長編パラレル
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その日、レッドフォース号は島に停泊していた。
海風が気持ち良く甲板を吹き抜ける。名前は人影もまばらな船内を、食堂に向かって歩いていた。
小腹も減ったしちょっと何かつまむものでも、と厨房に顔を出すと、顔見知りの料理人に「今日ちょうど注文した食材が届く予定だから冷蔵庫には何もない」と断られ、備蓄庫になら多少何かあるかもしれないと告げられた。
ならばと食糧の備蓄庫へ向かったところ、ドアが半開きになっていた。どうやら先客がいるようだ。
ギィ、とドアを押し開けて室内を見回すが、物が多いせいもあり、人の姿は見あたらない。
「…誰かいます?」
そう声をかければ、棚や荷物に隠されて入口からは見えない部屋の奥の方から、「おお、」とやる気のない返事が聞こえた。
そして声のした方に足を進めると、見知った顔…というか背中を見つけた。
「…シャンクスさん、」
声をかけると、「おお名前か」とチラリと目を向けられたものの、視線はすぐ手元に戻った。珍しいなとその手元を覗いてみると、手にした酒瓶を見比べている様子で、どうやら酒を選んでいるらしいことがわかる。シャンクスがしゃがみ込んでいるその周囲にも、大量の酒瓶が並んでいた。
今晩の晩酌用のお酒でも探しているだろうか。
「……晩酌用ですか」
「ん?ああ、確かここにハンジがいい酒を隠してたはずでな………お、これかな」
そう言って棚の奥の方から取り出してきたのは、古いラベルの瓶だった。何のお酒だろうか、詳しくない名前にはよくわからない。
「おお、あったあった。お前も一緒に飲むか?」
ホクホクと嬉しそうに笑うシャンクスが、振り向いてそう誘う。美味しいお酒なら頂きたい気もするが、先程聞き捨てならないことを言ってたような。
「…ハンジさんが隠してたやつ、飲んでいいんですか?」
「だっはっは、だからお前も共犯だな」
「え、じゃあ嫌ですよいりません」
危うくうっかり巻き込まれるところだった。危ない。そんなに奥の方に隠してあったなんて、相当大事にしてるお酒なのではないだろうか。
そのままの流れで何故かシャンクスが引っ張り出した大量の酒瓶を一緒に棚に片付けた。
そして最後の一本を名前が棚に戻すと、先に立ち上がっていたシャンクスが「そういやお前、なんか用事か、」と口を開いた。その時。
● ≡
棚の下から、黒いヤツが現れた。
「?!?!???!?!?!」
返事がないことに怪訝そうな顔をするシャンクスに気づく間もなく、名前は体を硬直させた。
その瞬間。
彡●
飛 ん だ
「ギィヤァぁああああああああああ」
名前のすぐ横の棚の下から2段目に飛び移る黒いヤツ。
奇怪な叫び声を上げながらまるでダイブするかの如く後ろに跳んで逃げれば、名前の背後に立っていたシャンクスに盛大にぶつかった。
事態を全く把握できていなかったシャンクスは、名前を抱き止めた勢いでそのまま一緒に後ろに倒れ、強かに尻餅をついた。
「いって…」
「ゴゴゴゴゴゴキブリ…!シャンクスさん、な、何とかしてください!」
「あ?…あー、アレか」
「はははははは早く!また飛びますよ!」
シャンクスが息を吐く。
絶対に呆れられているだろうとわかるものの、今の名前にはそんなことを気にしている余裕はなかった。
「お願いします…!」と小声で呟いたその瞬間、ほんの一瞬、ビリッと空気が重く張り詰めるのを感じた。
名前はその間もシャンクスの胸に顔を埋め怯えていたため、何が起きているのか知る由もなかった。ただただ早く処理してほしくて、そして自分自身にくっついているかもしれないという可能性も捨てきれず、恐怖に駆られてひたすらにシャンクスのシャツを握りしめた。
「…名前、オイ、もう大丈夫だから。顔上げろ」
「……………本当ですか?…てかわたしについてませんか?」
おそるおそる涙目でその顔を見上げてみれば、シャンクスは視線で黒いヤツの居場所を示した。そちらに視線を移すと、確かにヤツが床に転がっている。
「…え、アレ止まってるだけじゃなくて?何したんですか?」
「…覇気で動きを止めた。しばらくは動けねェはずだ」
虫にも効くんだ…と素直に感心し、ほっと胸を撫で下ろした。力任せに掴んでいたシャンクスのシャツから手を離すと、ビロビロになっていて多少申し訳ない気持ちになったが、気づかなかったことにする。
ん?待てよ、しばらく、って言った?
「…ちょっと何か叩くものありますかね」
いつ動き出すかもわからない黒いヤツの、息の根を止めなければならない。シャンクスの手にちょうど酒瓶が握られてはいるが、これで叩くのは多分ダメだろう。
シャンクスが周囲に視線を巡らし、そして何かに目を止めた。
「お、ちょうどここに誰かの古びたサンダルが」
「…素晴らしい。ではお願いします」
「…オレが?」
「他に誰が?」
シャンクスは無言で、しかし文句をつけるように半目でジトリとこちらを見つめると、「…貸しひとつだからな、」とようやく立ち上がる動作を見せた。
邪魔にならないようシャンクスに寄りかかっていた体を起こし、黒いヤツに近づくその様子を見つめる。
ゴム製のサンダルが床に叩きつけられる、パンと乾いた音が聞こえ、事態が収束を迎えたことに安堵した。
しかしシャンクスがそのままこちらに戻ってこようとしたので、「ちょ、ちょっとそのサンダル置いてきてください!」と慌ててお願いした。
「…あんなのが苦手だったのかお前」
「面目ないです…。飛ばないタイプならなんとかイケるんですけど…飛ぶヤツはまぁ、無理ですね…」
ああ怖かった、そう呟けば、体の力が抜けた。ずいぶん緊張していたらしい。
そんな名前の様子を隣で見て呆れ顔をしていたシャンクスが、思い出したようにポツリと呟く。
「…お前、その服もう着んなよ」
「え、なんですか突然」
「何でもだ」
別に好きでも嫌いでもないただのTシャツだからどうだっていいと言えばいいのだが、シャンクスの意図がよくわからない。眉間に皺を寄せて反論しようとしたところ、衝撃発言に目を見開いた。
「……一瞬その服に止まってた」
「?!?!?!?!??!!?!」
大変なパニックである。
「え?!うそ!え?マジですか?!」
「………ああ」
「いやあああああ!!」
そう言って名前が光の速さで脱ぎ捨てたTシャツは、放り投げられてパサリと床に落ち、黒いヤツの死骸と古びたサンダルの仲間に加わった。
後で誰かにまとめて片付けてもらおう。
Tシャツさんごめんね、と心の中で唱えたその時、肩にバサッと何かがかかった。見覚えのあるマントである。
「…?」
「お前な、自室じゃねェんだから」
「大丈夫です。キャミソール着てます」
「そういう問題じゃねぇ。男の前でそうポンポン服を脱ぐもんじゃねェし、そもそもそんな格好で船内歩くな」
恥ずかしがるのも逆に恥ずかしいし、とういうかそんな余裕もなかったし、努めて普通に脱ぎ捨てたのだが、そう意識されるとなんだかこちらも恥ずかしくなってくる。
女の人の胸元なんて見慣れてるはずなのに、むしろ今の名前よりもっと露出の多いお姉さん方と遊んでるはずなのに、意外にこういうところは口うるさい。純情なのだろうか。
というよりはむしろ思春期の娘の父親のようで、なんかたまにそういう感じになるんだよなぁとそんなことを考えながら、大きなマントに身を包んだ。
「…部屋まで羽織ってけ。送ってく」
「え?別に大丈夫ですよ」
「いいから。行くぞ」
そう促されて手を引かれると、名前は素直に返事をして後に続いた。
「…シャンクスさん、ありがとうございました」
「…貸しひとつだからな」
まだ言ってる、と呆れながらも、なんだかんだいつもいつも名前の歩幅に合わせて歩いてくれるシャンクスの背中を見ていると、口元が少しだけ緩んだ。
そして着替え後。
「…?!いなくなってる…!」
「あー、叩き方が甘かったのかもな」
「う、嘘でしょ…?!えええこっわ…。そんなのもう船内どこも安心できないじゃないですか…」
「…あるぞ?安心できるところ」
「?」
満面の笑みで両腕を広げるシャンクス。
そして般若の様相になった名前は、もう晩酌の時間だからと嫌がるシャンクスを強制的に連行して、殺虫剤を買いに島に降りた。
気になるアイツ
潤んだ瞳、怯えた表情。
扇情的なその顔に、欲情をそそられるのをグッと堪える。が、視線を少しずらせば、その下の胸元からはふっくらとした白い肌が覗いていて。
(…なんつー光景だ)
そのまま押し倒してしまいたい衝動に駆られる。
が、そんな甘い雰囲気とは対極にある今のこの状況を打破すべく、まずは黒いヤツを片付けた。
ホッとしている名前の間近に戻ると、先程までほどは露骨には見えないものの、やはり胸元が気になった。
身長差的に、大半の船員は名前を見下ろす形で接しているはずだ。さっきの自分ほど近くで見ることはないにしても、チラリとでも見える可能性は十分にある。
「…お前、その服もう着んな」
そう伝えれば、案の定眉を顰める名前。
ことのほか頑固な彼女を納得させるべく、やむを得ず、最低な理由をつけ加えた。
「……一瞬その服に止まってた」
軽い気持ちで告げたその言葉に、名前はこちらも困惑するほどの大パニックを見せ、あっという間にそのTシャツを脱ぎ捨てた。
直に下着ではなかったものの、キャミソールの肩紐から覗く下着のものであろう肩紐。そして先程シャツから覗いていた膨らみが露わになり、思わずギョッとする。
男の前で簡単にこんな格好を晒すのも問題であるし、おそらくこのまま自室に帰ろうとするであろうことも簡単に予測できた。
もう少し恥じらいを持て、という言葉が喉元まで出かかったが、まるで父親のようだと思い直し、その言葉はぐっと飲み込んだ。
ちなみに”貸しひとつ”も、呆気なく消えた。
もっといいことに使う予定だったのだが。
後日そのTシャツの色違いと思しき衣服を着ていた名前に、「そのシャツとこいつを交換してくれ」と咄嗟に物々交換を申し込んだ際、せっかくの”貸しひとつ”を使ってしまった。
さらに「貸しひとつあるだろ」と、理由を述べるのを固辞して押し切ったせいか、しばらく名前の視線が痛い日々を送るハメになった。
(何故シャンクスさんは女物のTシャツを…?というか逆にこのシャンクスさんのシャツはどうしたら)
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