続きもの(恋の病/マルコ)
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わたしは病気だと思う。
しかもたぶん、いや、結構な重症。
この病気に名前をつけるとしたら、そう、「マルコ隊長が好きすぎる病」。
こんなに辛くて苦しいことがあるなんて、この人を好きになるまで知らなかった。なんなら一生知らなくてもよかったと思える時もある。
きっかけは、なんだったろう。
気づいたら、いつの間にか好きになっていた。
そんなわたしの日課は、朝、決まった時間に朝食を摂ること。
決まった時間というのは、マルコ体調が朝食を摂る時間だ。大体いつも同じ時間帯に朝ごはんを食べているから、視界の端に豆粒くらいのマルコ隊長が見える程度の距離をとって、それを見ながら朝ごはんを食べる。
接触できる時間は、それだけ。
あとはたまに見かけられれば万々歳。
隊も違うし、こんな大所帯だし、そもそも立場も違う。一介の船員が隊長クラスと何でもない会話をするなんて、夢のまた夢だ。
でもいいのだ。
この距離感が、わたしには合っている。
今日は任務の後処理が立て込んでいて、遅くまでバタバタしていた。名前は戦闘ではあんまり役に立てない代わりに、事務処理なんかは率先してやることにしていた。
すでに夕食の時間も過ぎて、みんな各々好きに過ごしているであろう時間帯。わたしはどちらかというと、この時間帯はあまり好きじゃない。
それというのも、船内を歩いていると良い雰囲気の男女をちらほら見かけるからだ。男の方は隊長始め幹部職の人がほとんどで、女性側は大体はナースのお姉さま方。そしてそれは名前の想い人も、例に漏れず。特定の相手はいなさそうということだけが、唯一の救いだった。
何であんなに見目麗しい女性ばかり乗せるんだろう。本当に嫌だ。ゴリラみたいなのばかり選んでくれたらいいのに。勝手に自分と比べて勝手にウジウジして、そしてどんどん卑屈になってしまう。
そして今日も書類を提出しに隊長たちの個室があるエリアに向かっていると、見慣れた頭部のシルエットが目に入ってしまった。
ああ、見たくなかった…。
あのパイナップルっぽい影は、どう見ても。
そしてそのパイナップルっぽい人の腰の辺りに手を回してるのは、確か最近乗船した新人ナースだ。クスクスと笑いながら話す声が聞こえる。初っ端からマルコ隊長に狙いをつけるなんて、目の付け所がとてもいい…じゃなくて。
二人が名前の進行方向の先にいるため、名前はひとまず角に隠れた。心臓がドクドクとうるさい。落ち着け心臓、バレたらどうしてくれる。
暫くその場でしゃがみ込み、人気がなくなったのを確認してから、足取りも重く目的の隊長室へ向かった。
ああ、嫌なものを見てしまった。
残務処理を終えたのは、日付が変わる頃だった。
部屋へ戻ると、ベッドに静かに倒れ込んだ。
一人でぼーっと天井を見上げていると、否が応でも先ほどの光景を思い出してしまう。ああ、胸がモヤモヤズキズキする。泣きそうだ。別にそういうことがあるのは聞いていたし知っていたけど、実際に見てしまうと威力が格別だ。
今頃あの二人は何をしているんだろうか。いや何ってそりゃやることやってるんだろうけどさ、会話とか、何話すのかな。
名前にとっては、マルコ隊長と普通に話せるだけでも羨ましい。
名前はろくに話した記憶もない。いや、同じ船に乗ってるわけだから、もちろん顔を合わせたことも会話の機会も全くない訳ではなかった。
が、もう好き過ぎて緊張して恥ずかしくて、マルコ隊長の前だと何も喋れないのだ。なんかこう、スン、てしちゃう。いやなにスンって。
つまり、特にあなたに興味はないですよ、っていう体で振る舞ってしまうということ。思春期か。
自分に自信がなさ過ぎて、それなのにマルコ隊長は素敵過ぎて。そんな意識が強過ぎて、今ではもういっそ認識されたくないとまで思ってしまっている。
何でわたしは美人じゃないんだろう。
何で大して強くもないんだろう。
話術だって得意じゃないし、特技もないし、一生懸命頑張ってようやく普通に届くくらいだ。
好きな人と普通に話せる程度の自信もない。
こんな自分を知られるくらいなら、モブでいい。
いやもういっそずっとモブでいたい。
だからマルコ隊長には意識的に近づかないようにしていた。マルコ隊長を視界に入れたいけど、わたしはマルコ隊長の視界に入りたくない。ああなんという葛藤。
そう思ってるのに、マルコ隊長が女性と絡んでいるとやっぱりつらい…。ああこの拗らせ方、わたしの年齢的にヤバくないだろうか。
しかも考えてたらなんだか泣けてきた。つらい。話しかけられもしない好きな人(しかも自分は認識もされてない)が女の人と絡んでたのを見て一人ベッドで号泣する〇〇歳。いやヤバくない?(2回目)
はぁつらい、何もかもつらい。
こんな自分も、マルコ隊長を好きな気持ちも。
昨日はそのまま寝落ちしたらしく、朝目を覚ますと顔がとんでもないことになっていた。
そんな顔でマルコ隊長がいるであろう時間に食堂に行けるわけもなく、蒸しタオルを乗せて、腫れあがった目を何とか元に戻そうと試みる。認識されてなくても、こんな顔で万が一マルコ隊長の視界に入ろうもんならわたしの方が死んでしまうかもしれない。
なんとか薄目で見てもらえればいつも通りに見えるであろうレベルまで腫れがおさまった目を鏡で確認すると、ようやく部屋を出ることができた。今日は特に船外に出るような任務はなく、洗濯掃除当番の日だったはず。こんな日はそれくらいがちょうどいい。誰にも会わずに永遠に洗濯に精を出すことにしよう。
歩き始めると頭がガンガンして、ひどく痛んだ。昨日泣き過ぎて水分が足りないせいかもしれない。こめかみを押さえながらゆっくり通路を歩いていると、突然の衝撃によろめいた。曲がり角で誰かにぶつかったらしい。
「あ、すみません…」
「いや、こっちも、」
悪かったよい、と続けられた言葉に体が硬直する。
この声、この喋り方、…間違いない。
どどどどうしよう…?!
今ぶつかったのは、ももももしかしなくても、マルコ隊長の、胸板…?!?!?!
顔を上げられずにいると、「大丈夫かよい、具合悪いのか?」と続けて問われる。
答えなきゃ、何か。そう思っているのに言葉は何にも出てこない。口だけがパクパクと動いた。
三十六計逃げるに如かず。
そんな言葉が頭の中にポンと浮かんだ、刹那。
「だだだだだいじょうぶですすみません!!!!」
考えるより先に足が動いた。
すごい、わたしってこんな早く走れるんだ、知らなかった。窮地に至ると新しい能力が開花するって本当なんだなぁ…
洗濯用の用具が置かれている物置まで一直線に走りドアを閉めると、途端に足が震えてドアを背にズルズルとしゃがみ込んでしまった。
あああああああやってしまった…!
こうなるから!モブで!いたかったのに!!
いやマルコ隊長は何とも思ってないというかまぁ変なやつがいるもんだなくらいにしか思ってないだろうけどでも本当にもう嫌だ穴があったら入りたい辛いしんどい消えたい…
「あああああああああああああ」
こういう時は自然と声が出る。
ああもう本当に消えたい…何でよりによってこんな日にこんなタイミングでマルコ隊長…?そしてわたしの対応クソ過ぎない…?
ひとしきり頭を抱えたあと、こうしていても仕事は片付かないと思い立って洗濯を始めた。手を動かしている方がいくらかマシだ。洗い終わった洗濯物を甲板で干すのは他の船員にしてもらうことにして、ひたすら一日中物陰で洗濯物を擦って過ごすことにした。そうでもしないと精神が召されかねない精神状態だった。
そして一日を洗濯物に費やしたその日の夜、甲板ではちょっとした宴が催されていた。誰主催で何の宴なのかはさっぱりわからないが、飲んで騒ぐのが好きな人たちばかりだ。そんな宴はちょこちょこあって、みんな適当に参加して好きに騒ぐのが恒例だった。
わたしが好きなのはもちろん末席である。
隊長たちから離れたところでその様子を盗み見しながら飲むお酒はとても美味しい。
とはいえ今日は、マルコ隊長を視界に入れたいと考えるほどの余裕はなかった。アルコールでこのモヤモヤを吹き飛ばしたい、そんな考えで酒を煽っていたはず、だったのだが。
「名前は…もしかして俺が苦手かよい?」
なんでそんなときに限ってマルコ隊長がわたしの隣にいるのでしょうか。夢?これ夢かな。
隣にいたはずの船員が席を立ったと思ったら、何故か入れ替わりでその席に座ったのがまさかのマルコ隊長で。しかも今日は非戦闘モードで眼鏡をかけている。ヒィ!レア!好き!!!!
もうダメだ、絶対そっち側向けない、どうやって席を立とうかなんて考えていたら、そう話しかけられた。
「えっ、…え?」
名前を呼んで頂いた、というか知っていらしたことに驚き過ぎて言葉が出てこない。ああ録音しておけばよかった。こんな貴重な機会二度とないかもしれない。つい妙な尊敬語にもなるというものだ。
「いや、いつもなんというか…怯えてるから、気になってよぃ」
後ろ頭に手を当ててそう呟くマルコ隊長は、なんとなく気まずそうな顔をしているようにも見えて、もう本当に眼福だ。貴重なショット過ぎる誰かカメラを!カメラを持ってきてくれ…!
「いいいいいや、全然、そんなことないです…!」
ああでも逃げたい、早く逃げたい。けど、この貴重な機会を逃したくないような、でもやっぱりもう眩しくて無理なような…。
いやでもやっぱり、せっかくだから、この誤解は解いておきたい。
「え、っと、あの、マルコ隊長のことはすごく尊敬していて………だから、あのなんていうか、恐れ多いというか…」
しどろもどろで喋りながら、意を決してチラリとマルコ隊長の顔を覗いてみれば、何とも言い難い、真顔に近い表情をしていた。かっこよ…!じゃなくて、これはどう受け取られたんだろうか。不安しかない。もっと弁明したかったけど、返答がない以上、これ以上言葉を重ねるのはよくない気がした。自分でも何を口走るかわからないし、自分で自分の首を絞めかねない。逃げたい。あ、もうダメだ。わたしの精神がもう無理だと言っている。限界突破だ。
そう思うやいなや、勢いよく立ち上がるとこの場を去ることにした。作戦その1。お酒をとりに行くふりをして席を立ってそのまま逃げよう作戦。
「あ、あの、わたしお酒とってきます」
「ああ、俺も行くよぃ」
「え?!いえそんな、マルコ隊長にそんなこと…」
「お前の腕2本じゃ足りないだろうがよい」
見事に作戦失敗!!!!
そして作戦はその1しかないのである。
もう召されそう…神様これはご褒美なのか罰ゲームなのかどっち?わたしの心臓はもう耐えきれないと言っています。
そう言うと、マルコ隊長も膝に手をついて立ち上がった。背が高い。すき。
「さ、行くよい」
「え、は、はい…」
マルコ隊長の後を追い、連れ立って備蓄庫へ向かう。マルコ隊長と一緒に歩ける日が来るなんて、思いもしなかった。鼻血出そう。これでこの人生の運ぜんぶ使い切ったんじゃなかろうか。
…しかし段々沈黙が辛くなってきた。
こういう時、下っ端から話しかけていいんだろうか。というかなぜマルコ隊長は一緒に来たんだろうか。……あ、酒瓶重いからだったな。さすがの男気。けどそれも他の女性に対してするような気遣いと同じものだと思えば、ちょっぴり切ない気もした。
「…名前は、」
「え、は、はい?!」
意識を飛ばしていると突然名前を呼ばれ、つい返事の声が裏返ってしまった。…今日はこんなことばかりだ。もう埋まってしまいたい。恥ずか死しそう。
「名前は、本当に俺が嫌な訳じゃないのかよい」
「…え、え?いやそんなことあるわけないです」
「…でもずっと緊張してるだろい」
「…いやその…、先ほどから敬愛の念が…限界突破してまして…」
これは本当だ。恋愛感情ももちろんあるけど、人として、隊長として、尊敬もしている。どちらの意味でも好きだけど、好きなんだけど、一緒にはいられないんですわたしたち。伝われこの気持ち…!そしてどうかわたしのことなどそっとお捨て置きください…。
マルコ隊長が備蓄庫の扉の前で足を止めたため、名前も従って歩みを止めた。備蓄庫に入るのかと思いきや、何故かこちらに向き直ったマルコ隊長と目が合う。ああもう召されるかもしれない。
「嫌いではないんだな?」
「え、き、きらい…?いやまさか!えーとだから、たいへん尊敬してますし、…えっと、憧れでも、あります」
じっ、と見つめられると、なんだかもう居心地が悪くてかなわない。ヒィもう早く扉開けて!入って酒持ってそして戻りましょう!…と、口にはとても出せなかった。
「…名前、」
「は、はい」
…吐きそう。
もう本当に無理です神さま…!
「俺は、お前が、好きだよい」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
何か今幻聴が聞こえた。
人間て限界突破すると都合の良い妄想を実体化できるのか、そりゃ知らなかった。
「お前ちょくちょく意識飛ばすなよい」
マルコ隊長が呆れ顔でため息をつく。ちょいちょい意識飛ばしてることがバレてるとは思わなかった。ん?え、これじゃあ現実ということ?
「もう一回言うからちゃんと聞けよぃ。
いいか、名前。
俺は、お前が、好きだよい」
…なんて??????
じっくり頭の中でその言葉を反芻して、ようやくその意味を理解した時、わたしは顔も目の前も真っ赤になって、そこからの記憶もなくなった。
恋の病
よく働いて、クルクル表情が変わる、愛想が良い。
最初はそんな印象だった。この船では珍しいタイプだなと、他の船員と話したり、せかせかと働いてたりするその様が印象に残った。
なんとなく興味が湧いて話そうとしてもみても、何故だかいつも言葉少なですぐに話の輪からいなくなってしまう名前が気になり始めたのは、いつからだったろうか。
さりげなく距離を縮めるなんてことは到底難しそうだと気づいた結果、ストレートに伝えてみたら、ぶっ倒れるとは思わなかった。
フラリと床に倒れ込みそうになる名前をすんでのところで抱き止めて抱え上げると、揺れないように静かに歩みを進める。
「これは…長期戦に、なりそうだねぃ…」
しかもたぶん、いや、結構な重症。
この病気に名前をつけるとしたら、そう、「マルコ隊長が好きすぎる病」。
こんなに辛くて苦しいことがあるなんて、この人を好きになるまで知らなかった。なんなら一生知らなくてもよかったと思える時もある。
きっかけは、なんだったろう。
気づいたら、いつの間にか好きになっていた。
そんなわたしの日課は、朝、決まった時間に朝食を摂ること。
決まった時間というのは、マルコ体調が朝食を摂る時間だ。大体いつも同じ時間帯に朝ごはんを食べているから、視界の端に豆粒くらいのマルコ隊長が見える程度の距離をとって、それを見ながら朝ごはんを食べる。
接触できる時間は、それだけ。
あとはたまに見かけられれば万々歳。
隊も違うし、こんな大所帯だし、そもそも立場も違う。一介の船員が隊長クラスと何でもない会話をするなんて、夢のまた夢だ。
でもいいのだ。
この距離感が、わたしには合っている。
今日は任務の後処理が立て込んでいて、遅くまでバタバタしていた。名前は戦闘ではあんまり役に立てない代わりに、事務処理なんかは率先してやることにしていた。
すでに夕食の時間も過ぎて、みんな各々好きに過ごしているであろう時間帯。わたしはどちらかというと、この時間帯はあまり好きじゃない。
それというのも、船内を歩いていると良い雰囲気の男女をちらほら見かけるからだ。男の方は隊長始め幹部職の人がほとんどで、女性側は大体はナースのお姉さま方。そしてそれは名前の想い人も、例に漏れず。特定の相手はいなさそうということだけが、唯一の救いだった。
何であんなに見目麗しい女性ばかり乗せるんだろう。本当に嫌だ。ゴリラみたいなのばかり選んでくれたらいいのに。勝手に自分と比べて勝手にウジウジして、そしてどんどん卑屈になってしまう。
そして今日も書類を提出しに隊長たちの個室があるエリアに向かっていると、見慣れた頭部のシルエットが目に入ってしまった。
ああ、見たくなかった…。
あのパイナップルっぽい影は、どう見ても。
そしてそのパイナップルっぽい人の腰の辺りに手を回してるのは、確か最近乗船した新人ナースだ。クスクスと笑いながら話す声が聞こえる。初っ端からマルコ隊長に狙いをつけるなんて、目の付け所がとてもいい…じゃなくて。
二人が名前の進行方向の先にいるため、名前はひとまず角に隠れた。心臓がドクドクとうるさい。落ち着け心臓、バレたらどうしてくれる。
暫くその場でしゃがみ込み、人気がなくなったのを確認してから、足取りも重く目的の隊長室へ向かった。
ああ、嫌なものを見てしまった。
残務処理を終えたのは、日付が変わる頃だった。
部屋へ戻ると、ベッドに静かに倒れ込んだ。
一人でぼーっと天井を見上げていると、否が応でも先ほどの光景を思い出してしまう。ああ、胸がモヤモヤズキズキする。泣きそうだ。別にそういうことがあるのは聞いていたし知っていたけど、実際に見てしまうと威力が格別だ。
今頃あの二人は何をしているんだろうか。いや何ってそりゃやることやってるんだろうけどさ、会話とか、何話すのかな。
名前にとっては、マルコ隊長と普通に話せるだけでも羨ましい。
名前はろくに話した記憶もない。いや、同じ船に乗ってるわけだから、もちろん顔を合わせたことも会話の機会も全くない訳ではなかった。
が、もう好き過ぎて緊張して恥ずかしくて、マルコ隊長の前だと何も喋れないのだ。なんかこう、スン、てしちゃう。いやなにスンって。
つまり、特にあなたに興味はないですよ、っていう体で振る舞ってしまうということ。思春期か。
自分に自信がなさ過ぎて、それなのにマルコ隊長は素敵過ぎて。そんな意識が強過ぎて、今ではもういっそ認識されたくないとまで思ってしまっている。
何でわたしは美人じゃないんだろう。
何で大して強くもないんだろう。
話術だって得意じゃないし、特技もないし、一生懸命頑張ってようやく普通に届くくらいだ。
好きな人と普通に話せる程度の自信もない。
こんな自分を知られるくらいなら、モブでいい。
いやもういっそずっとモブでいたい。
だからマルコ隊長には意識的に近づかないようにしていた。マルコ隊長を視界に入れたいけど、わたしはマルコ隊長の視界に入りたくない。ああなんという葛藤。
そう思ってるのに、マルコ隊長が女性と絡んでいるとやっぱりつらい…。ああこの拗らせ方、わたしの年齢的にヤバくないだろうか。
しかも考えてたらなんだか泣けてきた。つらい。話しかけられもしない好きな人(しかも自分は認識もされてない)が女の人と絡んでたのを見て一人ベッドで号泣する〇〇歳。いやヤバくない?(2回目)
はぁつらい、何もかもつらい。
こんな自分も、マルコ隊長を好きな気持ちも。
昨日はそのまま寝落ちしたらしく、朝目を覚ますと顔がとんでもないことになっていた。
そんな顔でマルコ隊長がいるであろう時間に食堂に行けるわけもなく、蒸しタオルを乗せて、腫れあがった目を何とか元に戻そうと試みる。認識されてなくても、こんな顔で万が一マルコ隊長の視界に入ろうもんならわたしの方が死んでしまうかもしれない。
なんとか薄目で見てもらえればいつも通りに見えるであろうレベルまで腫れがおさまった目を鏡で確認すると、ようやく部屋を出ることができた。今日は特に船外に出るような任務はなく、洗濯掃除当番の日だったはず。こんな日はそれくらいがちょうどいい。誰にも会わずに永遠に洗濯に精を出すことにしよう。
歩き始めると頭がガンガンして、ひどく痛んだ。昨日泣き過ぎて水分が足りないせいかもしれない。こめかみを押さえながらゆっくり通路を歩いていると、突然の衝撃によろめいた。曲がり角で誰かにぶつかったらしい。
「あ、すみません…」
「いや、こっちも、」
悪かったよい、と続けられた言葉に体が硬直する。
この声、この喋り方、…間違いない。
どどどどうしよう…?!
今ぶつかったのは、ももももしかしなくても、マルコ隊長の、胸板…?!?!?!
顔を上げられずにいると、「大丈夫かよい、具合悪いのか?」と続けて問われる。
答えなきゃ、何か。そう思っているのに言葉は何にも出てこない。口だけがパクパクと動いた。
三十六計逃げるに如かず。
そんな言葉が頭の中にポンと浮かんだ、刹那。
「だだだだだいじょうぶですすみません!!!!」
考えるより先に足が動いた。
すごい、わたしってこんな早く走れるんだ、知らなかった。窮地に至ると新しい能力が開花するって本当なんだなぁ…
洗濯用の用具が置かれている物置まで一直線に走りドアを閉めると、途端に足が震えてドアを背にズルズルとしゃがみ込んでしまった。
あああああああやってしまった…!
こうなるから!モブで!いたかったのに!!
いやマルコ隊長は何とも思ってないというかまぁ変なやつがいるもんだなくらいにしか思ってないだろうけどでも本当にもう嫌だ穴があったら入りたい辛いしんどい消えたい…
「あああああああああああああ」
こういう時は自然と声が出る。
ああもう本当に消えたい…何でよりによってこんな日にこんなタイミングでマルコ隊長…?そしてわたしの対応クソ過ぎない…?
ひとしきり頭を抱えたあと、こうしていても仕事は片付かないと思い立って洗濯を始めた。手を動かしている方がいくらかマシだ。洗い終わった洗濯物を甲板で干すのは他の船員にしてもらうことにして、ひたすら一日中物陰で洗濯物を擦って過ごすことにした。そうでもしないと精神が召されかねない精神状態だった。
そして一日を洗濯物に費やしたその日の夜、甲板ではちょっとした宴が催されていた。誰主催で何の宴なのかはさっぱりわからないが、飲んで騒ぐのが好きな人たちばかりだ。そんな宴はちょこちょこあって、みんな適当に参加して好きに騒ぐのが恒例だった。
わたしが好きなのはもちろん末席である。
隊長たちから離れたところでその様子を盗み見しながら飲むお酒はとても美味しい。
とはいえ今日は、マルコ隊長を視界に入れたいと考えるほどの余裕はなかった。アルコールでこのモヤモヤを吹き飛ばしたい、そんな考えで酒を煽っていたはず、だったのだが。
「名前は…もしかして俺が苦手かよい?」
なんでそんなときに限ってマルコ隊長がわたしの隣にいるのでしょうか。夢?これ夢かな。
隣にいたはずの船員が席を立ったと思ったら、何故か入れ替わりでその席に座ったのがまさかのマルコ隊長で。しかも今日は非戦闘モードで眼鏡をかけている。ヒィ!レア!好き!!!!
もうダメだ、絶対そっち側向けない、どうやって席を立とうかなんて考えていたら、そう話しかけられた。
「えっ、…え?」
名前を呼んで頂いた、というか知っていらしたことに驚き過ぎて言葉が出てこない。ああ録音しておけばよかった。こんな貴重な機会二度とないかもしれない。つい妙な尊敬語にもなるというものだ。
「いや、いつもなんというか…怯えてるから、気になってよぃ」
後ろ頭に手を当ててそう呟くマルコ隊長は、なんとなく気まずそうな顔をしているようにも見えて、もう本当に眼福だ。貴重なショット過ぎる誰かカメラを!カメラを持ってきてくれ…!
「いいいいいや、全然、そんなことないです…!」
ああでも逃げたい、早く逃げたい。けど、この貴重な機会を逃したくないような、でもやっぱりもう眩しくて無理なような…。
いやでもやっぱり、せっかくだから、この誤解は解いておきたい。
「え、っと、あの、マルコ隊長のことはすごく尊敬していて………だから、あのなんていうか、恐れ多いというか…」
しどろもどろで喋りながら、意を決してチラリとマルコ隊長の顔を覗いてみれば、何とも言い難い、真顔に近い表情をしていた。かっこよ…!じゃなくて、これはどう受け取られたんだろうか。不安しかない。もっと弁明したかったけど、返答がない以上、これ以上言葉を重ねるのはよくない気がした。自分でも何を口走るかわからないし、自分で自分の首を絞めかねない。逃げたい。あ、もうダメだ。わたしの精神がもう無理だと言っている。限界突破だ。
そう思うやいなや、勢いよく立ち上がるとこの場を去ることにした。作戦その1。お酒をとりに行くふりをして席を立ってそのまま逃げよう作戦。
「あ、あの、わたしお酒とってきます」
「ああ、俺も行くよぃ」
「え?!いえそんな、マルコ隊長にそんなこと…」
「お前の腕2本じゃ足りないだろうがよい」
見事に作戦失敗!!!!
そして作戦はその1しかないのである。
もう召されそう…神様これはご褒美なのか罰ゲームなのかどっち?わたしの心臓はもう耐えきれないと言っています。
そう言うと、マルコ隊長も膝に手をついて立ち上がった。背が高い。すき。
「さ、行くよい」
「え、は、はい…」
マルコ隊長の後を追い、連れ立って備蓄庫へ向かう。マルコ隊長と一緒に歩ける日が来るなんて、思いもしなかった。鼻血出そう。これでこの人生の運ぜんぶ使い切ったんじゃなかろうか。
…しかし段々沈黙が辛くなってきた。
こういう時、下っ端から話しかけていいんだろうか。というかなぜマルコ隊長は一緒に来たんだろうか。……あ、酒瓶重いからだったな。さすがの男気。けどそれも他の女性に対してするような気遣いと同じものだと思えば、ちょっぴり切ない気もした。
「…名前は、」
「え、は、はい?!」
意識を飛ばしていると突然名前を呼ばれ、つい返事の声が裏返ってしまった。…今日はこんなことばかりだ。もう埋まってしまいたい。恥ずか死しそう。
「名前は、本当に俺が嫌な訳じゃないのかよい」
「…え、え?いやそんなことあるわけないです」
「…でもずっと緊張してるだろい」
「…いやその…、先ほどから敬愛の念が…限界突破してまして…」
これは本当だ。恋愛感情ももちろんあるけど、人として、隊長として、尊敬もしている。どちらの意味でも好きだけど、好きなんだけど、一緒にはいられないんですわたしたち。伝われこの気持ち…!そしてどうかわたしのことなどそっとお捨て置きください…。
マルコ隊長が備蓄庫の扉の前で足を止めたため、名前も従って歩みを止めた。備蓄庫に入るのかと思いきや、何故かこちらに向き直ったマルコ隊長と目が合う。ああもう召されるかもしれない。
「嫌いではないんだな?」
「え、き、きらい…?いやまさか!えーとだから、たいへん尊敬してますし、…えっと、憧れでも、あります」
じっ、と見つめられると、なんだかもう居心地が悪くてかなわない。ヒィもう早く扉開けて!入って酒持ってそして戻りましょう!…と、口にはとても出せなかった。
「…名前、」
「は、はい」
…吐きそう。
もう本当に無理です神さま…!
「俺は、お前が、好きだよい」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
何か今幻聴が聞こえた。
人間て限界突破すると都合の良い妄想を実体化できるのか、そりゃ知らなかった。
「お前ちょくちょく意識飛ばすなよい」
マルコ隊長が呆れ顔でため息をつく。ちょいちょい意識飛ばしてることがバレてるとは思わなかった。ん?え、これじゃあ現実ということ?
「もう一回言うからちゃんと聞けよぃ。
いいか、名前。
俺は、お前が、好きだよい」
…なんて??????
じっくり頭の中でその言葉を反芻して、ようやくその意味を理解した時、わたしは顔も目の前も真っ赤になって、そこからの記憶もなくなった。
恋の病
よく働いて、クルクル表情が変わる、愛想が良い。
最初はそんな印象だった。この船では珍しいタイプだなと、他の船員と話したり、せかせかと働いてたりするその様が印象に残った。
なんとなく興味が湧いて話そうとしてもみても、何故だかいつも言葉少なですぐに話の輪からいなくなってしまう名前が気になり始めたのは、いつからだったろうか。
さりげなく距離を縮めるなんてことは到底難しそうだと気づいた結果、ストレートに伝えてみたら、ぶっ倒れるとは思わなかった。
フラリと床に倒れ込みそうになる名前をすんでのところで抱き止めて抱え上げると、揺れないように静かに歩みを進める。
「これは…長期戦に、なりそうだねぃ…」
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