シャンクス長編
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その日赤髪海賊団は、数日滞在した島から出港するため、朝から大量の食糧や日用品の積み込みで慌ただしく、クルーの中では年若い部類に入るその少年も、下っ端らしく率先して荷積をしていた。
この調子なら日暮れまでに終わりそうだと一息ついたところで、見慣れない人影がふらりと現れたことに気づく。
「あの、こちら赤髪海賊団さんの船で間違いないでしょうか」
海賊船の上では聞き慣れないような丁寧な喋り方に、思わず声の主の顔を見た。
「そうだけど…」
「えーと乗船希望なんですが、どなたに話したらいいでしょうか」
「乗船?!え、お前が?」
話しかけてきたのはスラっとした男…か女かはわからない出立をしていたが、その体格も到底海賊船には似つかわしくなく、年若いクルーは眉を顰めた。
この海にその名を轟かせる赤髪海賊団といえば、入団希望者なんて五万と言わず十万百万といる。(と少年は思っている)
こんな細くて弱そうな奴が乗れるような船ではないし、もしお頭もしくは船員狙いの女なら、そういうことは夜の街でやってもらいたい。
つまりは時間の無駄だ。
「あー、募集締め切ってるんでお帰りください」
「え、そんな募集期間とかあるの?じゃなくて、一味に入りたいとかではなく、期間限定乗船させてほしいというか…。あ、紹介文も持ってます!」
いそいそとに袋の中を漁るその不審者に、少年は紹介文てなんだ…と思いつつもなんだかんだ理由をつけて断ろうとしたが、逆になんだかんだとゴネられてしまった。
こっちはこの積荷を日暮れまでに載せないとどやされるというのに、そう思っていると案の定怒鳴り声が飛んできた。
「おいユーリ!なぁーにサボってんだァ?」
ヤジを飛ばしてきてのは、この船の幹部の1人、ラッキー・ルーで、声の方に目をやるとすでに少年に銃口を向けていた。
「いいいやちがっ!絡まれてるだけっすよ!」
「絡むゥ〜?俺たちに絡もうなんざ太ェ野郎だ」
ルーは怪訝な顔で近づいてくると、先程からしつこい不審人物の真正面で立ち止まった。そして再度「紹介状があるからしばらく船に乗せて欲しい」と訳のわからない依頼をする不審人物の”紹介状”を手に取り、珍しく目を丸くした。
「…頭のとこに案内する、着いてこい」
あ、ありがとうございます、と小声で言うと、少年にもペコリと頭を下げ、ルーと不審人物は船内に消えていった。
「お頭ァ、乗船希望者だぜ〜」
船長に対しても余裕のタメ口のルーが船長室の扉を勢いよく開くと、室内にいたお頭ことシャンクスと、副船長のベン・ベックマンの視線はルーの後ろの不審人物に向けられた。
布を巻いていて顔がほとんど見えない不審人物が「あ、はじめまして名前と申します…」などと海賊船には似つかわしくない素っ頓狂な挨拶をかましたため、船長室は一瞬静けさに包まれた。
「ダーッハッハ!!」
「ルー…お前一体何を連れてきたんだ」
腹を抱えて爆笑してるのはシャンクスで、余計な仕事を増やすなとばかりに溜息をついたのはベックマンだ。
「いや〜なんか面白い紹介状持ってんだよコイツ」
しかしルーが船長室の机に広げた”紹介状”を見て、2人も目を見張った。
名前が”紹介状”と称して差し出した一通の封書には、要約すると「いつぞやのデービーバックファイトの取り分だから大人しく受け取れ。お前が先に潰れたこと忘れてねェぞ。ただし俺の娘に傷一つつけるなよ」という趣旨のことが書かれてあった。封蝋印は間違いなくあの大海賊、白髭のものだった。
娘が誰のことを指すのか、一同は一瞬思考を巡らせたが、一人しかいない。この不審者は女だったらしい。
「デービーバックファイトなんてした覚えねぇよなぁ」
「…昔…、地獄のような飲み比べしたことがあったな…あれか?」
「あァやったなぁ〜〜〜ハッハッハあんときゃ死ぬかと思ったな!…いや何年前の話だよ!ただの飲み比べだったろ、何にも掛けた覚えねェぞ」
「何にせよ白髭からの預かりモンであることにゃあ間違い無ェなぁ」
ルーが肉をムッシャムッシャ食べながら封蝋印のついた封筒をヒラヒラさせると、シャンクスとベックマンは目を見合わせた。
シャンクスが名前と名乗る女にチラリと目をやると、当の本人が一番事態を把握できていないようで、目しか見えない顔に困惑の色を浮かべていた。
ハァ、と溜息を一つ漏らしたあと、その船の船長は女に問うた。
「お嬢さんは何しにここに?」
彼女は思い出したように顔の布を外した。これから頼み事をするらしい彼女の、最低限の礼儀ということだろう。
布の下から現れた思いの外端正な顔に3人の視線が注がれたことなど気づかず、申し訳なさそうに話し出した。
「ちょっと経緯はよくわからないというか、その手紙のデービー?ファイト?とかは何のことだかサッパリなんですけど…」
彼女が言うには、一時期白髭の船に乗っていたそうで、下船する時に「困った時に頼る先」として傘下の海賊船含むいくつかの海賊の名前を挙げられ、「これでも見せとけ」と言って各々宛の封書を貰ったのだと言う。
確かに彼女の荷袋には、他にも何枚かの”紹介状”が入っていた。
「あの、船員(クルー)になりたいわけじゃなくて。人探しをしてて。しばらく乗せてもらえないでしょうか。ほんと甲板の隅の隅にでも居させてもらえればそれで全然!掃除くらいしかできないですけど、…なんでもします!よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げた勢いがあまりによかったせいか、威勢の良いお辞儀がキレイな直角90度だったせいか、赤髪のお頭はまたワッハッハと笑い出した。
「なんでもします、なんて女が男に簡単に口にするもんじゃねェなァ。……女か。ベン、鍵付きの部屋あったか?」
「あァ、一部屋あるにはあるが…いいのか?」
「白髭の頼みだ、借りもあるしな。名前はどこまで行きてェんだ?」
「あ、アオヤシ島ってところに…」
「じゃあまぁ最短で半年ってとこか、何か問題あるか?」
いや、とベックマンが言い、ルーも面白そうにニヤニヤしている。それどころか出航早々今夜は宴だと、肉を齧りながら喜んでいる様子だ。
…海賊船てこんなに簡単に乗り込めるものなのだろうか…、逆に名前の方が呆気に取られてしまった。
まずは部屋に案内してくれるとのことで、名前はベックマンと呼ばれていた男の後をついて船内を歩いていた。
「あの…ベックマン、さん…。自分から頼み込んでおいて何ですが、こんな簡単に乗せてもらっていいんでしょうか…」
「お頭が決めたことだ。オレたちに異論はない。」
ベックマンは事もなさげにそう言うと、「言って聞くような人間でもないしな」と付け加えた。
「とてもありがたいですが…交換条件とか…?乗せてもらうために何をすればいいでしょうか」
「あァ、真面目だなぁアンタ。お頭は何も考えてないと思うが…まぁそれは追々頼むとして。もう誰彼構わずなんでもします、とか言うなよ?」
「う、、それは、ハイ…。軽率でした…。」
「はは、部屋はここだ。この後誰かしら迎えに向かわせる、出航したら甲板で顔合わせだ」
「はい、ありがとうございます」
案内された部屋は六畳ほどで、ベッドと机だけがあり、窓からは港の様子が見えた。
こんなにトントン拍子に乗せてもらえるなんて…オヤジさんの手紙の威力かな…そんなことを考えながらベッドに腰掛け、そのまま仰向けに倒れ込むと、窓の外に快晴の青空が見えた。
甲板の端にでもいさせてもらえれば十分と思ってたのに、部屋までもらえるとは。しかも鍵付き。名前はうまいこと行き過ぎて何だか不安になってきた。
(美味しい話には裏があるとか…ないかな…何もなさすぎて逆にこわい)
久しぶりの布団が心地よく、流れていく雲を見ていたらいつの間にかウトウトとしていたようで、突如勢いよく開かれたドアの音に名前は飛び起きた。
「っと、驚かせて悪ィな」
「あ、いえ」
「じゃあ行くか、準備できたか?」
「ハァ…あの、船長さん…」
「あァ、自己紹介もまだだったな。オレはシャンクスだ。よろしくな。」
太陽みたいにカラリと笑うその人を見ていると、よく知りもしない船に勢いで乗り込んでしまったことも、不思議にもまぁなんとかなるかなと思えた。
とりあえず悪人ではなさそうだ、と思う。オヤジさんもそう言ってたし。
とはいえ本当にいいのだろうか、名前は念のためもう一度聞いてみることにした。
「シャンクスさん…あの、今更ですが本当にいいんでしょうか…?その、身元確認?とか…?」
シャンクスは一瞬目を丸くすると、だっはっはと豪快に笑った。
「確かになァ、今日のお前の不審者ぶりは酒のネタに持ってこいだな」
「さ、、酒…?」
「仲間が増えた祝いだな、今日は宴だ。身元確認とやらはそん時にでも聞かせてくれ。酒は飲めるか?」
「多少は…」
「おっ、そりゃいいな、今夜の主役はお前だ。飲まされすぎんなよ」
「え、ええ…?」
楽しそうに歩くシャンクスの後ろを、名前は先程までとは別の不安を抱えて追いかけたのだった。
これだけの大きな船だ。甲板もそれはそれは広く、そしてその広さを埋め尽くす人とざわめき。
しかしシャンクスが姿を現すと程なく、騒がしかったその場がしんと静まり返った。おお、と圧倒されて思わず名前の歩みが遅れる。
「大丈夫か?」
「あ、ハイ」
こっちに来てくれ、と言われて歩を進め、シャンクスの横で立ち止まる。
「今日からこの船に乗ることになった、名前だ。アオヤシ島まで一緒に行く」
静まった場に、シャンクスの朗々とした声が響く。さっきまでの騒々しさはどこへやら、なるほどカリスマ性すごいななどと考えながらぼーっとしてる名前ひに、シャンクスが小さな声で呼び掛けた。
「適当に挨拶してくれ」
「あ、はい…!名前と申します。突然押しかけてすみません、なんでも…じゃなくて、雑用とか、手伝いとか、なんでもします!短い間ですがよろしくお願いします。」
「なんでもします」はNGだったなと思い出したものの、良い言い回しが思いつくほど人前で挨拶した経験もなく。言ってすぐ後悔するレベルの挨拶ではあったが、よろしくお願いします、と下げた頭を上げてみると、思いがけず歓迎の声が返ってきた。
「よろしくなァ!」
「お頭の押しかけ女房って本当かァ?!」
「紅一点だァ!こっち来て飲もうぜ!」
「新しい仲間にカンパーイ!」
その大歓声に、名前は呆気に取られた。突然の乗船にもかかわらず、反対する人間はいないようだ。
この船は船長だけじゃなく、みんなこんな風らしい。いや船長がああだからこうなのか?
どちらにしろ久しぶりに仲間と呼んでもらえる相手ができたことに、じんわりと胸の奥が熱くなり、名前はもう一度ゆっくり頭を下げた。
「おっ前、ほんとに乗れたのか…」
そう呆れ顔で言ってのけたのは、最初に船の外で話しかけた少年だ。
「あ、その節はありがとうございました。」
「その喋り方やめろよ、タメ口でいい。オレはユーリだ、よろしくな」
「ありがとう。名前です。今日は荷積みの邪魔してごめんね、お陰様で無事乗り込めました」
「よくこんな不審者乗せたよな…」
「いやそれわたしも思う、ありがたいけど、なんかこの船大丈夫なの?」
「まぁでもお頭の人を見る目は確かだからな。オレたちはお頭が決めたってんなら反論はねぇ」
「それベックマンさんも同じこと言ってたな…信頼してるんだねぇ…」
「お、押しかけ女房の嬢ちゃん、お頭の話か?」
「オレらのお頭は最高だろ!」
「どこに惚れて押しかけてきたんだァ?!」
「いや違…だから押しかけ女房じゃないんですって!」
否定の言葉も虚しく、宴が始まるや否やずーっと押しかけ女房の設定でこのイカつい男達は大盛り上がりだった。どこで会っただのどこに惚れただの、ないことないこと言っている。
「よォ名前、オレのどこに惚れたって?」
「あ、シャンクスさん…」
助け舟がきた!と思ったのも束の間、「なんでもしますっつって懇願されてなァ…」と船長自ら捏造話しを披露し始めた。
「シャンクスさん!ちょ、ちょっと…!」
「はは、冗談だ。お前ぇらあんまりからかいすぎんなよ」
本人に言われると洒落にならない。
しかし頭をポンとたたかれ、もしかして様子見に来てくれたのだろうか、なんて考えが浮かんだ。さすがのカリスマ船長だ。こういうところも人を惹きつける要因の一つなのだろう。
「そういや名前は何ができるんだ?」
「何って…掃除とか…?」
「いやそうじゃなくて、剣とか銃とかさ」
思い出したようにユーリが言った。
女ひとりで海を渡り、海賊船に乗りこむようなマネをするからには、何かしら戦闘の心得があるのではと言いたいようだ。
「うーん、戦うのはあんまり好きじゃなくて…」
とはいえ役立たずだと思われるのも癪だなと思考を巡らす。
名前がふと視線を下すと、ユーリの腕にかすり傷があることに気づいた。
「ちょっと手、貸して」
突然手を掴まれたユーリは少し動揺していたが、気にも止めずに逆の手で傷を覆う。バカ騒ぎしていた船員達もなんだなんだと集まってきて、一同はその動向を息を飲んで見つめていた。
しばらくして名前が傷を覆っていた手を離すと、ユーリの腕の傷はきれいさっぱり消えていた。
おお…!という歓声が上がり、一気に賑わいが戻る。
「すげぇ…」
「お前ただの押掛女房じゃなかったのかァ!」
「とんだ拾いモンだ、なぁお頭!」
「オゥこいつの顔も治してやってくれや!」
「うるせーこいつァ元々だァ!」
「めでてぇな、さぁ飲め飲めェ!」
次々に酒の瓶が開けられ、クルーたちは飲めや歌えや大騒ぎだ。こんなにウケがいいとは思わなかった名前は、呆気に取られた。というかもう何でもかんでも面白がれるんじゃないだろうかここの船員たちは、とすら思える。
「おっ前…すごい隠し球もってんじゃねぇか、こりゃ明日には押しかけ女房どころか女神さまとでも呼ばれてんじゃねぇか?」
驚き顔で話しかけてきたのはシャンクスだ。
「…いや逆に何の能力も見せてないのに二つ返事で船に乗せてくれたシャンクスさんにびっくりしましたけどね…。掃除しかできないような小娘、普通乗せませんよね船に…」
「ハッハッハ、違ぇねぇ!」
「いやでもお頭の見る目は確かだったな!」
「明日からもよろしくな女神さまよォ!」
当のお頭はだっはっはと腹を抱えて笑っている。
シャンクスの人を見る目は確かなのかのかもしれないが、こうしてるとただの能天気の集まりにか見えず… 。ひたすら爆笑している大男たちを見ていたら、名前はなんだか脱力してしまった。自分でも無意識のうちに気を張っていたようだ。
「しかしそのチカラ…悪魔の実か?」
そう尋ねてきたのは、ドレッドヘアに眼鏡の船員、ヤソップだ。
さっきシャンクスにこの船の幹部だと紹介されたな、と思い出す。船長始め異様に沸点低めのここの船員の中では、名前にはベックマンに次いで普通の人そうだという印象だった。
「あー、そうです。昔食べ物だと思って拾って食べて。」
「いやお前拾い食いって…」
いやぁハハハと適当に流そうとしたら、返答に困ったような顔をしたヤソップと目が合った。そしてヤソップはそうか、と一言だけ言って名前の頭をポンと撫でた。
これはたぶん、食うにも困る幼少時代を送った的な感じに思われたのかもしれない…。と思ったけれど、余計な気を遣わせてしまったことを申し訳なく思いながらも、名前はあえて訂正はしなかった。
「そのチカラって、どれくらい効くモンなんだ?」
名前たちを囲む男の一人が疑問を口にすると、矢継ぎ早に質問が飛び交った。
「死にそうなヤツとかも治んのか?」
「どの程度死にかけてるかによるかもですが…ある程度は治せる…かなぁ?骨折打撲出血多量みたいな人は治したことあります」
「病気は?」
「治せないです。病原体を取り除くとかはできないみたいで、ただ傷んだ組織を修復することはできます。風邪だったら、熱は下げられないけど喉痛いのだけ治せるとか」
「オレのこの欠けた歯とか治るか?」
「それはいけると思います。治しましょうか?」
いやそんなもん治す必要ねェだろ!とヤジが飛ぶ中、前髪がやや欠けている強面のクルーに近づき、口元に手を当てた。
「たぶん歯が全く残ってないと治らないんですけどね。無からは作り出せないみたいで。」
歯はあっという間に元の形にもどり、すげぇ!ありがとなぁ!!!と、強面のクルーは大歓喜で名前の背中をバンバンと叩いた。縦も横も2倍はあろうかという大男だ。名前は吹っ飛びそうになった。
「いたたた!いやチカラ加減!!!」
「ガッハッハッハ!すまんすまん!しかしすげぇなぁ。指とかも生やせるのか?」
「さぁ…人の指生やそうと思ったことないですけど…理屈上は生えるかもですね」
名前が叩かれた背中をさすっていると、喧騒の中で誰かが呟く。
「もしかして腕とかも…?」
その言葉を耳にした船員たちは、一拍ののち声を揃えて囃し立てた。
「お頭の腕生やせるんじゃねェのか」
「おお!!やってみる価値はあるな!」
「ダメ元で試すだけでもどうすかお頭ァ?!」
オオオ!と一同はやる気満々だ。
え、何これどうする流れ?と、困惑した名前はシャンクスに目を向けた。
「お前らなぁ、ちょっと落ち着け」
ハァ、とため息をつく。
「新入りをあんまり困らせるんじゃねェ」
「悪ィな、悪ノリのし過ぎだ」
シャンクスは名前に向き直り、そう言って頭をポンとたたいた。
しかし名前はそんなことなど意にも介さず、そのマントの下の、逆側の結ばれた袖を見つめていた。
この能力(チカラ)の難点は自分に対して使えないところだ、と名前は思っている。
自分のことを治せない以上、能力はあるのに研究も練習もできない。どこまで治せるのかも実のところ自分でもちゃんとわかっていない。
道ゆく人の怪我を治して歩くわけにもいかないし、馬鹿正直に能力を公開して海賊なり山賊なりに狙われるのも勘弁だったので、名前は正直この能力を持て余していたのだ。
理論上は…、と考える。
今までの経験からすると、理論上は生えるはずだ。
「…おい名前」
「シャンクスさん、」
ジッとその結び目を凝視していることに気づいたシャンクスの呼びかけに、名前が被せるように告げる。
「ちょっとやってみても、いいですか?」
一拍おいて、オオオ!がんばれ嬢ちゃん!と大歓声が上がった。当の名前はそんな周囲の雑音など聞こえていないかのようにシャンクスの腕を見つめながらブツブツと何か考えているかと思うと、おもむろにシャンクスの顔を振り仰いだ。
「あ、上手くいくかはわかんないんですけど…」
「………わかった、じゃあ頼む」
シャンクスはフゥ、と一つ息を吐き、観念したかように笑うと、シャツのボタンを片手で器用に外し、あっという間に左半身が露わになった。
(ヒィ!どエロい!!)
大胸筋も腹筋も素晴らしすぎる…!と名前が視線のやり場に困ってると、シャンクスが申し訳なさそうに苦笑いで言った。
「…あー、あんまり見た目が良くなくてな。悪ィな」
「え?いやいやめちゃくちゃいい体してると思いますけど…」
その言葉にシャンクスはポカンとし、周りの船員からはドッと笑いが起こった。会話を聞くにシャンクスの腕の話だったらしい。
「う、腕?!腕の話?!いやそれも全然大丈夫です!!!もう!全然!!!」
動揺のあまり大げさに否定すると、もうこの話は終わり!とばかりに、じゃ失礼しますね!とシャンクスの腕をとった。
「何も変わらないかもしれないですけど…」
「ああ、気にすんな。宴の余興みたいなもんだ」
シャンクスがカラカラと笑うので、そんなに期待されてないのもちょっと癪だな、と思った。
まぁほぼほぼ名前の知的好奇心からくる人体実験のようなものなので、受け入れてもらえただけでも儲け物だが。
「じゃあ…
全然生えなかったり逆に途中までしか生えなかったり背中から生えたり2本生えたりしてきたらどうもすみません!」
一呼吸で言い切り、能力を発動する。
一応注意書きは述べたし、後は野となれ山となれだ。
シャンクスの何か言いたそうな呆気に取られた顔が一瞬見えた気がしたが、名前の意識はそこで途切れた。
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