シャンクス長編
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そして数日。
名前は食堂の手伝いをしたり、船内の探検をしたり、あとは主に風呂場の掃除をして過ごしていた。
(信じられない…)
風呂場は劇的に汚かった。
そもそも毎日風呂に入るという習慣がないのだろう、さっと入ってさっと出る、水で流してるから掃除はしない、そんな生活スタイルがうかがえた。
もちろんそんな風呂場の状態を嫌がってる船員もいるのだろうが、大きな船というだけあって、なにしろ広い。しかもみんな好き勝手なタイミングで入ってくるものだから、掃除する気力も時間もないのだろう。
そういうわけでここのところ名前は風呂場の入り口に「掃除中使用不可」の立て札を立てて、入浴者が少ない昼間の時間に毎日掃除をしている。
その間風呂場は使用不可になるため、もちろん偉い人の許可はとった。初めて船内の風呂場を使わせてもらった翌日、名前は甲板でベックマンを見かけると一直線に走り寄って捕まえた。
「ベックマンさん…!藪から棒にすみませんが、お願いがあります!」
「…お、おお。どうした?…すごい顔してるぞお前…」
「お風呂場の掃除がしたいんですけど」
「…?」
明らかに何言ってんだコイツ、という顔をしている。なるほど全然伝わってない。
名前は思わず昨日の衝撃を全力で語った。
「いやもうほんとひと様の船にこんなこと言うのも申し訳ないんですけど…、いやでも本当ありえないんでやっぱり言っちゃうんですけど誰かお風呂場ちゃんと掃除してます???風呂場掃除担当とかちゃんとあります????水垢とかカビとかとんでもないんですけどあと誰も浴槽使ってないんですかねなんかもう捨てた方がいい勢いで汚いんですけど本当にみんなあれ入ってるんですか細菌で病気になりませんか?ていうかそもそも…」
「わ、わかったわかった許可する、頼む。」
名前の迫力にたじろいだベックマンからアッサリと許可がおりたので、名前はマシンガントークをやめてにっこりと笑った。
「あ、ほんとですかありがとうございます。早速今日から始めて良いですか?」
「ああ、なんだかすまんな…。用具置き場についてはそこらへんの船員に聞いてくれ」
「いえ全然、こちらこそすみません。掃除中は立て札立てとくので、使えないようみんなに伝えといてもらえますか?」
「あ、ああわかった」
「すみませんがお願いします。さすがに全裸の船員たちとドッキリ遭遇とかは避けたいので…」
「…」
「というかベックマンさん本当にあのお風呂使ってるんですか?船内で何らかの集団感染発症しそうじゃないですか…?」
意図せずドン引きの視線を向けたしまったところ、幹部たちは各々の部屋に簡易的な浴室がついているという衝撃の事実を聞かされた。なるほど納得である。個人的にはベックマンがあの汚風呂に入っているとは考えたくなかったのでよかった。いやでも簡易浴室、わたしもほしい。
とはいえ名前は単なる居候だ。頼まれてもないのに自分が嫌だからと風呂場の使用時間を制限して掃除させてもらい、さらに自分の入浴時間は他の船員は使用不可にさせてもらっているだけでもありがたいというものだろう。
そう納得し、ベックマンにお礼を告げると、名前は早速風呂場近くで船員を見つけて掃除用具をゲットした。
そんな風呂場掃除ライフも早数日。
最初は1人で楽しく鼻歌を歌いながら掃除していたが、なんだなんだと覗きにきた船員たちの中には手が空いていると手伝ってくれる人もいて、風呂場は徐々にキレイになっていった。
「いやホント汚いと思ってたのよねェ」
今日のお手伝いは料理長のハンジ他数名だ。
料理長が仕事ほっぽり出して大丈夫かな、という思いが頭を掠めたが、いざ作業を始めてみるとハンジは丁寧で仕事が早く、ガサツな男たちとばかり掃除してきた名前は、感動してそのまま手伝ってもらうことにした。
「ほんと…初日は入るのやめようかと思いました」
「みんな風呂場の掃除なんて水流してオワリとおもってるからねぇ」
「これいつから掃除してなかったんですかね…?」
「えー、最初からじゃない?」
そう言ってカラカラ笑うハンジ。名前にとっては全然笑い事ではないのだが。
それにしてもハンジが手伝ってくれて随分と助かった。今日で掃除完了と言っても過言ではないほどきれいになったと思う。
「でも本当ありがとうございました、今夜から気持ちよくお風呂入れそうです。」
「いいのよォ、でも明日から寂しがる野郎どもが多そうね」
「…?」
何のことかわからない名前は、首を傾げてハンジを見た。一緒に掃除するのがそんなに楽しかったのだろうか?そんなアイドル的な感じの好かれ方してたっけ?いやでもこの船で女性として見られている感じは正直言って全然ない。
さっぱりわからんという顔をしている名前を見て、ハンジはフフっと笑うと風呂場の窓の外を指差した。
「外よ外」
窓の外は通路のはずだけど…と、換気のために細く開けていた窓を全開にしてみると、バタバタと不自然な足音がいくつも聞こえ、外を見ると大勢の船員たちが立ち去るところだった。
先日掃除を手伝ってくれた大柄でスキンヘッドの船員と目が合ったと思うと、「お、名前今日もごくろうさん!」と言ってそそくさといなくなってしまった。
「…なんかいっぱいいました」
「そうそう、最近お風呂場の外で休憩してる奴多いのよネ」
「掃除終わり待ちですかね?申し訳なかったかな」
「あら違うわよォ、BGMが心地いいらしいわよ」
「…?」
「…あんたひょっとして無意識なの?」
「掃除中ずっと歌ってるじゃない、けっこうな大声で」
「 」
名前は一瞬真顔になり、そして顔面蒼白になった。
「?!?!?!?!?!え?!?!声に?出てました???????」
「え、普通に出てたわよ…レパートリー多いなと思ってたわ。ワタシはたまに歌ってる海に憧れてる女の子の歌とか好きよ」
え?そんな?歌詞から何の歌かわかるくらい歌ってた???
名前は困惑した。脳内再生たまに鼻歌くらいの気持ちだったが、全部声に出ていたらしい。
「ド下手くそとかじゃないからいいじゃなーい、ワタシアンタの歌好きよ」
「めっっっっっっちゃ恥ずかしい死にそう……………………………………………よしハンジさんこの話やめましょう」
「音楽家としてアンタをこの船に迎えるのもアリよねって最近話題なのに…」
「追い討ちやめてください死ぬ…!あと楽器はひとつも弾けません」
「アラ意外ね」
ハンジが笑い飛ばしてくれて助かったが、これは食堂の手伝いとか洗濯の手伝い中も歌ってる可能性があるな…と名前はゾッとした。もう仕事中の脳内ソングはやめようと心に決めたのだった。
辺りが夕闇に包まれる頃、レッド・フォース号の甲板は今日もどんちゃん騒ぎで盛り上がっていた。
こんなに連日酒盛りして、ここの食糧事情はどうなっているのかと名前は不思議に思った。
「よォ名前、飲んでるか?」
「ヤソップさん…。なんかこんな酒盛り続きで次の島まで食糧足りるんですか?」
「お前はまた真面目な質問だな…まぁ心配すんな」
そう言ってヤソップはニカっと笑い、名前の頭をポンと叩いた。この船に乗せてもらってからというものヤソップは何かにつけ声をかけてくれ、保護者感というか父性というかをひしひしと感じている。
とうに成人だというのにいつも子ども扱いされている気がして、こそばゆい気持ちはあれど名前はそれがきらいじゃなかった。
「連日の酒盛りで足りなくなったから、明日近くの島に寄って調達してくることになったらしいぜ。…ということで今夜は残りを食い尽くす宴だ!」
ヤソップの隣に座っていたルーが答える。
いや足りなくなったんかい!と思ったがそのツッコミは口には出さずにおいた。自分の歓迎会とシャンクスの腕祝いで自分起因の宴が2回もあったし、やや責任を感じたためだ。
「なァに、この船は金には困っちゃいねェし、まぁなんだ、みんな何かに理由をつけて騒ぎたいヤツらばっかりだからな」
「ハハ、ちげぇねぇ。あ、名前その肉いらねぇならくれ」
「え?あ、ハイどうぞ」
サラッと金持ち発言…。でもそう言われると少しホッとした。そしてルーに譲った肉は一瞬で消えた。
「明日はバタバタすると思うぜ。けっこう大きな島に寄るらしいからな」
「へぇ…楽しみですね!散策できますかね?」
「あー、どうだろな…」
「え?」
「あーっと、いや、上陸については明日お頭かベックマンにでも相談してみろ」
「?」
ヤソップが珍しく言葉を濁した。
明日何か自分に頼みたい仕事でもあるんだろうか、基本自由なはずだけど…。名前は少し考えたが、明日聞けばいいやと思ってやめた。自分にまっすぐ向かって歩いてくる何人かの男たちに気付いたからだ。
「よォ名前!飲んでるか?!余興でもどうだ?」
先頭の、何故か背中に猿を乗せた男がそう話しかけてきた。
何回か風呂場の掃除を手伝ってくれた…確か幹部の一人って聞いたような、名前なんだっけ?と名前が考えていると、男の発言に意識がぶっ飛びそうになった。
「ひとつ歌でも歌ってくれねぇか」
周りはオオオ!と大盛り上がりだ。
背中の猿も両手を叩いて喜んでいる(?)。
いやァずっと弾きたかったんだけど歌ってくれるヤツがいなくてな〜え?いやお前らなんかお呼びじゃねぇよ!、と、他の船員と絡みながらギターの慣らし弾きを始めてしまった。よく見れば周りの数人も各々楽器を持っている。
名前は思わず口から魂魄が出そうになった。掃除手伝ってくれていい人〜なんて思ってたら何つーこと言い出すんだ。無理無理無理無理無理に決まっている。
「あ、全然無理です」
「俺ぁ前に歌ってた、フフフ〜ン♪ってやつが聞きてェんだけど」
「オレはフーフフーン♩ってやつが好きだな!」
「愛してる〜♪ってのあったよな?!」
「イヤお前その顔で愛してるって!」
ギャハハハハと大爆笑にかき消され、名前の声は誰にも届かなかった。びっくりするほど誰も名前の話を聞いてない。
ので、隙をついて逃げることにした。そーっと腰を浮かせ中腰で席を立つと音を立てずに足を動かす。目指すはお決まりの逃げ場、食堂のハンジのところだ。
月が真上に差し掛かる頃、今日は満月だったんだなと名前はぼんやりと空を見上げた。
飲みすぎたせいか、ふわふわと良い気分だ。今日は自分でもわかるくらい、飲みすぎた。ここ数日で知り合いも増えたから話すのも楽しくて。なんだかんだで結局歌も歌って、しかも何故かみんなうろ覚えでのっかって歌ってきて、最終的にはもうしっちゃかめっちゃかでやっぱりすごく楽しかった。
名前は思い返しながら一人でフフっと笑い、後ろにバタりと倒れた。ちょうど後ろにあった積荷に体重を預けて半分くらい寝転がった体勢になると、もうこのまま寝られそうだ。
「よォ、今日はしっかり飲んでるな」
頭のすぐ横で声がして、目をやるとすぐ隣でシャンクスが同じような体勢で酒瓶を煽っていた。ふわふわと良い気分で答える。
「ふふふ、なんか楽しくて。」
「そうしてっとなんかいつもより女だな」
「………シャンクスさんが言うとなんかちょっとやらしい感じなんでやめてもらって」
「だっはっは、言うなァお前」
「一応気をつけてるんです、男所帯だし」
「お、いい心がけだ」
「…でもみんないい人だから楽しくなってきちゃって…いい船ですね…」
自然とそんな言葉が口から出た。
うつらうつらしながら、隣でシャンクスがフッと笑ったように思った。
「ならこのまま俺の船にいればいいさ。
…ウチの音楽家どもが歌い手を欲しがってたしな」
「……………………わたし本当にそんなに大きい声で歌ってました…?」
「オレの部屋は風呂場の音がよく聞こえてな、良い声してるじゃねェか」
いちいち言い方がやらしい。ふわふわしてた頭が一瞬で覚醒した。なんかもう穴があったら入りたいし過去の自分を殴りたい。恥ずかしいやら何やらで、そっぽを向いて小声でどうも、と呟いた。掃除しながら何を歌ってたんだったか。
「あんまり毎日ラブソングばっかり聴こえるから、俺にむけて歌ってるのかと」
「いやまさか」
パッと向き直って即座に否定すると、目があったシャンクスが目を細めてにやりと笑う。これはまずい。
ここ数日でわかったが、シャンクスは酔っ払うとより色気が増すし人に絡みやすくなるようだ。
無骨な指が名前の髪を一房掬いとり、それをサラサラといじりながら口ずさむ。
「〜〜〜♪って曲と、」
「…?!」
「〜〜〜♪ってやつが好きだな。あと〜〜〜♪ってやつも。」
「…よく覚えてますね…」
「俺へのラブソングだと思って聴いてたからな」
そう言ってイタズラそうに笑う瞳は、少年のようでいてひどく男らしくもあり。口ずさむ歌声も無駄に良いので、こりゃモテるわけだわと内心思った。
しかしこれはアレだ、完全に酔っ払っている。
フェロモンがとめどなく溢れ出している。アカンやつだ。もうこの話に付き合うのはやめよう。
「…恥ずかしくて死ぬかもしれないのでこの話はやめましょう。いろいろ無理なので私はもう寝ます。」
「はは、半分本気なのにな」
いやもう半分はなんやねんと思いながら名前は目を閉じた。この話も歌のことも起きたら忘れてくれますように。というかいっそ歌のくだり全部夢だったらいいのに…そんなことを考えてたら、すぐに意識は沈んでいった。
男たちがゴロゴロ転がっている、寝静まった甲板を歩いていると、先日仲間入りした名前がそんな中で無防備にも雑魚寝しているのが目に入った。その横で静かに酒を飲んでいる男は月夜の明かりでもその赤髪が目立つ、この船の船長、シャンクスだ。
「…よォ」
「…ベック、」
ベックマンはフゥ、と紫煙を吐き出し、名前を目で示しながら小声で聞いた。
「…寝てるのか」
「ああ、今日はしっかり酔ったみたいだ」
「そりゃよかった、馴染んできたようだな」
「…まだ気ィ遣ってるけどな」
「…それはこいつの性格だな…。まァおいおいだろう」
子どものようにスヤスヤ眠る名前を眺めるシャンクスの頬が、少し緩んでいるようにも見えた。つられてベックマンもフッと笑う。
「…ちょっかい出してだだろ」
「はは、ちょっとな」
「ほどほどにしとけよ」
「ああ、面白くてつい」
ほどほどにする気があるのかないのか、ベックマンは溜息をついてゆっくり煙草を吸い、そして煙を吐いた。シャンクスに確認しなければならないことがある。
「明日の上陸だが…名前はどうする、残すか」
「残した方が無難だがなァ」
「本人は楽しみにしてるそうだ」
「ハァ…じゃあ誰かつけるか」
「…嫌がりそうだな」
「だろうな…だがこの船に乗ってる以上、仕方ねぇ」
「…名前は戦えないんだったか」
「………………そういえば聞いてねェな」
2人の男は顔を見合わせた。
肝心なことを誰も聞いてない。
「まぁ明日本人に話すか、」
「ああ、わかった」
1人で旅してきたと言うからには、多少心得はあると思うが…。赤髪海賊団に女が一人混じってるとなると、よからぬ輩に狙われるであろうことは明白だ。
だがあのやたらに真面目な娘のことだから、そうやって気を遣われて保護されるのは嫌がる…というか逆に気を遣うだろう。人間性としては好感が持てるしベックマンは気に入っているが、なかなか難儀な性格だ。どう話したものか。
ベックマンは煙草を消して踵を返し、「手ェ出すなよ」と言い捨てた。
ハハハ、と笑うシャンクスはどこまで気があるのやら。
それより明日の名前の反応を考えると頭が痛い、お頭が上手くまとめてくれるか…イヤ無理だろうなと思うと自然にまた次の煙草に手が伸びたのだった。
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