消夏
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治まる処か暑さが衰えぬ日が続いているこんにち。
一人屋敷の台所でう〜ん…と唸りながら首を傾げる神子は悩んでいた。
「熱中症対策に色々としてたけどそろそろ飲み物に氷入れて飲み続けるのも限度があるし…」
常日頃に暑さへ対する防衛として水分を欠かさずこまめに取る様、心掛けているのだが接種量にも決まりがある。
たたでさえ気温で体調が左右されてしまうかも知れない夫の大谷の身を案じるが故に試行錯誤を重ねなければならない。
「……そうだ!いっそ食べる物も冷たいのにしてバランスよく変えていこう!」
長考の末ひらめいた神子は声量を引き上げてさっそく行動に移った。
その声を聞きつけて居間の襖から顔を覗かせた大谷が何をやらかすのかと一人傍観していた。
ーーー数時間後。
「大谷さんお食事の準備が出来ましたよ!」
「あいわかった」
日照りを放っていた太陽がようやく姿を隠し温度も落ち着いてきた頃。
夕餉の準備が整ったと正午の時に聞いた妻の声と同じ大きさなものが自室にまで届き大谷は返事をしながら紙に走らせていた筆を置いた。
「お待たせしました。レポートの方はどうですか?」
「上々よ。だがもうちと入れ筆をせねばならぬ」
「良かった!後で息抜きのお茶を持って行きますね!」
まだ続きを書くつもりなので区切りをつけて部屋を後にする。
居間に到着すればテキパキと机に食事や皿を並べる神子がおりこちらへ気付くと明るいまま手を動かし続ける。
己の定位置である座布団へ腰を下ろす前に何か手伝う事はないかと問えばやはり「ないです!大谷さんは先にお座りになってて下さい」と迷いなく返されたのでやれやれと頭を軽く振って仕方なく座った。
このやり取りは夫婦になってから始まっているのだが大谷の申し出を神子はいつも大丈夫だと言い張って昼夜問わず食事の準備を全て一人で済ませてしまう。
後片付けも滞りなく慣れた動きで終わらせてしまう為にもはや恒例行事の様なものになっていた。
夫婦として数年もの時間を共に過ごしてきたが故、神子の真面目過ぎる性格を嫌と言いたくなるまで熟知しているので大谷はいつか何かの拍子でやらかすのではないかと重くではないが常々警戒している。
そんな夫のさり気無い憂慮も露知らず妻は今日も家事に精を出しているのだった。
「まだまだ夏の暑さが続いてますからね、今夜はおそうめんにしました」
「アレ程騒いでいてコレか」
「勿論これだけじゃありませんよ!天ぷらもたくさん作りました!」
数分経って完璧に支度が終わると大谷の向かい側で同じく敷かれた座布団に神子も座り夕餉が始まった。
得意気に語る妻へ淡々とした反応を示す大谷にその勢いのまま語り続ける神子。
机の真ん中に主役の如く置かれた大皿の上で白い糸の様な麺が整えて上げられていた。
その周りには小皿で盛られた白髪や青のネギに汁やら味の調整用の水が配置されていたり、大皿の隣には同寸の代物に数種類もの野菜の天ぷら(南瓜・ズッキーニ・とうもろこし・茄子)があった。
「お野菜は片倉さんから頂いたものですよ」
「左様か。してこの量を我とぬしだけで消費出来る推断はあるのか」
「うっ…大谷さんとなら頑張ります!!」
「勢い任せか、試してみたいとは思っていたがこの様な形とは思わなんだ」
知り合いで野菜の作り手でもある片倉小十郎の名を口にしながら話す神子に大谷は冷静に切り込み空気が少しぎこちなくなる。
痛い所を突かれたらしい妻はギクリと表情を崩しそれでも諦めずやる気も見せるが呆れ顔で夫に一蹴されてしまいしょんぼりと涙目に。
「あっ大谷さん、天ぷらを食べられましたらこれでお口を拭いて下さい」
「備えは万全よな」
「ちょっとでも大谷さんに美味しく頂いて欲しいので」
なんやかんやあったが神子の用意した夕餉をしっかりと食べ進める大谷へニコニコと嬉しげに笑いながら真っ白の手拭いを差し出してくる。
それを素直に受け取り顔を主に口周りの包帯に気を付けて拭う。
思い付きとやる気の余り逆に力が入り過ぎてしまった天ぷらだったが可能な限り大谷も消費してくれていた。
責任感から集中的に食べていた神子だったが言葉は無くとも気遣ってくれている大谷へ感謝が溢れる余り笑みが止まらない。
(なんだかんだ言って大谷さんは優しいな…後でレポートの息抜きにとっておきのお菓子を出そ、)
「神子さぁぁぁん!!!」
「………」
「!?こ、この声はもしや?」
南瓜の天ぷらを食べた後にそうめんを啜りながら夫の姿を視界に入れほくほくと幸せな気分にひたっていると屋敷中に声が響き渡る。
驚いて振り向く神子に対して大谷は沈黙し顔付きが険しくなっていた。
「行かんでよい」
「いやでも…あんな声を出す位なので凄く困ってるんじゃ…」
「いつもそうであろ」
「そうかも知れませんけど、こんな夜で来る程に何か遭ったとしたら一大事じゃないですか」
厳格な顔付き尚且つことさら低い声で話す大谷へ軽く冷や汗をかきそうになりながら神子も相変わらずなお人好しな発言や予測を並べ結局は食卓から立ち上がって玄関へと向かってしまった。
一人取り残された大谷は断固拒否のつもりでその場に座り込んでいたが結局は神子の後を追う様に重い腰を上げた。
「こんばんは。やっぱり金吾くんか〜」
「神子さぁん!よかったぁぁ!!」
「い、一体どうしたの?まずは落ち着いて…」
「うぅぅ…ぐす…」
声から既に相手が予想出来ていてそれは的中した。
まだ三和土で靴も脱がずに両手と膝を着いて泣きながら鼻をすすっている一人の幼なげな青年。
神子が姿を現すと安堵からかまた再び泣き声も混え始めるので苦笑いしつつも落ち着かせようと声をかける。
「今日も天海様から修行を言い渡されて…」
「うん」
「だから僕頑張って続けたんだけど気が付いたら夜になってて、天海様も迎えに来るって言ってたのに全然来てくれなくて」
「連絡は取れなかったの?」
「かけてもずっと留守番電話になっちゃうんだよぉー!!」
必死に説明を繰り返す相手に神子は嫌な顔一つせず相槌を打ってやり時たま疑問を問い掛けてひとまず落ち着かせ様とした。
この青年、名は小早川秀秋と言い神子ではないが大谷の知り合いらしく(それを口にすると当人がそれはそれは嫌そうな顔をする)ひょんな事から稀にこうして夫婦宅に訪問と言うより泣き付きに来るのだ。
金吾と呼ぶ理由は良く分からないのだが聞いても教えて貰えないものの親しみ易さや夫が口にするで神子も気が付けばそう呼ぶ様になっていた。
大谷はそれに苦言を申してきたのだが時は既に遅く癖となり妻は呼称を変えなくなってしまったので己がありながら痛恨の不首尾と溢しそれを聞いた石田三成が激怒したのも記憶に新しい。
「………金吾。何用で今、この時に来た」
「ひぃぃ刑部さん!!ごめんなさい!!!」
「大谷さんやっと金吾くん落ち着いてきたのに逆戻りじゃないですか…」
「知らぬわ」
何度か声を掛け話を聞いてやっている内に気が静まってきたのか泣き止んでどれだけ大変な思いをしたのか語り続ける小早川へ頷いていると背後から大谷が現れた。
ゆらりと妻には気付かれない範囲で殺気を放ちながら姿を見せた夫は見るからに不機嫌で険しさを超えたもはや鬼に近く後日、神子がそれを話したら「長曾我部ではあるまいに」と返された。
彼とは顔馴染みで強面顔にガタイのいい体型故に鬼と例えられしまうのも無理ないが野郎共と呼ぶ取り巻きにも慕われ豪快で面倒見のよい兄貴分体質だと思っている神子は首を傾げた。
見慣れた反応だが大谷は「ぬしは人を見る目が甘過ぎる」と言及せずにはいられなかった。
話を戻し幽鬼の如く現れた己へ怯え神子の影で隠れる様に膝で縋り付く小早川に思わず青筋が立つも包帯で隠され二人には気付かれない。
「とりあえず天海さんって人に連絡を取ればなんとかなるんじゃないかな」
「で、でもさっきから電話をかけても全然出てくれなくて…」
「我と神子の元で油を売っている暇があらばさっさと帰参せよ」
「まあまあ大谷さん金吾くんも心細くて不安なんですよ」
屋敷の入り口で繰り広げられるやり取りはそう簡単に終わらず楽観的に考える神子へ大谷は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ続けていた。
「あっそうだ金吾くん、修行帰りなんだっけ?お腹空いてる?」
「お腹!?うん、修行も終わってあちこち迷子で動き回ってたからすっごくぺこぺこなんだ…」
「そっか、じゃあ…大谷さんまだ食べたい天ぷらがありましたら『やらぬぞ』まだ言ってないですよ!」
相手が相手な所為で穏便な解決策を出してくれない夫に対して神子はどうにか小早川を元気付け様と考えれば彼の好きな事を思い出す。
念の為に確認してみればやはり的中したので振り返りながら背後の大谷へ尋ねるも話し切る前に即答された。
「何故 ぬしの拵えた夕餉を分けねばならぬ」
「そんな子供じゃないんですから…天ぷらならまた片倉さんから買った時にでも作りますよ」
「その様な問題ではない」
ジトッとした目でこちらを見下ろしてくる大谷をどうにか説得しようと話を続けるも全く取り合ってくれなかった。
どうしてここまでな態度になるのか額を押さえて溜め息を溢しそうだが事態は進展しない為、神子は夫の反対を押し切って居間へと向かった。
「金吾………」
「ひぃっ!ごめんなさい刑部さん!!」
取り残された二人(特に小早川)は重い空気の中で沈黙していたが不意に大谷が圧をかけた声で呼ぶ。
それに怯え悲鳴に近い声を上げる小早川が頭を抱えて守る様に丸くなる。
近くに鍋があればそれを被って身を隠しそうな勢いだ。
「まさか今この時に過怠を起こすのではあるまいな」
「そんなつもりはないですごめんなさいっ!!」
「大人気ないですよ大谷さん」
「神子さんっ!!」
ただでさえ姿を現してから一度も途切らせない殺気を向けながら問いてくる大谷に小早川は戦々恐々としたままだった。
そこへ幾つかの天ぷらを盛り付けた皿をお盆に乗せて戻って来た神子が咎める様に発言した。
言葉ではなく目で語り掛けてくる夫を置いといて小早川の元へ着くなり持参したそれを差し出した。
「はい、ちょっと作ってから時間が経っちゃってて揚げたてじゃないけれど良かったら食べて」
「わぁぁ美味しそうな夏野菜の天ぷら!神子さんありがとう!!いただきまーす!!!」
食卓に並べていた天ぷらの中で比較的、多めに残っていた種類のものを幾つか摘まみ分ける事にしたらしい。
「まぐまぐまぐ…これ、もしかして小十郎さんが作った野菜!?」
「うん、そうだよ。良く片倉さんがご好意で分けてくれてるの」
「だからこんな美味しいんだぁ!材料も良くて神子さんが作ればもっともっと美味しくなるんだね!」
「ありがとう金吾くん」
先程まで重苦しかった空気は一変して賑やかになっており天ぷらを夢中で頬張る小早川と楽しげな笑顔を浮かべる神子、の二人とは違って気難しい顔色の大谷と色んなものが混じり合った不思議な空間を生み出している。
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一人屋敷の台所でう〜ん…と唸りながら首を傾げる神子は悩んでいた。
「熱中症対策に色々としてたけどそろそろ飲み物に氷入れて飲み続けるのも限度があるし…」
常日頃に暑さへ対する防衛として水分を欠かさずこまめに取る様、心掛けているのだが接種量にも決まりがある。
たたでさえ気温で体調が左右されてしまうかも知れない夫の大谷の身を案じるが故に試行錯誤を重ねなければならない。
「……そうだ!いっそ食べる物も冷たいのにしてバランスよく変えていこう!」
長考の末ひらめいた神子は声量を引き上げてさっそく行動に移った。
その声を聞きつけて居間の襖から顔を覗かせた大谷が何をやらかすのかと一人傍観していた。
ーーー数時間後。
「大谷さんお食事の準備が出来ましたよ!」
「あいわかった」
日照りを放っていた太陽がようやく姿を隠し温度も落ち着いてきた頃。
夕餉の準備が整ったと正午の時に聞いた妻の声と同じ大きさなものが自室にまで届き大谷は返事をしながら紙に走らせていた筆を置いた。
「お待たせしました。レポートの方はどうですか?」
「上々よ。だがもうちと入れ筆をせねばならぬ」
「良かった!後で息抜きのお茶を持って行きますね!」
まだ続きを書くつもりなので区切りをつけて部屋を後にする。
居間に到着すればテキパキと机に食事や皿を並べる神子がおりこちらへ気付くと明るいまま手を動かし続ける。
己の定位置である座布団へ腰を下ろす前に何か手伝う事はないかと問えばやはり「ないです!大谷さんは先にお座りになってて下さい」と迷いなく返されたのでやれやれと頭を軽く振って仕方なく座った。
このやり取りは夫婦になってから始まっているのだが大谷の申し出を神子はいつも大丈夫だと言い張って昼夜問わず食事の準備を全て一人で済ませてしまう。
後片付けも滞りなく慣れた動きで終わらせてしまう為にもはや恒例行事の様なものになっていた。
夫婦として数年もの時間を共に過ごしてきたが故、神子の真面目過ぎる性格を嫌と言いたくなるまで熟知しているので大谷はいつか何かの拍子でやらかすのではないかと重くではないが常々警戒している。
そんな夫のさり気無い憂慮も露知らず妻は今日も家事に精を出しているのだった。
「まだまだ夏の暑さが続いてますからね、今夜はおそうめんにしました」
「アレ程騒いでいてコレか」
「勿論これだけじゃありませんよ!天ぷらもたくさん作りました!」
数分経って完璧に支度が終わると大谷の向かい側で同じく敷かれた座布団に神子も座り夕餉が始まった。
得意気に語る妻へ淡々とした反応を示す大谷にその勢いのまま語り続ける神子。
机の真ん中に主役の如く置かれた大皿の上で白い糸の様な麺が整えて上げられていた。
その周りには小皿で盛られた白髪や青のネギに汁やら味の調整用の水が配置されていたり、大皿の隣には同寸の代物に数種類もの野菜の天ぷら(南瓜・ズッキーニ・とうもろこし・茄子)があった。
「お野菜は片倉さんから頂いたものですよ」
「左様か。してこの量を我とぬしだけで消費出来る推断はあるのか」
「うっ…大谷さんとなら頑張ります!!」
「勢い任せか、試してみたいとは思っていたがこの様な形とは思わなんだ」
知り合いで野菜の作り手でもある片倉小十郎の名を口にしながら話す神子に大谷は冷静に切り込み空気が少しぎこちなくなる。
痛い所を突かれたらしい妻はギクリと表情を崩しそれでも諦めずやる気も見せるが呆れ顔で夫に一蹴されてしまいしょんぼりと涙目に。
「あっ大谷さん、天ぷらを食べられましたらこれでお口を拭いて下さい」
「備えは万全よな」
「ちょっとでも大谷さんに美味しく頂いて欲しいので」
なんやかんやあったが神子の用意した夕餉をしっかりと食べ進める大谷へニコニコと嬉しげに笑いながら真っ白の手拭いを差し出してくる。
それを素直に受け取り顔を主に口周りの包帯に気を付けて拭う。
思い付きとやる気の余り逆に力が入り過ぎてしまった天ぷらだったが可能な限り大谷も消費してくれていた。
責任感から集中的に食べていた神子だったが言葉は無くとも気遣ってくれている大谷へ感謝が溢れる余り笑みが止まらない。
(なんだかんだ言って大谷さんは優しいな…後でレポートの息抜きにとっておきのお菓子を出そ、)
「神子さぁぁぁん!!!」
「………」
「!?こ、この声はもしや?」
南瓜の天ぷらを食べた後にそうめんを啜りながら夫の姿を視界に入れほくほくと幸せな気分にひたっていると屋敷中に声が響き渡る。
驚いて振り向く神子に対して大谷は沈黙し顔付きが険しくなっていた。
「行かんでよい」
「いやでも…あんな声を出す位なので凄く困ってるんじゃ…」
「いつもそうであろ」
「そうかも知れませんけど、こんな夜で来る程に何か遭ったとしたら一大事じゃないですか」
厳格な顔付き尚且つことさら低い声で話す大谷へ軽く冷や汗をかきそうになりながら神子も相変わらずなお人好しな発言や予測を並べ結局は食卓から立ち上がって玄関へと向かってしまった。
一人取り残された大谷は断固拒否のつもりでその場に座り込んでいたが結局は神子の後を追う様に重い腰を上げた。
「こんばんは。やっぱり金吾くんか〜」
「神子さぁん!よかったぁぁ!!」
「い、一体どうしたの?まずは落ち着いて…」
「うぅぅ…ぐす…」
声から既に相手が予想出来ていてそれは的中した。
まだ三和土で靴も脱がずに両手と膝を着いて泣きながら鼻をすすっている一人の幼なげな青年。
神子が姿を現すと安堵からかまた再び泣き声も混え始めるので苦笑いしつつも落ち着かせようと声をかける。
「今日も天海様から修行を言い渡されて…」
「うん」
「だから僕頑張って続けたんだけど気が付いたら夜になってて、天海様も迎えに来るって言ってたのに全然来てくれなくて」
「連絡は取れなかったの?」
「かけてもずっと留守番電話になっちゃうんだよぉー!!」
必死に説明を繰り返す相手に神子は嫌な顔一つせず相槌を打ってやり時たま疑問を問い掛けてひとまず落ち着かせ様とした。
この青年、名は小早川秀秋と言い神子ではないが大谷の知り合いらしく(それを口にすると当人がそれはそれは嫌そうな顔をする)ひょんな事から稀にこうして夫婦宅に訪問と言うより泣き付きに来るのだ。
金吾と呼ぶ理由は良く分からないのだが聞いても教えて貰えないものの親しみ易さや夫が口にするで神子も気が付けばそう呼ぶ様になっていた。
大谷はそれに苦言を申してきたのだが時は既に遅く癖となり妻は呼称を変えなくなってしまったので己がありながら痛恨の不首尾と溢しそれを聞いた石田三成が激怒したのも記憶に新しい。
「………金吾。何用で今、この時に来た」
「ひぃぃ刑部さん!!ごめんなさい!!!」
「大谷さんやっと金吾くん落ち着いてきたのに逆戻りじゃないですか…」
「知らぬわ」
何度か声を掛け話を聞いてやっている内に気が静まってきたのか泣き止んでどれだけ大変な思いをしたのか語り続ける小早川へ頷いていると背後から大谷が現れた。
ゆらりと妻には気付かれない範囲で殺気を放ちながら姿を見せた夫は見るからに不機嫌で険しさを超えたもはや鬼に近く後日、神子がそれを話したら「長曾我部ではあるまいに」と返された。
彼とは顔馴染みで強面顔にガタイのいい体型故に鬼と例えられしまうのも無理ないが野郎共と呼ぶ取り巻きにも慕われ豪快で面倒見のよい兄貴分体質だと思っている神子は首を傾げた。
見慣れた反応だが大谷は「ぬしは人を見る目が甘過ぎる」と言及せずにはいられなかった。
話を戻し幽鬼の如く現れた己へ怯え神子の影で隠れる様に膝で縋り付く小早川に思わず青筋が立つも包帯で隠され二人には気付かれない。
「とりあえず天海さんって人に連絡を取ればなんとかなるんじゃないかな」
「で、でもさっきから電話をかけても全然出てくれなくて…」
「我と神子の元で油を売っている暇があらばさっさと帰参せよ」
「まあまあ大谷さん金吾くんも心細くて不安なんですよ」
屋敷の入り口で繰り広げられるやり取りはそう簡単に終わらず楽観的に考える神子へ大谷は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ続けていた。
「あっそうだ金吾くん、修行帰りなんだっけ?お腹空いてる?」
「お腹!?うん、修行も終わってあちこち迷子で動き回ってたからすっごくぺこぺこなんだ…」
「そっか、じゃあ…大谷さんまだ食べたい天ぷらがありましたら『やらぬぞ』まだ言ってないですよ!」
相手が相手な所為で穏便な解決策を出してくれない夫に対して神子はどうにか小早川を元気付け様と考えれば彼の好きな事を思い出す。
念の為に確認してみればやはり的中したので振り返りながら背後の大谷へ尋ねるも話し切る前に即答された。
「
「そんな子供じゃないんですから…天ぷらならまた片倉さんから買った時にでも作りますよ」
「その様な問題ではない」
ジトッとした目でこちらを見下ろしてくる大谷をどうにか説得しようと話を続けるも全く取り合ってくれなかった。
どうしてここまでな態度になるのか額を押さえて溜め息を溢しそうだが事態は進展しない為、神子は夫の反対を押し切って居間へと向かった。
「金吾………」
「ひぃっ!ごめんなさい刑部さん!!」
取り残された二人(特に小早川)は重い空気の中で沈黙していたが不意に大谷が圧をかけた声で呼ぶ。
それに怯え悲鳴に近い声を上げる小早川が頭を抱えて守る様に丸くなる。
近くに鍋があればそれを被って身を隠しそうな勢いだ。
「まさか今この時に過怠を起こすのではあるまいな」
「そんなつもりはないですごめんなさいっ!!」
「大人気ないですよ大谷さん」
「神子さんっ!!」
ただでさえ姿を現してから一度も途切らせない殺気を向けながら問いてくる大谷に小早川は戦々恐々としたままだった。
そこへ幾つかの天ぷらを盛り付けた皿をお盆に乗せて戻って来た神子が咎める様に発言した。
言葉ではなく目で語り掛けてくる夫を置いといて小早川の元へ着くなり持参したそれを差し出した。
「はい、ちょっと作ってから時間が経っちゃってて揚げたてじゃないけれど良かったら食べて」
「わぁぁ美味しそうな夏野菜の天ぷら!神子さんありがとう!!いただきまーす!!!」
食卓に並べていた天ぷらの中で比較的、多めに残っていた種類のものを幾つか摘まみ分ける事にしたらしい。
「まぐまぐまぐ…これ、もしかして小十郎さんが作った野菜!?」
「うん、そうだよ。良く片倉さんがご好意で分けてくれてるの」
「だからこんな美味しいんだぁ!材料も良くて神子さんが作ればもっともっと美味しくなるんだね!」
「ありがとう金吾くん」
先程まで重苦しかった空気は一変して賑やかになっており天ぷらを夢中で頬張る小早川と楽しげな笑顔を浮かべる神子、の二人とは違って気難しい顔色の大谷と色んなものが混じり合った不思議な空間を生み出している。
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