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今日もまた、視線を感じる。
ふぅ、と、ひとつため息をつき、視界の端でその発生源を確認すると、思った通り、肘をついてこちらを見ている男がいた。
(なんかしたかな、わたし…)
ここのところ悩まされているその視線に、気づかないフリを決め込むのにもいい加減辟易していた。
めんどくさいことになりそうだからスルーして来たけれど、そろそろここら辺で、どういうことかと問い詰めてみる頃合いなのかもしれない。
再度深くため息をつき、そう心に決めてその男の方へ目を向けてみれば、容易くパチリと目が合った。
「……」
意を決して行動してみたものの、言うなれば職場の上司。しかも一番偉い人である。
覇気を出されているわけでもないのに、何故だか少し気圧されて、言葉に詰まった。
そんな名前の様子とは裏腹に、どうした?と言うように少しだけ口の端を上げたその男は、少しもたじろぐ様子もなく、なんなら優しく微笑んでいるようにも見えた。
盗み見しているところを気づかれたわけなのだから、多少慌てるものではないのだろうか。…いや、あれだけ堂々を見つめられていたのだから、これはもはや盗み見ではないのかもしれない。だから気にししていないのだろうか。いやでも普通の人間の一般的な反応としてはさぁ、…と、思っていたものとは全く違う反応に、名前の方が言うべき言葉を見失ってしまう。
ああもう、一体なんだっていうのか。
思えばここのところずっと様子がおかしかった。
なんだか視線を感じるな、と見回せば、その先に必ずと言っていいほど、名前の所属する海賊団のお頭であるシャンクスがいる。
目が合えばいつも通り軽いノリでどうしたんだと問われ、なんだかこちらの方からシャンクスを見ていたような雰囲気に持っていかれるのだが、決してそんなことはない。
絶対にあちらからこちらを見ている。
こないだの宴の後、飲み潰れてみんなで雑魚寝していた時なんか、なんとなく違和感を感じて目が覚めて薄目を開けたら、お頭が酒も飲まずにただただこちらをずっと見つめていた。酒も飲まずに、だ。2回言ったのは、それが相当おかしな状況であるからだ。
明け方の薄闇の中、ふと目を覚ましたら、座り込んだまま無表情でこちらをガン見している職場の上司。この夏一番の恐怖体験と言っても過言ではない。それはもう持ち得る全ての神経を研ぎ澄まして、渾身の寝たフリをして耐えた。
そうして副船長がフラッとやって来てくれたときは、本当に神が降りて来たかと思った。
最近は何かにつけてそんなことが続いている。
最初こそようやくわたしのいい女っぷりに気づいたのかしらウフフくらいに思っていたが、特になんのアプローチもなく数日が過ぎていった。勘違いって恥ずかしい。
あのお頭であるからして、男女の関係を求めているのであればこういった回りくどい(というかむしろ謎めいた)行動はとらないはずだ。そして名前を見つめる彼の瞳にそういった情欲的なものは一切宿っておらず、だからこそただひたすらに意味がわからなくて、しかもそれがもう数日続いているとくれば、いっそ恐ろしさすら感じる。一体なんだというんだ。
「最近、…なんかちょっと、おかしくないですか、お頭」
「……あァン?」
と、思い切って副船長に相談してみたところ、眉間に皺を寄せられた。わたし以外は気付いていないのだろうか。あんなに見られてるのに?それって逆に怖くない?
「…最近なんかめっちゃこっち見てる気がするんです」
「…たまたまじゃねェのか」
「わたしも最初はそう思いましたけど」
「……」
「…こないだ、宴の後、明け方に、甲板でみんな寝っ転がってる中、お頭だけ起きてたことあったじゃないですか」
「…あぁ」
副船長がその様子を思い出すように、少しだけ視線を下げた。
「…あのとき、」
「……」
「本当に、副船長、神かと思いました」
「……?」
「ふと視線を感じて薄目を開けたら、お頭がこっち見てて。…酒も飲まずに。なんか真顔でずっと寝顔見てくんですよ?!なんかもうこわいし若干キモい」
「……あぁ、」
その様子を思い出したらしく、副船長も表情を僅かに歪めた。ね、そうだよね?おかしかったよね???
「あんとき寝たフリするのにどんだけ神経すり減らしたことか…」
「起きてたのか」
「そりゃあね!見られすぎて穴が開くかと思いましたからね!」
「まぁ、なァ…」
煙草をふかしていた副船長は、何か考えた様子を見せた後、フゥ、と静かに煙を吐いた。
「ま、本人に聞いてみることだな」
「?!?!?!!!」
それができたらこんなところで相談なんてしてないのである。本人に聞けないから本人に一番近しい人間であろう副船長に相談したのに…。
「いや無理ですって。こわいし。」
「理由がわかればこわくなくなるかもしれねェだろ」
「理由知ってるなら教えてくださいよ」
「あー…、いや。憶測でしかねェ。オレから言えることでもねェしな」
そう言って視線を下げた副船長は、もう一度紫煙を吐いた。くそぅカッコいいじゃねぇの。いや違う違う。
そして話は終わったとばかりに踵を返して歩き出した副船長。え、終わり?!会話これで終わり?ちょっと待って副船長ーーーーー!!!!
副船長とそんな話しをしたのがつい数日前。
お頭に話しかけようにも、視線がこわいし意味わかんなくてきもいしでどうにもこの件について触れられておらず、お互いに盗み見し合う(お頭はガン見だけど)という謎の状況に陥っていた。
そして今。
目が合って、心なしか笑みを浮かべているお頭を前にして、何を言えばいいのか。最近なんでずっとこっち見てるんですかって?ストレート過ぎん?
「……お、おかし」
「名前、」
「え?」
「考えたんだが、」
「ハイ」
「結婚しねェか、オレと」
「…………………………………………………は?」
想像の斜め上過ぎて、変な声が出た。
いや意味がわからない。こわいしきもい。
そんな今日の夕飯肉じゃがにするかみたいなテンションで言われましても?!
「え、なんで…?」
いろんな感情が一瞬でぐるりと駆け巡り、口から出てきたのは、本当に単純な疑問の言葉だった。
お頭は、うーんと少しだけ考えこむような、言葉を選ぶような素振りを見せながら、こちらに歩み寄り距離を詰めて来た。いやちょっと来んといてこっわ。
わたしの隣まで歩を進めると、隣に立って壁に軽くもたれる。そして独り言を呟くように、ポツリと告げた。
「気付いたら、お前しかいなかったんだよなァ」
「…………………………………………………は?」
こればっかりは本日2度目の「は?」も許してほしい。本当に意味がわからない。そんな理由で結婚しようと思うことある?
というか彼の中でわたし以外はどこに行ったというのだろう。目の異常じゃなかろうか。
「いや…。至るところにいるじゃないですか素敵なお姉さんが…。なんなら昨日まで停泊してた島にだって」
「それがな、もう何とも思えなくてな」
「?」
「お前以外」
「…いやだって朝帰りしてましたよね?」
「…信じられねェと思うが、何もしてねぇ」
「うっそ」
「やる気にもならなかったし、何より反応しなかったんだよな」
何が、と聞くほど野暮ではない。
そう言って頭を掻くお頭の様子を見るに、嘘ではなさそうだった。
というか職場の上司のシモの話しきもくない?酒の席ではもちろん下ネタだって話すけれど、お互いシラフで何この状況大丈夫?
「好みじゃなかったとかでは…?」
「いや、最近ずっとこの調子だ」
「………………イン」
「バカお前、オレの自慢のムスコが役立たずなワケねェだろ」
「………」
「お前には反応するしな」
サーッと青ざめた。きもい。
え、それってどういうこと?そういうこと?
あんなめっちゃ真顔で見てて意味わかんないこっわと思ってたのに、実は欲情してたってはなし?あんな虚無の瞳で??え?きも。
「…キモいこと言わないでください」
「お前、その反応は傷つくぞ」
「いやだって普通に無いですその発言。フランクに今晩どうだって誘われるよりキモいです」
「……………」
黙らせてしまった。言い過ぎただろうか。
いやでも普通にキモいからな…。
多少申し訳ない気持ちもありつつチラリと視線を向けると、目が合ったお頭がわたしの左手に指でスッと触れてきて、ぞわりと背筋が粟立った。もちろん気持ち悪い的な意味でだ。
「オレも考えたんだが」
「ハァ」
「これも、一つの愛の形なんじゃねェかと」
「は?」
「身体だけの話じゃねぇし、ここ最近の話でもねぇ」
「……?」
「つーかそんだけの理由でこんなこと言わねぇよ」
「……」
確かに、いくらお頭がクレイジーでちゃらんぼらんで頭がフワフワしていても、人間として一本芯は通った人のはずだ。…たぶん、おそらく、そうであってもらいたい。そういう人だと思ってきたから名前も今日の今日まで彼について来たわけである。
ここ数日の言動の意味のわからなさは一旦置いと来て、ひとまず今目の前のお頭の言い分を聞くだけは聞いておくことにした。まぁひとまず一旦念のためね?
「お前のことは、仲間として信頼してるし、もちろん女としてもいい女だと思ってる」
「え、あ、ハイ。どうも。」
「とはいえ仲間内で手ェ出すのは無意識に避けてたとこもあってな」
「ハァ…それはまぁ、その方がいいんじゃないすかね」
「だからといって別に、お前を女として見てなかったわけじゃねぇ」
「……」
「なんつーかなァ、」
「……」
「なんかもう、お前しか見えねェんだよな」
……………。
何言ってんのかわからなさ過ぎて固まってしまったが、チラリと隣に視線を向ければ、なんだか清々しそうな顔をしたお頭と目が合った。
「…実はもう、ずいぶんと前からだ」
「…」
「結局オレにはお前しかいないらしい」
「……」
「……」
「……」
「…聞いてるか?」
「…え、あ、ハイ。まぁ一応、聞くだけは。」
最低限の返事だけ返すと、お頭は何故か満足気な笑みを浮かべた。何故だ。「わたしもです」とか一切言っとらんよ?
あとさっきからお頭の指がわたしの手に触れてて絶妙にキモい。
え、この人結局わたしのことが普通に好きってこと???
お頭の話ぶりが回りくど過ぎてこんがらがって来た。
え、そういうことで合ってるよね?なんか知らんがいつの間にか好きになってたみたいなことでファイナルアンサー?まぁそれはそれで意味わからんけどね!
「…わけわかんないけどまぁわかりました」
「…名前」
「とはいえいろいろすっ飛ばして突然プロポーズって、おかしいと思いませんか」
「思わねェなァ、何年来の付き合いだと思ってんだ」
「…船長と船員の関係と、恋人同士と、夫婦とって、全然違いませんか」
「オレとお前の仲だろ、問題あるか」
「………あるでしょ?!職場の部下から突然妻にはならんでしょ?!」
「…どんな形であれオレにとってお前はお前だ」
「……」
「何の問題もねェ」
「……」
いやいや多少の恋人期間はいるくない?体の相性とかあるくない?
…と思ったけれど、そんな発言しようもんなら「じゃあ確かめてみるか」とか言い出して軽々と部屋に連れ込まれる展開が容易に想像できたので、名前は口をつぐんだ。
逆手に取られない範囲でうまく反論する言葉がないか探していると、ふと、お頭に手を掴まれた。温かくも冷たくもない、ゴツゴツとした指がわたしの手指に絡む。そうして繋がれたお頭の右手とわたしの左手が、わたしの目線の真ん前まで持ち上げられる。
「今すぐお前を抱き寄せて、ここにオレのもんだって証を付けたいくらいにはお前が欲しいと思ってる」
「……」
そう言って薬指に口付けたお頭の眼には、ギラリとした光が宿っていて、思わず返答に詰まった。
ちょっとだけドキッとしたような気もするけれど、……………や、気のせいだな。いやよく考えよう。恋人でもなんでもないただの上司がこの行動よ?普通にキモいな?
「だからな、誰かに掻っ攫われる前にオレのものにしとかねェとと思ってな、」
「……」
「名前、俺と結婚してくれ」
どうしよう、一から十まで腑に落ちない。
とりあえずなんかキモい。全部キモい。
さっきからずっとお頭の手がわたしの左手を包み込んでいて、さりげなく指を絡めて、それとなく薬指を弄んでるのもそこはかとなくキモい。
…………キモいのに、なんでだろう。手が振り解けないし、顔も熱くなってきた。
そんな自分自身も全部気持ち悪くて、お頭の顔もまともに見れなくて。伏せた視線の先に、見慣れたお頭の足が写った。完全に普段通りでいつもの使い古したサンダルが見える。100本の薔薇の花束とはいかずとも、なんかこう、なんかなかったんだろうか。
そんなことをぐるぐると考えながら、副船長がまた良いタイミングで来てくれないものかと、神に願った。
とりあえずお頭わたしの左薬指さすんのやめてくんない?キモいから。
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