長編パラレル
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「……暑い、死ぬ…」
蝉が元気よく鳴き喚いてるここは、グランドラインの後半の、とある夏島である。赤髪海賊団一行は、太陽が燦々と照り付ける夏真っ盛りの島に停泊していた。
「海にでも入ってこい、ってワケにもいかねェしなぁ…」
「…浮き輪があれば…もしかしたら…」
「バカかお前、やめとけ」
悪魔の実の呪いはそんな空気の入ったビニールごときでなんとかなるものでもないだろうと、このままだと本当に海に飛び込みそうな様子の名前を言葉で制す。
ヤソップは武器の手入れをしながら、甲板の手すりにもたれぐったりと項垂れる名前を一瞥した。
今日は特に日差しが強く、風もないので暑さが一層強く感じられる。船員たちは海に浸かったり泳いだりして各々涼んでいるが、能力者である名前はそういうわけにもいかず、こうして今にも溶け出してしまいそうな様子で涼を求めて船中を彷徨っているのだった。
どうにかしてやれないもんかと考えを巡らせていると、船の下から若い船員たちの声が聞こえた。
「名前ー!」
その声に、名前が手すりの隙間から下を覗き込むや否や、名前めがけて勢いよく水が飛んできた。完全に油断していた名前は顔面に水の直撃を受けて、Tシャツの袖口で顔を拭いながらも、再度船の下へと視線を向けた。
「な、何?!」
「へへ、いいだろ〜真水だから、これなら大丈夫だろ?」
「……水鉄砲?」
「ああ、沢山買ってきたからおりてこいよ!」
「えーすご!…いや待て、いきなり水かけてくるのはどうなの人として」
めっちゃ鼻が痛いんですけど、と、名前は若い船員をジロリと睨め付けたが、その表情はすぐにパッと笑顔に変わった。そして軽快な足取りで船のタラップを降り、その年若い船員のところへ向かう。
「ありがとう真水!一個貸して」
「お、やるか?」
そして、船の下ではやいのやいのと水鉄砲の撃ち合いが始まった。と同時に、色とりどりな物体が散乱し、名前たちの足元はあっという間に水浸しになった。水鉄砲だけでなく、どうやら水風船等の水遊びグッズを大量に仕入れてきたようだ。
ヤソップはいい年して水遊びごときで大はしゃぎしてんなぁと半分呆れてしまう一方で、名前の楽しそうな様子に微かに笑みを漏らした。実の息子と年齢が近しい(年長者の「年が近い」の範囲は相当広い)ということもあり、また名前のその真面目で遠慮がちな性格も相まって、ここ数ヶ月の航海の中で、ヤソップはまるで親のような目線で名前のことを見るようになっていった。
「おーおー、ビショビショになっちまって」
先ほどの様子とは打って変わって、生き返ったように元気よく走り回る名前。しかし全身に水を浴びながら大笑いで駆け回る名前を微笑ましく見守っていたヤソップの表情は、段々と曇っていった。
顔面に水を浴びて咳き込みながらも、空になったであろう銃型の水鉄砲を捨て、素早くポンプ型の水鉄砲を拾い撃ち返す名前。その髪も顔も服も、あっという間にびしょ濡れになっていた。
目線の先の名前は、白いTシャツを着ている。そして白いTシャツというものは、何がとは言わないが、濡れると透けるものであって、それはもちろん、名前のTシャツも例外ではなかった。
「……………」
ヤソップは沈黙した。
こんな状況に居合わせでもしたらまためんどくさいことになりそうな人物の顔が脳裏に浮かぶ。そもそも名前も妙齢の女なんだからちったぁ自覚を持ってだな、、、とまるで彼女の父親の如く心の中で憤った。
それが水着であればなんとも思わないのに、下着だとわかると途端に見てはいけないもののように感じるのは、一体何故なのだろうか。
仕方ねェ、フォローしとくか…と思い立って立ち上がり、名前のところへ向かおうとした、その時。
「何がそんなに盛り上がってるんだ?」
後方から脳内に浮かんでいたまさにその男の声がして、ヤソップはギクリと立ち止まった。
一つため息をついて振り返れば、我らが船長、赤髪のシャンクスの姿がそこにあった。
(あー、来ちまったか…)
タイミング悪ィなぁ、と心の中で呟く。
ここのところ妙に名前に肩入れしているシャンクスは、名前が彼の恩人であるからとか、男所帯に女一人だから絡んでるんだろうとか、まわりにはきっとそう認識されていることだろう。もちろんそれも間違いない。間違いないのだが、しかし、シャンクスが名前に抱いているであろう感情の種類がそれだけでないことを、おそらくヤソップだけが感じとっていた。
己の見聞色の能力の高さ故だろうか、微かに、でも確実に、普段は飄々としているシャンクスの、名前に対しての執心だけは、いくらか本気のものであると、いつしか感じるようになっていた。
(気づかなきゃよかったと思うがな…)
そして抑え込んでいる己の心の内にヤソップが気がついたということに、きっとシャンクス自身も気がついていて。
表立ってどうこう立ち回ることもできないのに、結局今回のように無駄に気を回してしまってただただ疲れるという場面を、ヤソップはすでに何回か経験していた。貧乏くじみたいなモンじゃねェかと、己の能力の高さを恨めしく思ったこともある。
シャンクスが甲板の手すりに手をかけ、外の様子を伺うと、それに水鉄砲軍団が一人二人と気づき始め、ザワザワとどよめきが起こった。そしてその瞬間、ヤソップにしかわからない程度に、ほんの微かに、シャンクスの纏う空気が揺れ動いた。
「名前、おま、」
シャンクスが声をかけようとした、その時。
ちょうど島へ降りていたホンゴウが船まで戻ってきたところで、水鉄砲合戦のフィールドへ足を踏み入れ、名前に声をかけた様子が見てとれた。名前に何か話しかけ、名前が何か遠慮して拒否するような挙動を見せたかと思うと、押し問答の末に、ホンゴウは自分が着ていたシャツを半ば押しつけるように名前の両肩に羽織らせた。
名前がすぐにペコリと頭を下げて、おそらく恐縮しながら礼でも述べているのだろうとわかる。
ホンゴウお前このタイミングで…と、そろそろとシャンクスの顔を伺えば。
「……………」
古参の仲間であるはずのホンゴウへ、射殺さんばかりの鋭い視線を向けていた。
とはいえ完全に殺気を抑えているところはさすが一流の海賊であり、この大船団の大頭であると言うべきか。
そんなことを考えていると、シャンクスとパチリと視線が合った。
「……お頭、顔。漏れ出てるぜ」
「…………………うるせェ」
苦々しげにそう吐き捨てたシャンクスは、そのままタラップへと足を向けた。足早に向かうその先は、間違いなく名前のところで。何かまた適当な理由をつけて、彼女を船内に連れ戻すのだろう。
「………過保護なことで」
一つ溜息をついてから名前のほうへ視線を戻すと、予想通り、シャンクスは名前に何か話している様子だった。
そして、すれ違いざまシャンクスにひと睨みされて意味がわからないといった様子のホンゴウが、入れ替わりで船上に戻ってきた。
ヤソップに気づくと、困惑した顔で口を開く。
「なぁ、お頭機嫌悪ィのか?」
「………………さぁな、」
まだ誰も気づいていないであろう、あの男の本気。
巧妙にその気持ちを隠しているうちならまだなんとか逃げ切ることもできようが、あの男が本気で捕えようと腹を決めたら、もう逃げる術は無くなるだろうと言っても過言ではない。
逃げるなら今のうちだぜ、と内心思ってはいるものの、それを名前本人に伝えるほどの親切心は、残念ながら持ち合わせていなかった。
赤髪海賊団一団の偉大なる大頭。ヤソップの中では彼もまた、ずいぶん若い頃から長いこと見守ってきた愛すべきもう一人の息子のような存在でもある。
どちらの味方につくかと言われたら、ヤソップの答えは、それは明白なものであった。
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