春風
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縁側の廊下と寝室である、居間を仕切る障子越しに日光が注がれる。
「……む…」
己の顔を差す太陽の光と、雀かどうか知らないが、鳥のさえずりで眠りから目覚めた。
体を横にしたまま、手探りで隣に眠っている神子を探した。
だが確実に言って良い程、いつも隣で眠っている筈の神子が居ない。
大谷がそれに気付いたのは眠りから目覚めたばかりで、まだ意識がまどろんでいる状態の時だった。
(何処へ往きおったか)
毎朝起床の際は神子に体を起こして貰っていたが、本日は己だけで身を起こす事になった。
起こすっと言っても、上半身だけだが。
いつも隣に居た神子が不在で、何処か侘しく感じる。
「あれ?昨日書いたレポートは何処に行ったの?どうし…痛っ!?」
…のも、障子の向こうから声が聞こえるまでだった。
「うぅ…図鑑をしまうの忘れてた。それよりレポートは…」
(喧しいわ)
悲鳴まで上げた神子に大谷は悪態までつき始める。
『ガラッ』
「大谷さん!おはようございます!!」
「朝から喧しい」
「ごめんなさい…」
神子が静まった所で、大谷が疑問をぶつける。
「仕事か」
「はい。ちょっと孫一ちゃんのお手伝いと、レポートを出してきます。朝御飯はもう作っておきましたので」
肩に鞄の紐をかけた姿で、神子は大谷に朝食の事を話す。
「うわぁ!もう10時過ぎてる!?遅刻しちゃう、でもレポートが…」
手に持っていた携帯に表示される時刻を目にし、慌てていた神子はさらに慌てた。
探し物がまだ見つかっていないのか、狼狽える度に手に持つ携帯のストラップが揺れる。
青灰色(せいかいいろ)をした、一枚の羽と赤色をした蝶のそれが。
また悲鳴を上げる神子を尻目に、大谷は布団の近くに有った紙を見つけて、それを差し出した。
「レポート!良かった~…見つかって。ありがとうございます大谷さん」
「ぬしはほんに気が抜けておるな」
「…否定出来ないのが悔しいです」
大谷が渡してくれた紙、それが神子が探し求めていたレポートだった。
昨日、久々にレポートを書いた神子はそれを仕事先の雑賀孫一に提出する事にした。
なので絶対に忘れ物にしないよう、神子は自分の枕元に置いたのだ。
結局は遅刻に焦ってド忘れしてしまったが。
「ともかく急がなくちゃ…!」
「焦り歩けば棒に当たるぞ…ヒッヒ」
「犬じゃないですか!それじゃあ!!」
口角を上げて笑う大谷に神子は突っ込みを入れてから屋敷を出たのであった
『バンッ』
「みんな!遅刻してごめんなさい」
屋敷を出て息を切らしながら走り続けて早十分。
神子は止まる事なく、一つの建物に入って行った。
そして扉を思い切り開いた。
中にいた者達は神子の出勤に反応する。
「また謝罪からの挨拶か。神子、お前は我らの言葉を忘れたのか?」
部屋の奥にいた孫一が顔を上げ、神子を見つめた。
「癖になっちゃって…難しいんだよね、直すの…」
「困った癖だな。酷く悪い訳でもなさそうだが、我らは好まないぞ」
「はーい」
ばつが悪そうに話す神子に、孫一は軽く溜め息を吐いた。
「はい!神子さん、お茶どうぞ」
「ありがとう鶴ちゃん!私、鶴ちゃんのお茶好きだよ」
「そう言われてちゃうと、はしゃいじゃいますよ?」
持ち場の机の椅子に腰を下ろすと、鶴姫が湯呑みに淹れたお茶を置いてくれた。
「神子ちゃんおはよう…」
「おはよう市ちゃん!」
隣に座っていたお市が挨拶をし、神子も笑顔で答えた。
「もう体調は大丈夫なの…?」
「大丈夫だって!昨日も元気に電話、出来てたでしょ」
まだ心配をしてくるお市に、神子は手を振って話す。
「でも神子さんは隠すのが上手ですから、私も心配なんですよ?」
「そうだ。お前は我慢強いからな、油断は出来ない」
「何か警戒されてる!?」
なんやかんや朝から忙しい神子だが、早速仕事に入る。
「市ちゃん、これ小田原の方に追加しといてくれる?」
「うん、分かった…」
まとめている書類の一枚を、お市に手渡す。
手渡された書類は「小田原」と張り紙された箱に入れられた。
「神子。前回の野鳥観察で見れた野鳥の種類だが…」
「まとめておいたよ。はい、これ」
「感謝する」
孫一からの頼みに瞬時に反応して、神子は引き出しから幾つもに重ねられた書類を渡す。
「神子さん。先月、保護区を見学に行った際の書類です!確か神子さんはお休みしてて、目を通してないと思うので」
「あ、そうだったね。休み時間にでも見ておくよ。ありがとう」
「いいえ!どういたしまして!!」
本日はひたすら溜まっている書類を、皆でまとめる事にした。
人数は神子を含め四人しかいないが、書類まとめは順調に進んだ。
気が付けば時は十二時半。
孫一の声で作業は一度中断され、昼食の時間となる。
「神子ちゃんご飯食べよう…?」
「うん!皆で食べよう」
持参した弁当を取りだし、皆で食事用のテーブルへと移動する
和気あいあいとお喋りをしながら、楽しげに食事をする神子達。
「あ、そうだ!実は私、今日お家で御菓子を作ってきたんです」
「わぁ美味しそう!流石は鶴ちゃん!!」
「いえそんな…」
食事の途中、鶴姫が突然思い出したのか荷物から箱を出して、テーブルの上に置いた。
そして説明と共に箱の蓋を開いて、手作り菓子を披露する。
一目で充分美味しそうに見える菓子を見て、神子は驚嘆の声を上げた。
それに鶴姫は軽く頬を染めて照れ笑いを浮かべた。
食事の後に鶴姫自作の菓子を口にして、改めてやる気を出した神子は仕事に入ろうとしたが。
「…あの、神子ちゃん」
「んーどうしたの市ちゃん?」
「…この書類の事でお願いがあるの…」
「お願い?」
席につこうとした際、お市から声をかけられた。
手には一枚の書類を持って。
「…この書類に書かれてる連絡先に、電話をして貰いたいの」
「電話?良いの?それだけで」
「…電話だけで良いの」
以前、お市の他に孫一と鶴姫で動物園に連れて行って貰った神子は、もっと頼み事をしても良いのに、と思っていた。
「別にもう変に頑張ったりしないのに…まぁ良いかな。じゃあ電話しとくね」
「…ありがとう、神子ちゃん」
「良いの良いの」
礼を言うお市に神子は笑顔で返すのだった。
お市から渡された書類には連絡先の番号の横に、徳川家康と書かれていた事を、神子は知らない
頼まれた書類を鞄にしまっていざ、仕事に戻ろうとしたら…
「神子。すまないが少し良いか」
「え?うん、大丈夫だけど」
今度は孫一から声をかけられて、神子は移動した。
「何々?もしかして今回のレポート、駄目だった…?」
「いや、むしろ真逆だ。だが…」
途中で言葉をとぎらせ、手元にあるレポートをめくる。
それはまさしく、神子が提出したレポートに間違いなかった。
神子はレポートの内容がてっきり、受け入れられないかと思っていたが、杞憂の様だ。
「…もしかして、足りない?」
「そうだな」
「う…嘘ぉぉぉ!」
余り想像したくないが、レポートを書いた紙が足りないらしい。
万全なつもりで用意し、提出したレポートだったので、神子のショックはかなり大きかった。
「そんなに気にするな、神子。また時間がある時にでも出せば構わない」
「うぅー…ごめんね孫一ちゃん」
「大丈夫だ」
ガックリ肩を落として落ち込む神子に、孫一はキッパリと返して慰めてくれる。
『コンコンッ』
ちょうどその時、部屋に扉を軽めに叩く音がして、珍しく来客が現れた事を知らせた。
「客か…珍しい」
「私が出てみるよ」
「待て、姫にでもまかせれば…無駄に早いな」
肩を落として落ち込んでいたと言うのに、復活が早い神子はパッと入り口兼ね、出口の扉へ向かう。
来客の迎えは基本的に鶴姫の仕事だが、神子はお構い無しだった。
『ガチャッ』
「こんにちは、何か御用ですか?」
「ああ、用はある。まごうことなきぬしにな」
「お…大谷さん!!」
扉を開いて客を迎えてみれば、屋敷に居る筈の大谷の姿が。
「どうして此処に?まさか…何かあったんですか!?」
「早とちりをするな、喧しい」
「痛っ!」
夫の来訪で何か有ったのかと慌てる神子に、大谷がぱしんと手に持っている何かではたく。
「いたた~……って、それレポートじゃないですか!」
「左様よ。なんとまぁ、いかにも分かりやすい場に有ったが」
「う…!?ど、何処にですか…」
「居間の机」
「わっ…分かりやすい」
欠けていたレポート用紙を見て歓喜な声を上げる神子だが、大谷の方は明らか面倒そうな顔をしていた。
「あれ程に早朝から喧しくしよって」
『パシンパシンッ!』
「あだだだ!ちょっ…痛いですよ大谷さん!!」
仕置きなのか大谷はレポート用紙でひたすら、神子の頬をひっぱたく。
「ちょっと大谷さん!神子さんが痛がってるじゃありませんか!止めてあげて下さい!!」
「蝶々さん、神子ちゃんをいじめるなら…市、許さない…」
「鶴ちゃん…市ちゃん…一旦落ち着いて、私は全然大丈夫だから」
もちろん見逃す訳にはいかない鶴姫とお市が、神子と大谷の間に割り込んで来た。
「貴様らァ!刑部に何をする気だ!!」
それを遠巻きに見ていたのか、三成が怒号を上げながら現れた。
「三成くん!?どうして三成くんまで?」
「私は刑部を此処まで送り届け、付き添いで来ただけだ!」
「送り…?あ、」
三成のある言葉に神子が反応して、不意に周囲を見渡し始めた。
するとお目当てのものが見つかって、神子は嗚呼と頷いた。
事務所である建物の道路の前に、一台の(どう見ても高級そうな)車が停まっていた。
「持ってきて、くれたんですね」
「…まぁ、暇潰しよヒマツブシ」
ギャーギャーと言い合いが始まりそうな中、神子は大谷からレポートをようやく渡して貰った。
「はい孫一ちゃん、今度こそ提出するね」
「ああ、分かった。まとめて目を通す、お前はもう帰って良いぞ」
「…え?」
欠けていたレポート用紙を手渡し、完璧に提出は成せた。
無事にレポートを出せてほっとしていた神子に、孫一がそう言った。
「まだ三時半だよ?確か六時までの筈じゃあ…」
「お前のお陰で山積みの書類も、全て整理できた。もう大丈夫だ」
「で、でも…私、有給までとって孫一ちゃん達に迷惑かけてるし…」
「迷惑だと?神子。次からはその様な言葉、二度と口にするなよ」
「いひゃいです…!」
今度は孫一にまで頬をつねられる神子が居た
「良いかよく聞け、神子」
「聞きます…」
「我らはお前が迷惑をかけているとは思わない。思うつもりもない。だから己を無下にするな。我らもお前を心配するが、一番にお前を案じている存在が居る事を忘れるな」
「了解しました…」
久々に聞いた孫一の説教に神子はしゅんと落ち込んで、俯いてしまった。
「大丈夫ですよ神子さん!私達でズバッと、終わらせちゃいますから!」
「…市も大丈夫よ。だから神子ちゃんは蝶々さんと、帰ってあげて…」
「本当に良いの?」
「…うん、大丈夫」
「じゃあ皆の仕事が終わったらメールしてね、疲れてたら無理にしなくて良いからね…?」
「…無理なんてしないわ…市、長政様と神子ちゃんに心配させたくないもの…」
いつも以上に孫一達と名残惜しそうに会話する神子を、不機嫌そうな三成を隣に大谷は黙って見つめていた。
「佐伯…よくも刑部を長時間立たせていたな…」
「!!い、いや別に大谷さんをずっと立たせようなんて全然思って、」
「問答無用!そこに直れ!!残滅してくれる!!!」
「大谷さぁぁぁん!!」
「どちらも騒がしいわ」
「「うぐっ!?」」
怒り狂う三成と己に助けを求める神子、大谷は二人の頭を平等に叩いた
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「……む…」
己の顔を差す太陽の光と、雀かどうか知らないが、鳥のさえずりで眠りから目覚めた。
体を横にしたまま、手探りで隣に眠っている神子を探した。
だが確実に言って良い程、いつも隣で眠っている筈の神子が居ない。
大谷がそれに気付いたのは眠りから目覚めたばかりで、まだ意識がまどろんでいる状態の時だった。
(何処へ往きおったか)
毎朝起床の際は神子に体を起こして貰っていたが、本日は己だけで身を起こす事になった。
起こすっと言っても、上半身だけだが。
いつも隣に居た神子が不在で、何処か侘しく感じる。
「あれ?昨日書いたレポートは何処に行ったの?どうし…痛っ!?」
…のも、障子の向こうから声が聞こえるまでだった。
「うぅ…図鑑をしまうの忘れてた。それよりレポートは…」
(喧しいわ)
悲鳴まで上げた神子に大谷は悪態までつき始める。
『ガラッ』
「大谷さん!おはようございます!!」
「朝から喧しい」
「ごめんなさい…」
神子が静まった所で、大谷が疑問をぶつける。
「仕事か」
「はい。ちょっと孫一ちゃんのお手伝いと、レポートを出してきます。朝御飯はもう作っておきましたので」
肩に鞄の紐をかけた姿で、神子は大谷に朝食の事を話す。
「うわぁ!もう10時過ぎてる!?遅刻しちゃう、でもレポートが…」
手に持っていた携帯に表示される時刻を目にし、慌てていた神子はさらに慌てた。
探し物がまだ見つかっていないのか、狼狽える度に手に持つ携帯のストラップが揺れる。
青灰色(せいかいいろ)をした、一枚の羽と赤色をした蝶のそれが。
また悲鳴を上げる神子を尻目に、大谷は布団の近くに有った紙を見つけて、それを差し出した。
「レポート!良かった~…見つかって。ありがとうございます大谷さん」
「ぬしはほんに気が抜けておるな」
「…否定出来ないのが悔しいです」
大谷が渡してくれた紙、それが神子が探し求めていたレポートだった。
昨日、久々にレポートを書いた神子はそれを仕事先の雑賀孫一に提出する事にした。
なので絶対に忘れ物にしないよう、神子は自分の枕元に置いたのだ。
結局は遅刻に焦ってド忘れしてしまったが。
「ともかく急がなくちゃ…!」
「焦り歩けば棒に当たるぞ…ヒッヒ」
「犬じゃないですか!それじゃあ!!」
口角を上げて笑う大谷に神子は突っ込みを入れてから屋敷を出たのであった
『バンッ』
「みんな!遅刻してごめんなさい」
屋敷を出て息を切らしながら走り続けて早十分。
神子は止まる事なく、一つの建物に入って行った。
そして扉を思い切り開いた。
中にいた者達は神子の出勤に反応する。
「また謝罪からの挨拶か。神子、お前は我らの言葉を忘れたのか?」
部屋の奥にいた孫一が顔を上げ、神子を見つめた。
「癖になっちゃって…難しいんだよね、直すの…」
「困った癖だな。酷く悪い訳でもなさそうだが、我らは好まないぞ」
「はーい」
ばつが悪そうに話す神子に、孫一は軽く溜め息を吐いた。
「はい!神子さん、お茶どうぞ」
「ありがとう鶴ちゃん!私、鶴ちゃんのお茶好きだよ」
「そう言われてちゃうと、はしゃいじゃいますよ?」
持ち場の机の椅子に腰を下ろすと、鶴姫が湯呑みに淹れたお茶を置いてくれた。
「神子ちゃんおはよう…」
「おはよう市ちゃん!」
隣に座っていたお市が挨拶をし、神子も笑顔で答えた。
「もう体調は大丈夫なの…?」
「大丈夫だって!昨日も元気に電話、出来てたでしょ」
まだ心配をしてくるお市に、神子は手を振って話す。
「でも神子さんは隠すのが上手ですから、私も心配なんですよ?」
「そうだ。お前は我慢強いからな、油断は出来ない」
「何か警戒されてる!?」
なんやかんや朝から忙しい神子だが、早速仕事に入る。
「市ちゃん、これ小田原の方に追加しといてくれる?」
「うん、分かった…」
まとめている書類の一枚を、お市に手渡す。
手渡された書類は「小田原」と張り紙された箱に入れられた。
「神子。前回の野鳥観察で見れた野鳥の種類だが…」
「まとめておいたよ。はい、これ」
「感謝する」
孫一からの頼みに瞬時に反応して、神子は引き出しから幾つもに重ねられた書類を渡す。
「神子さん。先月、保護区を見学に行った際の書類です!確か神子さんはお休みしてて、目を通してないと思うので」
「あ、そうだったね。休み時間にでも見ておくよ。ありがとう」
「いいえ!どういたしまして!!」
本日はひたすら溜まっている書類を、皆でまとめる事にした。
人数は神子を含め四人しかいないが、書類まとめは順調に進んだ。
気が付けば時は十二時半。
孫一の声で作業は一度中断され、昼食の時間となる。
「神子ちゃんご飯食べよう…?」
「うん!皆で食べよう」
持参した弁当を取りだし、皆で食事用のテーブルへと移動する
和気あいあいとお喋りをしながら、楽しげに食事をする神子達。
「あ、そうだ!実は私、今日お家で御菓子を作ってきたんです」
「わぁ美味しそう!流石は鶴ちゃん!!」
「いえそんな…」
食事の途中、鶴姫が突然思い出したのか荷物から箱を出して、テーブルの上に置いた。
そして説明と共に箱の蓋を開いて、手作り菓子を披露する。
一目で充分美味しそうに見える菓子を見て、神子は驚嘆の声を上げた。
それに鶴姫は軽く頬を染めて照れ笑いを浮かべた。
食事の後に鶴姫自作の菓子を口にして、改めてやる気を出した神子は仕事に入ろうとしたが。
「…あの、神子ちゃん」
「んーどうしたの市ちゃん?」
「…この書類の事でお願いがあるの…」
「お願い?」
席につこうとした際、お市から声をかけられた。
手には一枚の書類を持って。
「…この書類に書かれてる連絡先に、電話をして貰いたいの」
「電話?良いの?それだけで」
「…電話だけで良いの」
以前、お市の他に孫一と鶴姫で動物園に連れて行って貰った神子は、もっと頼み事をしても良いのに、と思っていた。
「別にもう変に頑張ったりしないのに…まぁ良いかな。じゃあ電話しとくね」
「…ありがとう、神子ちゃん」
「良いの良いの」
礼を言うお市に神子は笑顔で返すのだった。
お市から渡された書類には連絡先の番号の横に、徳川家康と書かれていた事を、神子は知らない
頼まれた書類を鞄にしまっていざ、仕事に戻ろうとしたら…
「神子。すまないが少し良いか」
「え?うん、大丈夫だけど」
今度は孫一から声をかけられて、神子は移動した。
「何々?もしかして今回のレポート、駄目だった…?」
「いや、むしろ真逆だ。だが…」
途中で言葉をとぎらせ、手元にあるレポートをめくる。
それはまさしく、神子が提出したレポートに間違いなかった。
神子はレポートの内容がてっきり、受け入れられないかと思っていたが、杞憂の様だ。
「…もしかして、足りない?」
「そうだな」
「う…嘘ぉぉぉ!」
余り想像したくないが、レポートを書いた紙が足りないらしい。
万全なつもりで用意し、提出したレポートだったので、神子のショックはかなり大きかった。
「そんなに気にするな、神子。また時間がある時にでも出せば構わない」
「うぅー…ごめんね孫一ちゃん」
「大丈夫だ」
ガックリ肩を落として落ち込む神子に、孫一はキッパリと返して慰めてくれる。
『コンコンッ』
ちょうどその時、部屋に扉を軽めに叩く音がして、珍しく来客が現れた事を知らせた。
「客か…珍しい」
「私が出てみるよ」
「待て、姫にでもまかせれば…無駄に早いな」
肩を落として落ち込んでいたと言うのに、復活が早い神子はパッと入り口兼ね、出口の扉へ向かう。
来客の迎えは基本的に鶴姫の仕事だが、神子はお構い無しだった。
『ガチャッ』
「こんにちは、何か御用ですか?」
「ああ、用はある。まごうことなきぬしにな」
「お…大谷さん!!」
扉を開いて客を迎えてみれば、屋敷に居る筈の大谷の姿が。
「どうして此処に?まさか…何かあったんですか!?」
「早とちりをするな、喧しい」
「痛っ!」
夫の来訪で何か有ったのかと慌てる神子に、大谷がぱしんと手に持っている何かではたく。
「いたた~……って、それレポートじゃないですか!」
「左様よ。なんとまぁ、いかにも分かりやすい場に有ったが」
「う…!?ど、何処にですか…」
「居間の机」
「わっ…分かりやすい」
欠けていたレポート用紙を見て歓喜な声を上げる神子だが、大谷の方は明らか面倒そうな顔をしていた。
「あれ程に早朝から喧しくしよって」
『パシンパシンッ!』
「あだだだ!ちょっ…痛いですよ大谷さん!!」
仕置きなのか大谷はレポート用紙でひたすら、神子の頬をひっぱたく。
「ちょっと大谷さん!神子さんが痛がってるじゃありませんか!止めてあげて下さい!!」
「蝶々さん、神子ちゃんをいじめるなら…市、許さない…」
「鶴ちゃん…市ちゃん…一旦落ち着いて、私は全然大丈夫だから」
もちろん見逃す訳にはいかない鶴姫とお市が、神子と大谷の間に割り込んで来た。
「貴様らァ!刑部に何をする気だ!!」
それを遠巻きに見ていたのか、三成が怒号を上げながら現れた。
「三成くん!?どうして三成くんまで?」
「私は刑部を此処まで送り届け、付き添いで来ただけだ!」
「送り…?あ、」
三成のある言葉に神子が反応して、不意に周囲を見渡し始めた。
するとお目当てのものが見つかって、神子は嗚呼と頷いた。
事務所である建物の道路の前に、一台の(どう見ても高級そうな)車が停まっていた。
「持ってきて、くれたんですね」
「…まぁ、暇潰しよヒマツブシ」
ギャーギャーと言い合いが始まりそうな中、神子は大谷からレポートをようやく渡して貰った。
「はい孫一ちゃん、今度こそ提出するね」
「ああ、分かった。まとめて目を通す、お前はもう帰って良いぞ」
「…え?」
欠けていたレポート用紙を手渡し、完璧に提出は成せた。
無事にレポートを出せてほっとしていた神子に、孫一がそう言った。
「まだ三時半だよ?確か六時までの筈じゃあ…」
「お前のお陰で山積みの書類も、全て整理できた。もう大丈夫だ」
「で、でも…私、有給までとって孫一ちゃん達に迷惑かけてるし…」
「迷惑だと?神子。次からはその様な言葉、二度と口にするなよ」
「いひゃいです…!」
今度は孫一にまで頬をつねられる神子が居た
「良いかよく聞け、神子」
「聞きます…」
「我らはお前が迷惑をかけているとは思わない。思うつもりもない。だから己を無下にするな。我らもお前を心配するが、一番にお前を案じている存在が居る事を忘れるな」
「了解しました…」
久々に聞いた孫一の説教に神子はしゅんと落ち込んで、俯いてしまった。
「大丈夫ですよ神子さん!私達でズバッと、終わらせちゃいますから!」
「…市も大丈夫よ。だから神子ちゃんは蝶々さんと、帰ってあげて…」
「本当に良いの?」
「…うん、大丈夫」
「じゃあ皆の仕事が終わったらメールしてね、疲れてたら無理にしなくて良いからね…?」
「…無理なんてしないわ…市、長政様と神子ちゃんに心配させたくないもの…」
いつも以上に孫一達と名残惜しそうに会話する神子を、不機嫌そうな三成を隣に大谷は黙って見つめていた。
「佐伯…よくも刑部を長時間立たせていたな…」
「!!い、いや別に大谷さんをずっと立たせようなんて全然思って、」
「問答無用!そこに直れ!!残滅してくれる!!!」
「大谷さぁぁぁん!!」
「どちらも騒がしいわ」
「「うぐっ!?」」
怒り狂う三成と己に助けを求める神子、大谷は二人の頭を平等に叩いた
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