春の日
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「え~と…どっちが似合うかな」
「神子、身支度は済んだか?」
人一人ぐらいの大きさを持つ鏡の前で、神子はいつもより華やかな服装をしていた。
さらには胸元あたりに何か小さいものを当てて、悩んでいた。
何回もそれを交換して、どちらが良く似合うのか、決めかねていたのだ。
終わりがなさそうに見えていた頃、大谷が全開している障子の端から頭を出して、神子を呼ぶ。
「あ。大谷さん、ちょうど良かった!これとこれ、どっちが似合いますか?」
「どちらでも良かろ」
右手には紺色のブローチ、左手には赤色のブローチを持って、神子は大谷に問うたがあっさりと一刀両断された。
「どちらでも…てっ、言われても悩んじゃいますよ」
「ぬしが良かれと思うがままに、決めれば良い」
「無理です」
「まちと考えよ。ぬし自身は、どちらが良いのだ」
「私としては、こちらの方が…」
無駄に悩む神子に大谷は、まっとうな意見を出した。
それに押されて神子は赤のブローチを見つめた。
蝶々の形を成すそれを
「ほう…ぬしは燕よりも、蝶を選ぶ」
「燕も好きですよ。むしろ大好きです」
「ならば、何故蝶を所望するのか」
「何となく…本当に何となくですけど、蝶々に引かれるんですよ。赤い蝶々に」
「………左様か」
紺色のブローチ…―燕の形を成している―を竹籠に入れて、神子は両手で蝶々を模したブローチを包み込む。
割れ物を扱うかの様に。
神子からの答えを聞いて、小さな相槌を打った大谷は、いつの間にか近くに居て蝶々のブローチを手に取る。
「大谷さん?」
「我が付けてやろ」
「何でですか?」
「気分よ、キブン」
余り納得して頷ける返答ではないが、神子は言葉に甘えて大谷に任せる事にした。
「ありがとうございます。やっぱり蝶々も良いなぁ…」
「やれ、己に見惚れている暇があるか」
「見惚れてないですよ!」
その後は互いに必要なものを持って、屋敷の門を出た。
「ごめんね孫一ちゃん!鶴ちゃん!」
門をくぐって屋敷外に出た瞬間、神子は声を上げて謝罪をする。
「気にするな。我らも今来たばかりだ」
「焦らなくて大丈夫ですよ!神子さん!!」
謝罪された本人達は全く気にしていない。
「わざわざ迎えに来て貰って、ごめんね」
「神子はまだ病み上がりなのだろう?これ位は当然だ。それに、もう謝罪はいらない」
また謝罪する神子を少し叱るかの様に、一人の女性…雑賀孫一が言う。
「う…ごめ、」
「聞いてる傍から、また言ってますよ!神子さん」
どうやっても謝りそうな神子に、少女が口を挟む。
少女の名は鶴姫と言い、御近所の神社で巫女さんを勤めている。
対して孫一は神子の仕事での上司的存在である。
「お前は本当に己よりも、他を気にかけ過ぎだ」
「…はい」
「分かったなら以後、自己管理を。夫の事も細かく考えるのだぞ」
「分かりました」
素直に答えた神子を、孫一は優しく撫でた。
「あ!そう言えば神子さん。お市さんは来るんですか!?」
「うん!数日前にメールして、返事が戻ったからきっと来るよ」
女性同士で会話を楽しむ一方、大谷は杖をつきながら眺めていた。
「貴様から外に赴くとは、考えもしなかったが」
「ヒヒッ、我も人の子よ。たまには日を拝んでも良いではないか」
孫一や鶴姫よりも先に、大谷宅へ辿り着いていた三成と言葉を交わしながら
このような仕事仲間が集まり、団体になっているのは理由があった。
一週間前、神子は疲労を重ねて風邪をひいてしまった。
大谷と三成の看病で熱は下がり、体の怠惰感も消えたのだが、まだまだ全快とは言いきれる状態にはならなかった。
『神子』
『何でしょうか…?』
『ぬしは今、退屈か?』
『まぁ…はい、退屈ですけど…』
もう病人とは言えない顔色と、声の覇気で神子はもう全快間近に見えるが、やけに大谷が寝かせつけるので神子は退屈だった。
そんな神子の様子を見て、大谷が話を持ちかけた。
『時があらば外にでも足を運ぶか』
『本当ですか!?』
『誰が起きよと言った』
『痛っ!頬っぺたをつねないで下さい!!』
思わず神子はガバッと上半身を起こすが、頬を大谷につねられた。
『ぬしが全快になればの話よ』
『分かりました~…』
その後、大谷に隠れて携帯をいじっていた所を見られ、デコピンを喰らった神子であった
『我に隠れて何をしている』
『痛っ!』
そして今。
「ごめんね…市、皆を待たせちゃった…?」
「市ちゃん!!まだ大丈夫だよ!」
雑談をしていると、耳をすまさなければ聞こえない程、小さな声で神子達に謝罪をする女性が現れた。
「この前は急に電話してごめんね」
「良いの…市、神子ちゃんの元気な声が聞けて良かったもの…」
「市ちゃんー!!」
声は小さいが、お市の表情は明るく笑みを浮かべていた。
お市の言葉と笑顔に嬉しくなった神子は、思わず抱きついた。
「今度は浅井さんと一緒に、お茶をしようね!」
「……うん」
非常に睦まじい光景だが、とある者は複雑な表情をしていた。
「刑部…まさか妬んで、」
「ぬしが冗談を言うには見えぬが」
「いや、何でもない…」
それを隣で見ていた三成が声をかけるが、大谷は複雑な表情から無表情になった。
(…図星だったのか)
幼なじみ故に、変化の分かりにくい大谷の表情を理解している三成は、口には出せずにそう思った
「さて…人数もそろった事だ。早速出発する」
「そうだね!…でも孫一ちゃん」
「どうした?」
「やけに高そうな車だけど…本当に乗って大丈夫なの?」
「何を今さら、神子達の為に出してきた車だ。乗せない理由があるのか?」
待ち合い人は全員そろったので、孫一が運転する車に乗り込む事になったが…
余りの立派な車に、神子は遠慮感を持った。
後部座席への扉を開けてもなお、遠慮がちな神子を大谷が背中から押す。
おかげで座席に顔を突っ込む羽目になった。
「押さないで下さいよ大谷さん!!」
「はやに座らんぬしが悪い」
「刑部の言う通りだ佐伯」
「何で三成くんまで!?」
大谷に怒る神子だが、三成にまで諫められてしまった。
「うぅ…」
「神子ちゃん大丈夫…?ほら…市と一緒に座ろう…?」
「市ちゃぁぁん!!」
完全に落ち込んだ神子を、お市が慰めてくれた。
また神子がお市に抱きつき、大谷が無表情になったのを、三成だけが知っていた。
孫一が運転する車にめいめい乗り込み(鶴姫が助手席に座り、お市が一番右端に座って、その隣に神子・大谷・三成が座った)一行は出発した。
行き先は、神子が大好きだと言う動物園に
「よし、着いたぞ」
「やっと着きましたね!」
「そうだね。道がそんなに混んでなくて助かった…」
目的地に到着し、孫一が告げる。
本日は休日の日だが、運よく車は渋滞に巻き込まれずに済んだ。
「あ、大丈夫ですか?大谷さん」
「案じなど無用よ」
「佐伯。刑部を案じる暇があれば椅子を用意しろ」
「言われなくてもそうするつもり!」
車から降りる際、後ろから大谷を心配する神子だったが、三成に小言を貰ってしまった。
「孫一ちゃん。車椅子はトランクに積んでくれたの?」
「ああ。今出してやるからな」
「良いよ良いよ。私が出すから」
「神子には重荷だ。それで怪我をしたらどうする」
「大丈夫だって。孫一ちゃんにも悪いし」
車の後尾に存在するトランクには、車椅子が積んであった。
長時間の歩行は辛かろうと、神子が大谷の為に用意したのだ。
「神子。ぬしは先に行きやれ」
「え?でも大谷さんを置いて行くなんて、」
「又言うか」
「むぐぐぐ…」
トランクに折り畳んで収納された車椅子の前にて、話し合いをする神子と孫一に大谷が割って入る。
先に園内へ行くように促すが、やはり神子は大谷の事を口にする。
なのでまた、頬を引っ張られた。
「此度は三成も居る。ぬしも気を抜くぐらいはせい」
「良いんですか?」
「よい。さっさと行くがいい」
「ちょっと酷くありませんか…」
「神子ちゃん…蝶々さんも言っているから行こう?ね、市は神子ちゃんと行きたいの…」
「そ…うだね。お市ちゃんの言う通りに、今日ぐらいは好きにしてみようかな」
「じゃあ行こう…」
軽く神子の腕を引っ張って、お市は歩き出した。
たまには肩の荷を降ろして、いつもよりは気を抜こうと神子はお市と歩き出した。
「では御言葉に甘えて…先に行っていますから。何かあったら電話して下さい」
お市に腕を引かれながらも、神子はまだ大谷から意識を逸らしていなかった
「え~と、最初は何処に行こうかな…。お市ちゃんは何が見たい?」
入り口にて貰った園内の地図を見ながら、神子がお市に問いかけた。
「市…ハシビロコウが見たい」
「私も!テレビとか新聞で載ってたから見たいと思ってた!」
神子が動物園に来たいと言った理由、それはハシビロコウと呼ばれる鳥を見る為であった。
ハシビロコウとは動かない鳥と、世間で有名になっている鳥。
動かないのは獲物であるハイギョが呼吸の為に、水面に現れたのを捕食するまで、無駄な体力を消耗しない故である。
その鳥を、テレビで放映されたり新聞で見かけたりする度に、神子はいずれ見たいと何度も思っていた。
「地図だとここの辺りだって。行ってみよう!」
「うん…!」
仲良く手を繋いで歩く神子とお市の姿は、まるで姉妹の様であった。
「あ!彼処にいた」
神子の声と同時に指が指された方向を見れば、威厳を放って仁王立ちをする鳥が見えた。
間違いなしに、ハシビロコウだ。
「あれ…意外と人がいるね。もうちょっと近付いてみようか」
「そうね…」
握っていた手を放したと思ったら、今度は神子の腕にがっちりとお市の腕がまわっていた。
しかし神子は特に気にせず、お市と一緒にハシビロコウの元へ近付いてゆく。
ハシビロコウを一目見ようと、約二十人ぐらいの人が集まっていた。
神子とお市も、その中に紛れる。
人はそれなりに居たのだが、一番手前の手すりの場所まで近付けた。
「うわぁ~…テレビで見たけど、やっぱり大きいね」
「市、びっくりした…」
己を見つめる人の目線も気にせず、ハシビロコウは只じっとしていた。
「動かない鳥」としての由縁を、表すかの様に。
「本当に動かないのね…」
「そうだねー。もしこのまま動かないなら、銅像に見えてきちゃうかも」
やはりハシビロコウは動かない。
本当に生きている様には見えず、置物に見えてきそうだ。
「動かないね…せっかくハシビロコウを見に来たんだから、ちょっとは動く所が見たいなぁ…」
「市もハシビロコウが飛ぶ所、見たい…」
お互いの希望を呟いてみるが、当然ハシビロコウは動かない。
「はぁ…どれぐらい待てば、動いてくれるかな」
「…一時間以上?」
「長くない!!?」
ハシビロコウが動くまで、その場で待ってみようとした神子だが、お市の発言に絶叫した。
「あ、神子さんにお市さん見っーけ!!」
「ここに居たのか」
絶叫していたら、孫一と鶴姫がやって来た。
「ごめんね孫一ちゃん、鶴ちゃん。先に行っちゃってて…」
「良いんですよ!私たちも色々と見てまわって来ましたから!」
「我らもハシビロコウを拝んでみようと思ってな」
「そのハシビロコウなんだけどさぁ…」
「どうした?」
溜め息と共に呟きを漏らした神子に孫一が聞き返す。
「動かない鳥だから有名なのは分かるけどさ、やっぱりちょっとだけで良いから、動いてる所見たいなって。市ちゃんは飛んでるのが見たいらしいし」
「それは難しいな。ハシビロコウも、理由がなくて動かない訳ではない」
「そうだよね。鶴ちゃんは何が一番気に入った?」
「馬です!犬みたいでしたよ!!」
「…犬?」(確かに同じ四足歩行だけど…流石に犬には…)
待っているだけも暇なので、四人でお喋りをしていた。
鶴姫の話には思わず困った神子がいたのが。
「孫一ちゃんは?」
「我らは鷹だ」
「鷹!孫一ちゃんにお似合いかも!」
「そうか?我らはやはりカラスが好みなのだが」
「…皆見て、ハシビロさんが…」
「え?」
お市のハシビロコウの呼び方に突っ込もうとした神子だが、目線を向けた方向に釘付けとなった。
なんと、ハシビロコウが歩んでいたのだ。
しかも神子達のいる方へと。
「う、動いてる…」
「…ゆっくりね。市、眠くなってきたわ…」
「こちらに来ているな」
「大きな鳥さんですねー」
ハシビロコウがゆっくりと歩んでいる中、思い思いの言葉を呟く。
ようやく、ハシビロコウが手すりの近くにまで来た。
「何だか神子さんを見てますよ」
「私!?」
「確かにな」
「市も、そう思う…」
皆に言われて気付いたが、ハシビロコウの目線は神子に注がれていた。
ジッと見つめる金色の瞳に、神子は反らせずにいた。
(な…何だか威圧感を感じる…!!)
何故かハシビロコウに威圧される神子。
害を成されるのは決して無いが、その仁王立ちするハシビロコウにはどうも逆らえない気がした。
しかし軽く怖じ気付いた神子に対して、ゆっくり(実にゆっくりだが)首を振って御辞儀をする様に首を下ろした。
「あれ…御辞儀、してるの?コレ?」
「御辞儀だな」
「知ってますか!?ハシビロコウが御辞儀をするのは好意を表すんですよ!」
「そ…そうなの?」
御辞儀をされて戸惑う神子に、鶴姫が説明した。
「神子ちゃん、ハシビロさんになつかれてるのね…」
「なついてるの!?」
お市に突っ込みまくる神子だったが、その後も四人で動物園を満喫したのだった
「神子よ暇潰しにはなったか?」
「なりました!今日はありがとうございます」
「我よりも他に礼を述べてやれ」
「そうでした。孫一ちゃん、鶴ちゃん、市ちゃん、今日は本当にありがとう」
「気にするな。我らも暇潰しにはなった」
「また一緒に出掛けましょうね!」
夕方頃、動物園は閉まって神子達は帰宅した。
帰宅したと言ったが、孫一達が大谷宅の屋敷まで送ってくれた。
車から降りて久々に大谷と会話を交わす神子は、孫一達に礼を言う。
礼を言われた孫一と鶴姫は満更もなさそうだが、お市だけは無言であった。
「市ちゃん?どうしたの具合でも悪いの?」
「………」
「わっ!?い、市ちゃん!!?」
無言のままなお市を心配した神子が、顔を覗き込んだ。
所が、間髪もなくお市が神子を抱き締める。
「市ちゃん本当にどうしたの?」
「………ないで」
「?」
「もう無理はしないで…神子ちゃん」
「え?無理…?」
「ぬしが風の病で倒れおった事よ」
「あー…」
自分を抱き締めているので、お市の顔が見えない。
さらにお市の行動と言葉に神子の頭は大混乱になった。
それを見ていた大谷がお市の言葉を訳した。
「市、心配だったの…いつもしてくれる電話がこないから…」
「うん…ごめんね、市ちゃん…」
「だからもう…無理して体を壊さないでね…?市と約束してね…?」
「約束するよ。もう、変に無理じいなんてしないから」
「本当…?」
「本当だよ。じゃあ指切りしよう」
やっと神子を解放して、お市が顔を見せてくれた。
何度も心配して聞き返そうなお市に、神子は小指を出した。
それにお市も小指を出す。
「嘘ついたら針千本飲~ます!指切った!」
「約束よ…?神子ちゃん」
「うん!約束。また後で電話するからね!!」
「…うん。市、待ってる」
最後に手を握りあって、お市は孫一、鶴姫と共に帰って行った。
「ふぅ…今後は変に無理出来ないなぁ」
「ぬしがソレを肝に命じておけば良い」
「大谷さんまで…。そう言えば三成くんは?」
「当に帰った。己のおなごに贈り物でもあるそうだ」
「ああ…アレかぁ…」
大谷の言葉に神子は三成を頭に思い浮かべて、苦笑いをした
「神子、身支度は済んだか?」
人一人ぐらいの大きさを持つ鏡の前で、神子はいつもより華やかな服装をしていた。
さらには胸元あたりに何か小さいものを当てて、悩んでいた。
何回もそれを交換して、どちらが良く似合うのか、決めかねていたのだ。
終わりがなさそうに見えていた頃、大谷が全開している障子の端から頭を出して、神子を呼ぶ。
「あ。大谷さん、ちょうど良かった!これとこれ、どっちが似合いますか?」
「どちらでも良かろ」
右手には紺色のブローチ、左手には赤色のブローチを持って、神子は大谷に問うたがあっさりと一刀両断された。
「どちらでも…てっ、言われても悩んじゃいますよ」
「ぬしが良かれと思うがままに、決めれば良い」
「無理です」
「まちと考えよ。ぬし自身は、どちらが良いのだ」
「私としては、こちらの方が…」
無駄に悩む神子に大谷は、まっとうな意見を出した。
それに押されて神子は赤のブローチを見つめた。
蝶々の形を成すそれを
「ほう…ぬしは燕よりも、蝶を選ぶ」
「燕も好きですよ。むしろ大好きです」
「ならば、何故蝶を所望するのか」
「何となく…本当に何となくですけど、蝶々に引かれるんですよ。赤い蝶々に」
「………左様か」
紺色のブローチ…―燕の形を成している―を竹籠に入れて、神子は両手で蝶々を模したブローチを包み込む。
割れ物を扱うかの様に。
神子からの答えを聞いて、小さな相槌を打った大谷は、いつの間にか近くに居て蝶々のブローチを手に取る。
「大谷さん?」
「我が付けてやろ」
「何でですか?」
「気分よ、キブン」
余り納得して頷ける返答ではないが、神子は言葉に甘えて大谷に任せる事にした。
「ありがとうございます。やっぱり蝶々も良いなぁ…」
「やれ、己に見惚れている暇があるか」
「見惚れてないですよ!」
その後は互いに必要なものを持って、屋敷の門を出た。
「ごめんね孫一ちゃん!鶴ちゃん!」
門をくぐって屋敷外に出た瞬間、神子は声を上げて謝罪をする。
「気にするな。我らも今来たばかりだ」
「焦らなくて大丈夫ですよ!神子さん!!」
謝罪された本人達は全く気にしていない。
「わざわざ迎えに来て貰って、ごめんね」
「神子はまだ病み上がりなのだろう?これ位は当然だ。それに、もう謝罪はいらない」
また謝罪する神子を少し叱るかの様に、一人の女性…雑賀孫一が言う。
「う…ごめ、」
「聞いてる傍から、また言ってますよ!神子さん」
どうやっても謝りそうな神子に、少女が口を挟む。
少女の名は鶴姫と言い、御近所の神社で巫女さんを勤めている。
対して孫一は神子の仕事での上司的存在である。
「お前は本当に己よりも、他を気にかけ過ぎだ」
「…はい」
「分かったなら以後、自己管理を。夫の事も細かく考えるのだぞ」
「分かりました」
素直に答えた神子を、孫一は優しく撫でた。
「あ!そう言えば神子さん。お市さんは来るんですか!?」
「うん!数日前にメールして、返事が戻ったからきっと来るよ」
女性同士で会話を楽しむ一方、大谷は杖をつきながら眺めていた。
「貴様から外に赴くとは、考えもしなかったが」
「ヒヒッ、我も人の子よ。たまには日を拝んでも良いではないか」
孫一や鶴姫よりも先に、大谷宅へ辿り着いていた三成と言葉を交わしながら
このような仕事仲間が集まり、団体になっているのは理由があった。
一週間前、神子は疲労を重ねて風邪をひいてしまった。
大谷と三成の看病で熱は下がり、体の怠惰感も消えたのだが、まだまだ全快とは言いきれる状態にはならなかった。
『神子』
『何でしょうか…?』
『ぬしは今、退屈か?』
『まぁ…はい、退屈ですけど…』
もう病人とは言えない顔色と、声の覇気で神子はもう全快間近に見えるが、やけに大谷が寝かせつけるので神子は退屈だった。
そんな神子の様子を見て、大谷が話を持ちかけた。
『時があらば外にでも足を運ぶか』
『本当ですか!?』
『誰が起きよと言った』
『痛っ!頬っぺたをつねないで下さい!!』
思わず神子はガバッと上半身を起こすが、頬を大谷につねられた。
『ぬしが全快になればの話よ』
『分かりました~…』
その後、大谷に隠れて携帯をいじっていた所を見られ、デコピンを喰らった神子であった
『我に隠れて何をしている』
『痛っ!』
そして今。
「ごめんね…市、皆を待たせちゃった…?」
「市ちゃん!!まだ大丈夫だよ!」
雑談をしていると、耳をすまさなければ聞こえない程、小さな声で神子達に謝罪をする女性が現れた。
「この前は急に電話してごめんね」
「良いの…市、神子ちゃんの元気な声が聞けて良かったもの…」
「市ちゃんー!!」
声は小さいが、お市の表情は明るく笑みを浮かべていた。
お市の言葉と笑顔に嬉しくなった神子は、思わず抱きついた。
「今度は浅井さんと一緒に、お茶をしようね!」
「……うん」
非常に睦まじい光景だが、とある者は複雑な表情をしていた。
「刑部…まさか妬んで、」
「ぬしが冗談を言うには見えぬが」
「いや、何でもない…」
それを隣で見ていた三成が声をかけるが、大谷は複雑な表情から無表情になった。
(…図星だったのか)
幼なじみ故に、変化の分かりにくい大谷の表情を理解している三成は、口には出せずにそう思った
「さて…人数もそろった事だ。早速出発する」
「そうだね!…でも孫一ちゃん」
「どうした?」
「やけに高そうな車だけど…本当に乗って大丈夫なの?」
「何を今さら、神子達の為に出してきた車だ。乗せない理由があるのか?」
待ち合い人は全員そろったので、孫一が運転する車に乗り込む事になったが…
余りの立派な車に、神子は遠慮感を持った。
後部座席への扉を開けてもなお、遠慮がちな神子を大谷が背中から押す。
おかげで座席に顔を突っ込む羽目になった。
「押さないで下さいよ大谷さん!!」
「はやに座らんぬしが悪い」
「刑部の言う通りだ佐伯」
「何で三成くんまで!?」
大谷に怒る神子だが、三成にまで諫められてしまった。
「うぅ…」
「神子ちゃん大丈夫…?ほら…市と一緒に座ろう…?」
「市ちゃぁぁん!!」
完全に落ち込んだ神子を、お市が慰めてくれた。
また神子がお市に抱きつき、大谷が無表情になったのを、三成だけが知っていた。
孫一が運転する車にめいめい乗り込み(鶴姫が助手席に座り、お市が一番右端に座って、その隣に神子・大谷・三成が座った)一行は出発した。
行き先は、神子が大好きだと言う動物園に
「よし、着いたぞ」
「やっと着きましたね!」
「そうだね。道がそんなに混んでなくて助かった…」
目的地に到着し、孫一が告げる。
本日は休日の日だが、運よく車は渋滞に巻き込まれずに済んだ。
「あ、大丈夫ですか?大谷さん」
「案じなど無用よ」
「佐伯。刑部を案じる暇があれば椅子を用意しろ」
「言われなくてもそうするつもり!」
車から降りる際、後ろから大谷を心配する神子だったが、三成に小言を貰ってしまった。
「孫一ちゃん。車椅子はトランクに積んでくれたの?」
「ああ。今出してやるからな」
「良いよ良いよ。私が出すから」
「神子には重荷だ。それで怪我をしたらどうする」
「大丈夫だって。孫一ちゃんにも悪いし」
車の後尾に存在するトランクには、車椅子が積んであった。
長時間の歩行は辛かろうと、神子が大谷の為に用意したのだ。
「神子。ぬしは先に行きやれ」
「え?でも大谷さんを置いて行くなんて、」
「又言うか」
「むぐぐぐ…」
トランクに折り畳んで収納された車椅子の前にて、話し合いをする神子と孫一に大谷が割って入る。
先に園内へ行くように促すが、やはり神子は大谷の事を口にする。
なのでまた、頬を引っ張られた。
「此度は三成も居る。ぬしも気を抜くぐらいはせい」
「良いんですか?」
「よい。さっさと行くがいい」
「ちょっと酷くありませんか…」
「神子ちゃん…蝶々さんも言っているから行こう?ね、市は神子ちゃんと行きたいの…」
「そ…うだね。お市ちゃんの言う通りに、今日ぐらいは好きにしてみようかな」
「じゃあ行こう…」
軽く神子の腕を引っ張って、お市は歩き出した。
たまには肩の荷を降ろして、いつもよりは気を抜こうと神子はお市と歩き出した。
「では御言葉に甘えて…先に行っていますから。何かあったら電話して下さい」
お市に腕を引かれながらも、神子はまだ大谷から意識を逸らしていなかった
「え~と、最初は何処に行こうかな…。お市ちゃんは何が見たい?」
入り口にて貰った園内の地図を見ながら、神子がお市に問いかけた。
「市…ハシビロコウが見たい」
「私も!テレビとか新聞で載ってたから見たいと思ってた!」
神子が動物園に来たいと言った理由、それはハシビロコウと呼ばれる鳥を見る為であった。
ハシビロコウとは動かない鳥と、世間で有名になっている鳥。
動かないのは獲物であるハイギョが呼吸の為に、水面に現れたのを捕食するまで、無駄な体力を消耗しない故である。
その鳥を、テレビで放映されたり新聞で見かけたりする度に、神子はいずれ見たいと何度も思っていた。
「地図だとここの辺りだって。行ってみよう!」
「うん…!」
仲良く手を繋いで歩く神子とお市の姿は、まるで姉妹の様であった。
「あ!彼処にいた」
神子の声と同時に指が指された方向を見れば、威厳を放って仁王立ちをする鳥が見えた。
間違いなしに、ハシビロコウだ。
「あれ…意外と人がいるね。もうちょっと近付いてみようか」
「そうね…」
握っていた手を放したと思ったら、今度は神子の腕にがっちりとお市の腕がまわっていた。
しかし神子は特に気にせず、お市と一緒にハシビロコウの元へ近付いてゆく。
ハシビロコウを一目見ようと、約二十人ぐらいの人が集まっていた。
神子とお市も、その中に紛れる。
人はそれなりに居たのだが、一番手前の手すりの場所まで近付けた。
「うわぁ~…テレビで見たけど、やっぱり大きいね」
「市、びっくりした…」
己を見つめる人の目線も気にせず、ハシビロコウは只じっとしていた。
「動かない鳥」としての由縁を、表すかの様に。
「本当に動かないのね…」
「そうだねー。もしこのまま動かないなら、銅像に見えてきちゃうかも」
やはりハシビロコウは動かない。
本当に生きている様には見えず、置物に見えてきそうだ。
「動かないね…せっかくハシビロコウを見に来たんだから、ちょっとは動く所が見たいなぁ…」
「市もハシビロコウが飛ぶ所、見たい…」
お互いの希望を呟いてみるが、当然ハシビロコウは動かない。
「はぁ…どれぐらい待てば、動いてくれるかな」
「…一時間以上?」
「長くない!!?」
ハシビロコウが動くまで、その場で待ってみようとした神子だが、お市の発言に絶叫した。
「あ、神子さんにお市さん見っーけ!!」
「ここに居たのか」
絶叫していたら、孫一と鶴姫がやって来た。
「ごめんね孫一ちゃん、鶴ちゃん。先に行っちゃってて…」
「良いんですよ!私たちも色々と見てまわって来ましたから!」
「我らもハシビロコウを拝んでみようと思ってな」
「そのハシビロコウなんだけどさぁ…」
「どうした?」
溜め息と共に呟きを漏らした神子に孫一が聞き返す。
「動かない鳥だから有名なのは分かるけどさ、やっぱりちょっとだけで良いから、動いてる所見たいなって。市ちゃんは飛んでるのが見たいらしいし」
「それは難しいな。ハシビロコウも、理由がなくて動かない訳ではない」
「そうだよね。鶴ちゃんは何が一番気に入った?」
「馬です!犬みたいでしたよ!!」
「…犬?」(確かに同じ四足歩行だけど…流石に犬には…)
待っているだけも暇なので、四人でお喋りをしていた。
鶴姫の話には思わず困った神子がいたのが。
「孫一ちゃんは?」
「我らは鷹だ」
「鷹!孫一ちゃんにお似合いかも!」
「そうか?我らはやはりカラスが好みなのだが」
「…皆見て、ハシビロさんが…」
「え?」
お市のハシビロコウの呼び方に突っ込もうとした神子だが、目線を向けた方向に釘付けとなった。
なんと、ハシビロコウが歩んでいたのだ。
しかも神子達のいる方へと。
「う、動いてる…」
「…ゆっくりね。市、眠くなってきたわ…」
「こちらに来ているな」
「大きな鳥さんですねー」
ハシビロコウがゆっくりと歩んでいる中、思い思いの言葉を呟く。
ようやく、ハシビロコウが手すりの近くにまで来た。
「何だか神子さんを見てますよ」
「私!?」
「確かにな」
「市も、そう思う…」
皆に言われて気付いたが、ハシビロコウの目線は神子に注がれていた。
ジッと見つめる金色の瞳に、神子は反らせずにいた。
(な…何だか威圧感を感じる…!!)
何故かハシビロコウに威圧される神子。
害を成されるのは決して無いが、その仁王立ちするハシビロコウにはどうも逆らえない気がした。
しかし軽く怖じ気付いた神子に対して、ゆっくり(実にゆっくりだが)首を振って御辞儀をする様に首を下ろした。
「あれ…御辞儀、してるの?コレ?」
「御辞儀だな」
「知ってますか!?ハシビロコウが御辞儀をするのは好意を表すんですよ!」
「そ…そうなの?」
御辞儀をされて戸惑う神子に、鶴姫が説明した。
「神子ちゃん、ハシビロさんになつかれてるのね…」
「なついてるの!?」
お市に突っ込みまくる神子だったが、その後も四人で動物園を満喫したのだった
「神子よ暇潰しにはなったか?」
「なりました!今日はありがとうございます」
「我よりも他に礼を述べてやれ」
「そうでした。孫一ちゃん、鶴ちゃん、市ちゃん、今日は本当にありがとう」
「気にするな。我らも暇潰しにはなった」
「また一緒に出掛けましょうね!」
夕方頃、動物園は閉まって神子達は帰宅した。
帰宅したと言ったが、孫一達が大谷宅の屋敷まで送ってくれた。
車から降りて久々に大谷と会話を交わす神子は、孫一達に礼を言う。
礼を言われた孫一と鶴姫は満更もなさそうだが、お市だけは無言であった。
「市ちゃん?どうしたの具合でも悪いの?」
「………」
「わっ!?い、市ちゃん!!?」
無言のままなお市を心配した神子が、顔を覗き込んだ。
所が、間髪もなくお市が神子を抱き締める。
「市ちゃん本当にどうしたの?」
「………ないで」
「?」
「もう無理はしないで…神子ちゃん」
「え?無理…?」
「ぬしが風の病で倒れおった事よ」
「あー…」
自分を抱き締めているので、お市の顔が見えない。
さらにお市の行動と言葉に神子の頭は大混乱になった。
それを見ていた大谷がお市の言葉を訳した。
「市、心配だったの…いつもしてくれる電話がこないから…」
「うん…ごめんね、市ちゃん…」
「だからもう…無理して体を壊さないでね…?市と約束してね…?」
「約束するよ。もう、変に無理じいなんてしないから」
「本当…?」
「本当だよ。じゃあ指切りしよう」
やっと神子を解放して、お市が顔を見せてくれた。
何度も心配して聞き返そうなお市に、神子は小指を出した。
それにお市も小指を出す。
「嘘ついたら針千本飲~ます!指切った!」
「約束よ…?神子ちゃん」
「うん!約束。また後で電話するからね!!」
「…うん。市、待ってる」
最後に手を握りあって、お市は孫一、鶴姫と共に帰って行った。
「ふぅ…今後は変に無理出来ないなぁ」
「ぬしがソレを肝に命じておけば良い」
「大谷さんまで…。そう言えば三成くんは?」
「当に帰った。己のおなごに贈り物でもあるそうだ」
「ああ…アレかぁ…」
大谷の言葉に神子は三成を頭に思い浮かべて、苦笑いをした