長編パラレル
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細い細い雨が降る。
雨は好きだ。
一人きりで静かに降る雨を眺めるのは、違う世界に一人迷い込んだようで、なんだか不思議な気持ちになる。
雨の日独特の空気で目が覚めたその日、そっと部屋を出て甲板へ向かったのはまだ夜明け前だった。外はまだ暗いが、そんな中でも見上げれば見張り台には微かな明かりが見え、この空間の唯一の共有者の存在が確認できた。
小雨の中甲板をぐるりと周り、庇の下へ座り込む。
細く降り続ける雨は糸のよう。掴めそうな気がして伸ばした手をその糸が濡らした。
目の前には、だんだん白んできた空と海、そしてその間を絶え間なく落ちていく細い雨。霞がかっているせいか空と海の差境界線は曖昧で、夜明け前のその空間は、まるで別世界と繋がっているかのようで。もし海の上を歩けたなら、そのまま違う世界に行ってしまいそう、なんて。
小説の読み過ぎだな、とふと思う。この世界以外のどこへも行けるはずなんてないけれど。
でもそんなことを一人で考えるのは、楽しい。雨の日だけの特別だ。
「名前、」
突然名前を呼ばれ、声のした方に視線を向けると、今朝の空とは対照的な、太陽みたいなひとが立っていた。
「…おはようございます」
「おお、早いな今日は」
「シャンクスさんも」
特に断りを入れることもなく、ゆっくりと歩み寄ってきたそのひとは、名前の隣にどっしりと腰を下ろした。片膝を立てて座るその姿を見ると、いつものマントもなければ剣もなく、寝起きそのままで来たのであろう様子が窺えた。
「こういう日は、ここにいるだろうと思ってな」
「………」
何で知ってるんだろう、疑問に思ったのも束の間。
先ほどの空想に浸っていた様子を見られていたかもしれないことに思い至り、なんだか気恥ずかしくなった名前は、視線をあらぬ方向に向けた。
そんなことは露知らず、シャンクスは言葉を続ける。
「…雨だな」
「…そうですね」
「好きなのか?」
「…?」
「雨」
「…あー、まぁ…?」
「…」
雨ならなんでもいいわけではないけれど、そんなニュアンスは説明しても通じないだろうなぁと、チラリと横顔を盗み見た。案の定、というか思っていた以上になんとも読めない表情をしていて、一体どういう意図の質問だったのかとその横顔をじっと見つめる。
「雨、嫌いですか?」
「ん?いや…」
曖昧な返事の続きを待ったが、この会話はこれで終わりらしい。そのまま立てている方の膝に頭をことりと乗せたかと思えば、その目はこちらをただじっと見つめていて、なかなか外されない視線になんだか居た堪れない気分になり、名前の方が思わず視線を外した。
「…お前はたまに…突然どっか行きそうだな」
「……は?」
しばらく後、ポツリと呟かれた言葉に視線を戻す。寝ぼけているのだろうかとも思ったけれど、思いの外真面目な顔をしていた。
「あんま一人でいるなよ」
「…?」
「なんか怖ェ」
「…」
「……ここにいろよ、」
ずっと、と付け加えられた言葉は名前の耳には届かなかった。
ポツリポツリと言葉を紡ぎながら、置いて行かれた子どものような顔をするいい歳の成人男性に、なんと返事をするのが正解なのか。その瞳の奥の真意が読めず、思わず何も言えなくなってしまったけれど。
「……昨日の酒が残ってるんですか」
「…………」
「…………」
空気を和ませようかと思った結果二日酔いの線を疑うことにしたのだが、どうやらそういう雰囲気ではなかったらしい。
「ハァ…お前はよォ、」
呆れたかのように息を吐いたシャンクスは、ようやく名前から視線を外し、独り言のように続けた。
「…」
「…まぁ、目的地までの約束だからな、」
「…」
「まぁでも」
「…」
「行くときは、ちゃんと言えよ」
こうして一人で雨を見てるとき。
雲に隠れた月が出るのをぼんやり待っているとき。
船から島の街の灯りを眺めているとき。
ここではないどこかに思いを馳せているような。
そんな名前を見るといつも、なんとも言えない不安に駆られた。
その視線の先には彼女だけの世界があって、そこにはきっと自分もこの船も誰も何も留まることはできなくて。名前がどこか遠くへ行ってしまいそうな、漠然とした不安がよぎる。
遠くない未来にこの船を降りることはわかっている。けれど。
なんと言ったらいいのかわからない、という心の声が馬鹿正直に顔に出ている名前が愛しくて、その頬に手を伸ばした。怪訝そうな顔をしている名前の頬を指で軽くなぞる。お互いの世界にお互いが存在していることに、手を伸ばせば触れることができることに安堵して、そのまま肩に手を回してゆっくりと抱き寄せた。
「?!な、なんですかシャンクスさん、」
「あー、なんだろな」
「?!」
彼女から貰った腕に簡単に収まる小さな体。捉えておくのは、こんなにも簡単なのに。
不安にさせないでくれ、そんな言葉は絶対口には出せないけれど。気持ちだけ込めて、顎の下あたりにすっぽりおさまった名前の頭に、顔をグリグリと擦り付けた。
「意味がわからない…痛っ!ヒゲが痛い!!」
「もー!なんなんですかちょっと、」
「…生存確認だ」
「?!」
「お前から抱き締めてくれたらやめる」
「…………は?」
ぱっちりと合ったその瞳には、困惑の色が浮かんでいた。我ながら意味のわからない行動なのだから、名前はもっとわからないだろう。
先ほど激しめの頬擦りをした名前の髪はボサボサで、目を止めてつい口元を歪めたら、お前がやったんだろうとばかりに睨まれた。そんな睨み顔すら愛おしい、なんて。
夜はすっかり明けて、雨ももう霧雨程度に弱まってきた。きっとすぐに止むだろう。
厨房では朝食の支度が始まったらしく煙が上がりはじめ、甲板に出てくる船員の足音がチラホラと聞こえた。
状況をつかみかねている名前の耳元に口を近づけ、もう一押しとばかりに一言告げる。
「してくれねェならこのままキスする」
「…は?!」
ものすごく眉根に皺を寄せたその顔は、心外といえば心外な反応ではあったが、ひどく人間らしくて笑いが漏れた。
名前がその顔のまま固まった様子を見ながら少しだけ待った後、その後頭部に手を添え、視線を合わせる。そのままそっと力を加えていくと、瞳に映る自分の姿が見えたあたりでグッと胸を押し返された。
「わわ、わかったので、ちょ、…ストップ!」
やや残念ではあるが、腕の力を解いて名前の動きを待つと、名前はホッとしたように視線を下ろした。その細い腕がそろそろとぎこちなく背中に回され、少しだけ力を込めて締め付けられる。
恥ずかしがっているのであろうその顔はシャンクスの胸に埋められていて表情までは見えないものの、耳が真っ赤なことから簡単に想像できた。
自然と口の端が上がるのがわかる。このままきつく抱きしめて二度と離したくない、けれど、優しく包み込むように大事に大事に扱いたいような気もした。
自分よりもひと回りもふた回りも小さいその背中を抱きしめて、細い腰を引き寄せる。
「シャ、シャンクスさん!?ももももう離してください!」
「もうちょっとな」
「抱きしめたらやめるって言った!」
「…ん?あー、すぐやめるとは言ってねェし」
「?!」
真っ赤な顔、涙目で見上げてくるその表情に、笑いが漏れるとともに安堵する。
笑わせて怒らせて困らせて、ずっとそばでそうしていてくれたら。
その雨の向こうに
「…オイ、朝っぱらから目につくところでイチャつくなよ」
「ベックマンさん!違くてコレはシャンクスさんが朝から意味わかんなくて、」
「おおそんな時間か。じゃあそろそろ朝メシでも行くか?」
「?!否定して?!」
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