物置というか供養所というか
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一面の麦畑。その真ん中に、生い茂った木々に囲まれて立つ一軒の家。
夕暮れ時には麦畑が一面赤く染まってキラキラと光を反射して、ゆっくりと地平線へ太陽が沈む。夏になれば家の周りに木漏れ日が優しく注ぎ込み、季節ごとにさまざまな花が咲く。
雪のように散るのはコブシの花だと、教えてくれた誰か。
泣きたくなるほど懐かしくて、そして何処でもないその家へ、帰りたかった、ずっと。
そうして生まれ育った島を出て、その家を探しにあてもない旅に出ることにしたのは、名前の人生では必然だった。
海の上を、てくてくと歩く。
荷物は最小限。ログポースを頼りに、ただ歩く。
今まで生まれ育った島から出たこともなかった名前。海はこんなにも広く、島々の間の距離がこんなに長いとは思わなかった。
「帽子…かぶってくるべきだったな」
歩くのは苦ではない。
が、日差しは別だ。
なんて旅立ち日和の良い天気、なんて思った数日前の自分に教えてやりたい。そのまま出発するとつむじが焼けてハゲ散らかすかもしれないと。
些細な抵抗ではあるが、脳天を手で隠しながらテクテク進む。日差しは強いが、水面は凪いでいて歩きやすい。
すると遠くに何かの影が見えた。
小舟だろうか。こんな大海に小船一隻で乗り出すなんてなかなかのチャレンジ精神である。
その影はどんどん近づいてきて、人が一人乗っているのがわかった。名前は小舟の方へ、小舟は名前の方へ向かっているらしく、間もなくすれ違うだろう。
変な人じゃないといいんだけど。
一人で海を歩いていると、変な輩に絡まれやすいことがここ数日でわかった。たった数日、3隻の海賊船に出会い、3隻ともに絡まれた。
争いは好まない名前だが、逃げても追ってくるのだから仕方ない。死なない程度に打ちのめして、その間に逃げることにした。厄介ごとには関わらないのが一番である。
小舟が目の前まで迫る。
名前は俯いたまますれ違うことにした。
「お前、それどうやって歩いてんだ?」
ああ、話しかけられた。
顔を上げれば、オレンジのテンガロンハットを被った半裸の男が、小舟から見下ろしている。その笑顔が先日叩きのめした海賊たちの下卑たソレとは全然違ったので、思わず返事をしてしまった。思えば、普通の人との会話は数日ぶりだ。
「…海に、入れないから、浮いて歩いてる」
「あァ?全然わからん、どういうことだ?」
その男は随分と正直な性格らしく、あまりにもそのセリフのまんまの表情をしていて、グッと寄せられた眉間の皺に、少しだけ笑ってしまった。
男の疑問符に、だろうなぁと、自分でも思う。
自分でもよくわからないのだから、説明のしようがないのだ。
「…海に、触れなくて」
訝しげな顔を見て、聞くより見るのが早いと、腰をかがめて海面へ手を突っ込んだ。
「…?!」
半裸の男が目を見開く。無理もない。
海は、名前の手を避けた。正確には、名前の手を入れた部分に穴が空いたように海水が凹んだ。濡れてもいない手を引き抜けば、海面はゆらりと元に戻る。
「触れないんだ、たぶん、生まれつき」
「、おっ前…!なんだそれ!すげェじゃねェか!」
男は、一拍おくと、陽射しを受けた水面のようにキラキラした目でそう述べた。
その笑顔がまるで憧れていたヒーローに出会った子どものようだったので、ついこちらも吹き出してしまった。
「そんなふうに言われたのは、初めてだ。ありがとう」
呪われているとは、よく言われたけど。
まぁそのおかけでこうして海面を歩けているわけだから、悪いことばかりでもない。
男は、エースと名乗った。悪魔の実の能力者で、あの小舟はその力で動かしているらしい。
なるほど、彼は海で泳げないから、あんなにすごいすごいと言ってくれたのだと理解した。確かに、わたしのこの体質ならまず溺れるということはない。
「名前はこんな海の真ん中で何してんだ?」
「…行きたいところがあって、旅に出たところなんだ」
「へェ、どこに向かってんだ?」
「とりあえず、ログポースに従って次の島。どこにあるのかわからないから、一つ一つ島を見て回るしかないと思って」
「一つ一つ?!そりゃ果てしねェなぁ…探してるっつーのは、どんなとこなんだ?」
エースは海賊で、グランドラインだけでなく、いろんな海の様々な島に行ったことがあるとのことだった。もしかしたら名前の探し求める場所を知っているかもしれないということで、どこか懐かしい不思議な家についての話を聞いてもらうことにした。
「広い麦畑ねェ…少なくとも、この先の島三つにはなかったな、その先もしばらくはないはずだ」
エースは名前の進行方向とは逆側から来たらしい。またその先もエースの所属する海賊の傘下の島らしく、内情をよく知っていた。
となるとしばらく先、島には用はない。
が、ログポースは溜めないと進めないわけで。
「そうか…」
どうしようかな、と逡巡すると、ふと目があったエースがニッと笑った。
「乗せてってやろうか?」
「え、いやでも逆方向…」
「任務も終えたし、急いでねェんだ。歩くよりよっぽど早く行けるぜ」
魅力的なお誘いに、それならば、と二つ返事で返してしまった。
そういえば、船に乗るのも初めてである。風を切って進むのはとても気持ちがよかった。
それにエースは、名前の夢物語のような話を、笑わずに聞いてくれた。平和な世界、平凡な暮らし、聞いたこともないのに知っている歌やお伽噺。
それを探しに行きたいのだと言えば、夢がでかいと笑ってくれた。
そして彼は、自分の話もたくさんしてくれた。故郷の話、今乗っているという海賊船と家族の話。彼の大切な兄弟の話では、お腹が捩れるほど笑わせてもらった。
世界には知らないものや面白いことが沢山あるのだと、教えてくれた。
「素敵だね、わたしも今の目標を叶えたら、そうやって海を巡るのも楽しいかもしれない」
「おお、すっげェ楽しいと思うぜ!その時はうちの船にこいよ。お前を親父に紹介してェ」
「エースの親父さん、見てみたいな。楽しみにしてるね」
「ああ、じゃあ、またな」
「ありがとう、助かったよ」
この先の島は傘下ではないからわからないと、この小さな島で別れることになった。それでもいくつ島を飛ばしてきたのだろうか、かなりのショートカットになったことは間違いない。
なんといっても人生は有限、この世界は無限大で、時間が足りないのだ。ログポースが溜まる時間を待つのも惜しい気がするほどだった。
別れ際、あ、そうだとエースがポケットから取り出したのは、小さな白い紙。
「これ、やる」
「…なにこれ」
「ビブルカードっつってな、俺と引き合うんだ」
その小さな切れ端を手のひらに乗せられる。じっと見つめると、少しずつエースの方へ引き寄せられるように動きはじめた。
「紙が、動いた…?!」
「はは、初めて見たか?旅が終わったら、コレでまま会いに来てくれ」
「すごい…ありがとう、必ず」
たった数日の付き合いだったが、お互いの夢や希望を語り合ったここまでの道中は、短時間とは思えないほど濃いものだった。
そしてエースはお日様みたいな笑顔で笑うと、船に乗り、またなと手を振って島を出た。
その姿が見えなくなるまで大きく手を振り、地平線に消えたあとも、しばらくその場で見つめ続けた。
友だちと、いえる関係になれたのだろうか。彼の笑顔を思い出すと、心が温かくなり、そして少しだけ寂しくなった。
さて。
この島のログはどれくらいで溜まるのだろうか。
大きな荷物を背負い直すと、この島の集落がある方向へ足をすすめた。
*****
「アンタねぇ、賞金首仕留めたら連絡しろって散々言ってるでしょう」
出会い頭にそう苦言を呈してきたのは、海の上を自転車で走ってやってきた長身の男。
この広大な海で、旅人である名前と他人との出会いなんて99.9%一期一会のはずなのに、何故かこれで四度めの邂逅である。
「あっちに漂ってた海賊船、まぁたアンタだろ」
「…………………絡まれたので、やむを得ず…」
「仕留めたら連絡しなさいよ、とっ捕まえないとまぁた暴れ出すでしょう」
「……連絡手段がないので」
「そう言うと思ってねェ、今回は持ってきたんだよねェ、電電虫。」
そう言って手に持った電電虫をこちらに突き出してくる。名前にくれるということだろうか。
「…………どこの誰のものですか」
「不本意ながらねェ、海軍の経費で今さっき買ってきた新品よ」
「…いりません」
「まぁまぁ、一つあると便利よ?」
「いやなんか怖いんで。発信器とか仕込まれてそうだし」
「………」
いや仕込まれてるんかーい。
海軍の息のかかった道具なんて全くもって全然欲しくない。丁重にお断りだ。
こちらが頑なに手を出さない様子を見て、その男はハァ、とひとつため息をついた。
「まぁじゃあ、ティータイムでもしようじゃねぇか」
「え、」
突然のお誘いに、嫌です、と言う間もなく。
ピキピキと海面が凍り、足場ができたと思うや否や、同じく氷のテーブルと二脚の椅子があっという間に出来上がった。
「ドーゾ」
「…」
全然座りたくない。ええもう、そりゃあ全然座りたくないのだが、名前はどうやらこの男に迷惑をかけているらしい。
初めて遭遇した時も、仕留めた賞金首を放置するなと怒られた。あっちこっちで海賊船が漂っていると通報があるにもかかわらず、駆けつけた頃にはすでに姿を消してたり通報した貨物線や漁船なんかが逆に襲われていたりして、なんだか後処理が大変らしい。
確かにそれは申し訳ないことをしたと思うが、いちいち通報してその場で待っているなんて時間の無駄過ぎるし、全員拘束しといて海軍がやってくる前に天候や別の海賊にやられて全滅なんて結果になったら寝覚が悪い。
というわけで毎回仕留めては放置(物資が足りないときは頂戴してるけど)していたところ、今回はどうやら偶然の遭遇ではなく、わざわざ彼は名前に会いに来たようだ。
軽く相手をして倒せるならそうして逃げるが、この男相手だとそうもいかないだろう。
名前の生まれ育った島は海軍の存在などとは縁遠く、その序列すら名前はよく知らないが、おそらくこの男は強いのだろうと思う。
初対面時に名前自身もお尋ね者かと思われて、問答無用で襲われかけたのを思い出す。その覇気に全身がブワリと粟立つ感覚は、今もなお覚えている。
そして彼自身、今まで立ち寄った島で幾度となく見かけた海軍たちが着ていたような制服も着ていないし、そもそも海上でソロ活動している時点で結構なお偉方か個別部隊であるだろうと予測していた。
名前は諦めて冷たい椅子に腰掛けた。長時間座っていると衣服がビショビショになりそうなので、用件だけ聞いて早めに切り上げようとそう決めた。
両者が椅子に掛けると、ピキピキッと氷のカップが出来上がった。男が何やら液体を注ぐ。コーヒーだろうか。
そしてカップを名前の前へ置くと、男が口を開いた。
「こんだけ倒しまくってるんなら、もういっそYou海軍に入っちゃいなYO」
「いやどこの社長ですか、入りませんけど」
「いや何そのツッコミ」
「ちょっと自分でもわかんないです」
なんか自然に出てきた、不思議。
相変わらず軽快な物言いに、どうにも海軍という感じがしないのがこの男の不思議なところだ。
「厄介なんだよねェ、アンタ。無駄に強いのに得体が知れなくて。上から調べてこいって言われてんの、俺。すごいめんどくさいのにさァ」
「…ぶっちゃけ過ぎでは…?だから前から言ってますけど、とある場所を探してるだけの一般人なんです。どうぞお構いなく」
「あァ、麦畑がどうたらってやつね…見つかった?」
「見つからないから今日もこうして当てもなく旅を続けてるわけですよね。」
「そんな果てしないことやめて、おいでませ海軍」
「えええ絶対やだ…」
「そう言うとは思ったけど…こっちも困るんだよねェ」
「同じセリフをお返しします」
「………」
「………」
沈黙が落ちる。
そんなこと言われてもこちらだって困るのだ。大体絡まれるから相手をしているだけで、こっちから手を出したことも一回もない。ただの旅人である。放っといてほしい。
目の前の男が、わざとらしく大きなため息をついた。
「…厄介だねェ。やり合ってなんとかなる相手でもなさそうだし」
「同感です。悪さしないので、放っといてください」
「そうしたいのは山々なんだけどねェ」
そう言うと、その男は胸元から電電虫を取り出し、机の上に乗せた。電電虫が寒そうな顔をしている。
「…いりませんよ?」
「…これは経費じゃないやつ」
「?」
「個人的に所有してるものの一つだ、これを渡しとくから、なんかあったら連絡に使って頂戴」
「…え、嫌ですけど」
「せめて動向がわかるようにしとかないと、上がうるさいんだよねェ。俺以外番号も知らないから、海軍の備品じゃないし、これくらい受け取ってもらわないと困るんだわ」
「…グザンさん以外からはかかってこないしかけなくていいってことですか」
「まぁそうなるね」
………じゃあまぁいい、かな?
海軍は好きじゃないけど、この男単体は嫌いではない。好きでもないけど。面倒くさくなさそうな人間だと思う。
倒した海賊を放置するのもちょっと気が引けてたし、都合がいいといえばそうかも知れない。
「……では、ありがたく。」
電電虫を受け取ると、男は満足そうにコーヒーらしき液体を口に運び、飲み干すと気だるげに立ち上がった。
「じゃあまぁ、問題なさそうってことで報告しとくから。悪さすんなよ」
「しませんって、一般人だって言ってるじゃないですか」
「お前みたいな一般人見たことないわ。じゃ、またな」
ヒラリと自転車に乗ると、キーコキーコと海の上を走っていってしまった。彼の自由人ぷりもなかなかのものだと思う。
転生もので、前世での思い出の場所を探してるって感じの話でした。