長編パラレル
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夢を見た。
白い世界。たぶん、橋の上?に立っている。
橋の向こう側にいる誰かのところに行きたくて、一生懸命足を動かすのだけれど、走っても走っても距離が縮まらない。待って、そう言いたいのに声が出ない。
お願い、いかないで。
そんな願いも虚しく、向こう側の誰かが別れを告げるようにゆっくりと片手を上げた。
いやだ、待って。
お願い、置いていかないで。
そしてくるりと自分に背中を向けた、その瞬間。
逆光に照らされて、ずっと見えなかったその人の輪郭が、微かにつかめた。
その日の朝、名前は大粒の涙を零しながら目を開けた。なんだか悲しくて悲しくて、何故だか涙が止まらずに、子供のように泣きじゃくった。
再度目を覚ましたときには意識もようやく覚醒し、もしかして泣きじゃくったところまで全部夢だったのではないだろうかとぼんやり考えた。
目元を拭ってみれば手に雫がついたので、どちらにしろ泣いていたのは確かなのだと思う。頭がズシリと重かった。
そしてぼんやりと夢の内容に思いを巡らす。
しばらくすると忘れてしまうであろうその内容の、何がそんなに悲しかったのだったろうか。
真っ白な世界。
手の届かない世界へ、行ってしまった誰か。
あれは…
「…シャンクスさん、」
口に出してみれば、なんだか少し気恥ずかしいような気もした。いなくなってしまう大切な誰か。どういう暗示なのだろう。
そう思うと当人の安否が突然心配になってきて、ベッドから飛び降りて顔も洗わずに食堂へ向かった。
……当の本人は朝から食堂でバカ笑いをしながら楽しげに仲間と朝食をとっていた。
食堂の扉を開けるとすぐ目に飛び込んできたその光景に、気が抜けると共に長いため息をついた。
近くの船員に「今朝は遅かったんだな」と声をかけられてようやく今の時間を認識したほど、どうやら自分は焦っていたらしい。
ご自由にお取りください、とばかりに食堂の隅に置いてあるコーヒーポッドからコーヒーを注いだカップを手に、厨房へこっそりお邪魔して冷蔵庫からミルクを取り出し少しだけ注ぐ。そしてシャンクスたちが視界に小さく入るくらいの席に着いた。
朝食を摂る気にもなれず、コーヒーを啜りながら小さく見えるシャンクスを覗き見る。
ああ、生きてる。よかった。
再度その姿を確認して、そっと胸を撫で下ろす。
昨晩も元気に生きてたのでそりゃ今朝も普通に生きているはずなのだが、あの夢の影響で心配で仕方なかった。
そしてあれはただの夢だったのだと、そう自分に言い聞かせた。
「おい名前、大丈夫か?」
その声に顔を上げれば、ルーが少しだけ心配そうに立っていた。そのまま名前の隣の椅子に腰を下ろす。
「ルーさん、おはようございます…」
「どうした、目がすげェことになってンぞ」
「んーなんかちょっと…夢見が悪くて…」
ルーの方に顔を向けたまま顔を机に突っ伏す。
ルーは何事か考えるように眉間に皺を寄せたあと、決死の表情で食べかけの骨つき肉を名前の顔に向けてきた。
「……………食うか?」
…………これはきっとルーなりに元気づけようとしてくれているのだろう、と名前は解釈した。肉をあげる(というか強奪される)ことはあっても、くれるなんて。あのルーさんが。
そんなにひどい顔をしているのだろうか。
「…大丈夫です、お気持ちだけいただきますね」
そう返すと、そうか!と元気よくまた肉を口に運んだ。朝から肉って、すごいなぁと思いながらその様子を眺めていると、何だか少し元気が出てくる。
「ルーさん、夢って見ます?」
「夢ェ?見ねェな!」
「……」
ガッハッハと豪快に笑って一刀両断されたので、この話はこれで終了となった。確かにいつもよく動いてよく食べているので、夜はさぞかしグッスリ寝ているのだろう。
(正夢とか…いや、ないない)
チラリを浮かんだ不吉な考えを振り切るようにギュッと目を瞑り、一つため息をついて立ち上がる。
気遣いへの礼をルーに告げ、「片付けのお手伝いに行ってきますね」と厨房へ向かった。
椰子の木の根元に腰掛け、夕日が沈むのぼーっと見つめる。結局今日一日調子が出なかったのは、あの夢のせいで間違いないだろう。
おかげで視界にチラホラ映り込むシャンクスが気になってしょうがないし、なんでもない日だったのにも関わらずドッと疲れてしまった。
「よォ、調子悪いんだって?」
そこへひょっこりと現れたのは、不調の原因の張本人だ。まぁ正確には名前の夢の話なので、彼自身に原因があるわけではないのだが。
「…シャンクスさん、元気ですか」
「お、おお?そりゃまぁ、お陰さんで…、ど、どうした?」
想定外の切り返しだったようで、目に見えて動揺しているシャンクス。そのいつも通りの様子に少しだけホッとする。
シャンクスは怪訝な顔で隣に腰を下ろすと、徐に名前の額に手を当てた。
「…熱はねェな」
「お陰様で元気いっぱいです。シャンクスさんは、どっか痛いとことか、調子悪いとことか、ないですか?近々死闘の予定はありますか?」
淡々と質問を重ねると、シャンクスはさらに眉間に刻んだ皺を深くした。額に当てていた手をそっと話し、その問いの真意を窺うように、背中を丸めて名前と視線を合わせる。
またこの人は他人の心配ばかりしてるなぁと、名前は軽く苦笑を浮かべた。
「おい、ほんとうに、どうしたんだお前、大丈夫か?」
通常であれば、照れたり焦ったりするところで全くの無反応を貫く名前が本格的におかしいと感じ始めたシャンクスは、焦ったように再度確認する。
しかし自身を心配してくれているその様子に、名前はなんだか少し甘えたい気分になった。
「………夢を見たんです」
「夢?」
「シャンクスさんて、夢見ますか?」
「いや、ほとんど見ねェが…」
ルーと同じ回答に思わずフフっと笑う。
この人たちはよほど快眠しているらしい。
「……誰かが、橋の向こうにいなくなる夢を見て…行かないでほしくて、悲しくて。最後に手を振ってくれたとき、振り向きざまに見えた顔がシャンクスさんだったような気がして…」
「……名前…」
シャンクスが少し目を見開いて、妙にソワソワし始めたが、名前は気づかずに話を続けた。
「目が覚めた後も悲しくて…シャンクスさんが朝普通に食堂にいてホッとしました」
シャンクスがそっと名前に向き直るように姿勢を変えたが、やはり名前は気づかないまま。
「正夢だったら、って」
伏せられた長いまつ毛が、その言葉と共に上げられ、シャンクスと名前の視線が交わる。
いつになく寂しげで切なげな、何とも言い難い表情をした名前の瞳にとらわれて、シャンクスの鼓動がドクンと鳴った。
ゆっくりと、自然に、二人の距離が詰められる。
いつもであれば赤くなって文句を言われ、距離を取られるであろうところまで近づいても、名前はシャンクスの目を見つめたまま。
もう少しで鼻先が触れ合うのではないかと思った、その時。
「…シャンクスさんが、そのうち死ぬっていう予言的なものかと思って」
「……………………へ?」
「だってすぐ拾い食いとかするし、夜も飲みすぎてそこらへんで寝てたりするし、船長なのに敵戦に遭遇したらすぐ前線に出ていくし、なんか死ぬ要素がこれでもかってほどあるんですもん。ほんと、腐ってそうなものは食べたらダメなんですよ」
眉根を寄せて捲し立てるその様子には、先ほどまでシャンクスが感じていた”良い雰囲気”などいう言葉は1ミリも感じられなかった。
「それにシャンクスさんモテるし、背後から刺されないようにしてくださいね。女の人も、男の人もですよ。シャンクスさん人タラシですもん」
「…………………あ、あァ」
「心配してるんですからね、死なないでくださいね」
「…ああ、わかった」
期待していた展開とは程遠い雰囲気に、シャンクスはガックリと項垂れた。
が、どうやら自分の安否を気にしてくれているらしい名前の気持ちが、むず痒く、嬉しくもあり。ふとイタズラ心が沸いてしまった。
「…そういや最近胸の調子が悪くて」
「え?!どこですかなんで?!」
わざとらしく左胸を押さえるシャンクスに、サッと顔色を変えた名前がその両腕を掴み、胸元を覗き込む。
「え、え?!本当に?大丈夫ですか?!ホンゴウさんのところ…歩けます?!あ、呼んできます?!」
アタフタという表現がピッタリの慌てっぷりに、思わずシャンクスがプッと吹き出し、それに気づいた様子の名前を有無を言わせる間もなくグッと抱き寄せた。
体勢を保てなかった名前は、シャンクスの膝の上に乗るような状態で抱きしめられる。
「…悪ィ、冗談だ」
耳元で囁かれれば、名前の顔は耳まで赤くなった。いつもの反応が見られたことに、シャンクスは少しだけ安堵した。
「…心配してくれたんだな、」
「う、だって、いや、その…」
急な展開に思考がついていかず、名前はあの、その、という言葉しか出せなかった。
シャンクスの肩に顔を寄せれば、形の良い耳と首筋が間近にあって、さらに動悸が激しくなる。シャンクスの匂いがする、と気づいてしまうともうダメだった。
「ちょっと、」
離してください、そう言うんだろうなと思っていたシャンクスは、名前の予想外の言葉と行動に目を丸くした。
「すみません、ちょっとだけ…」
名前はそのまま、シャンクスをぎゅっと抱きしめた。触れ合った肌は暖かくて、首筋に耳を寄せれば生きている音がした。
ああ、生きてる。
そんな風にその生を確かめれば、何故だかまた泣きなくなってきた。しかし本人の目の前であるからして、ぐっと涙を堪え、鼻を啜った。
シャンクスはされるがままじっとしていてくれたので、思う存分その胸の温もりと鼓動を確かめた。
「……死なないで、くださいね」
「…………あァ、お前もな」
名前からの返事はなかったが、シャンクスは特に気に留める様子もなく、ギュッと抱きしめてくる名前の体を優しく抱きしめ返した。
そして小一時間。
「…も、もう大丈夫です、…今日は本当、すみません…」
「いや?今日はもうこのまま一緒に寝るか」
名前は腕を離しそっとシャンクスの胸を押し返したが、シャンクスの腕は名前の腰に絡んだまま、緩む気配も一向になく。
「は?いや結構です。ちょっと、離してください!って力つよ!!」
「名前の可愛い一面が見れたからな、よォしこのまま俺の部屋行くか」
「行かない!行かないです!離して!」
「なんだつまらん」
「つまらん、て、」
不意に唇が重ねられた。
軽く触れたかと思うと、名前の唇を少しだけ啄んですぐに離れる。
少しだけ名残惜しいような気がしてシャンクスの目を見れば、その気持ちを見透かされたように、ニッと口角を上げた。
「足りねェか?」
「ぃや、ちょ、ンン……!!、」
その夢は
よく考えたら、っていうか考えなくても、この人そう簡単に死ぬタイプじゃなかったわ。
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