続きもの(惑星の森/シャンクス)
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その人は夜明け前に部屋を出ていく。
寝ているわたしに布団をかけ直して、静かにベッドを降りて、足音を立てずに。起こさないようにという気遣いがヒシヒシと伝わってくるその様子に気づいたのは、何度夜を共にしたときだったろうか。
愛ってなんだろう、愛してるってどういうことだろうと一人になった部屋のベッドの上で考える。いい歳して思春期みたいだ。
愛していると、彼は言う。
ただただ怖くて、意味がわからなかったこの行為も、合意の上でなく始まったということを除けば、いつも彼は名前の反応を探るような手つきで丁寧に愛撫し、優しいキスをいくつも降らし、行為の激しさの中にも気遣いがあることに気がついた。時折わたしの顔を見てなんとも言えないつらそうな表情をすることにも。
たぶん、愛されているのだと思う。
それがどんな形の愛なのかわからないけれど。
この関係が始まった後も、昼間はいつもの“お頭”の顔である彼のことが理解不能で怖かったけれど、よくよく思い起こせば彼の態度は乗船時から一貫して変わりなく、誠意を持って接してくれているように思う。怖いことからは守ってくれて、いつもわたしの様子を気遣ってくれていると、思う。
名前は目を開き、薄ぼんやり見える天井を見ながらごろりと反対側に寝返りを打った。先ほどまでシャンクスの頭があったであろう部分にそっと触れると、すでにシーツは冷たく、それは何故か名前の気持ちを沈ませた。
昼間の顔と、夜の顔。
夜明け前にいなくなってしまうシャンクス。
そんなことを考えていたら、眠気はとっくに消え失せてしまっていた。
「おはようございます」
「おお、はえぇな名前!」
「ご飯食べたら何かお手伝いありますか?」
「おーありがとな。じゃあとりあえず洗濯の方頼む、甲板にサジがいるからメシ終わったら行ってくれ」
「わかりました」
「ほんっと、働き者だなぁお前」
「いえ、はは」
雑用等を取り仕切っている中堅の船員にその日の雑務をもらうことが、この船に乗船してからの名前の日課になっていた。
朝日が眩しく照りつける甲板に出ると、馴染みの船員が名前の姿を見つけて手を挙げるのが見えた。手を振り返し、小走りで向かう。
「サジさん、おはようございます」
「おー、早いな名前。んじゃ早速、あっちの繕い物頼む」
「はい」
日によって繕い物だったり、洗濯物を干したり畳んだり、厨房の手伝いや、在庫の管理、簡単な書類作成など様々な雑用をこなしてきた。ガサツな男世帯の中では、手早く丁寧かつ正確な女手いうことで、名前はなかなかに重宝されていた。
(英語がベースみたいだから、読み書きもなんとなくなんとかなって良かった…)
こればかりは学校の授業に感謝した。英語が必修科目で本当によかった。
ただでさえ戦えもせず守ってもらうしかできないタダ飯食らいの役立たずなのだから、何かしら仕事をしなければ。
(でも、)
(いつまで?)
ここ最近名前を悩ませるその言葉が頭の中でぐるぐると回る。いつまで?いつまでここにいられるのか?いていいのか?
この世界初心者で知識なしスキル無し一文無しの名前を下ろすのに適した島がないということで、未だにレッドフォース号に乗せてもらっているものの、何となくこの状態に落ち着いてきたとはいえシャンクスとは謎の関係が続いているし、自分はこれから一体どうなるのか。どうしたいのか?
「…わたし、いつまでこうしてられるんだろ…」
「………あー、まぁいい島がねェしなぁ。お頭も…あー、お前のこと気にかかってるみてェだし…」
頭の中でぐるぐると考えていた言葉がポロリと口から滑り出てきたことにサジからの返答で気づき、ギョッとする名前に構わず、サジが続けた。
「次の島もなァ、海軍の駐屯地がある島だしな。本船は入港できねェし、まぁ降りられねぇだろうな」
「海軍…?」
「ああ、海賊がいねェとこから来たなら海軍もわからねェか。海の平和を取り仕切ってる…まぁ俺たちみたいなならず者にとっちゃ厄介な敵みてェなもんだ」
「民間の方からしたら、正義の味方ってことですよね」
「あーまぁ、そうなるな。オレたちが海賊でもなければ、お前みたいな奴を預けるには最適な相手なんだがなぁ…」
すまねェな、と付け加えてサジはため息をついた。
次の島では最低限の買い出しだけを小船数船で行い、本船は海上待機するらしい。
海軍というのは、日本でいうところの警察みたいなものなのだろう。
実はシャンクスは賞金首だというし、名前は日本で言えば犯罪者集団と行動を共にしていることになるのだろう。確かに彼らは人を殺めていたし、犯罪者には違いない。その光景を思い出すとどうしても心がざわついて、それが自分の居場所はここではないのだと、名前自身に告げていた。
「名前、…愛してる」
夜半過ぎに部屋に来るシャンクスと体を重ねることにも、いつしか慣れた。部屋を訪れたシャンクスは、低く掠れた声で名前の名前を呼び、いつものようにベッドで名前に覆いかぶさる。
それももう恐ろしいとは思わなかった。けれど。
「あ、やぁ、シャンクスさん、もぉやめ…」
「っは、名前…」
激しく奥を突かれると、自分のものとは思えない嬌声が漏れる。声を堪えようとしても直ぐに見抜かれて、キスで口を塞がれる。酸欠になった身体は酸素を求めて唇を開いてしまい、そしてまた甘い声が漏れた。
弱いところをなぞるように何度も前後に腰を動かされ、快感に押し上げられてもう何も考えられなくなってしまう。
「や、も、ダメです…」
「…オレもだ、名前…!」
「あッ、ああ、ダメ、………ッ!!」
限界まで責められ、ほとんど意識を失うように眠りにつく。
夜のシャンクスとは、情事中以外ほとんど言葉を交わしていなかった。昼間とは違うその顔に、そして何とも言い切れないこの関係に、何から口にしたらいいのかわからなくて、いつも言葉が出なくなる。
なんで、どうして、これからどうするの?聞きたいことも言いたいこともたくさんあるはずなのに。
ただただ名前を後ろから抱きしめて眠るシャンクスの鼓動が背中から伝わってくるので、何故だか名前は泣きたい気持ちになった。
翌日は、名前にとって久しぶりの敵襲であった。「敵襲だ!」の叫び声に、名前の心身は一瞬にして張り詰め、冷や汗が流れた。船上では警戒音が鳴り響き、自分のエモノを持った船員たちが慌ただしく通り過ぎていく。
(…………何で掃除道具?)
と同時に、武器を持つ船員と同じくらいの割合で掃除道具を持った船員が甲板へ駆けていくことに気づく。まさかモップで戦う気ではあるまいな、と、うっかり避難する足を止めると、通りすがりのルーにポカリと頭を叩かれた。
「ボサっとしてんじゃねェ、早く船内に避難しな」
「あ、ルーさん…」
すみません、とその人物に目を向ければ、何故だか彼もバケツと雑巾を持っている。
「…………それ、」
「…あー、なんでもねェよ、ほれさっさと行け」
「ぎゃあ!は、はい」
お尻付近を強めに叩かれて、思わず声が出た。
慌てて船内に踵を返した戦闘ド素人な名前には、その場にとてつもない殺気をルーに向けてる男がいることも、ルーが「挨拶みてェなもんだろが!」と慌てた様子で口走っていることも、何一つ気がつかなかった。
船内の一室に避難して戦いが終わるのを待っていると、顔馴染みの船員が声をかけに来てくれた。
初回の戦闘以来、敵襲の際にはそういう流れが出来上がっていた。あの後は数えるほどの敵襲しかなかったが、二度目の敵襲時にたまたま居合わせたシャンクスから「呼びに来るまでこの部屋の中で静かに待てるか?」と言われ、当時シャンクスに怯えまくっていた名前はその指示通りに動き、その後は毎回戦いが終わり誰かが声をかけに来てくれるのを船室で待つのが恒例の流れとなっている。
そういえば敵襲時に甲板に居合わせたのは初めてだったかもしれない。先程まで穏やかに時間を過ごしていた場所が血に塗れた戦場と化していることに怯えながらも、ルーを始め馴染みの船員たちの安否が気になり、ついつい甲板に足を向けてしまった。
シャンクスが敵を撃った光景を見たときの、乾いた発砲音が耳に響く。甲板へ出る扉のドアノブを握る手は小刻みに震えていて、我ながら情けないと思いながらも、一つ息を吐いてゆっくりと扉を押し開けた。
「……え?」
そこには先程までと何も変わらない、穏やかな甲板の様子が広がっていて、さっきの敵襲は何だったんだろうまさか夢かなと、状況が飲み込めずに何度も目を瞬かせる。
「あ、もう掃除終わってるんで大丈夫っスよ〜」
呆然とする名前に、たまたま近くに居合わせた新人らしい若い船員がそう声をかけた。
「え、あの、敵襲は…?」
「あー、呆気なく返り討ちでしたね」
「えっと、、掃除…?」
「はい!お頭の指示通り、できるだけ汚さずささっと殺って、掃除も早急に終わらせましたよ!ちゃんと綺麗になってから呼びに行ったでしょ?」
呼びに行った、とはきっと声をかけに部屋まで来てくれた船員のことを指しているのだろう。お頭の指示通り掃除をしたというのは、シャンクスさんが…?
「おいお前…!」
名前がぐるぐる考えていると、いつも雑用の指示をくれる中堅船員がいつの間にか新人船員の首に腕を巻き付けて締めていた。いわゆるヘッドロックというやつだ。と思えばこちらにくるりと背を向け、男二人で何やらボソボソと喋り始める。
「名前には言うなって言われたろ!」
「え、言われ…ました?うう、苦し…!」
「お頭からとかまた余計なこと口走りやがって…いもういいからその雑巾洗ってこい!すぐ!!」
「ゲフンゲフン、は、はい…!」
ガサツな海賊は小声も大きい。
ようやくヘッドロックを解かれた新人船員はそそくさとバケツを持っていなくなり、地味に全部聞こえてた名前と中堅船員がその場に残された。
「シャンクスさんが…気を遣ってくださって、ってことで合ってますか…?」
「な、お前聞こえたのか?!?」
「え、ええ普通に…」
普通に聞こえる声で喋ってたし、という言葉をすんでのところで飲み込んで、とりあえず小さく頷いてみた。中堅船員によると、初回の戦闘での名前のショックの受け具合を見たシャンクス始め幹部たちから、戦闘は甲板で・素早く汚さず・直ぐに片付けるという3つの指令があったとのことだった。
「どうせ掃除はするんだ、後に回すとなかなか血が落ちなくて厄介だから、まぁ結局オレらも助かってるんだがな」とのフォローを貰った名前は、中堅船員に笑顔でお礼を告げて船室へと足を向けた。
ただその笑みがとてもぎこちないものであったことに、本人だけは気が付いていなかった。
その夜、名前は初めて自分から、船長室のドアを叩いた。
「…名前」
「お話ししたいことがあって…今、いいですか?」
ドアを開けて名前の顔を見たシャンクスは、何かを察したのか、少しだけ表情をこわばらせた。
「…ああ、入れ」
「失礼します」
室内に入ってまず目に入ったのは幹部陣との会合に使用しているのであろうテーブルで、その上には本や書類が重なり、周りには4脚の椅子、うち一つの椅子の背にはいつもつけているマントが無造作に掛けられていた。そしてほのかにシャンクスの匂いがする室内に、少しだけ鼓動が早くなるのを感じた。
「オレの部屋に入るのは初めてだな」
「そうですね…」
「まぁ適当に座れ」
名前が部屋を訪ねるまで飲んでいたのであろうお酒の小さな瓶を手にとって一気に煽ったシャンクスは、そのまま椅子の一つに腰掛けた。名前もきょろりと周りを見回した後、椅子一つ分の間を開けて、シャンクスの目の前の椅子におずおずと腰をおろす。
「…お前から襲いに来てくれた、ってワケじゃあねェよな」
「………」
こんな微妙な関係でよくそんな軽口を…という呆れのような気持ちが頭をよぎらないでもなかったが、その様子からは、なんとなく名前の話を逸らしたいような意図を感じた。
決心してここに来たはずなのに、何故だかシャンクスの顔を真っ直ぐ見られなくて自然に視線が下がってしまう。下ろした視線の先、膝の上で手のひらをギュッと握った。ひとつ息を吐き、静かに息を吸って、そして。
「…次の島で、船から下ろしてください」
目線を上げて、何度も頭の中で練習した通りに言葉を紡ぐ。
しかしシャンクスからの反応はなく、沈黙が落ちた。俯いているその表情を伺い見ることはできず、名前は次に続く言葉を口に出せないまま、静かに時間が流れる。
「………………理由を、聞いていいか」
長い長い沈黙の後、シャンクスがポツリと呟いた。
その低い声に、名前の心臓は大きく波打つ。
「海軍の、駐屯地があると聞きました。そこならわたしでも頼れるんじゃないかと思って…」
「そうじゃねェ、この船を降りたい理由はなんだ」
「えっ、………」
予想外の問いに、答えに詰まる。
船を降りたい理由どころか、名前は拾ってもらって居候させてもらっている身で、むしろどこで放り出されてもおかしくない立場にあるはずなのだが。
戦えもしない、守ってもらわないと生き延びれない、海賊としての覚悟もへったくれもないただのお荷物だ。
「何が不満だ?」
その地の底から響いてくるような声と覇気に、空気が一瞬で張り詰めた。怖い、逃げたいと脳が指令を出す。
「不満、とかじゃなくて、」
戦いは怖いけれど、気のいい船員に囲まれて、気を遣ってもらって優しくしてもらって、シャンクスのこともだんだん気になってきて。不満なんてない、と言いたいのに、何故かその言葉は喉に引っかかって出てこなかった。
不満はない。けれど。
「不安は、あります…」
シャンクスが顔を上げた。そして名前の言葉の本意を探るようにその顔を見つめた後、小さく口を開いた。
「…お前の不安なんて、オレが全部潰してやる」
思いがけない返答に、今度は名前がシャンクスを凝視した。この人、ほんとドラマとかマンガみたいなこと言うなぁなんて、この場に合わないことが頭の中に浮かぶ。
「そりゃ突然違う世界に来て、不安がないはずねェとは思う。けど、お前の怖ェものからはオレが守る。ずっとそばに居る。この船に、オレのそばにいる限りは、お前を何からでも守ってやれる」
真剣な顔でそんなことを言うものだから、名前はただ瞬きを繰り返すことくらいしかできなかった。シャンクスの言葉が、文章としては理解できたはずなのに、その意味が入ってこなくて、ただただ名前の頭の中でぐるぐるまわっていた。
返事のない名前にかまわず、シャンクスは続ける。
「…ずっと、謝りたかった…。あの夜、怖がるお前を無理矢理抱いたこと…悪かった。」
ふたたび俯き、絞り出すように謝罪を述べたシャンクスは、机に両手をついて額を叩きつけた。
「お前が怖がってるのがオレ自身なら…挽回のチャンスが欲しい、頼む、」
シャンクスのその必死な様子に、何故だかとても心が痛んだ。
ああ、もっと早く、ちゃんと、話せばよかったんだな。
言葉を返さない代わりに、立ち上がってシャンクスの横まで歩を進め、その頬にそっと手を当てた。
ゆっくりと頭を上げたシャンクスと目が合うと、驚いたように、なんだか泣きそうな顔でこちらを見上げてくるものだから、そんな様子がなんとも言えず可愛らしくて、愛しさが込み上げてきて。
その瞬間に今までの「なんで」も「どうして」も全部全部解けてしまって、ふと笑みが漏れた。
その笑みにホッとしたように、シャンクスがおずおずと名前の腰に手を伸ばし、腕を絡ませて引き寄せた。
抵抗せずにされるがまま身を寄せると、座っているシャンクスの頭がちょうど名前の胸の辺りにおさまったので、ポンポン、とあやすように撫でた。
「……愛してる、愛してる、名前…。怖がらせて、傷つけて、悪かった、愛してるんだ…」
その夜、名前は初めてシャンクスの部屋で夜を明かした。
この世界に来て、初めて心から安心して眠れた夜。
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