春の湊
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「それじゃ、ワシが先に入って説明する。神子はその後に来てくれ」
「了解」
ガラガラと扉を開いて家康が教室の中へ入る。
『皆!聞いてくれ。今、講演会の講師が来てくれた。騒がしくして困らせない様に、静かに講演を受けてくれよ』
(講師…って、家康くんはもう)
中で生徒全員に静かになるよう、家康が発言すると一気に静けさが訪れた。
家康の教室での発言力はかなりなものらしい。
「では…神子、いや大谷神子殿。よろしく頼む」
不意に家康から名前を呼ばれて我に返ると、神子は早足で教室に入る。
「どうも、初めまして。大谷神子と申します。今回は野鳥の生態、種類などを皆さんに学んで頂こうと、講演会を開かせて貰いました」
教卓の前に立って自己紹介をし講演会の内容を先に説明する。
一点に集中する生徒達の目線が神子を緊張させる。
しかしここで緊張してしまっては講演会を開いた意味もない。
「皆さんの身近な場所に居る野鳥ですが…一匹一匹、特徴や性格などが違います。それではまず雀から学んでいきましょう」
テキパキと無駄のない動きで、神子は資料とスクリーンの為の道具を準備してゆく。
「結構サマになってんな」
「そうだな。流石は神子だ」
「Ha!相変わらずBeautyな顔をしてんじゃねぇか」
「全く…独眼竜はいつも通りだ」
「ホントになぁ…ここまでくると呆れるぜ」
教室の後部あたりに座る元親と家康、そして同級生の伊達政宗。
神子の完璧な講演を聞いて感心している元親と家康だが、神子しか眼中にない伊達に困り果てていた。
ちなみに三人が後部あたりに座っているのは、前方にいると神子を変に緊張させてしまうと思った家康が提案したからだ。
故に家康は左右を提案に賛同した元親と伊達に囲まれて、講演会を聞く事となった。
「…で、雀は古くから人と関わってきました。私達の身近にいる鳥達は、常に昔から人と生きていたのです」
こんな調子で約十分、休みを挟んで家康達のクラスでの講演会が終わった。
「ふぅ、緊張した…」
「神子!良かったぜ」
「やはり神子の話は為になるなぁ」
「よぉ神子、久々に会ったのが此処になるとはな…」
「元親くん!家康くん!政宗くん!」
講演会を無事に終えて一息を吐いた神子に、三人が駆け寄る。
「余り緊張し過ぎて上手く出来なかったかも知れないけど…」
「そんな事はない。立派だったさ神子」
「そうだ!誇っても良いんだぜ?」
「元親くんったら…大袈裟だよ」
「あんたの話なら疑念なんざ、抱く必要もねぇな」
「そう?ありがとう!」
三人と話す神子は笑顔で、それを見ているクラスの者達は釘付けになっていた。
「さて、と…神子。次の教室は何処だが分かるか?」
「うん。確か5-B組みたい」
家康の問いかけに神子は手にした紙を目に通して、それに答えた。
氏政から渡された、本日の予定表が書かれた紙である。
「移動すんだろう?案内ついでに着いていってやるよ。またあいつら、荒くれもんに絡まれちゃあ…面倒だからな」
「そう言えば神子…元親から聞いたが、あいつらに絡まれたらしいな?」
「そうなの…ちょっと怖かった」
「絡まれた、だと?俺の神子に手をだすたぁ…余程のChallengerみてぇだな」
「お前の神子でもないがな」
神子が大学に訪れた際、絡んで(むしろナンパ?)きた男子学生の話を聞いて、思わず声に力が入る伊達。
そんな伊達に元親が突っ込む。
「何にせよ、ワシらが着いて行った方が良いな」
「だな。俺も行くぜ!」
「俺もな!あの荒くれもんから守ってやる」
「独眼竜が居る方が危ない気がするが…気のせいか」
「俺もそう思うぜ、家康…」
結局は、家康と元親そして伊達に付き添われて、神子は次の教室へと向かった
神子を無事に送り届けた三人は、元の教室に帰って来た。
「さて次はいつもと同じ時間割だしな…元の席に戻るか」
「だな。しかし次はどうせ自習だろ?特に気にする事はねぇだろ」
「自習は自習で俺は暇だ…」
神子が行った講演会では自由に席へ着けたが、次から普段の授業になる為、決められた席に座らなければならない。
故に家康が一番前の席に座り、その真後ろに元親が座ってさらに真後ろに伊達が座った。
「そう言えば石田の奴、遅刻か?」
「確かに三成がいないな…」
「寝坊だろ。Morningに弱そうな奴だからな」
「いや、三成に限ってそれはないと思うが」
不意に元親が背後から家康の隣を見ながら言った。
言われてみると、家康の隣は空席だ。
家康の隣には三成の席になっているが、その本人がいない。
三成は至って(むしろそれ以上)真面目であり、余程の事がなければ休んだり、遅刻したりしない筈だ。
その事を特に気にしてもいない元親と伊達は話で盛り上がっているが、家康は可笑しいなと首を傾げていた。
教師が来るまで教室内は生徒達の会話で賑やかで、廊下を歩む音に気づかないでいた。
『ガラッ』
教室の扉が開かれた音がし、生徒全員が教師かと思って急いで振り向く。
しかし教師かと思えば…
「三成!やっと来たんだな!」
先程、会話の元になった三成であった。
三成が教室に歩み入ると、女子生徒の黄色い歓声が上がる。
「相変わらずのPopularityじゃねぇか、石田の野郎…」
「珍しいな石田が遅刻するなんてよ」
「おーい!三成~!!」
家康が声を張って三成に叫ぶが、返答は無し。
聞こえていないのかわざとなのか、三成は反応を示さない。
一番前の家康から三成が入って来た教室の入り口までさほど距離はない。
だからわざとなのかも知れない。
だが三成は教室に入ったにも関わらず、己の席へと歩もうとしない。
その場に立ったまま、廊下にいる誰かと話している様だった。
だから家康の声に反応しなかったのか。
「もしかして連れでも来たのか?」
「いや…何か嫌な予感がするぜ…」
呟く伊達と、顔をしかめ面にする元親。
やがて三成が僅かに歩んで、道を開けた。
『キィ…キィ…』
僅かに軋む音がして、あれ程に騒がしかった教室内はしんと静まった。
「おいおい…まさか、」
元親の予感は見事的中した。
…喜べる訳ないが
「何を静まっている。我が現れる事が、そんなに珍しいか」
「気にするな刑部。奴ら如き、貴様の訪問に怖じ気づいているだけだ」
「ほう?それもそれで悪くないなヒヒッ…」
車椅子を己で動かしながら現れたのは、大谷であった。
三成の言葉に大谷は楽しそうに笑う。
生徒達は皆、心中同じであろう。
何故、自宅療養の為に休職中の大谷がこの大学に来たのかと。
「今日はすこぶる体調が良いのでな。久々に来てやった」
「それだからと言って、無理はするな刑部。私が許さない」
「あいわかった、付き添いはもうよい。ぬしは戻れ」
再び車椅子を軋ませながら教卓の前に着いた大谷はまだ傍に立つ三成を席に座らせようと諭した。
一瞬、不機嫌そうな顔をしたが大谷に逆らいたくはないのか渋々と席へ歩む三成。
「おはよう三成!刑部は元気になってきたんだな」
「うるさい!黙っていろ家康。刑部が講和出来ぬだろう!!」
席に着けば隣の家康に挨拶をされて、三成は絶叫に近い声量で返す。
実の所、家康と三成は犬猿の仲であり(三成から見て)口を交わせばすぐ喧嘩に発展してしまう。
それを知る元親と伊達は呆れた顔で見つめ、大谷は特に気にしていなかった。
「我が消える際、課題を置いてやったが済ませてきたか?…長曾我部」
「!?」
大谷が病を煩いしばし大学を休んで療養する際、課題を出していた。
それを改めて確認する大谷は、元親の名前を上げて彼を見据える。
名前を呼ばれた張本人は固まっていた。
「元親…お前まさか、」
「あいつマジで課題を出してやがったのか!?」
心配そうに見る家康の言葉を耳にしながら、元親は冷や汗を流し始めた。
大谷が出した課題とは一枚のプリントで、参考書を見るかパソコン等で調べれば解ける問題であった。
元親は課題どころかプリントの存在がある事さえ忘れていた。
「成程…良く分かった。ぬしは後程、我の元へ来やれ」
こうして元親は大谷に呼び出しを喰らった。
当然の報いよ(byMより)
「…以上です。御静聴頂きありがとうございます!」
講演を終えて、神子が頭を下げると盛大な拍手が沸き上がった。
「神子殿!お疲れ様ですぢゃ!感動させて貰いましたわい…」
「あ、校長先生」
午前最後の講演会を聞いていた氏政は、感動の余り目を潤ませていた。
「いやぁ年をとると涙腺が緩くなって困ったもんぢゃ…さ、神子殿。次の講演まで時間がありますから、ゆっくり食事でもどうぞ」
「ありがとうございます」
午後の部の講演会まで間があるので、食事をする事に。
氏政の命で事務局員の風魔が応接室まで案内してくれた。
礼を言った神子は向かい合ってテーブルを挟んでいる椅子の一つに座ると持参した弁当を出して食べ始めた。
「ん?何かしら…お茶?」
「………」
食事をしていると風魔が茶の淹れられた湯飲みをテーブルに置いた。
「淹れてくれたの?ありがとう」
「………」
ニコッと笑って礼をまた言う神子に風魔はただ頷いただけであった。
それを特に気にしてもいない神子は小田原産のお茶を楽しみながら食事を進めた。
「どうしたの?」
「………」
弁当の半分を食べ終えて神子が風魔に問いた。
風魔は応接室の窓を見ていて身動き一つしない。
何だろうと神子もつられて窓を見てみると一匹の鳥が居た。
青く長い尾と青い翼、黒いベレー帽の様な頭。
「あれはオナガって鳥なのよ」
「………?」
得意気に鳥…オナガについて話す神子に風魔は驚きと疑問の表情をする。
「体がちょっと大きくて長く飛べないから、ああやって時々木にとまって休んだりするの」
そう説明するとちょっと待ってねと言って神子が荷物を漁る。
オナガに注いでいた視線を神子に向けて風魔は待つ。
「え~と…確かにさっきの講演で…あ、有った有った!」
お目当てのものを見付けて声を上げる。
「はい。前に野鳥観察で撮れたオナガの写真。沢山撮れたからあげるね」
テーブルに出されたのは様々な角度から撮られたオナガの写真、数枚だった。
風魔は興味津々に写真を取ってまじまじと見つめていた。
「これはヒヨドリでこっちはキジバト…あ、トビも」
次々と出てくる野鳥の写真に風魔は釘付けにされていた。
「………」
「鳥、好きなの?」
「………」
黒い鳥―ハシボソガラス―の写った写真を手にしながら神子が風魔に問いかける。
風魔は深く頷いてこの鳥は?と言わんばかりに写真を神子に見せる。
「それはシジュウカラ。スズメみたいで小さいんだよ」
とても楽しげに神子は風魔の質問に答えていった。
風魔も楽しそうで次々と写真を手にして答えを待っていた。
半分しか食事を済ましていない事も忘れて、また第三者(今度は氏政)が来るまでそれは続いた。
「すみません…つい盛り上がっちゃって」
「いえいえ!大丈夫ですぢゃ。風魔もあんなに楽しそうだったからのう。神子殿は随分と風魔に気に入られた様で」
「………」
謝る神子に対して氏政は朗らかに返し、風魔も頷いた。
「そうだ!携帯持ってる?良かったらメールアドレス、教えてくれない?風魔くんにまた色々と教えたりお喋りしたいな…て思ったんだけど」
「………!」
勿論と言ったのか目に止まらない速さで何か作業をしたと思ったら記号と番号が書かれた紙を差し出してきた。
「ありがとう!後でメール送るから」
「………」
後日、返ってきた風魔からのメールに驚く神子なのだった
「ぬしはソレを終いにするまで居残りだ」
「んな!?」
「我の課題をド忘れしよった罰よ、バツ」
一方、久しぶりに行われた大谷の精神学を受けた家康達は…
課題を空白所か無くした元親を大谷は教卓にまで来させ放課後までの居残りを宣言した。
ズバリ言えば課題を終わらせるまで帰るなと宣告されたも同然だ。
「ちくしょう…大谷の野郎…」
「仕方ないさ元親、刑部は課題には厳しいんだ」
「Forgetするあんたが悪いんだぜ?」
どんよりとした雰囲気を纏って元親は席に戻った。
家康の隣である席は既に空で三成は大谷の元へと移動していた。
「まぁそんな落ち込むなよ。覚えている限りだがワシが教えてやる」
「すまねぇ…」
「そう言やぁ…今日は神子が来てるんだろ?大谷も来てやがるって事は…」
優しく肩を叩いた家康に元親は心から感謝の意を示した。
そんな二人を他所に思い付いた様に伊達がポツリと呟いた。
「確かに考えてみれば大谷と神子が一緒に此所に居る事になる…」
「可笑しいな、来る時は一緒ではなかったのか?」
「もしかして喧嘩でもしたんじゃねぇのか?俺にとっちゃあ都合が良いけどな!!」
「…こいつはどうしようもねぇな家康」
「本当にな元親…」
一人テンションの上がる伊達を尻目に家康と元親は同時に溜め息を吐いた。
だが伊達の予想は当たっている為、否定は出来ない。
否定する者さえいないが。
大谷は伊達のテンションが上がる前に車椅子を三成に押して貰って次の教室へ向かっていた
「本日は誠に御世話になりました!!」
「そんな事はない。御世話になったのは、こちらの方ぢゃ!礼を言わせてくれ神子殿!!」
午後の講演会も成功に納めて、神子は最後に氏政へ挨拶に向かった。
「どうぢゃ?また小田原の茶でお喋りでも」
「すみません…夫が屋敷で待っておりますので…六時までには帰らないと…」
「そうか…ではまたの機会にしましょうぞ!」
「はい!御縁がありましたら、また訪問させて頂きます!!」
お互いに名残惜しく頭を深々下げて別れを告げた。
しかし神子が校長室のドアノブに手をかけた瞬間、思い出した様に氏政へ振り返った。
「校長先生!少しお聞きしたい事が」
「そう固く呼ばなくても大丈夫ですぞ!氏政と呼んで下され」
「氏政さん。ここの桜がとても綺麗なので…少し拝見したいのですが…」
「構いませんぞ!ゆっくり拝見なされ。風魔に付き添いを頼もうかのう」
「ああ大丈夫です。もう校内を色々と案内して貰ったので。風魔くんも事務局のお仕事で、忙しいでしょうし」
「そうですかな…?大丈夫なら良いのぢゃが…」
少し神子が心配なので風魔を案内役に付けようと思ったが無理強いはしたくなかった。
再びありがとうございましたと挨拶し、神子は校長室を後にした。
「わぁ…本当に綺麗な桜」
大学の校庭にやって来た神子は咲き乱れる桜に、目を奪われていた。
「いつも鳥しか撮らないけど…たまには花とかも撮っちゃおっと」
荷物に入っていた野鳥用のカメラで、桜の写真を撮る。
咲いて並ぶ桜に添って写真を撮ってゆき、大きな体育館の裏にまで来てしまった。
「沢山撮れたな…現像が楽しみ…て、ここ何処?」
カメラから目を離し、周りを見てみれば知りもしない場所に居た。
「何処なの!?うぅ…やっぱり風魔くんに付き添って貰えば良かった…」
ガックリと自分の発言に後悔し、落ち込む神子。
そんな神子に、後ろから近づく者がいた。
「よぉ、こんな所に居たんだな」
「元親く…!?」
「悪かったな長曾我部の奴じゃなくてよ」
背後から肩に手を置かれて、振り向く神子は絶句した。
しゃべり方で元親と思って振り向いたが、違った。
朝、大学に着いたばかりの神子に絡んできた元親が言っていた、荒くれ者の男子学生二人組だった。
「残念ながら長曾我部の奴は先公に居残りを喰らって、まだ校舎だぜ。ざまぁみろってんだ」
「も…元親くんを悪く言うのは許さないよ、」
「優しいねぇ。その優しさも俺らに向けて欲しいもんだ」
前も後ろも男子学生に閉ざされ、神子は完全に孤立無援となった。
体育館裏の為、他の生徒が現れない限り助けも期待出来ない。
「さて最初はどこに行くか…」
「適当に遠くに行かねぇか」
(嗚呼もう…何で今日は厄日なんだろう…)
完全に諦めに入って落ち込み続ける神子は自棄になっていた。
来ないと分かっていても、頭の中で元親と家康や伊達に助けを向けていた。
『バシッ!』
「うが!?いって~…誰だ!」
唐突に、男子学生の後頭部に何かが当たって音がした。
何かは球体の形を成しており、それはポンポンと跳ねて地面を転がった。
「次は腹に当ててやろうか」
「こ…この声って…大谷さん!!!」
そこには神子が一番に助けを求めた、大谷が居た。
車椅子の周りには色んな種類の球が転がっており、このどれかを投げつけた様だ。
「触れてくれるな。神子は我のものよ」
「お…大谷って確かこの女の苗字もそうだったか?」
「だから何だ。こいつが失せればどうにでもなる!」
球を投げつけられなかった男子学生の方は、大谷の出現に怖じ気付く。
しかし大谷から制裁を受けたのにも関わらず、まだやる気まんまんだ。
「まだ懲りぬのか、まるで暗その者よ」
「うるせぇー!」
諦めの悪さに大谷も息を吐いて、犬猿相手の顔を思い浮かべる。
殴りかかろうとする男子学生の姿も、眼中にはない様だ。
「大谷さん!危ないですよ!!車椅子なんだから、」
「案ずるな。我には『コレ』が有る」
『ドゴッ!』
「うげぇ…」
「!に…逃げるが勝ちだぁ~!」
神子が叫ぶが否や、大谷が新たな球を男子学生の腹目掛けて投げつけた。
球は見事に迷いなく男子学生の腹に命中し、その体は地面に落ちた。
相方の男子学生は恐れをなして直ぐに逃亡した。
「大事ではなかろうな神子」
「大谷さん…」
やっと安心出来た神子はまだ喧嘩中だと言う事も忘れて、大谷へ抱き付いた。
「うぅー…怖かった、です…グス」
「言ったであろ。我が学舎に、ろくな輩は居らぬと」
「はい…」
「故に我は気が進まなかったのだ…ぬしが往くのを」
「え…だから、あんな風に…?」
「左様よ」
抱き付いていた膝から顔を上げて、神子は大谷を見る。
久しぶりに大谷の顔を真っ正面から見た気がする。
「だったらそうやって…おっしゃってくれれば、良いのに…」
「泣いてくれるな。我が悪にしか見られぬであろ」
「今回は大谷さんが悪いんですもん…」
「わかった、ワカッタ。ひとまず我の部屋に来やれ」
まだ嗚咽を上げる神子の頭を撫でる大谷。
傍から見れば大谷が神子を泣き止ましている様にしか見えない(実際そうだが)
やれやれと頭を振りながらも、神子に泣き付かれるのは悪くないと思った大谷がいるのだが
「この奥で良いんですか?」
「左様。して右にある」
大谷が乗る車椅子を押しながら、神子は大学の北側一階を歩んでいた。
目指しているのは大谷の教授部屋となっている部屋だ。
準備室を隣に接している大谷の部屋は、久々に開かれた為に扉が酷く軋んで開いた。
「うわぁ~…真っ暗。電気は何処ですか?」
「ココに有る。だが…雷が通っているか、確信出来ぬなァ」
(雷って)「まぁ久しぶりに来たんですから、繋がってなくとも仕方ないですよ…」
パチリと電気を点けると、部屋のあちこちに本が積まれていた。
「凄い本の数…これ全部、精神学関係の本でしょうか?」
「いや、屑星達の書も置いてある」
「屑星…普通に星と言えば良いじゃないですか」
大谷の言葉に呆れた顔をして、一つの本を手に取ってみる。
確かに「太陽系」と書かれたものだ。
「まちと待て。茶を淹れてやる」
「良いですよ!今日は長い外出でしょうに…」
「我自らやると言っておるのだ。素直に待て」
「分かりました…」
やけに自分で茶を淹れたがる大谷に不満そうな神子だが、大人しくそうする。
茶の準備をする音が木霊する中で、神子は大谷の部屋を見回しながら待った。
「神子」
「ありがとうございます、緑茶ですか…?」
手渡された淹れたての茶を見て、神子が問いかけると大谷はうむと頷く。
「あの、大谷さん」
「如何した」
車椅子から降りた大谷は近くに有った座布団に、神子と並んで座っていた。
肩を並べて茶を啜っていると神子が話しかけてきた。
「その…昨日はすみませんでした」
「………」
「私、子供みたいに怒っちゃって…大谷さんの心配も分からずに…本当にごめんなさい」
「…謝罪をせねばならぬのは我だ」
「……へ?」
「ぬしの鳥へ向ける心を理解せず、無下にした我が謝るべきよ…すまなかった」
「もう良いんですよ…こうやって、大谷さんと仲良くお茶が飲めれば」
飲んでいた茶入りの湯飲みを置いて、大谷に寄り添う神子。
「まァ…長曾我部に泣き付いた件は、無しにしてやろ」
「見てたんですか!?」
「ああ…しかとなァ」
突然に元親の名が出てきて驚く神子だが、大谷に押し倒されてそれ所ではなかった。
「長曾我部如きに泣きつきよって…調子の良いぬしよな」
「如きなんて…元親くんにしつれ、」
い、と語尾を言い切る前に口を塞がれた。
「………大谷さん?」
「我以外の存在に求めるな」
「求めるな?助けをですか?」
自分を見下ろす様に見つめてくる大谷に、神子は落ち着いて返した。
「何を笑っている」
「フフッ…大谷さんって、本当に嫉妬深いんですね」
「可笑しいか」
「いたたっ!腕をつねらないで」
何故か笑う神子に大谷は腕をつねった。
軽い痛みに顔をしかめる神子だが、臆せず続ける。
「私は最初、大谷さんに助けを求めたのに」
ピクリと大谷の体が止まった気がした。
「喧嘩をして、まだ口をきいてないのにですよ?だから私は大谷さんしか…んむ」
「それ以上言うてくれるな。襲うぞ」
また口付けで神子の言葉を遮る。
「流石に外ですし大学なので勘弁です。でも…」
「続けてみよ」
「大谷さんとこのまま触れていたいなぁ…と」
「奇遇よな。我もぬしに触れていたい」
肩に置いた手を伸ばし神子を起こして、そのまま抱き締める。
「大好きです…大谷さん」
「我も神子が愛しいわ」
背に添われていた手は、やがてお互いを放さない様に握りあう
.
「了解」
ガラガラと扉を開いて家康が教室の中へ入る。
『皆!聞いてくれ。今、講演会の講師が来てくれた。騒がしくして困らせない様に、静かに講演を受けてくれよ』
(講師…って、家康くんはもう)
中で生徒全員に静かになるよう、家康が発言すると一気に静けさが訪れた。
家康の教室での発言力はかなりなものらしい。
「では…神子、いや大谷神子殿。よろしく頼む」
不意に家康から名前を呼ばれて我に返ると、神子は早足で教室に入る。
「どうも、初めまして。大谷神子と申します。今回は野鳥の生態、種類などを皆さんに学んで頂こうと、講演会を開かせて貰いました」
教卓の前に立って自己紹介をし講演会の内容を先に説明する。
一点に集中する生徒達の目線が神子を緊張させる。
しかしここで緊張してしまっては講演会を開いた意味もない。
「皆さんの身近な場所に居る野鳥ですが…一匹一匹、特徴や性格などが違います。それではまず雀から学んでいきましょう」
テキパキと無駄のない動きで、神子は資料とスクリーンの為の道具を準備してゆく。
「結構サマになってんな」
「そうだな。流石は神子だ」
「Ha!相変わらずBeautyな顔をしてんじゃねぇか」
「全く…独眼竜はいつも通りだ」
「ホントになぁ…ここまでくると呆れるぜ」
教室の後部あたりに座る元親と家康、そして同級生の伊達政宗。
神子の完璧な講演を聞いて感心している元親と家康だが、神子しか眼中にない伊達に困り果てていた。
ちなみに三人が後部あたりに座っているのは、前方にいると神子を変に緊張させてしまうと思った家康が提案したからだ。
故に家康は左右を提案に賛同した元親と伊達に囲まれて、講演会を聞く事となった。
「…で、雀は古くから人と関わってきました。私達の身近にいる鳥達は、常に昔から人と生きていたのです」
こんな調子で約十分、休みを挟んで家康達のクラスでの講演会が終わった。
「ふぅ、緊張した…」
「神子!良かったぜ」
「やはり神子の話は為になるなぁ」
「よぉ神子、久々に会ったのが此処になるとはな…」
「元親くん!家康くん!政宗くん!」
講演会を無事に終えて一息を吐いた神子に、三人が駆け寄る。
「余り緊張し過ぎて上手く出来なかったかも知れないけど…」
「そんな事はない。立派だったさ神子」
「そうだ!誇っても良いんだぜ?」
「元親くんったら…大袈裟だよ」
「あんたの話なら疑念なんざ、抱く必要もねぇな」
「そう?ありがとう!」
三人と話す神子は笑顔で、それを見ているクラスの者達は釘付けになっていた。
「さて、と…神子。次の教室は何処だが分かるか?」
「うん。確か5-B組みたい」
家康の問いかけに神子は手にした紙を目に通して、それに答えた。
氏政から渡された、本日の予定表が書かれた紙である。
「移動すんだろう?案内ついでに着いていってやるよ。またあいつら、荒くれもんに絡まれちゃあ…面倒だからな」
「そう言えば神子…元親から聞いたが、あいつらに絡まれたらしいな?」
「そうなの…ちょっと怖かった」
「絡まれた、だと?俺の神子に手をだすたぁ…余程のChallengerみてぇだな」
「お前の神子でもないがな」
神子が大学に訪れた際、絡んで(むしろナンパ?)きた男子学生の話を聞いて、思わず声に力が入る伊達。
そんな伊達に元親が突っ込む。
「何にせよ、ワシらが着いて行った方が良いな」
「だな。俺も行くぜ!」
「俺もな!あの荒くれもんから守ってやる」
「独眼竜が居る方が危ない気がするが…気のせいか」
「俺もそう思うぜ、家康…」
結局は、家康と元親そして伊達に付き添われて、神子は次の教室へと向かった
神子を無事に送り届けた三人は、元の教室に帰って来た。
「さて次はいつもと同じ時間割だしな…元の席に戻るか」
「だな。しかし次はどうせ自習だろ?特に気にする事はねぇだろ」
「自習は自習で俺は暇だ…」
神子が行った講演会では自由に席へ着けたが、次から普段の授業になる為、決められた席に座らなければならない。
故に家康が一番前の席に座り、その真後ろに元親が座ってさらに真後ろに伊達が座った。
「そう言えば石田の奴、遅刻か?」
「確かに三成がいないな…」
「寝坊だろ。Morningに弱そうな奴だからな」
「いや、三成に限ってそれはないと思うが」
不意に元親が背後から家康の隣を見ながら言った。
言われてみると、家康の隣は空席だ。
家康の隣には三成の席になっているが、その本人がいない。
三成は至って(むしろそれ以上)真面目であり、余程の事がなければ休んだり、遅刻したりしない筈だ。
その事を特に気にしてもいない元親と伊達は話で盛り上がっているが、家康は可笑しいなと首を傾げていた。
教師が来るまで教室内は生徒達の会話で賑やかで、廊下を歩む音に気づかないでいた。
『ガラッ』
教室の扉が開かれた音がし、生徒全員が教師かと思って急いで振り向く。
しかし教師かと思えば…
「三成!やっと来たんだな!」
先程、会話の元になった三成であった。
三成が教室に歩み入ると、女子生徒の黄色い歓声が上がる。
「相変わらずのPopularityじゃねぇか、石田の野郎…」
「珍しいな石田が遅刻するなんてよ」
「おーい!三成~!!」
家康が声を張って三成に叫ぶが、返答は無し。
聞こえていないのかわざとなのか、三成は反応を示さない。
一番前の家康から三成が入って来た教室の入り口までさほど距離はない。
だからわざとなのかも知れない。
だが三成は教室に入ったにも関わらず、己の席へと歩もうとしない。
その場に立ったまま、廊下にいる誰かと話している様だった。
だから家康の声に反応しなかったのか。
「もしかして連れでも来たのか?」
「いや…何か嫌な予感がするぜ…」
呟く伊達と、顔をしかめ面にする元親。
やがて三成が僅かに歩んで、道を開けた。
『キィ…キィ…』
僅かに軋む音がして、あれ程に騒がしかった教室内はしんと静まった。
「おいおい…まさか、」
元親の予感は見事的中した。
…喜べる訳ないが
「何を静まっている。我が現れる事が、そんなに珍しいか」
「気にするな刑部。奴ら如き、貴様の訪問に怖じ気づいているだけだ」
「ほう?それもそれで悪くないなヒヒッ…」
車椅子を己で動かしながら現れたのは、大谷であった。
三成の言葉に大谷は楽しそうに笑う。
生徒達は皆、心中同じであろう。
何故、自宅療養の為に休職中の大谷がこの大学に来たのかと。
「今日はすこぶる体調が良いのでな。久々に来てやった」
「それだからと言って、無理はするな刑部。私が許さない」
「あいわかった、付き添いはもうよい。ぬしは戻れ」
再び車椅子を軋ませながら教卓の前に着いた大谷はまだ傍に立つ三成を席に座らせようと諭した。
一瞬、不機嫌そうな顔をしたが大谷に逆らいたくはないのか渋々と席へ歩む三成。
「おはよう三成!刑部は元気になってきたんだな」
「うるさい!黙っていろ家康。刑部が講和出来ぬだろう!!」
席に着けば隣の家康に挨拶をされて、三成は絶叫に近い声量で返す。
実の所、家康と三成は犬猿の仲であり(三成から見て)口を交わせばすぐ喧嘩に発展してしまう。
それを知る元親と伊達は呆れた顔で見つめ、大谷は特に気にしていなかった。
「我が消える際、課題を置いてやったが済ませてきたか?…長曾我部」
「!?」
大谷が病を煩いしばし大学を休んで療養する際、課題を出していた。
それを改めて確認する大谷は、元親の名前を上げて彼を見据える。
名前を呼ばれた張本人は固まっていた。
「元親…お前まさか、」
「あいつマジで課題を出してやがったのか!?」
心配そうに見る家康の言葉を耳にしながら、元親は冷や汗を流し始めた。
大谷が出した課題とは一枚のプリントで、参考書を見るかパソコン等で調べれば解ける問題であった。
元親は課題どころかプリントの存在がある事さえ忘れていた。
「成程…良く分かった。ぬしは後程、我の元へ来やれ」
こうして元親は大谷に呼び出しを喰らった。
当然の報いよ(byMより)
「…以上です。御静聴頂きありがとうございます!」
講演を終えて、神子が頭を下げると盛大な拍手が沸き上がった。
「神子殿!お疲れ様ですぢゃ!感動させて貰いましたわい…」
「あ、校長先生」
午前最後の講演会を聞いていた氏政は、感動の余り目を潤ませていた。
「いやぁ年をとると涙腺が緩くなって困ったもんぢゃ…さ、神子殿。次の講演まで時間がありますから、ゆっくり食事でもどうぞ」
「ありがとうございます」
午後の部の講演会まで間があるので、食事をする事に。
氏政の命で事務局員の風魔が応接室まで案内してくれた。
礼を言った神子は向かい合ってテーブルを挟んでいる椅子の一つに座ると持参した弁当を出して食べ始めた。
「ん?何かしら…お茶?」
「………」
食事をしていると風魔が茶の淹れられた湯飲みをテーブルに置いた。
「淹れてくれたの?ありがとう」
「………」
ニコッと笑って礼をまた言う神子に風魔はただ頷いただけであった。
それを特に気にしてもいない神子は小田原産のお茶を楽しみながら食事を進めた。
「どうしたの?」
「………」
弁当の半分を食べ終えて神子が風魔に問いた。
風魔は応接室の窓を見ていて身動き一つしない。
何だろうと神子もつられて窓を見てみると一匹の鳥が居た。
青く長い尾と青い翼、黒いベレー帽の様な頭。
「あれはオナガって鳥なのよ」
「………?」
得意気に鳥…オナガについて話す神子に風魔は驚きと疑問の表情をする。
「体がちょっと大きくて長く飛べないから、ああやって時々木にとまって休んだりするの」
そう説明するとちょっと待ってねと言って神子が荷物を漁る。
オナガに注いでいた視線を神子に向けて風魔は待つ。
「え~と…確かにさっきの講演で…あ、有った有った!」
お目当てのものを見付けて声を上げる。
「はい。前に野鳥観察で撮れたオナガの写真。沢山撮れたからあげるね」
テーブルに出されたのは様々な角度から撮られたオナガの写真、数枚だった。
風魔は興味津々に写真を取ってまじまじと見つめていた。
「これはヒヨドリでこっちはキジバト…あ、トビも」
次々と出てくる野鳥の写真に風魔は釘付けにされていた。
「………」
「鳥、好きなの?」
「………」
黒い鳥―ハシボソガラス―の写った写真を手にしながら神子が風魔に問いかける。
風魔は深く頷いてこの鳥は?と言わんばかりに写真を神子に見せる。
「それはシジュウカラ。スズメみたいで小さいんだよ」
とても楽しげに神子は風魔の質問に答えていった。
風魔も楽しそうで次々と写真を手にして答えを待っていた。
半分しか食事を済ましていない事も忘れて、また第三者(今度は氏政)が来るまでそれは続いた。
「すみません…つい盛り上がっちゃって」
「いえいえ!大丈夫ですぢゃ。風魔もあんなに楽しそうだったからのう。神子殿は随分と風魔に気に入られた様で」
「………」
謝る神子に対して氏政は朗らかに返し、風魔も頷いた。
「そうだ!携帯持ってる?良かったらメールアドレス、教えてくれない?風魔くんにまた色々と教えたりお喋りしたいな…て思ったんだけど」
「………!」
勿論と言ったのか目に止まらない速さで何か作業をしたと思ったら記号と番号が書かれた紙を差し出してきた。
「ありがとう!後でメール送るから」
「………」
後日、返ってきた風魔からのメールに驚く神子なのだった
「ぬしはソレを終いにするまで居残りだ」
「んな!?」
「我の課題をド忘れしよった罰よ、バツ」
一方、久しぶりに行われた大谷の精神学を受けた家康達は…
課題を空白所か無くした元親を大谷は教卓にまで来させ放課後までの居残りを宣言した。
ズバリ言えば課題を終わらせるまで帰るなと宣告されたも同然だ。
「ちくしょう…大谷の野郎…」
「仕方ないさ元親、刑部は課題には厳しいんだ」
「Forgetするあんたが悪いんだぜ?」
どんよりとした雰囲気を纏って元親は席に戻った。
家康の隣である席は既に空で三成は大谷の元へと移動していた。
「まぁそんな落ち込むなよ。覚えている限りだがワシが教えてやる」
「すまねぇ…」
「そう言やぁ…今日は神子が来てるんだろ?大谷も来てやがるって事は…」
優しく肩を叩いた家康に元親は心から感謝の意を示した。
そんな二人を他所に思い付いた様に伊達がポツリと呟いた。
「確かに考えてみれば大谷と神子が一緒に此所に居る事になる…」
「可笑しいな、来る時は一緒ではなかったのか?」
「もしかして喧嘩でもしたんじゃねぇのか?俺にとっちゃあ都合が良いけどな!!」
「…こいつはどうしようもねぇな家康」
「本当にな元親…」
一人テンションの上がる伊達を尻目に家康と元親は同時に溜め息を吐いた。
だが伊達の予想は当たっている為、否定は出来ない。
否定する者さえいないが。
大谷は伊達のテンションが上がる前に車椅子を三成に押して貰って次の教室へ向かっていた
「本日は誠に御世話になりました!!」
「そんな事はない。御世話になったのは、こちらの方ぢゃ!礼を言わせてくれ神子殿!!」
午後の講演会も成功に納めて、神子は最後に氏政へ挨拶に向かった。
「どうぢゃ?また小田原の茶でお喋りでも」
「すみません…夫が屋敷で待っておりますので…六時までには帰らないと…」
「そうか…ではまたの機会にしましょうぞ!」
「はい!御縁がありましたら、また訪問させて頂きます!!」
お互いに名残惜しく頭を深々下げて別れを告げた。
しかし神子が校長室のドアノブに手をかけた瞬間、思い出した様に氏政へ振り返った。
「校長先生!少しお聞きしたい事が」
「そう固く呼ばなくても大丈夫ですぞ!氏政と呼んで下され」
「氏政さん。ここの桜がとても綺麗なので…少し拝見したいのですが…」
「構いませんぞ!ゆっくり拝見なされ。風魔に付き添いを頼もうかのう」
「ああ大丈夫です。もう校内を色々と案内して貰ったので。風魔くんも事務局のお仕事で、忙しいでしょうし」
「そうですかな…?大丈夫なら良いのぢゃが…」
少し神子が心配なので風魔を案内役に付けようと思ったが無理強いはしたくなかった。
再びありがとうございましたと挨拶し、神子は校長室を後にした。
「わぁ…本当に綺麗な桜」
大学の校庭にやって来た神子は咲き乱れる桜に、目を奪われていた。
「いつも鳥しか撮らないけど…たまには花とかも撮っちゃおっと」
荷物に入っていた野鳥用のカメラで、桜の写真を撮る。
咲いて並ぶ桜に添って写真を撮ってゆき、大きな体育館の裏にまで来てしまった。
「沢山撮れたな…現像が楽しみ…て、ここ何処?」
カメラから目を離し、周りを見てみれば知りもしない場所に居た。
「何処なの!?うぅ…やっぱり風魔くんに付き添って貰えば良かった…」
ガックリと自分の発言に後悔し、落ち込む神子。
そんな神子に、後ろから近づく者がいた。
「よぉ、こんな所に居たんだな」
「元親く…!?」
「悪かったな長曾我部の奴じゃなくてよ」
背後から肩に手を置かれて、振り向く神子は絶句した。
しゃべり方で元親と思って振り向いたが、違った。
朝、大学に着いたばかりの神子に絡んできた元親が言っていた、荒くれ者の男子学生二人組だった。
「残念ながら長曾我部の奴は先公に居残りを喰らって、まだ校舎だぜ。ざまぁみろってんだ」
「も…元親くんを悪く言うのは許さないよ、」
「優しいねぇ。その優しさも俺らに向けて欲しいもんだ」
前も後ろも男子学生に閉ざされ、神子は完全に孤立無援となった。
体育館裏の為、他の生徒が現れない限り助けも期待出来ない。
「さて最初はどこに行くか…」
「適当に遠くに行かねぇか」
(嗚呼もう…何で今日は厄日なんだろう…)
完全に諦めに入って落ち込み続ける神子は自棄になっていた。
来ないと分かっていても、頭の中で元親と家康や伊達に助けを向けていた。
『バシッ!』
「うが!?いって~…誰だ!」
唐突に、男子学生の後頭部に何かが当たって音がした。
何かは球体の形を成しており、それはポンポンと跳ねて地面を転がった。
「次は腹に当ててやろうか」
「こ…この声って…大谷さん!!!」
そこには神子が一番に助けを求めた、大谷が居た。
車椅子の周りには色んな種類の球が転がっており、このどれかを投げつけた様だ。
「触れてくれるな。神子は我のものよ」
「お…大谷って確かこの女の苗字もそうだったか?」
「だから何だ。こいつが失せればどうにでもなる!」
球を投げつけられなかった男子学生の方は、大谷の出現に怖じ気付く。
しかし大谷から制裁を受けたのにも関わらず、まだやる気まんまんだ。
「まだ懲りぬのか、まるで暗その者よ」
「うるせぇー!」
諦めの悪さに大谷も息を吐いて、犬猿相手の顔を思い浮かべる。
殴りかかろうとする男子学生の姿も、眼中にはない様だ。
「大谷さん!危ないですよ!!車椅子なんだから、」
「案ずるな。我には『コレ』が有る」
『ドゴッ!』
「うげぇ…」
「!に…逃げるが勝ちだぁ~!」
神子が叫ぶが否や、大谷が新たな球を男子学生の腹目掛けて投げつけた。
球は見事に迷いなく男子学生の腹に命中し、その体は地面に落ちた。
相方の男子学生は恐れをなして直ぐに逃亡した。
「大事ではなかろうな神子」
「大谷さん…」
やっと安心出来た神子はまだ喧嘩中だと言う事も忘れて、大谷へ抱き付いた。
「うぅー…怖かった、です…グス」
「言ったであろ。我が学舎に、ろくな輩は居らぬと」
「はい…」
「故に我は気が進まなかったのだ…ぬしが往くのを」
「え…だから、あんな風に…?」
「左様よ」
抱き付いていた膝から顔を上げて、神子は大谷を見る。
久しぶりに大谷の顔を真っ正面から見た気がする。
「だったらそうやって…おっしゃってくれれば、良いのに…」
「泣いてくれるな。我が悪にしか見られぬであろ」
「今回は大谷さんが悪いんですもん…」
「わかった、ワカッタ。ひとまず我の部屋に来やれ」
まだ嗚咽を上げる神子の頭を撫でる大谷。
傍から見れば大谷が神子を泣き止ましている様にしか見えない(実際そうだが)
やれやれと頭を振りながらも、神子に泣き付かれるのは悪くないと思った大谷がいるのだが
「この奥で良いんですか?」
「左様。して右にある」
大谷が乗る車椅子を押しながら、神子は大学の北側一階を歩んでいた。
目指しているのは大谷の教授部屋となっている部屋だ。
準備室を隣に接している大谷の部屋は、久々に開かれた為に扉が酷く軋んで開いた。
「うわぁ~…真っ暗。電気は何処ですか?」
「ココに有る。だが…雷が通っているか、確信出来ぬなァ」
(雷って)「まぁ久しぶりに来たんですから、繋がってなくとも仕方ないですよ…」
パチリと電気を点けると、部屋のあちこちに本が積まれていた。
「凄い本の数…これ全部、精神学関係の本でしょうか?」
「いや、屑星達の書も置いてある」
「屑星…普通に星と言えば良いじゃないですか」
大谷の言葉に呆れた顔をして、一つの本を手に取ってみる。
確かに「太陽系」と書かれたものだ。
「まちと待て。茶を淹れてやる」
「良いですよ!今日は長い外出でしょうに…」
「我自らやると言っておるのだ。素直に待て」
「分かりました…」
やけに自分で茶を淹れたがる大谷に不満そうな神子だが、大人しくそうする。
茶の準備をする音が木霊する中で、神子は大谷の部屋を見回しながら待った。
「神子」
「ありがとうございます、緑茶ですか…?」
手渡された淹れたての茶を見て、神子が問いかけると大谷はうむと頷く。
「あの、大谷さん」
「如何した」
車椅子から降りた大谷は近くに有った座布団に、神子と並んで座っていた。
肩を並べて茶を啜っていると神子が話しかけてきた。
「その…昨日はすみませんでした」
「………」
「私、子供みたいに怒っちゃって…大谷さんの心配も分からずに…本当にごめんなさい」
「…謝罪をせねばならぬのは我だ」
「……へ?」
「ぬしの鳥へ向ける心を理解せず、無下にした我が謝るべきよ…すまなかった」
「もう良いんですよ…こうやって、大谷さんと仲良くお茶が飲めれば」
飲んでいた茶入りの湯飲みを置いて、大谷に寄り添う神子。
「まァ…長曾我部に泣き付いた件は、無しにしてやろ」
「見てたんですか!?」
「ああ…しかとなァ」
突然に元親の名が出てきて驚く神子だが、大谷に押し倒されてそれ所ではなかった。
「長曾我部如きに泣きつきよって…調子の良いぬしよな」
「如きなんて…元親くんにしつれ、」
い、と語尾を言い切る前に口を塞がれた。
「………大谷さん?」
「我以外の存在に求めるな」
「求めるな?助けをですか?」
自分を見下ろす様に見つめてくる大谷に、神子は落ち着いて返した。
「何を笑っている」
「フフッ…大谷さんって、本当に嫉妬深いんですね」
「可笑しいか」
「いたたっ!腕をつねらないで」
何故か笑う神子に大谷は腕をつねった。
軽い痛みに顔をしかめる神子だが、臆せず続ける。
「私は最初、大谷さんに助けを求めたのに」
ピクリと大谷の体が止まった気がした。
「喧嘩をして、まだ口をきいてないのにですよ?だから私は大谷さんしか…んむ」
「それ以上言うてくれるな。襲うぞ」
また口付けで神子の言葉を遮る。
「流石に外ですし大学なので勘弁です。でも…」
「続けてみよ」
「大谷さんとこのまま触れていたいなぁ…と」
「奇遇よな。我もぬしに触れていたい」
肩に置いた手を伸ばし神子を起こして、そのまま抱き締める。
「大好きです…大谷さん」
「我も神子が愛しいわ」
背に添われていた手は、やがてお互いを放さない様に握りあう
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