シャンクス長編
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燦々と降り注ぐ太陽。海面には日光が反射し、まるで宝石のようにキラキラと輝いている。
名前は甲板の手すりから身を乗り出し、波飛沫を眺めていた。
先日で風呂掃除も終わったし、今日分の食堂の手伝いも終わったし、さて何をしようか。
溜まっていた繕い物も昨日で終わってしまった。
みんな各々仕事をしたり鍛錬したり忙しそうに動いている、そんな中。
名前は完全に時間を持て余していた。
蔵書室で何か本でも見繕ってこようかな、そんなことを考えつつもなんだか動くのが億劫になってしまい、そのまま波飛沫を見つめてぼーっとすること小一時間。
ぼんやりとしながら考えるのは、この船に乗せてもらって、もう1ヶ月余りが過ぎたということ。
たかが1ヶ月、されど1ヶ月。この間にしていたことと言えば、ぶっちゃけただの気ままなぶらり途中下船の旅に他ならない。
名前にとって1ヶ月というのはなかなかに貴重な期間ではあるのだが、何の成果もない1ヶ月に特に焦りも感じないほど、ここでの生活は充実していた。
働いて、笑って、お酒を飲んで。
そんな普通の、この船での日常が、名前はなんだかんだ気に入っていた。
でもその分、離れ難くもなるわけで。
ハァ、と小さく息を吐いた、その時。
船上に大きな音が響いた。
「なななな、何?!」
驚いて咄嗟に出た大声に、近くの船員が答える。
「警戒態勢の合図だ、敵襲があるかもしれねェ。名前は船内に入っとけ」
敵襲…?!と一瞬気持ちが張り詰めたが、その船員の心なしか嬉しそうな表情を見て、そんな気も失せてしまった。
周りを見ればみんな明らかにワクワクしている。この船でそんな心配もいらないかと、一応非戦闘要員として扱われている名前は、ありがたく船内に避難させてもらうことにした。
自室に向かう途中で自分のエモノを担いでウキウキと歩いてくるヤソップに「おう名前、呼びに行くまで出てくんなよ!」と言われ、「はーい」と返事を返す。
敵襲があるかもしれないとは思えない緊迫感のなさである。
「自室にいるので、怪我した人はどんどん送ってください」
「おォ、そりゃ助かる。でも無理すんなよ」
すれ違い様にグシャグシャと頭を撫でられ、「気をつけてくださいね」と声をかければ片手を上げて応えてくれた。みんな強いし、まぁきっと大丈夫だろう。そもそも本当に敵襲があるとも限らないし。
…そんな期待も虚しく、今や船上では怒号や大砲の砲撃音が飛び交い、レッドフォース号は砲撃の余波を受けてグラグラと揺れている。
名前は初弾の揺れですっ転んだので、それ以降は転ばないよう部屋の角で三角座りをしてやり過ごしていた。全然誰も来ないということは、優勢なのだろうか。であれば早く片付けてこの揺れを何とかしてほしいものである。
そんなことを考えていると、バタバタという足音が聞こえ、ようやく仕事がやってきた。
「名前いるか?!コイツを頼む!」
そう言って男2人で抱えてきたのは、かなり血に塗れた大怪我らしき船員だった。腹部に裂傷あり、けっこうな深手を負ったようで、出血が多い。
しかしベッドに寝かせて治療にあたれば、1分足らずでその傷は完璧に塞がった。
「何回見てもすげェなぁ…おい、大丈夫か?」
支えてきた船員がそう話しかけて確認すると、ベッドに寝ていた船員がムクリと起き上がる。
「…痛くも痒くもねェ!オラ戻るぞォ!!!」
言うとともに勢いよくベッドから降り、先ほどまでの様子からは考えられないほどに元気よく船上に戻っていった。そして部屋の外、廊下の向こうから「名前ーー!ありがとなーーー!!」という叫び声が小さく聞こえた。
なるほど、軽傷の人は来ないんだなと名前は理解した。
先程治療をした船員のように戦闘不可レベルの傷を負わない限り、たぶんここへは来ないのだろう。
ふと部屋を見回すと、血だらけのベッドと床が目に入った。しまった、医務室を貸して貰えばよかったと後悔したが、時すでに遅しだ。後で替えのシーツを調達しに行かなければならないなぁと思いながら、また部屋の隅へ移動して、三角座りの体勢に戻り時が経つのを待った。
しばらくすると揺れが収まり、そろそろ出てもいいのだろうかと部屋のドアを開けて様子を見てみると、ちょうどユーリが名前の部屋へ向かってきたところだった。
「よォ、終わったぞ」
「…よかった、怪我人は?」
「多少出てるな。軽症者ばっかりだけど、そのうちまとめて来ると思う」
「わかった。……相手は?」
「お宝の類だけ奪って、帰した。あんだけ完全に叩きのめしたからもう喧嘩売ってこねェだろ」
「そっか…」
少しだけホッとする。
海賊同士の争いなのだから、敵船全滅も当然の世界ではあるが、船長であるシャンクスが、そして船員のみんなが、そうしなかったことに何故か少しだけ安堵した。
その顔を見たユーリが、ハァ、とため息を吐く。
「お前なぁ…そんなんでやっていけんのかよ」
「な、なにが」
「明らかに『ホッとしました』みたいな顔しやがって。海賊船に乗ってんだぞ?」
ユーリは鋭い。そして容赦ない。
その言葉にギクリとしたのは、自分でも自覚しているからだ。でも、頭では分かっていてもやっぱり避けたい事態もあるわけで。
ふと先程治療した船員のことが思い浮かんだ。あれがシャンクスや、ベックマンや、ヤソップだったら?
「…わかってるよ、」
そう小さく返事をすると、ユーリはまた一つため息をついた。
「…まぁ今回は、こっちの被害も少なかったからよかったけどな」
もう出てきてもいいぞ、とだけ言うと踵を返して戻って行ってしまった。
名前は俯いたまま少し考えていたが、「名前〜手当て頼む〜」という声が聞こえると、顔を上げてはーいと返事をした。
何人治したんだろう、30人目以降数えるのをやめた名前は、顔を上げてウンザリした。
一体何人並んでいるのか、自室の外まで列をなす怪我人たちの人数を確認しにドアを出ると、まだまだ続く長蛇の列が目に入った。
「…………」
終わりの見えない仕事量に一瞬思考が停止したが、ゆっくりと瞬きをしたのち、無言で部屋に戻って先頭の怪我人の治療にあたった。
どこを怪我したのかと聞くと、腕に微かな擦り傷がある。銃の弾が掠ったらしいが、血もほとんど出ていなかった。
「…かすり傷じゃないですか…」
「ダハハハ、まぁそう言うな!一度治してみてもらいたかったんだよなぁ」
そんな興味本位で来ないでほしい。
そういうのを何と言うのか知っているのだろうか。
「…冷やかしじゃないですか…」
「ダッハッハ、いや、名前の能力向上のために少しでも怪我した奴は行ってこいって言われてな」
「誰ですかそんな余計なこと言ったの」
「ん?お頭だ」
「俺は副船長から聞いたぞ」「ホンゴウさんも言ってたが」「ヤソップさんも…」と周囲から次々と声が挙がる。要は幹部陣全員ということだろう。名前はクラリとして目元をおさえた。
(いやありがたいけどさぁ…)
「大丈夫だ、重症者は先に並ぶよう言われてるから、後に並んでるのは軽症のやつばっかりだ。いつ倒れてもかまわんぞ!」
気兼ねなく限界を迎えろ!と満面の笑みで言われれば、また一つ目眩がした。純粋に能力強化の支援をしてくれているのか、ちょっとした嫌がらせなのか、もはやどちらかわからない。
その日名前は文字通り、治して治して治しまくった。
辛うじて倒れることはなかったものの、全員治療し終えると、気が抜けたせいか疲れが一気に体にきた。ずっしりと重い身体と頭を引き摺って、汚れたベッドにそのまま倒れ込む。
先日渡されたお小遣い(?)の100分の1くらいは働けただろうか…いや1000分の1くらいか。
そう考えながら重い瞼を閉じてみると、もう一度開く気力もなくなってしまった。
というかこの船に乗っている間にあの金額分働けるのだろうか…まぁ働けなかったら降りる時に返せばいいか、でも当面の生活費用だけこっそり頂戴しないとな…。
そんなことをぼんやりと考えていると、この1ヶ月余りでだいぶ馴染んだこの船や乗員の面々が頭に浮かび、なんだか胸が締め付けられた。
(…この船、降りるんだよなぁ、そのうち)
そう考えると、ちょっと、いやかなり、寂しいような気がした。
わいわいガヤガヤ、この船はいつも賑やかで。居心地が良くて、困ってしまう。
この日常にあんり慣れすぎてはいけないのだと、自分を律さなければ。近くない未来に別れはくるのだから。
ああでもやっばり寂しいなと思いながら、あっという間に意識は沈んでいった。
「オイ、大丈夫か?」
聞き慣れた声が耳元で聞こえ、意識が現実に引き戻される。眠い目をゴシゴシと擦り、やっとのことで目を開くと、心配そうな顔が視界に入ってきた。
「…ユーリ、」
「起こして悪ィ、体調悪いのか?」
視線をぐるりと動かしてみると、部屋の中はもう真っ暗だった。
夕飯の時間に姿を見せなかったから、心配して様子を見にきてくれた、というところだろうか。
「いや…疲れて、寝てただけ」
「なんだ、ならよかった…こないだみたいにぶっ倒れたのかと…」
そう言うユーリの顔は心底ほっとしたという表情をしていて、名前も自然と笑みが漏れた。
「…ありがと、様子見に来てくれたの?」
「ああ、みんな心配してんぞ」
「そっか…申し訳なかったな…」
明日の朝食にはちゃんと顔を出さなきゃなぁと思いつつふと横を見ると、ユーリは微動だにせずその場に立ち尽くしたまま。
生存確認も終わったことだし、そろそろご退出願いたいのだが…と顔を見上げてみれば、パチリとユーリと目があった。
「じゃ、行くか」
「……………………………どこへ?」
「決まってンだろ、今日の収獲を祝っての宴だ宴!」
あ、今日は結構です、の一言が喉まで出かかったが、みんな心配してると言われた以上無碍に断ることもできず、一瞬顔を出してすぐお暇しよう、そう決めてヨロヨロととユーリの後に続き部屋を出た。
「おお、名前大丈夫かァ?!」
「まぁたぶっ倒れたのかとおもったぜ!」
「お姫さまはか弱いもんだからなぁガッハッハ」
甲板では今日もイカつい男どもが良いご機嫌で大賑わいだった。彼らからかけられる言葉の末尾にかっこわらいが透けて見えるのは気のせいだろうか。え、誰が心配してるって?と、名前は早速部屋に帰りたくなった。
「…一応手当てしてあげたわけなので、少しは敬ってくださいませんかみなさま」
目を細めてそう告げると、ドッと笑いが起こる。
いやいやいや?そんなウケること一言もいってませんけど?
先ほど寂しいななどと思ったのはなかったことにしようと思う。何だろうこの人たち非常に小憎たらしい。
「…ああ、なかなか頑張ったみたいだな」
背後から落ち着いたトーンの声が聞こえ、名前の頭に暖かい手がポンと乗せられた。
「…ベックマンさん」
「今日はよくやった、お疲れさん。体調はどうだ?」
「えーと、…ちょっと疲れた気もしますが、大丈夫です」
「そうか、無理するなよ」
ベックマンの眼差しが優しく名前に向けられ、その手が頭を軽く撫でてからそっと離れた。
純粋に褒められた気がして口元が緩む。相手がベックマンであれば尚更だった。先日のアレコレ以降、なんというか名前はベックマンに敬愛の念的なものを抱いていた。
名前的赤髪海賊団まともな人間番付では、ベックマンは不動のナンバーワンに輝いている。
「戦闘中は、大丈夫だったか?」
「あー、船の揺れだけはちょっとアレでしたけど、大丈夫です。ベックマンさんは怪我とか…大丈夫でしたか?ていうかこの船も大丈夫だったんですか?」
「ん?ああ、俺は何ともねェ、ありがとな。船の方はやや損傷ってとこか。まぁ明日から船大工が修繕にあたるから大丈夫だ」
「え、何か手伝うことあります?」
「…お前の仕事はまずゆっくり休むことだな」
ベックマンはハァ、とため息を一つ吐くと、名前の額を指で軽く押した。
こ、これは色男にしか許されないやつ…!しかもサラリと…。なんだろう手練れ感が半端ない。思わず一歩後退り、身長差のあるベックマンの顔を見上げた。
「お前はなぁ…その気遣い癖をなんとかしろ。まぁそれがお前の良い所でもあるんだが…。第一優先は名前自身の体調だ、休むときはしっかり休め」
眉尻を下げて少し困ったように笑うベックマンに、名前は何も言えなかった。完全に正論である。
名前が疲れて寝てしまっていたことなどお見通しのようで、小声でハイとだけ答えた。
「今日は飲み過ぎんな、ちゃんと寝ろよ」
そう言ってもう一度頭を撫でられれば、単純にもよし今日は飲みすぎずに早く寝よう、と心に決めた。
そんな名前の頭の中からは、ベックマンも今日のこの重労働を名前に課した犯人の一人だということは完全に抜け落ちていた。
その決心通り、飲み会メシをお腹に入れて、お酒は嗜む程度に止め、早々に部屋へと戻る途中。
月明かりの照らされてユラユラと揺れる海面に惹かれて、名前はまた手すり間際に腰掛けて、海を眺めていた。
手すりの隙間から足を投げ出し、頭を手すりにもたげる。夜の海は、何もかも飲み込むように暗くて、黒くて、こわい。けれど、今日のこの月明かりに照らされた海は、そんな気持ちを凌駕するほどに綺麗だった。
そのままバタンと後ろに寝転べば、床は硬くて寝心地は良くなかったが、視界いっぱいに星屑が広がった。
これは、何だろう、何かに似ている………そうだ。
「…金平糖ぶちまけたみたい」
「…なんつーかもっとロマンチックな言い回しあるだろお前…」
突如視界の端に現れた赤い髪とその男の発したツッコミに思わず身を起こすと、赤髪から覗く額に勢いよく名前の頭がぶつかり、ゴッという鈍い音がした。
「「………!!!!」」
激痛が走り、互いに涙目で額を押さえること数秒。
先に言葉を発したのはシャンクスだった。
「…おま、石頭か…」
「すいません…だっていきなり現れるから…」
「…………それはスマン」
「いやわたしも…すみません。」
お互いに謝罪したものの痛みは引かず、しばらく頭を押さえた後、シャンクスはヨロヨロと名前の隣に腰を下ろした。
「…で、何してたんだ?」
「いえ特に、星を見ながらゴロゴロしてただけです」
「………金平糖か?」
「ぽくないですか?」
「いや全然わからん」
金平糖には見えないらしい。
点々具合が食パンに生えたカビっぽいですよねと言ってみれば通じたのだろうか、そんなこともふと思ったが、やめておいた。
「シャンクスさんは、怪我とか大丈夫ですか?」
「ああ、今日のは大した相手でもなかったしな」
「そうですか…」
「…心配してくれたのか?」
「………まぁそりゃ、多少は…。怪我したらちゃんと来てくださいね、治すので。…まぁお強いらしいので大丈夫だとは思いますけど…」
少し気恥ずかしくなり、視線を逸らして早口で付け足した。この人たちは大層強いらしいので、きっと大丈夫なんだろうとは思うけど。
「…いや、ありがとな」
隣でフと笑う気配がする。
この人が、この人たちが怪我したり傷ついたりしたら嫌だなぁと単純に思っている自分に気づき、何とも言えない気分になった。この騒がしくて人好きのする人たちは、随分と名前の懐に入り込んでしまっている。
『じゃあ名前、お前は俺やお頭が敵襲でやられそうになってたら、黙って見てるか?』
ベックマンのその問いに、即答した言葉に嘘はなかった。
この人たちが好きだなぁと思う。
だから、早く離れたいとも思う。
純粋に抱いていたはずの好意は、不安や焦りを孕み始めていて。
「…お前がこの船に乗って、もう1ヶ月過ぎたな」
「…そう、ですね…」
「1ヶ月とは思えないほど馴染んだな」
目を細めてそう言われると、同じことを考えていたことに少し驚き、そして自然に笑みが漏れた。
「そうですね…ほんとに」
「乗り心地はどうだ?」
「え?ええと、とても良いです。楽しいです、毎日」
「…そうか」
シャンクスが満足そうに微笑み、それ以上は言葉を続けず、視線を海へと戻した。
そうしてしばしの沈黙が訪れたが、それが苦痛ではないこの空気感も、名前は好ましく感じていた。
ただその横顔に視線を向けると、胸が少しだけ痛むような気がした。
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