物を正座したまま両手で抱える妻が答えた。
「家紋もですけど蝶々を見ると必ず大谷さんを思い出します」
「左様か。我も燕を見ると神子が
「ふふっ、燕は大好きだから嬉しいです。でも何でこの様なものを選んだんですか?」
「………そうよなァ」
初めて会ったその時も身に着けていた大谷の身を守る被り物をそのままに楽しげな笑みを混えて語れば似た様な相槌を打つ。
今に至るまで残っていた疑問を口で出して見れば少し沈黙してから呟き出した。
「ぬしに我を見出して貰う為だと、言ったらどうする」
そう答えながらこちらを真っ直ぐに見つめてくる大谷の眼と言葉で神子の意識が彼へ固定される。
下手をしたら大事な被り物を取り落としてしまいそうになりながらも夫の言葉を脳裏で反芻させる。
「この蝶々がいてもいなくても、あなたの妻であれば私なら何処に居ても絶対に大谷さんを見つけますよ」
ーーー『私はこの世の果ててでも……の何処に居られようとも、必ず貴方の元へ駆けつけます』ーーー
凛とした迷いのない言葉を紡ぐ神子の姿からぼんやりと蘇るある声。
「大谷、さん…?」
「………ぬしはやはり変わらぬな」
突如黙り込んでしまった夫の身を案じて何か変な事を言ってしまったか不安げに顔を曇らせる妻へ手の被り物を取り畳に置くと包帯を纏う手でふれる。
何の前触れもなく自分の顎と唇に接触する手や指の感触で身動きがぎこちなくなる妻へ独り言の様に溢しながら大谷が神子に口付ける。
不意打ちで受けたそれに驚愕で目を見開く神子だったが拒絶する意思も生まれずゆっくりながら自ら腕を大谷の背へ回した。
「ヒヒッ…ぬしにしては稀有な顔をしておるな」
「うっ、だっ、だって…」
身構えていた神子だったがこの口付けはお互いの唇がふれているだけのもので長さはともかく、とある行いの際に比べればあっさり終わりを迎えて困惑が出てしまった。
身ごと唇を離せばどこか物足りなそうな顔の妻を間近で見つめ口許を引き上げて愉快気味に大谷が笑う。
「私だって…大谷さんが好きだから、その…気分になる時もあります…」
揶揄われている事は嫌と言う程に体験済みで敵わない事だって分かっている。
だからあるがままに正直に漏らしながら夫の胸元へ耳を当ててから紅潮する顔を隠す様にうずめれば背中と腰に腕が回ってくる。
「よかろ、ぬしが求めるがままに我も応えるとしよう」
「えっ」
「所望しておったのだろ?案ずるな我は常々、神子を充たす心組は出来ておる」
「いやその、急なお話でしょうから無理ではなければで『我は常に万全と申したであろ』まっ、待って下さ『待たぬ』」
ほんの出来心で少し甘えたい様な感情からつい出てしまった発言を夫は生真面目に捉えて迫ってきた。
落ち着いて欲しさと自分も正常な判断を出来る様に距離を取ろうにも背中と腰へ回されたままの両腕で阻止された。
苦労も虚しく神子は大谷に思う存分愛惜の限りを尽くされたのだった
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