夏姿
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「ふぅ、暑いなぁ…大谷さんの言う通り、日傘持ってきて良かった」
カンカンと照りつける日差しの中、神子は日傘によって作られた陰に逃れながら、歩みを進めていた。
夏の茶菓子を調べてみると、数が少なかった為に、補充しようと買いに出たのだ。
もしもの為に三成を呼び屋敷で留守番する、大谷の体調管理を任せてから。
大丈夫だろうと確信した神子は麦わら帽子を被って屋敷から出ようとしたが、玄関まで見送りに来た大谷に呼び止められた。
不思議な顔をする神子に大谷は折り畳み式の、日傘を差し出してきたのだ。
何でも大谷曰く、今日は夏一番の暑さらしく日焼けなどの対策として用意していた、との事。
それ程に本日の天気は凄いのかと驚くも、大谷の気遣いに感謝して神子は出掛けた。
「さてと…もう直ぐかな」
クルクルと、大谷が用意してくれた日傘を回し、模様―海をイメージした水色―を変化させていると神子はお目当ての店に着いた
「いらっしゃ…おっなんだ神子ちゃん」
「こんにちは、猿飛くん」
「また買いに来てくれたの」
「うん!夏に出す予定のお菓子が、切れちゃってて」
店の入り口に掲げていた暖簾を潜り、中に入ると店番をしていた者が神子の来客に気づいて声をあげた。
「なんなら新発売前の夏限定菓子、神子ちゃんにだけ特別サービスしちゃおっかな~」
「え?新発売の?でも、私だけじゃなんか悪いよ」
「良いの良いのー!神子ちゃんは常連さんだし、いつもお喋りを楽しませて貰ってるからさ」
大谷や来客達の為にと毎度毎度、茶菓子を買いに来る神子はこの店「武田道場」(暖簾の上に看板でデカデカと自己主張している)の店員、猿飛佐助とは顔見知り以上になっていた。
最初は只のお客として、来店していたのだが段々と世間話をする内にかなり仲良くなっていた。
今じゃおまけをしてくれたり、先程のように特別サービスをしてくれたりと佐助には色々と世話になりつつある。
「じゃあ、ありがたくそのお菓子を貰おうかな」
「毎度あり~!あ、どんな菓子か見たくない?」
「見せてくれるの!?」
「神子ちゃんだけにだけど、ね」
「この三種類なんだけど、どう?」
「わぁ…これ確か、錦玉羮(きんぎょくかん)だよね?」
「そっ!甘さを楽しむのが菓子って物だけど、見た目も楽しめたらどうかなって」
カウンターに皿を出し、佐助は三つの茶菓子を乗せて神子に見せる。
食べる事が目的の茶菓子だが、この三つはそれだけを楽しむのではなく、眺めているだけでも退屈しないで済みそうだ。
錦玉羮…寒天を煮溶かし砂糖や水飴を加えて煮詰め、型に流して固めれば出来る菓子である。
余りの透明さに、神子が初めて錦玉羮を見た時はしばらく食べられないでいた。
その錦玉羮で作られた三つの茶菓子を、見事の一言で表すには充分だった。
「これは見るからに金魚って分かるだろう?んで、これは天の川をイメージしてみたんだけど」
「凄い!可愛くて、綺麗で…食べるのが勿体ないくらいだよ!!」
「どうも、神子ちゃん。そんで最後の一つなんだけどさ」
「あ…これって、星形の…?」
透き通った金魚形と、透明な中身に川を流す四角形の錦玉羮を紹介され喜んでいた神子だが、最後の代物を見て思わず釘付けとなる。
二つ前の錦玉羮と違い透明ではないのだが、純白な星形へ
「………」
「神子ちゃん?どーしたの?」
星形の錦玉羮を目の当たりにした瞬間、神子はそれを見つめて沈黙していた。
佐助が不思議そうに小さく口を開けて首を傾け、神子を呼ぶ。
「…あ、ごめんついボーッとしちゃってた」
「ホントに大丈夫なのー?最近は暑いから体調管理、気をつけないとね」
「そうだね!じゃあこの星形を多めで、他の金魚と天の川のヤツもお願いします」
「合点!!」
心配顔になる佐助へ直ぐに笑顔を向けると神子は本格的な菓子の注文をする。
一言で返された返事だが、佐助は何かとやる気満々の様子。
「包装が終わるまでちょっとかかるから、適当に座ってて良いよ」
「ありがとう猿飛くん」
ごそごそとカウンター内で作業を始めた佐助に促され、神子は店内の椅子に座る。
「おぉっ!?神子殿ではないか!!」
「その声は真田くん?」
熱気を含むその声に、神子は相手の名前を口にしながら笑いかける。
「またお館様の道場に参られたのでござるかっ!?」
「あー…うん、お菓子を買いにだけどね」
「旦那、そんな言い方じゃ神子ちゃんが手合わせに来たみたいに聞こえちゃうでしょー。ほいっと、神子ちゃんお待たせ」
「ありがとう」
神子の来訪でキラキラと目を輝かせるこの武田道場店員、真田幸村に菓子の包装を終えた佐助が一言。
幸村も佐助と同じく、常連の神子と顔見知りなのだ。
「おお神子ではないか、良くぞ参った」
「御元気そうでなによりです、武田さん」
続いて暖簾をくぐり、店内に現れたのは店長の武田信玄。
朗らかに声をかけてくれた信玄に、神子は笑って返す。
信玄の背丈は常人よりも高く、常に見下ろされる事になる。
しかし神子は怖じ気づかずにいた。
見かけによらず、信玄は面倒見の良い大らかな人物で先程の幸村とは熱い師弟関係を築いているのだ。
「お館様ぁああ!!!」
「幸村ぁああ!!!」
「うぉ館様ぁああ!!!」
「幸村ぁああ!!!」
「相変わらずなのね…」
「まぁね…これでこそ、旦那と大将って感じだけどさ」
お互いの名前を力強く、熱く呼びながら殴り合いを始めた幸村と信玄。
それを困り顔ながら微笑ましく笑う神子に、佐助が諦めた様子で溜め息と共に返した
「あっ…片倉さん?」
「ん?………神子か」
綺麗に包装された菓子を大事に抱えて、神子は店を出た。
佐助、幸村、信玄の三人に見送られ神子は最後に手を振って立ち去った。
はち切れんとばかりに手を振り返し続ける幸村に、神子は再び折り畳み傘をさして気分を和ませながら帰路に着いた。
ちょうど屋敷の玄関前に差し掛かると、知り合いの片倉小十郎に出会う。
小十郎は神子に呼ばれるまで、考え事をしていたのか気がつかなかった様子。
「何か御用でも有りましたか?」
「ああ、お前宛に野菜と果物を持って来たんだが」
「えっ!?野菜だけじゃなくて果物まで…すみませんこんな暑い中重かったでしょうに。つい買い出しへ出てしまいまして」
「気にするな俺は大丈夫だ。それに旦那が出て来やがったから問題はねぇ」
わざわざ自家製の野菜と果物を持って来てくれた小十郎の気遣いに、神子は感謝と申し訳なさが湧いてくる。
「いつもいつも、ありがとうございます!鴨ちゃん達は元気ですか?」
「良く働いて元気処じゃ片付けられねぇくらいにな」
自らが作る野菜等を害虫から守る為、小十郎は数匹の鴨を飼っていた。
栽培物には手を出さず、虫だけを食べる家畜鳥として。
鴨達を探し出し飼える為に手筈を整えたのが神子で、小十郎はその礼に野菜や果物を分けてくれるようになったのだ。
「そうですか!元気そうで良かった…!」
「………」
ニッコリと笑みを絶やさず話す神子を、小十郎がじっと見つめていた。
「どうかしました?片倉さん?」
「!いっ…いや、何でもねぇ。それじゃあな」
「はい、今度は鴨ちゃん達の様子を見に行きたいので…お邪魔してもよろしいですか?」
「構わねぇよ。好きな時に来な、政宗様も喜ぶだろうし」
少しばかり控えめに神子が尋ねれば小十郎はコクリと頷いた。
それを皮切りに、小十郎は去って行った。
「………」(片倉さん、どこか寂しそうな顔をしてたけど…どうしたんだろう)
自分をじっと見つめてきた時の小十郎を思い出し、神子は顎に手を付けて考えに耽っていた。
だが屋敷で帰りを待つ大谷の事で我に返り、急いで玄関に飛び込む
「只今、帰りました大谷さん!」
「道草でも食っておったのか」
「いえちょっと、玄関前で片倉さんに会ったので少しお喋りを」
「まァ熱に倒れてなければ良い」
玄関の扉を開き屋敷に入れば、ダンボールを片付け途中の大谷が居た。
「後は私が片づけますから、大谷さんは休んでて下さい」
「日が登ってから嫌と言う程、休んでおるが?」
「でも荷物が空って事は…全部、大谷さん冷蔵庫に仕舞って下さったんですよね?三成君は帰ってるみたいですし」
「我が帰らせたのよ。無駄に暑くなる前に故」
神子が屋敷を出る前に三成を呼んだのだが、途中で大谷が帰宅させたらしい。
「何か食べたい物でも、入ってましたか?」
「玉のように丸い瓜ならば」
「玉…?瓜…?」
結局、ダンボールは大谷が全て片づけて軽く不満気味な神子は折角なので届けられた野菜か果物を食べさせようと思った。
先にどんな野菜や果物が入っていたのか目にしただろう、大谷の意見を聞いてから。
だが大谷が何を所望しているか、その言葉だけでは直ぐに分からなかった。
二言しかない言葉だけで、どうにか予想を的中させようとする神子。
首を傾けられるだけ傾ける神子に、大谷は可笑しそうに笑っている。
「丸くて瓜………西瓜(すいか)ですか?」
「ヒヒッ当たりよ、アタリ。しかし随分と考え込みよった」
「あれだけのヒントじゃ分かりにくいですって」
ようやくピンときた神子が呟けば、大谷は声に出して笑い出す。
「じゃあ夕食の後にでも出しましょう。塩は要りますか?大谷さん」
「ぬしの好きにしやれ」
―――夕食後。
「お待たせしました大谷さん。食べやすいように、小さく切って分けました」
「左様か」
先に食事を済ました食器を片付けて、神子が一口サイズに切り分けた西瓜をお盆上の皿に乗せて運んで来た。
「甘いですね…やっぱり無農薬の物は美味しい!」
「ぬしはコレで良かったのか?」
「大丈夫ですよ充分、美味しいですし満足です。他の奴なら、また違う時にでも食べれば良いですから」
縁側で隣同士に座りながら、大谷は両手で西瓜を持ち甘さを味わう神子に、顔を向けて聞く。
見るからに満足そうな笑みを浮かべて答える神子に、大谷は納得して己も西瓜を口にする。
「あっ、大谷さん」
「如何した神子よ」
「西瓜の種…顔に付いてますよ」
「何?」
不意に神子が楽しげな声で名前を呼ぶので、反応してやれば種が付いていると指摘された。
鏡が有れば直ぐに取れるのだが、今この場に有る訳ないので手探りをするしかない。
珍しく悪戦苦闘している大谷を見て、神子は声は出さないで笑う。
「ぬしにもこの不幸の種を付けてやろうか」
「はいはい、取りますよ。じっとしてて下さいね」
笑われた事はいち早く分かるのか、拗ねたような声と様子で大谷に言われた神子。
動かないで貰いたいが故に、神子は大谷の肩を軽く手で押さえて種を取り去る。
「意外と西瓜の種ってくっつき易いんですよね…あ、私も」
「やれ我に見せてみよ」
(なんか反応が早い気が。まぁ良いかな)「お願いします」
大谷の顔から取った種を皿に捨て、西瓜を頬張れば神子も付けてしまった。
肌に感じる感覚で取ろうとするが、大谷が取ると引き受けてくれたので疑念を抱きつつ任せてみた。
「じっとしていよ」
「分かってまっ…!?」
がっしりと肩を掴まれるも、神子は黙ってされるがままにしていた。
どうせ自分がしたように、手で種を取り払うと思っていた。
大谷の事だから、デコピンまがいで痛みを付属してくるのかと思いきや―――
「何をそう紅くなっておる」
「だっ…だって大谷さ、」
「我とぬしの仲であれば然も大した事ではなかろ…ヒヒヒッ」
神子の顔から種を取り払ったのは、大谷の舌であった。
肌に感じた生暖かい物は、舌で間違いなかった。
舌で取られた西瓜の種は一度ばかり大谷の口の中に含まれると、勢い良く庭へと吹き出された。
神子は頬が更に暑く感じて、それ処ではなかった
,
カンカンと照りつける日差しの中、神子は日傘によって作られた陰に逃れながら、歩みを進めていた。
夏の茶菓子を調べてみると、数が少なかった為に、補充しようと買いに出たのだ。
もしもの為に三成を呼び屋敷で留守番する、大谷の体調管理を任せてから。
大丈夫だろうと確信した神子は麦わら帽子を被って屋敷から出ようとしたが、玄関まで見送りに来た大谷に呼び止められた。
不思議な顔をする神子に大谷は折り畳み式の、日傘を差し出してきたのだ。
何でも大谷曰く、今日は夏一番の暑さらしく日焼けなどの対策として用意していた、との事。
それ程に本日の天気は凄いのかと驚くも、大谷の気遣いに感謝して神子は出掛けた。
「さてと…もう直ぐかな」
クルクルと、大谷が用意してくれた日傘を回し、模様―海をイメージした水色―を変化させていると神子はお目当ての店に着いた
「いらっしゃ…おっなんだ神子ちゃん」
「こんにちは、猿飛くん」
「また買いに来てくれたの」
「うん!夏に出す予定のお菓子が、切れちゃってて」
店の入り口に掲げていた暖簾を潜り、中に入ると店番をしていた者が神子の来客に気づいて声をあげた。
「なんなら新発売前の夏限定菓子、神子ちゃんにだけ特別サービスしちゃおっかな~」
「え?新発売の?でも、私だけじゃなんか悪いよ」
「良いの良いのー!神子ちゃんは常連さんだし、いつもお喋りを楽しませて貰ってるからさ」
大谷や来客達の為にと毎度毎度、茶菓子を買いに来る神子はこの店「武田道場」(暖簾の上に看板でデカデカと自己主張している)の店員、猿飛佐助とは顔見知り以上になっていた。
最初は只のお客として、来店していたのだが段々と世間話をする内にかなり仲良くなっていた。
今じゃおまけをしてくれたり、先程のように特別サービスをしてくれたりと佐助には色々と世話になりつつある。
「じゃあ、ありがたくそのお菓子を貰おうかな」
「毎度あり~!あ、どんな菓子か見たくない?」
「見せてくれるの!?」
「神子ちゃんだけにだけど、ね」
「この三種類なんだけど、どう?」
「わぁ…これ確か、錦玉羮(きんぎょくかん)だよね?」
「そっ!甘さを楽しむのが菓子って物だけど、見た目も楽しめたらどうかなって」
カウンターに皿を出し、佐助は三つの茶菓子を乗せて神子に見せる。
食べる事が目的の茶菓子だが、この三つはそれだけを楽しむのではなく、眺めているだけでも退屈しないで済みそうだ。
錦玉羮…寒天を煮溶かし砂糖や水飴を加えて煮詰め、型に流して固めれば出来る菓子である。
余りの透明さに、神子が初めて錦玉羮を見た時はしばらく食べられないでいた。
その錦玉羮で作られた三つの茶菓子を、見事の一言で表すには充分だった。
「これは見るからに金魚って分かるだろう?んで、これは天の川をイメージしてみたんだけど」
「凄い!可愛くて、綺麗で…食べるのが勿体ないくらいだよ!!」
「どうも、神子ちゃん。そんで最後の一つなんだけどさ」
「あ…これって、星形の…?」
透き通った金魚形と、透明な中身に川を流す四角形の錦玉羮を紹介され喜んでいた神子だが、最後の代物を見て思わず釘付けとなる。
二つ前の錦玉羮と違い透明ではないのだが、純白な星形へ
「………」
「神子ちゃん?どーしたの?」
星形の錦玉羮を目の当たりにした瞬間、神子はそれを見つめて沈黙していた。
佐助が不思議そうに小さく口を開けて首を傾け、神子を呼ぶ。
「…あ、ごめんついボーッとしちゃってた」
「ホントに大丈夫なのー?最近は暑いから体調管理、気をつけないとね」
「そうだね!じゃあこの星形を多めで、他の金魚と天の川のヤツもお願いします」
「合点!!」
心配顔になる佐助へ直ぐに笑顔を向けると神子は本格的な菓子の注文をする。
一言で返された返事だが、佐助は何かとやる気満々の様子。
「包装が終わるまでちょっとかかるから、適当に座ってて良いよ」
「ありがとう猿飛くん」
ごそごそとカウンター内で作業を始めた佐助に促され、神子は店内の椅子に座る。
「おぉっ!?神子殿ではないか!!」
「その声は真田くん?」
熱気を含むその声に、神子は相手の名前を口にしながら笑いかける。
「またお館様の道場に参られたのでござるかっ!?」
「あー…うん、お菓子を買いにだけどね」
「旦那、そんな言い方じゃ神子ちゃんが手合わせに来たみたいに聞こえちゃうでしょー。ほいっと、神子ちゃんお待たせ」
「ありがとう」
神子の来訪でキラキラと目を輝かせるこの武田道場店員、真田幸村に菓子の包装を終えた佐助が一言。
幸村も佐助と同じく、常連の神子と顔見知りなのだ。
「おお神子ではないか、良くぞ参った」
「御元気そうでなによりです、武田さん」
続いて暖簾をくぐり、店内に現れたのは店長の武田信玄。
朗らかに声をかけてくれた信玄に、神子は笑って返す。
信玄の背丈は常人よりも高く、常に見下ろされる事になる。
しかし神子は怖じ気づかずにいた。
見かけによらず、信玄は面倒見の良い大らかな人物で先程の幸村とは熱い師弟関係を築いているのだ。
「お館様ぁああ!!!」
「幸村ぁああ!!!」
「うぉ館様ぁああ!!!」
「幸村ぁああ!!!」
「相変わらずなのね…」
「まぁね…これでこそ、旦那と大将って感じだけどさ」
お互いの名前を力強く、熱く呼びながら殴り合いを始めた幸村と信玄。
それを困り顔ながら微笑ましく笑う神子に、佐助が諦めた様子で溜め息と共に返した
「あっ…片倉さん?」
「ん?………神子か」
綺麗に包装された菓子を大事に抱えて、神子は店を出た。
佐助、幸村、信玄の三人に見送られ神子は最後に手を振って立ち去った。
はち切れんとばかりに手を振り返し続ける幸村に、神子は再び折り畳み傘をさして気分を和ませながら帰路に着いた。
ちょうど屋敷の玄関前に差し掛かると、知り合いの片倉小十郎に出会う。
小十郎は神子に呼ばれるまで、考え事をしていたのか気がつかなかった様子。
「何か御用でも有りましたか?」
「ああ、お前宛に野菜と果物を持って来たんだが」
「えっ!?野菜だけじゃなくて果物まで…すみませんこんな暑い中重かったでしょうに。つい買い出しへ出てしまいまして」
「気にするな俺は大丈夫だ。それに旦那が出て来やがったから問題はねぇ」
わざわざ自家製の野菜と果物を持って来てくれた小十郎の気遣いに、神子は感謝と申し訳なさが湧いてくる。
「いつもいつも、ありがとうございます!鴨ちゃん達は元気ですか?」
「良く働いて元気処じゃ片付けられねぇくらいにな」
自らが作る野菜等を害虫から守る為、小十郎は数匹の鴨を飼っていた。
栽培物には手を出さず、虫だけを食べる家畜鳥として。
鴨達を探し出し飼える為に手筈を整えたのが神子で、小十郎はその礼に野菜や果物を分けてくれるようになったのだ。
「そうですか!元気そうで良かった…!」
「………」
ニッコリと笑みを絶やさず話す神子を、小十郎がじっと見つめていた。
「どうかしました?片倉さん?」
「!いっ…いや、何でもねぇ。それじゃあな」
「はい、今度は鴨ちゃん達の様子を見に行きたいので…お邪魔してもよろしいですか?」
「構わねぇよ。好きな時に来な、政宗様も喜ぶだろうし」
少しばかり控えめに神子が尋ねれば小十郎はコクリと頷いた。
それを皮切りに、小十郎は去って行った。
「………」(片倉さん、どこか寂しそうな顔をしてたけど…どうしたんだろう)
自分をじっと見つめてきた時の小十郎を思い出し、神子は顎に手を付けて考えに耽っていた。
だが屋敷で帰りを待つ大谷の事で我に返り、急いで玄関に飛び込む
「只今、帰りました大谷さん!」
「道草でも食っておったのか」
「いえちょっと、玄関前で片倉さんに会ったので少しお喋りを」
「まァ熱に倒れてなければ良い」
玄関の扉を開き屋敷に入れば、ダンボールを片付け途中の大谷が居た。
「後は私が片づけますから、大谷さんは休んでて下さい」
「日が登ってから嫌と言う程、休んでおるが?」
「でも荷物が空って事は…全部、大谷さん冷蔵庫に仕舞って下さったんですよね?三成君は帰ってるみたいですし」
「我が帰らせたのよ。無駄に暑くなる前に故」
神子が屋敷を出る前に三成を呼んだのだが、途中で大谷が帰宅させたらしい。
「何か食べたい物でも、入ってましたか?」
「玉のように丸い瓜ならば」
「玉…?瓜…?」
結局、ダンボールは大谷が全て片づけて軽く不満気味な神子は折角なので届けられた野菜か果物を食べさせようと思った。
先にどんな野菜や果物が入っていたのか目にしただろう、大谷の意見を聞いてから。
だが大谷が何を所望しているか、その言葉だけでは直ぐに分からなかった。
二言しかない言葉だけで、どうにか予想を的中させようとする神子。
首を傾けられるだけ傾ける神子に、大谷は可笑しそうに笑っている。
「丸くて瓜………西瓜(すいか)ですか?」
「ヒヒッ当たりよ、アタリ。しかし随分と考え込みよった」
「あれだけのヒントじゃ分かりにくいですって」
ようやくピンときた神子が呟けば、大谷は声に出して笑い出す。
「じゃあ夕食の後にでも出しましょう。塩は要りますか?大谷さん」
「ぬしの好きにしやれ」
―――夕食後。
「お待たせしました大谷さん。食べやすいように、小さく切って分けました」
「左様か」
先に食事を済ました食器を片付けて、神子が一口サイズに切り分けた西瓜をお盆上の皿に乗せて運んで来た。
「甘いですね…やっぱり無農薬の物は美味しい!」
「ぬしはコレで良かったのか?」
「大丈夫ですよ充分、美味しいですし満足です。他の奴なら、また違う時にでも食べれば良いですから」
縁側で隣同士に座りながら、大谷は両手で西瓜を持ち甘さを味わう神子に、顔を向けて聞く。
見るからに満足そうな笑みを浮かべて答える神子に、大谷は納得して己も西瓜を口にする。
「あっ、大谷さん」
「如何した神子よ」
「西瓜の種…顔に付いてますよ」
「何?」
不意に神子が楽しげな声で名前を呼ぶので、反応してやれば種が付いていると指摘された。
鏡が有れば直ぐに取れるのだが、今この場に有る訳ないので手探りをするしかない。
珍しく悪戦苦闘している大谷を見て、神子は声は出さないで笑う。
「ぬしにもこの不幸の種を付けてやろうか」
「はいはい、取りますよ。じっとしてて下さいね」
笑われた事はいち早く分かるのか、拗ねたような声と様子で大谷に言われた神子。
動かないで貰いたいが故に、神子は大谷の肩を軽く手で押さえて種を取り去る。
「意外と西瓜の種ってくっつき易いんですよね…あ、私も」
「やれ我に見せてみよ」
(なんか反応が早い気が。まぁ良いかな)「お願いします」
大谷の顔から取った種を皿に捨て、西瓜を頬張れば神子も付けてしまった。
肌に感じる感覚で取ろうとするが、大谷が取ると引き受けてくれたので疑念を抱きつつ任せてみた。
「じっとしていよ」
「分かってまっ…!?」
がっしりと肩を掴まれるも、神子は黙ってされるがままにしていた。
どうせ自分がしたように、手で種を取り払うと思っていた。
大谷の事だから、デコピンまがいで痛みを付属してくるのかと思いきや―――
「何をそう紅くなっておる」
「だっ…だって大谷さ、」
「我とぬしの仲であれば然も大した事ではなかろ…ヒヒヒッ」
神子の顔から種を取り払ったのは、大谷の舌であった。
肌に感じた生暖かい物は、舌で間違いなかった。
舌で取られた西瓜の種は一度ばかり大谷の口の中に含まれると、勢い良く庭へと吹き出された。
神子は頬が更に暑く感じて、それ処ではなかった
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