シャンクス長編
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次の島は、島民がやたらと友好的な島だった。
上陸時の歓迎っぷりに驚いてヤソップに聞けば、この島は赤髪海賊団のナワバリだという。
そこそこに大きな島ではあるが、他の島との交流船や商い船が着港することはほぼなく、島内での自給自足で栄えているらしい。それもあり、この島を傘下の船との落合いに使っているのだろう。
共に島に降りたヤソップからそんな説明を聞き、名前はふと思いついた。
「ねぇヤソップさん…わたし、この島だったら一人で出歩いても大丈夫と思いませんか」
突然の提案に、ヤソップは呆れ顔で名前を見返す。
「………おめェも凝りねぇなぁ…」
「…う、すみません…。………別にみなさんと一緒が嫌とかではなくて…ホラ、傘下の方々とはそんな頻繁に会わないって聞いたから、諸々と忙しいだろうし、そんな中わたしのお守りにお手間かけるのも申し訳ないし…。………せっかく綺麗な島だし、誰にもご迷惑をおかけせずに思う存分散歩してみたいなーとか…」
先日の地獄のハイキングの話しを又聞きで聞いていたヤソップは、その言葉を聞いて口角を引き攣らせた。名前の散歩には付き合わない方がいいと、現在船内ではもっぱらの評判となっている。
とはいえ、遠慮しがちの名前のことだから、自分からそんなわがままは言わないであろうことも分かりきっていて、それがまたヤソップには不憫に思えた。
「…まァ気持ちはわかるけどよ」
「……」
やっぱりダメか、と落胆した顔の名前を見て、ヤソップは短く息を吐き、
「……お頭に頼むときには口添えしてやらァ」
「…!ヤソップさん…!!」
困ったように笑ってそう言うと、名前の表情がわかりやすくパァっと晴れたので、思わず苦笑いを漏らした。
ヤソップとの買い出しを終えて名前が船に戻ると、たまたま行き合ったベックマンに今夜は島で宴だと告げられた。(だろうなと思ってたけど)
傘下の船もすでに何隻か入港しているとのことだった。
いつもの内輪での宴とは違い、知る人も知らぬ人もかなりの人数が入り乱れるであろう。そんな中自分のお守りをずっと誰かにしてもらうのも何だか気が引ける。船から降りないという手もあるが、それはそれで気を遣わせるだろうと思い、昼間ヤソップに相談したことを、副船長であるベックマンにも持ちかけてみることにした。
「ベックマンさん、ちょっとご相談いいですか」
「おォ、どうした」
ほんと懲りずに申し訳ないんですが、と、上記の旨を伝えると、ベックマンは少し考え込んでから、肯定に近い返事を返した。
「そうだな、ここは島っつっても島全体がウチの船みたいなもんだからな…。お頭に確認してみよう。」
その『お頭に確認』がアレなんだけどな、副船長の独断で決まらないかな…と喉まで出かかったが、グッと堪えて礼を述べた。
「ありがとうございます、よろしくお願いします。」
そしてその許可が降りたことを聞いたのは、日が暮れる頃だった。船長室に呼ばれて話を聞いた後、船長であるシャンクスが「ただし、」と言葉を続ける。
「傘下のヤツらやここの島民に、名前がウチの船の者だと認識してもらう必要がある。」
「…はい」
…嫌な予感がする。
確かに、女船員はいないはずの赤髪海賊団であるからして、名前が一人でフラフラしてたら誰だコイツとなること必至だ。身の保障のためや余計なイザコザを避けるためにも、身元については明らかにしておいた方が良いだろう。名前もその理屈はよくわかる。が。
「宴のついでに紹介しとけばいいだろ」
やはりか…。レッド・フォース号乗船時の挨拶を思い出して、名前はややゲンナリした。
しかしベックマンに横からそう言われれば、わがままを言い出した立場の名前としてはNoとは言えず。
「…できればあまり目立たない感じでお願いしたいです…」
そう言うと、シャンクスとベックマンはチラリと目を合わせ、前者はニヤリと、後者はどこか憐れみを含んだ笑みをそれぞれ浮かべた。
あまり目立たずという名前の願いも虚しく、結局初日は大船団の船員たちの前での挨拶を披露させられ、そしてそのままどんちゃん騒ぎへと雪崩れ込み、ひたすら飲み続けて夜明けを迎えるという大変な目にあった。
2日目3日目は、幹部陣の誰かしらと共にその日到着した傘下の船の面々のところへ赴いての挨拶のみで済んだのだが、それでも名前の目は若干死んでいた。
(みんな日にち合わせていっぺんに来て欲しい)
今晩も挨拶回りに行ったところ、本日到着した船の船員たちに捕まってしまい、宴を抜け出せなくなってしまった。
もはや何度目の乾杯だろうか。連日飲み続けるのもしんどくなってきたので、ウーロンハイに見せかけて烏龍茶を飲んでいたところ「ソレ酒の匂いしねェじゃねえか」と、ものの2秒で隣にいたルーにバレた。まさかの身内の裏切りである。
(ベックマンさんとかだったらきっと気遣って黙認してくれたのに…!)
恨めしげにジロリとルーを睨んでみたが、「オレの酒分けてやろうか?」と斜め上の親切を働かれ、名前の意図は全く伝わっていないようだった。
とはいえ、きっとルーは名前のためにここにいるのだろうと思うと、心の中で悪態をつきつつも、多少申し訳ない気持ちにもなる。
傘下の船の者たちが名前に聞きたがるのは、大概がシャンクスの腕のことだった。まるで己のことのように謝辞を述べる者、純粋に事の顛末を聞きたがる者、名前の能力に興味を抱く者、はたまた自分の怪我の治療を内心期待している者。
ざっくりしたいきさつの説明や、行き過ぎた質問や要望等への牽制のため、誰かしら幹部陣が常に名前の近くにいて、フォローに回ってくれていた。おそらくベックマンあたりの配慮だろう。名前がそのことに気づいたのは、2日目の夜だった。
そんなことを考えていると、隣にいるルーへと傘下の船の船員が「まァた丸くなったんじゃねェか?!」と声をかけているのが耳に入った。
ルーが「お前こそ髪はどこいったんだよ髪はよォ!」とやり返し、一拍後には互いに大笑いし始める。そのやりとりに、名前もつい頰をゆるめた。
視線を上げれば、久しぶり、懐かしいなと声を掛け合う人たち。
ここ数日で幾度となく耳にしたそんなやりとりは、名前にどことなく違和感を抱かせ、それは日を追うごとに強くなっていった。
ここにいる人たちと、「久しぶり」と言葉を交わすことは、名前にはきっとないだろう。
だからといってそれを寂しいとか悲しいとか、そんなふうに思うこともないけれど。うるさ過ぎるほどの馬鹿騒ぎの中で、異物である自分をどこか俯瞰していた。
「ルーさん、わたしちょっと早めに船に戻りますね」
「あァ?どうした、具合でも悪ィのか」
「いえ大丈夫です、挨拶の付き添いありがとうございました」
「…おお、気をつけろよ」
大きい掌がポンと(というよりはバシンと)背中を叩いた。
いやチカラつよ、と思ったけれど、その気遣いが嬉しかったのでグッと堪える。
名前はルーに軽く手を振ると、盛り上がっている話の輪を離れ、ガヤガヤとした賑やかな喧騒を背に一人船へと向かった。
「ルーさん、名前は?」
ベックマンから念のため名前の様子を見てこいという指令を受けたユーリは、方々を探し回った末に今夜の名前の付き添い担当であるルーを見つけ、その行方を尋ねた。
「あァ、先に一人で船に帰ったぜ」
「一人で?!」
「まァそんなに飲んでもなかったし、大丈夫だろ」
その答えにギョッとしたものの、酔い潰れてるのでも無ければこの島内での身の危険の可能性はほぼゼロと言っていい。ユーリはほっと胸を撫で下ろした。
「帰ったって…。体調でも悪かったんスか」
「いンやぁ?体調っつーよりは、どうせまたオレらに余計な気でも遣ってンだろ」
「…ああ、」
あっけらかんと答えたルーの言葉に、ユーリは激しく納得した。名前が考えそうなことである。
しかしそれをそのまま伝えたところで、ベックマンの眉間に深々とした皺が刻まれるであろうことが容易に想像でき、ユーリはどうしたもんかとレッド・フォース号が停めてある方向をチラリと一瞥した。
そんな様子を見て、ルーは苦々しげに口を開く。
「おめェら過保護過ぎんだよ、アイツもいい歳した大人だぜ?」
ルーの言う事はもっともだった。
ユーリは「そっスね」と苦笑いを返したが、過保護なのは自分ではなく幹部陣の一部であるからして、どう婉曲に伝えようかと頭を抱える。
(どうせ付き添わせて申し訳ねェとかしょーもねぇこと考えてんだろうな)
気の遣い合いに巻き込まないでほしい…とユーリは一つため息をつき、足取り重くベックマンの所へ向かったのだった。
そしてその次の日の午後に、最後の船が到着した。
たまたまシャンクスと話しながら歩いていた名前の方へ、ぞろぞろと船から降りてきた一行が向かって来るのが見えた。そして「大頭ー!」という呼び声に、シャンクスが「おォ」と片手を挙げて応える。
遠くから大頭大頭と呼びかけるいくつもの声と、普段見慣れている男性船員たちとは違う、その柔らかく丸みを帯びたシルエットの集団に、名前はこれがハンジさんの奥さんの…と思い至った。
「大頭、お久しぶりです」
先頭を歩く長身で豊満な肉体の女性が、名前たちの前まで来てそう声をかけると、シャンクスが「おォサラ、久しぶりだな」と笑った。
いくつか言葉を交わした後、サラと呼ばれた女性が名前をチラリと見やり、シャンクスに問いかける。
「こちらが、例の…?」
「あぁ、名前だ。」
シャンクスはそう短く紹介すると、視線で名前に挨拶を促した。
「あ、えーと、少し前からこの船に乗せてもらってます、名前と申します。」
「赤髪海賊団の傘下の船の船長をしてます、サラです。以前から話しだけは聞いてたけど…会えて嬉しいわ。」
キリッとした強そうな瞳の印象が強いが、笑うと逆にくしゃりとした笑顔になるサラは、笑った顔がなんとなくハンスと重なって見えた。夫婦ってどことなく印象が似てくるのかなぁなどと、頭のどこかで考える。
「……あの、ハンジさんの…?」
「あ、そうそう。ハンジの妻です。いろいろ手を貸してもらってるって、主人からも聞いてるわ。」
「いえ、こちらこそお世話になって…」
「フフ、よかったらあとでまたゆっくり話しましょう。…ご覧の通り、うちの船は女だけなの。歳の頃も近い子も多いだろうから、よかったらうちの子たちとも話してみてね」
「はい、ありがとうございます」
ハンジと似た印象のせいもあり、サラとは初対面だというのにも関わらず、なんとなく親しみが持てた。
…しかし女海賊というのはみんなこんなに薄着というか露出が多いというか、そういうものなのだろうか。同性といえども若干目のやり場に困る。防御力の高いところと低いところの高低差がえげつない。
名前が呑気にそんなことを考えていると、サラが表情を引き締めてシャンクスに向き直った。
「大頭、報告は」
「あァ、ベックもいるし、船で聞こう」
そう言うと、シャンクスはチラリと名前を見やり、少し申し訳なさそうな顔をしたので、名前は顔を軽く横に振って応えた。
話しながら歩くシャンクスとサラを先頭に、その少し後ろから女性クルーたちが後に続き、一行はレッドフォース号へ向かって歩き出した。名前の横を歩いて通り過ぎていく彼女たちの視線の中には、名前への物珍しさや興味、そしてチクリと棘で刺すような微かな敵意も混じっていて、名前は一行を眺めながら目を細めた。
しばらくの間は身の振り方について考えるべきかもしれない。自分はあくまで部外者なのだから、と心に留めた。
その夜の宴は、前日までよりもさらに一層の盛り上がりを見せた。特に出会いに飢えた若い衆は、華やかな女性陣の一味が宴に加わったことで、より一層、酒も会話も進んでいるようだった。
「おい名前、お前あっちじゃねェのか」
「…え?」
一緒に飲んでいたユーリにそう言われ、意味がわからずその目を見れば、ユーリは顎をしゃくって幹部陣が集っている方向を指し示した。そちらへ目を向けると、連日その傾向はあったものの、今日は幹部陣の周囲に集う女性たちの数も一際多く、そこへあやかりたいと男性船員たちも詰め寄って、とんだ密集地帯が出来上がっていた。
その光景に思わず苦笑いが漏れる。
「いやいやいや、…普通に無理。」
「あー、まぁ、な。」
ユーリが苦笑するのも無理はなく、明らかに“そういった”狙いであろう女性たちが、幹部陣を取り囲んで話に花を咲かせている。…ように見えるが、女の戦いが勃発しているのであろうことは明白で。初対面で向けられた敵意も、もしかしたらそこら辺も関係しているのかもしれない。そんな恐ろしい地帯に自ら突っ込んでいく気は、名前にはサラサラなかった。
「それにホラ、偉い人多いと恐縮するしさ。末席くらいがちょうど居心地がいいっていうかさ、」
「いや誰の席が末席だよ!」
「船長のサラさんとはさっきちょっと話したから、後で挨拶だけ行ってこようかな」
「オーイ流すな流すな」
この数ヶ月でだいぶ軽口を叩けるほどに打ち解けたユーリとそんなことを話しながらも、どうにも話題の席の方が気になり、視界の端の方でついその様子を窺ってしまう。
男も女も良いご機嫌で、そしてなんといっても距離が近い。シャンクスの隣でしなだれかかり気味に座っている女性の手が、シャンクスの太ももらへんに置かれてるのにふと目が止まり、名前はパッと視線を逸らした。
気になるような気がするけれど見たくないような気もして。そんなモヤモヤを振り切るように、目の前のグラスの酒を一気に飲み干した。
「ねぇ、アンタどうやって潜り込んだの?」
宴もたけなわ、ぽつりぽつりと宵闇に消えていく者たちが出ていく頃。突然後ろからかけられたその声に振り向くと、そこそこに出来上がっていると思われる気の強そうな美女が立っていた。歳のころは20歳くらいだろうか。
「……ぇ、」
突然のことに返事が返せず、そもそも何のことを言っているのかもよくわからず。これはまさかわたしに言っているのか?とユーリに目線で問いかけてみるも、彼もまた首を傾げた。
そしてその様子に、美女の怒りはさらにヒートアップしたようだった。
「本船に、どうやって潜り込んだのって言ってんの!」
「…は?」
「なんでアンタはよくて………、」
そこまで言うと、美女は言葉を切らした。
その真っ赤に潤んだ目を見て、ギョッとした名前は思わず立ち上がり、美女の手を取った。
「あ、…えーと、」
先程の美女のセリフでただでさえ周囲の視線を集めているのだ。全く身に覚えがないとはいえ、自分絡みの何らかの理由で今にも泣きそうな女性が注目の的になってしまうのを、見過ごすことはできなかった。おそらく何らかの勘違いとか行き違いとか事情がありそうなので、一旦弁明するためにも落ち着いて話をさせていただきたい。
そう思って美女の手をとり、何か声をかけようと試みた、その時。
左肩に、ずしりとした重みと体温を感じた。
「よォ名前、飲んでっかァ?」
チラリと左側の視界に入ったのは、程よくご機嫌な赤髪の男。そしてその瞬間美女に手を振り解かれたことに驚き目を向ければ、「お、大頭?!」と突然現れた男へと熱のこもった視線を向けていた。
…なるほど、原因はこの人か。
「お、カキネと飲んでたのか?」
そうシャンクスが美女へと視線を向ければ、美女はわかりやすく赤くなっていた。この美女はカキネというらしい。
「悪ィな、サラにもちゃんと紹介してェし、こいつちょっと借りるな」
ニカッと笑ってそう告げるシャンクス。
「は、はい!」と上擦った声で答えるカキネ。
問答無用で肩を組んだまま連行される名前。
(お頭…、わかってねェわけねぇよな…?)
その間、ユーリは気配を消しながら一連の流れを見ていたが、シャンクスに強制連行されていく名前へとものすごい視線を向けるカキネを見て、厄介ごとに巻き込まれないようそっと席を立つと、群衆に紛れるように姿を消したのだった。
それからというもの、名前は非常に大人しく日々を過ごしていた。
先日の宴の際、シャンクスに連れられて幹部陣らと飲んでいたサラとゆっくり話ができたところまでは良かったのだが、その間も隣にシャンクスがいるせいか刺々しい視線が幾つも背中に刺さるのを感じていた。
船長であるサラ自身はとても話しやすく姉御肌の良い人で、最後には己の配下のクルーたちの振る舞いについて頭を下げられた。が、何一つサラのせいではないし、この件に関しては特に解決策もなさそうであるからして、ここは一つ彼女らがいる間は居候は居候らしく、目立たず大人しく幹部陣と関わらずに過ごそうと決めたのであった。
…のだが、そういう時に限って何故だかしょっちゅう顔を合わせる。
ベックマンを始めとした気遣いのできる面々はそれとなくその場を離れてくれるのだが、彼らを纏め上げる立場であるはずのシャンクスだけは、ことあるごとに絡んでくるので非常にタチが悪かった。
しかも大抵誰かしら女性船員がその場に居合わせており、さらに彼女らから名前への隠しきれてない敵意をビシバシ感じるため、名前は段々と精神的に疲弊してきていた。
面倒な事態を避けるためとはいえ、シャンクスたちとはここ数日まともに会話もしていない。
(なんかちょっと、…寂しい、ような)
そんなことを考えながらふと顔をあげれば、問題のその人とパチリと目があった。
寂しいような、と一瞬思ったような気もしたが、いざ出くわすとそんな気持ちはスッと消え去った。
よ し 立 ち 去 ろ う。
「よォ名前、買い出しか?ついでに酒も頼ってきてくれ」
そんな名前の思いをよそに、笑顔で近づいてくる問題の男。見つかる前にサクッと逃げたかったのだが、遅かった。そしてこの状態から走って逃げたらさすがに失礼にあたるだろうと思いとどまる。
しかしパシリなんてのは体力のある下っ端船員にでも頼んでいただきたいものだと、名前は胡乱な目でシャンクスを見返した。
「…いいですけど…。重いので少しですよ」
「お、じゃあ一緒に行くか?」
瞬間、いくつもの視線が突き刺さるのを感じた。当の本人はカラカラと笑っておりただの軽口であるのは明白なわけだが…こうなってくるともう何だろう、わざとだろうかと思ってしまう。
「いや大丈夫です全然」
「つれねェなぁ」
「…お忙しいでしょう。なんか希望の銘柄とかありますか?」
「あー、こないだお前と一緒に飲んだやつ、なかなかうまかったよなァ。名前なんだっけな」
「…わかりました覚えてないので適当に買ってきますね」
有無を言わさず早口で捲し立てると、「お酒はお部屋の前に置いときますので」と付け加え、ぺこりとお辞儀をして踵を返した。
彼は気づいていないのか、それともわざとなのか。
カキネたちの憎悪のこもった視線が後頭部に突き刺さるのをヒシヒシと感じながら、名前はそそくさとその場を後にした。
買い出しを終え、ついでに頼まれていたお酒も適当に調達し終えた後、名前は一人で島内を散歩していた。
途中でアイスコーヒーを買って、海が一望できる景観の良い丘の上で休憩をとる。
(はぁ、一人ってすばらしい)
一人は、自由だ。
決して赤髪海賊団の誰かと一緒にいるのが嫌なわけではない。
むしろ名前の身を案じてのことだと思えばありがたいことであったし、彼らのことはもちろん好ましく思っている。けれど。
元来の性格のせいもあり、やはり一人の時間も名前には必要なものだった。
キラキラと光が反射する海面をぼーっと見つめていると、風になびく髪が視界を遮った。そういえば居候になってからこっち髪も切っていなかったな、と思い至る。赤髪海賊団の一員を、まさか美容院になんて付き合わせられないしな、いやでも、ユーリあたりならギリいけるか…。
そんな失礼なことを考えて、フゥ、と小さく溜息をついた。
考えていた以上に、長く一緒にいることになった。
こんなに深く入れ込むことになるなんて、思ってもみなかった。
シャンクス達に、ちゃんと話すべきなのだろうか。
名前は別に戦えない訳ではないし、その能力もある。
ただ他人を傷つけることを好まないだけで、ある程度の人数を相手にしたこともあった。
(でも、)
何をどこまで話せばいいのか。
赤髪海賊団の人々が良くしてくれるからこそ、名前は線引きがわからなくなってきていた。自分の事情を聞かないでいてくれる彼らに、このまま何も話さないでいることは、その誠意に答えていないような気がした。けれど、ひとつ話したら、ドミノ倒しのように全部話してしまいそうで。
そうしたらきっと、優しい彼らのことだから、名前の荷を一緒に抱えてくれようとするかもしれない。それはとても嬉しいことだけど、でも結局、名前自身がどうにかする以外ないだろうから。
ならば限られたこの時間を、ただ楽しく過ごすほうがお互いにとって良いのではないだろうか。そう思ってきた。けれど…。
ぼんやりそんなことを考えて、名前はその思考を掻き消すように、瞼を閉じて息を吐いた。
カラン、と音がして、手にしたコーヒーに目をやれば、氷が溶けてだいぶ薄くなってしまっていた。
そろそろ船に戻らなければ、と立ち上がり、もっと早く気付いていればこの島内で髪を切れたのにな、と今更少し後悔する。
レッド・フォース号は、明日出航の予定となっていた。
「悪いねうちの子たちが」
その夜も当然の如く開かれた宴の中、隅の方でひっそりと過ごしていた名前は、頭上から聞こえた声に顔を上げた。見上げれば、サラがすまなさそうな顔をして立っている。
「あ、いえ、」
反射的に返事を返すと、サラは名前の隣に腰を下ろした。
「普段はもっと気の良い子なんだけどね…。ちょっと大頭を過剰に崇拝してるところがあって…」
「ああ…」
申し訳なさそうなサラの様子に、苦笑いを返す。
誰のことを指しているのかは聞かずともわかった。
「…や、でもなんか、けっこう好きですよ。自分の気持ちにまっすぐで…ちょっとうらやましいです。」
「まぁこっちは嫌われているようですけど…」と続けると、今度はサラの方が苦笑いを返した。
「…大頭と仲が良いんだって?」
「え?…いえ、そんな、…って言うと失礼か…」
質問の意図が分からず、とっさに否定の言葉を返した名前に、サラはおや、という顔をする。
「そんなんじゃなくて、たぶん腕の件で…って、聞いてます?」
「ああ、うん簡単には。…でも実際、本当に生えててびっくりしたけどね」
「…ねぇ。ほんと、私もです…」
ほんの好奇心からこんな展開になるなんて、と、名前は心の中で思い返した。あの時うっかり失敗しなくて良かったと、今現在も心から思っている。
名前の言葉に不思議そうな顔をしているサラの、ハンジと似たその雰囲気に、ついついぽつりぽつりと本音が零れた。
本当に腕を生やせるとは思わなかったこと。こちらから頼んで一か八かでやらせてもらったら、まさか成功したこと。みんなこの件に感謝してくれているようだけど、こちら的にはむしろ実験台にしたことを申し訳ないと思っていること。なのでこんなに良くしてもらっていることが一層申し訳なく、若干居た堪れない気持ちでいること。など。
「…だから、仲が良いとかそういうのではなくて、たぶんすごく感謝してくれていて、なにかと気にかけてもらっているというかでですね…」
「弱みにつけ込むじゃないけど、そんな感じがしてこう…申し訳ないというかなんというか…」
話しながらもまた、申し訳ないような何とも言えない気持ちがムクムクと湧いてきて、深いため息が自然と一つ漏れた。
そしてついつい自分が愚痴ってしまったことにハッと気づき、サラの方にチラリと目をやると、彼女は思いがけず優しく笑っていた。
「…サラさん?」
「ああ、いやごめん、…気を悪くしないでもらいたいけど……………大頭の恩人が、名前みたいな人でよかったなぁ、と思って」
「……」
「…まぁまぁ、そんな顔しないで。理由や経緯はどうであれ、名前がそれだけのことをしてくれたということは、わたしたち全員にとって紛れもない事実なんだし」
「……」
「…そんなに難しく考え過ぎなくても、相手から差し出された好意は、ただただ笑顔で受け取れば、それでいいんじゃない?差し出した方だって、拒絶されるより喜ばれたほうが嬉しいに決まってる」
「…そう、ですね…」
そう言われれば、なるほど確かにそう思えた。
サラの言葉は、その場に居合わせなかった第三者だからか、それとも彼女が持つ不思議に懐かしい雰囲気からか、名前の懐にストンと落ちた。
「名前も、もっと気持ちをまっすぐ出したらいいのに」
「わりと出してると思うんですけど……まぁでも、こういうのは、出しづらいですね…」
「はは、まぁこうしてわたしだけに話してくれるっていうのも嬉しいけどね」
名前には、サラがこうして気にかけてくれることの方がうれしく思えた。なかなかに気疲れした数日間であったが、これだけは役得と言える。
彼女がカキネたち船員に釘を刺してくれていることも、実は知っていた。元来海賊なんて男女問わず気の荒い者の多いはずなのに、名前になんの実害もなかったのはきっとそのおかげだろう。
そんなことを考えていると、サラが少しの意地悪さを含んだ、何か面白がっているような笑みで口を開いた。
「…大頭には出さないの?」
「え、え?!…ふ、普通に出してます、よ?」
「……ふぅん?」
言葉を紡がずにただニコニコと微笑むその様子に、名前はなんとなく居心地の悪さを覚えた。
何か他の話題を、と頭の中でグルグルと話のネタを探し、パッとひとつ思いつく。
「…サ、サラさんは、」
「ん?」
「もともと本船に乗ってたんですか?」
「いや?前から今の船を仕切ってて、後から赤髪海賊団の傘下に入ったんだよ」
「へぇ…。本船て、ずっと女性はいないんですか?」
「あー、昔女の子が乗ってた時期があるとは聞いてるけど…それ以外はないかもね」
「そうですか…」
カキネはおそらく、本船に乗りたかったが叶わなかったのだろう。理由はわからないが、本船には女性は乗せておらず、カキネも例に漏れずだったのではないだろうか。以前何気なく顔馴染みの船員に話を振ってみたところ「あー、まぁ腐ってもオトコとオンナだからなぁ」と歯切れ悪く言っていたことを思いだす。“そういった”理由なのかもしれない。そんなところに名前がポンと現れたのであれば、そりゃあカキネたちからしたらおもしろくないだろう。
「…わたしがレッドフォース号に乗せてもらえたのは、たぶん居候っていう扱いだからだと思うんです」
サラは何か考えるようにして名前を見返した。
「だから、うーん、わたしが特別どうってことはなくて。…ってことを、本当はカキネさんにも伝えられたらよかったんですけど」
「…いや、それはこっちのせいだよ、申し訳ない」
「あ、いえいえ全然!そんなことないです。逆に、サラさんとたくさん話す機会をもらえたのでよかったです」
名前が本心からの言葉に、サラは少し驚いた表情を見せ、そして優しく笑った。
「おーおー、あんな隅の方に隠れちまって、可哀想に」
そんな二人の様子を見ながら眉尻を下げたのは、やや離れたところに陣取って飲んでいた幹部陣の一人、ヤソップだった。視線の先にいる名前を憐れむように見つめている。
ヤソップの言葉に少しだけ口角を上げたシャンクスは、持っていた酒を煽った。
その様子を見て、副船長であるベックマンも苦言を呈する。
「…アンタも、あんまりかまってやるなよ。あの気ィ遣いがここんとこアンタを避けて過ごしてる理由、わかってンだろ」
「……あァ…」
一見大人しく返答をしたかのように見えたシャンクスは、一呼吸おいて「だが、」と続けた。
「癪でなァ」
どこかつまらなさそうな顔でそう呟くと、スッと立ち上がり一歩踏み出した。その視線の先にいるのは、ちょうどサラと話し終わり、一人になった名前だ。
「お、オイお頭、」
ヤソップの制止に耳を貸すこともなく、そのままゆっくりと歩を進める。名前が近づいてくるシャンクスに気付き、「ゲッ」という顔をしているのが見えた。
「ったく、あのバカ…」
ベックマンが苦虫を噛み潰したような表情で苦々しく吐き捨てたが、そのバカを止められるような者はここにはいなかった。
「よォ名前」
「……………シャンクスさん…」
「どうした、眉間の皺がすげェな」
「……き、今日はお一人ですか」
「ああ。…なんだ、やきもちか?」
半分からかうように笑うシャンクスとは対照的に、名前は表情を強張らせる。周囲の様子を伺うと、カキネたちが近くにいなさそうなことを確認し、軽く安堵の息を漏らした。
「…違います。けど、シャンクスさん、すごく人気のようなので…」
女性陣の視線が怖いから早くどっか行ってほしいと暗に告げたものの、シャンクスにはどこ吹く風で。その場に腰をおろすと、手に持っていた酒瓶を名前に差し出した。
「この島特産の酒だ」
「……はぁ」
「ここんとこゆっくり顔合わせる機会もなかったろ?」
それはそうだ。名前が避けに避けて逃げ続けていたのだから。名前もこれが普段通りの状況だったら、特産品の酒とやらをゆっくりと飲み交わすのもやぶさかではなかった。が。
「傘下の方達と、お話してこなくていいんですか?」
「ん?なんだやきもちか」
「いやだから違くて!」
シャンクスが真顔でそんなことを言うもんだから、間髪入れずツッコミが口から出てきてしまった。空気を読め空気を、と思わず心の中で悪態を吐く。
名前がため息をつくと、シャンクスは名前を見て不敵に笑った。
「…あんまり逃げられると、追い詰めたくなるモンだろ?」
「………」
「追いかけたくなる」ではなく?
というかやはりわかっててやっていたのだこの男は。
シャンクスが「ホラ」とその酒瓶を一本丸々渡してきたので、名前は盛大に眉根に皺を寄せながらも、隣でそれを飲むことにした。
なかなかに強いその酒を、シャンクスはまるで水を飲むかのように、名前は少しずつゆっくりと飲んだ。
会話が途切れても特に気まずくもない、このゆったりした空間が、ひどく久しぶりのように思える。
「なぁ名前」
「…はい?」
「オレは、お前には感謝してるが、…それが全てじゃあない」
「……」
「恩を感じてるから、こうして一緒にいるワケじゃねェんだ」
「……」
シャンクスの言葉の本意が掴めずチラリとその横顔を覗き見れば、意外にも真面目なカオをしていて。
「お前がオレに、オレたちに、何をしても、しなくても、…お前はとっくにオレらの仲間だ」
「………」
「…忘れんなよ」
ハイ、と小声で呟く。
先程のサラとの話が聞こえていたならとんだ地獄耳だと思った。けれど。
何をしても、しなくても。
ただそのままの自分でも。
「あァ、それとな、」
「?」
「海賊なら海賊らしく、欲しいモンは獲りに行けよ」
シャンクスは、そう言いながらとある方向に視線を向けると、目を細めてニヤリと笑った。その視線を目で追い、名前はぐっと言葉に詰まる。
「…わ、たし、海賊じゃないですし…」
「ダッハッハ、まぁそう言うな。仲間じゃねェか」
グシャグシャと頭を撫でる手を払いのけながら、名前は明日別れを告げる予定のその人の横顔を、遠目で見つめたのだった。
フゥ、と吐き出された紫煙がくゆる。
その煙は風に流され、闇夜に紛れるように消えていった。
「…今回はあのバカが正しかったようだな」
「あー、考えてねェようでちゃんと考えてんだな、お頭も」
「……いや、野生の勘みてェなもんだろ」
面倒事を起こさないように、余計な気を遣わせないようにと、自分達との接触を避けて過ごす名前に、幹部陣一同はもちろん気付いていた。そして名前のその意図を汲み取って、こちらからも敢えて接触しに行くことはせずにいた。
が、自分たちがすべきだったのは、彼女の遠慮を汲み取ることではなく、名前も間違いなくこの船の一員なのだという簡単な意思表示だったのだと、遠くから見ていたベックマンとヤソップは改めて思った。
意識的にか無意識にか、名前は自分たちとの間に一線を引いている。もちろん今の名前の立場や乗船のいきさつを考えれば当然のことではあるが、自分たちの船長は、おそらく、それを踏み超えようとしている。
であれば、残された時間がどれだけ短くとも、自分たちもそれに従うのみだった。
翌日、傘下の海賊達に別れを告げた赤髪海賊団の船の上で、名前は一枚の紙を見つめていた。
「オゥ名前、ご機嫌だな!………なんだそれ」
「ヤソップさん。…コレ、サラさんの、ビブルカードです」
どことなく気恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに「電電虫の番号付きで」と名前が見せてくれたその白い紙の切れ端には、確かにいくつかの数字が書かれていた。
「おー、もらったのか?仲良さそうにしてたもんな。よかったじゃねェか」
「はい!…………なんかわたし、考えてみたら同性で友人って呼べる人とかいなくて」
「お、おお?」
突然のぼっち告白にやや頬を引き攣らせつつも、とりあえず続きを促す。
「友だちとかって、よくわかんなかったんですけど。……船出前に、サラさんが会いにきてくれて、また会いたいねってなって、」
「……嬉しそうだな」
「…ハイ」
へへ、と恥ずかしそうに笑う名前。
ヤソップは慈しむような、まるで娘を見るような眼でその様子に笑みを漏らし、その頭をポンポンとたたいた。
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