長編パラレル
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名前はとても困っていた。
深夜の薄暗い密室、乱れた呼吸とアルコールの匂い。見慣れない天井を見つめながら、この窮地の脱出方法を考える。
右手はシーツに縫いとめられていて、左手は先程から必死にその相手の厚い胸板を押し留めようとしてはいるが、何の効果も見られなかった。
そうこうしている間に首筋に押しつけられた唇からは熱い吐息が漏れてるのを感じるし、自分にのしかかっている男の右手が今にもシャツの中に入ってこようとしているのを察して、慌てて左手で制した。
赤髪から覗く双眸は鋭く熱を帯びていて、瞳が欲情していることを物語っている。
でもそれはおそらく私にではなく———
数週間ぶりの島への上陸ということで、名前は何人かの船員たちと街へ飲みに降りてきていた。
特に性の発散等を必要としていない名前は、仲間が一人二人と夜の街に消え始める時間になる前には船に戻ることにしている。
しかし今日はその帰り道、とある店のテラス席で綺麗なお姉様方に囲まれて賑やかに酒を飲んでいる赤髪一行にでくわしてしまった。今思えばこれが運の尽きだった。無視して帰るのが正解だった。
お頭帰りましょうよ、と困っている様子の船員たちが名前に気づき、助けを求めてきたのだ。
明日朝イチからの仕事があるから日付変わるまでに帰らせろと副船長から指令を受けてるのだと言う。
だったら飲みに出なきゃいいのにと思いつつ、船員たちに泣きつかれた名前は、シャンクスを帰すための説得に加わった。
久しぶりの上陸だからか、シャンクスはだいぶ酒が回っているようで、すこぶる上機嫌だった。
名前が帰るなら一緒に帰るかなァなどというふざけた発言をしたため、周囲の女性陣からはものすごい視線を向けられ、その上船員たちはシャンクスを名前に押しつけて夜の街に戻ってしまい、結局名前が一人で船長室まで運ぶ羽目になった。貧乏くじにも程がある。
肩を貸して歩いているだけとはいえ、体格差を考えてほしい。名前が先ほどシャンクスらを取り巻いていた女性陣のようにごく一般の普通の女子だったら、支えきれず身動きが取れなくなっていただろう。
起きてるのか寝てるのかもわからないグダグダなシャンクスを船長室のベッドにえいやと転がし、少しばかり残った親切心からサンダルは脱がせてあげた。
シャンクスが寝ている横に腰掛け、フゥ、と一息ため息をつく。チラリとベッドに視線を向けると、安らかに寝息を立てている様子が目に入った。額に張り付いた髪をどけてあげようかなと手を伸ばすと、寝ていたはずのシャンクスの手が名前の手を掴み、その胸の中に引き倒された。
「え、わっ」
勢いよく倒れ込んでしまい、大丈夫だろうかと慌てて起きあがろうとすると、背中に回されたもう一方の腕に阻まれる。
「ちょ、シャンクスさん、」
「…朝まで、付き合うっつったろ…」
生憎そんな約束をした覚えはトンとない。
しかしそう言われるやいなや視界が一転し、二人の体勢が逆転して押し倒されていることを知る。
酔いは覚めたのだろうか、その目はしっかり名前を捉えているように思えたが、動きが止まる様子はなく。
もしかして誰かと間違えてるのかなと思考を巡らすと、そういえば先ほどシャンクスの左隣でしなだれかかっていたお姉さんが名前と似たような髪型をしていた気がする。めちゃくちゃ睨まれてたからよく覚えている。たぶんそれだ。
そんなことを考えている間に、右手がシャンクスに捕らえられ、ギクリとしてその顔をうかがうと、熱っぽい視線が名前を刺すように見つめていた。
そして冒頭に戻る。
「あの、人違いだと思うんですけど、よく見て…」
しかしそう言い切る前に唇を塞がれた。
喋りかけていた唇に、シャンクスの舌がいとも簡単に滑り込んでくる。唯一自由の効く左手でその肩を押し返してみるも、何の効果もない。
熱い舌が自分のソレに絡みつき、喉の奥まで侵入してくると、思わずくぐもった声が漏れる。逃げても執拗に追ってきて、ようやく解放されたと思ったら、チュッチュと啄むようなキスをされ、唇を舐められ、また舌が絡められる。
息継ぎもできないほどの激しいキスに、段々と頭がぼんやりしてきた。
何も考えられず薄目で視線を下げると、自分のシャツのボタンを器用に外している手が視界に飛び込んできて、途端に正気に戻った。危ない流されるとこだった…!
「や、ちょ、待って、」
息も切れ切れでその手を掴んで止める。
するとまた首元に顔を埋められ、温かい舌が首を這う。その感覚にゾワリとし、反射的に身を捩って上へ逃げようとしたが、腰を掴まれ引き戻された。
「逃げんな」
耳元で掠れた声が聞こえ、その吐息が耳にかかる。
(ヒィ!声までイケメン…!)
ゾクゾクするような良い声に、なんだかもうこのまま流されてもいいような気がしてきた。普通に上手そうだし素敵な一夜が過ごせるのではないだろうか。
…いやダメだ人違いなんだから明日の朝の気まずさが半端ないことになる…!
脳内でかぶりを振り、この酔っ払いを止めるべく改めて声をかける。
「シャン、クスさん、ちょっと、違うんですって」
「シャンクス」
「…へ?」
「名前で呼ぶって言った」
「え、ハイ」
いやしまったハイじゃないハイじゃ!
わたしその約束した女じゃないし!
シャンクスが満足そうに口角を上げると、その妖艶さにドキリとしてしまう。何だこのフェロモンは…そりゃどんな女もコロっといくわ…。
その手が先程ボタンを外した襟ぐりを広げ、首筋から鎖骨、そして露わになった胸元へとキスを落としていく。
「っあ、やぁ、ちょっと…」
胸にかかる吐息があつい。口づけを落とすたびに聞こえるチュッチュという音はわざと立てているんだろうか、非常に羞恥心を煽る。これが百戦錬磨の手練れの技…?!
混乱と羞恥で思考がもはやめちゃくちゃだ。
そしてそんな訳のわからないことを考えている間に、無骨な手がするりとシャツの下に入ってきた。
「ひゃあっ、や、」
「いい反応だな」
「違うんですって、わたし、…あッ、」
胸元では引き続きチュッチュと忙しなく音がしてるし、潜り込んできた手は脇腹を這って背中に回ろうとしている。もうどこからどう止めたらいいのか。というかどうしたら止まるんだろうコレ。
名前は少し考え、一旦全ての抵抗をやめた。
するとしばらくしてそれに気づいたシャンクスも手を止め、怪訝そうな表情で名前の顔をうかがう。
その瞳をじっと見つめると、目を細めてまた顔が近づき、唇が触れ合いそうになった、その瞬間。
名前は渾身の力を振り絞った。
明日朝からの仕事のために、いつもより早く就寝準備をしていると、隣室…つまり船長室から物音と人声がすることに気づいた。声の高さからおそらく女がいるであろうことがわかる。
珍しい…。ここ最近、というか名前が乗船してからというもの、自室に女を連れ込むようなことは無く、そういった行為は外で済ませていたのだが。
まぁ明日の仕事に支障なければそれでいい。
話し声が多少耳障りではあるものの、無視してベッドに入ろうとしたその時、妙なことに気づいた。
女の扱いなど手慣れているはずのあの男が、なんだか揉めているような、というか抵抗されているような。男女の情事に割って入るような無粋な真似はしたくないのだが、その声をよく聞いていると、ここ数ヶ月で聞き慣れた娘の声に酷似している。
はぁ…と溜息をひとつ吐き、隣室へ向かうべく部屋のドアに手をかけた。
「おい、入るぞ」
船長室のドアを開けると、ゴッという鈍い音と共に衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
先ほどの予想は大当たりで、聞こえてきた声の主、名前がシャンクスに渾身の頭突きをかましたところだった。
俺の存在に気づいた名前はよろめくシャンクスを押し退けて、ぶつけた頭を押さえながらベッドから飛び降り、よろよろとドアまで走ってきた。
「…ベックマンさん、いいところに…!」
そう言ってオレの腕を掴み背中に隠れる。
頭突きにより自分も相当なダメージをくらったのだろう。額は赤くなり、涙目でこちらを見あげてはいるが、その瞳からは安堵が感じ取れた。
割って入って正解だったということだろう。
俺の存在を確かめるように腕をぎゅっと掴むと、背中の後ろからチラリとシャンクスを見据え、大きく息を吸い込んだ。腕を掴むその手が少しだけ震えている。
「…シャンクスさんが、今夜楽しく飲んでた、あのたわわな女性は、もうとっくに帰ってます!何度も言いますが、人!違!い!ですからね!」
叫ぶように捲し立てると、勢いよく踵を返して部屋を出る。そしてふと思い出したように立ち止まり、ベックさんありがとうございました、と小声で礼を告げると、おやすみを言う間もなく立ち去っていってしまった。
名前の背中が見えなくなるまで見送り、この部屋の主へと視線を戻す。こちらも額を抑えてはいるが…肩が小刻みに揺れている。
「…気づいててやったろ」
そう声をかけると、思った通り、その男は肩を震わせクックと笑いながらこちらに視線を向けた。
「…いや?最初は今日飲んでた子だと思ったんだけどな…。押し倒してみたら名前が可愛い顔で見上げてくるもんで、つい、な」
「な、じゃねェよこのバカ」
そうなじってみたものの、カラカラと笑うその様子には、反省の色など1ミリも感じられない。
「あんまり本気で嫌がるモンだから、ちょっとムキになっちまった」
「ったく、ほどほどにしろっつったろうが…」
「本気で手ェ出してたらとっくに食ってる」
「ハァ…、そういうことじゃねェ…」
「イケそうな気がしたんだが…お預けくらっちまったな」
「フッ、しばらく避けられるぞ」
「…いや、”うっかり間違えた”だけだからな、明日正々堂々謝りに行きゃいいだろ」
楽しそうに笑うシャンクスからは、悪気は一切感じられず。この男に付き合わされる名前に心から同情をした。
バタバタと部屋に戻ると、一気に気が抜けた。
なんて夜だ、もはや災難としか言いようがない。
ベッドに倒れ込むと、自分の匂いがしてひどく安心した。と共に、先程まで自分の鼻腔を満たしていたシャンクスの香りを思い出す。
首筋に感じた吐息や、耳元で聞こえた低い声、絡み合った舌の感触が否応なく呼び起こされる。なんてことしてくれたんだあの男。
途中うっかり流されそうになったけど、思いとどまって本当によかった。
落ち着いてくるとぶつけた額がジンジンと痛んだ。
明日二人仲良くおでこにたんこぶ状態になるのは避けたい。冷やさなければ。食堂に保冷剤もらいに行こうかな…。
…そういえば頭突きをかます前に一瞬、名前を呼ばれたような気がしたけど…まさかな。
もしかしたら飲んでたお姉さんが同じような名前だったのかもしれない。
犬に噛まれたと思って忘れよう全て。もう寝よう。
しかし翌朝、洗面台の鏡に映った自分を見て、昨晩のことをありありと思い起こすことになった。なんてことしてくれてんだあの男。
どうやって隠すんだコレ、この暑いにハイネック着ろってか…?
そしてその原因であるシャンクスが、悪びれもなく飄々と謝ってきたので、名前はその拳をワナワナと震わせたのだった。
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