長編パラレル
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「風邪だな」
「……面目ないです…」
昨日大雨の中で大はしゃぎしたせいだろうか、と名前は項垂れた。遊び倒して風邪引いて寝込むなんて大失態である。子供じゃあるまいし。
「まぁ最近ちょくちょく敵襲や小競り合いもあったからな。名前にも多少無理させちまったし、疲れが出たんだろ」
そんな名前の様子を見かねてか、さりげなくフォローを入れるホンゴウ。その気遣いがありがたくて、名前は余計に居た堪れなくなった。
「ま、軽症だし大人しく寝てれば治るだろう」
ホンゴウはそう言うと立ち上がり、うむつく名前の頭をポンとひとつ撫でた。
「ここんとこ忙しかったろうし、せっかくだからこの機会にゆっくり休め。あとで食事は運ばせるから、しばらく寝てたらいい。」
名前が小さく礼を述べると、ホンゴウは口の端に小さく笑みを浮かべ、部屋を出て行った。
ドアが完全に閉まったことを確認し、ベッドに倒れ込む。風邪なんてここ数年引いてなかったのに…。居候中にかかるなんて、なんてタイミングの悪い。
ちょっと熱っぽいかな、くらいの気分だったが、指摘されてみれば確かに、頭はぼんやりしているし、足元もおぼつかないような気がしてくるから不思議なもので。
せめて悪化はさせないように、ありがたく休ませてもらおうと布団に潜り込み目を瞑ると、すぐに意識は沈んでいった。
(水が飲みたい…)
喉の渇きで、少しずつ意識が覚醒してくる。
今何時かな、何してたんだったっけ。ああそうか、熱があるんだった…。
無機質な部屋、窓の外から聞こえる子どもの声…まどろむ意識の中で、ぼんやりといつかの記憶が呼び戻された。一人寝込んでいて目を覚ますと、自分のいる部屋だけが世界から切り取られたようで、なんだか無性にひとりぼっちみたいに感じたなぁ、と思い出す。
記憶の中で何だか泣きたい気持ちでいると、カチャリ、とゆっくりと静かにドアが開く音が聞こえた。名前を起こさないようにという気遣いなのだろう。心配そうに名前の顔を覗き込む瞳と、額に当てられた優しい手。その冷たさが気持ちよくて、自分を気にかけてくれる誰かに安心して、だんだんと心細さは解けて消えていった。
それも、もうずっと昔のことのように思えた。少しずつ朧げになってきた記憶の中のその人も、そしてもう二度と相見えることのないその頃の全ても、今さら余計に懐かしく、恋しいような気がした。
「お、起きたか?」
うすぼんやりと目を開くと、視界に入ってきた鮮やかな赤色に、意識が現実に引き戻された。
「………シャンクスさん」
「具合はどうだ、水飲めるか?」
そう言うとシャンクスは、テーブルに置いてあった水差しからグラスに水を注ぎ入れ、名前に差し出した。
「…ありがとう、ございます」
体を起こすと、額に乗せていたと思われるタオルが、起き上がった拍子にぽとりと落ちた。手に取ると、ほのかに温かくなっている。
そのタオルと引き換えにグラスを受け取り、水を喉に流し込む。熱った体に水分が染み渡るようで、そういえばとても喉が渇いていたのだと思い出した。
「…今何時ですか?」
「4時過ぎだ。もうちょいしたらまた夕飯がくるから、それまで休んでろ」
話しながらシャンクスが手を差し出したので、飲み終えたグラスを渡す。
「もう一杯飲むか?」
「いえ、もう大丈夫です」
グラスをテーブルに置くシャンクスをぼんやりと眺めながら、ふと、一体いつからいてくれたのだろうか、と考えた。タイミング良く来てくれたのかもしれないけれど、もし目を覚ますのを待っていてくれたのだとしたら、少し申し訳なく思う。
それにしても、予想外の人物に世話をしてもらっているこの状況に、なんだか妙な気分になった。何故船長自ら…?と思わなくもなかったけれど、目が覚めた時にシャンクスがいたことに、少なからず安堵した自分がいたことも事実だったので、その疑問は口には出さなかった。
とはいえまだ瞼も頭も重い。
じゃあすみませんがお言葉に甘えて…と、名前は再度布団に入ることにした。
が、名前が寝る体勢を整え終えてもなお、何故かシャンクスは依然その場から動こうとせず。
そのままひとときの沈黙が降りた。
「……あ、あの…?」
まだ何か…?と名前が尋ねようとしたその時、シャンクスの手が伸びてきて、思わず体がこわばった。その手は名前の首筋に触れ、そしてそっと額を押さえた。
「…まだ熱があるな」
平然とそう言うシャンクスに対し、名前の心臓は早鐘のように波打っていた。なんだそういうことか、と気が抜けると同時に、シャンクスからの接触に過敏になり過ぎている己を恥じた。
いやでも、仮にも成人女性に対して、首や額で熱の確認をするのはいかがなものだろうか。
「…なんかされるとでも思ったか?」
逸る心臓を落ち着かせながらそんなことを考えていると、シャンクスがくっくとイタズラっぽく笑った。
諸々顔に出ていたらしいことを知り、誤魔化すために視線を逸らす。
「……………いや、………ナンデモナイデス」
「へぇ?」
しばしの沈黙の後、チラリと目をやると、シャンクスはより一層面白そうにニヤニヤしていた。
いつまでも楽しげに名前の様子を眺めているシャンクスに、あ、だめだコレ意地張っても終わらないやつだと察した名前は、渋々口を開くことにした。
「…………………だって、シャンクスさん前科が…」
「前科ってお前」
「無いとは言わせません」
「………否定はしねェな。まぁでも弱った女に手ェ出すほど節操なくはねェよ」
「………」
疑いの眼差しで見つめると、シャンクスは観念したかのように両手をあげて笑った。
「本当だって。…とりあえずタオルだけ替えるか」
そう言ってタオルをテーブルの上の桶に浸した。カラリ、と桶の淵に氷の当たる音が聞こえる。
この人こういうこと(看病とかお世話とか)できるんだ…と失礼なことを考えつつ、その後ろ姿を見つめた。
水差し、グラス、水と氷の入った桶が乗ったトレーがテーブルに乗っている。きっと彼が持ってきてくれたのだろう。
手際良くタオルをすすいで絞る様子をぼーっと見ていると、シャンクスは再度ベッドサイドまで来て名前の額にタオルを乗せた。
その手が一瞬だけ額に触れて、そしてすぐに離れる。
少しだけ、名残惜しいような、そんな思いに駆られた。
「あとなんか欲しいモンあるか?」
「……いえ、もう十分、ありがとうございました」
「ンな遠慮しなくていいんだぞ」
「……いえ、」
ったくお前はもうちっと図々しくてもいいんだがなぁ、と何やら不満気な様子で、持ってきてくれたであろう水差しやグラスを片付けるシャンクス。
大きな背中がこまごまとした片付けをしているのがなんだか可愛らしくて、少しだけ頰が緩んだ。
「じゃ、なんかあったらすぐ呼べよ」
片付け終わったトレーを片手に、思っていたよりもアッサリと、シャンクスは退室する素振りを見せた。
もう片方の手でドアノブを回すと、ギィ、と音を立ててドアが開く。
その背中がドアの向こうへ消えていくのを見ながら、なんだかもう一度だけ、顔が見たいような気がした。
「……………あ!……の、」
思ってもみなかった大きな声が出て、咄嗟に口元を押さえる。
わたしは、一体何を言おうとしたのか。
「どうした?」
ドアの隙間から、シャンクスがこちらを振り返った。
何でもない、大丈夫です、って言わなくちゃ、そう思うのに、言葉が出てこなかった。今口を開こうものならうっかりとんでもないことを口走りそうで、ぐっと口をつぐむ。
しばし名前の様子を窺った後、シャンクスは踵を返し、持っていたトレーをテーブルに置いた。そしてベッドに腰掛けると、名前の顔を覗き込んだ。
「いいから。何でも言ってみろ」
その優しい声音に、何故だか目頭が熱くなる。
いやおかしい、もしかしたら熱やら昔の夢やらのせいでちょっとセンチメンタルなのかもしれない。
「名前?」
真っ直ぐに視線を合わせてくれるシャンクスに、より一層涙腺が緩んだ。これはまずい。
頭もグルグルするしぼーっとするし、どうにも泣きたい気持ちだけれど、何か、何か言わなくては。
ええいままよと口を開いて、出てきた言葉は、
「………………あの、熱に浮かされた病人の戯言だと思って、明日には忘れて欲しいんですけど、……………………眠るまで、いてくれませんか……。」
言い終えてすぐ、やってしまった…と、自分の発言に硬直した。
シャンクスも一応船長なのだし忙しいだろうに、こんなワガママ…と、言ったそばから後悔が押し寄せる。とんでもないことを口走ってしまった…と後悔するものの、時すでに遅し。やっぱりいいです、と口を開こうとすると。
すぐにガタンと椅子を引く音が聞こえ、シャンクスがベッドサイドに椅子を置いて腰を下ろしていた。視線を上げれば、何故だか嬉しそうな顔をしているシャンクスと目があった。
「お安い御用だ」
「……………え、…あの、」
「…添い寝じゃなくていいのか?」
「は?!い、いいですいいです。そこで十分です。」
と、手でシャンクスを制すると、シャンクスは少しだけつまらなさそうな顔をした。
しかしすぐに名前の顔へと視線を戻し、珍しく柔らかな笑顔を見せた。
「…え、ほんとにいいんですか…?」
「ああ、これ以上に優先する仕事なんてねェよ」
いやそんなことないでしょ…と思いながらも、小声で礼を述べると、シャンクスはより笑みを深めた。
と、お願いしてみたはいいものの。
(お、落ち着かない…)
いざこうなってみると、ソワソワして眠れやしない。
自分から言い出したのにも関わらず、なんだか信じられない気持ちでチラリとシャンクスを盗み見る。
と、バッチリと目が合ってしまった。
「…いるから。寝てろ」
「……………………はい」
何が楽しいのか、シャンクスはずっと機嫌良さそうに笑っている。
「…ありがとうございます」
その様子になんだか安心して、今度こそ、ゆっくりと目を閉じた。
目を瞑っていても感じる、シャンクスの存在。
人の気配のある部屋。冷たいタオル。
シャンクスの微かな呼吸音と、たまに聞こえる衣擦れの音。
長い長い航海の旅、帰る場所なんて探してもいなかったけれど、ここは自分がいてもいい居場所なんだと、うっかり思ってしまいそうになる。
悲しいわけでも寂しいわけでもないのに、なんだか少しだけ泣きたい気持ちになるのは何故だろう。
ああ、どれもこれも全部、熱のせいに違いない。
そんなことを考えていると、ゆるやかに睡魔がやってきた。
ふいに、閉ざされた視界がさらに暗くなったことに気づく。
何かが唇に触れる感触。
少しだけ触れて、そしてすぐに離れた。
重い瞼を持ち上げると、目の前に見えるシャンクスの顔。
「…何もしないって言った…」
「…起きてたのか」
「起きました」
「あー、うつすと治るって言うだろ、治療だ治療」
「………」
「わかった、悪かった。もうしねェから。寝てろ。」
苦笑しながら、ポンポンと頭に触れ、髪を撫でる。
その手と瞳があまりにも優しくて、離れ難くて。
「……やっぱり、うつさせてください」
さらにとんでもないことを呟いてしまった。
その言葉にシャンクスの目がほんの少しだけ見開かれ、そしてそのカオを見た名前は途端に我に返った。
(いや今わたし何言った?!?!)
熱に浮かされるってこういうことか?!
今日はなんだか碌でもないことを口走りすぎている。
そして名前が己の失言に青ざめている一瞬の間に、シャンクスはいつもの面白がっているような表情に戻っていた。
「いや、嘘です違います気の迷いでした」
「それも熱のせいか?」
「………そうですなので今のナシで」
「…それは無理な話だ」
シャンクスはベッドに腰掛けたまま、再度名前の顔の横に手をついた。ベッドがギシリと軋み、上半身が名前に覆い被さるような体勢になる。
「ぎゃあ!ちょっとほんと、うつしますよ!?」
「ああ、望むところだ」
「風邪に対して挑戦的過ぎません!?」
弧を描いた唇が近づく。
これはもはや何を言っても無駄なやつだと悟り、せめてもの抵抗を試みた。
「…あの、か、軽いやつで」
「…さぁ、我慢がきくかな」
そう言って頬に触れてきた大きな手は、冷たくて気持ちがよかった。
ゆっくりと近づいて来るその瞳を見ていようかとも思ったけれど、シャンクスが目を閉じないのでやっぱりなんだか照れくさくなり、名前の方から目を閉じた。
意外にも注文通りにただ唇を重ねるだけのキスがしばらく続き、そしてゆっくりと離れた。うっすらと目を開けると至近距離で視線が交錯し、そして再び唇が重ねられる。そんな離れては重ねる行為を何度も繰り返し———、
「も、もう、いい、です」
「…………なんだ、もう終わりか」
シャンクスの残念そうな表情に、いやいつまでするつもりだったの?!という突っ込みをかろうじて飲み込む。
「ま、今は病人だしな」
そう言って体を起こしたシャンクスが、お楽しみはまた今度な、と呟いていたような気もしたけれど、聞こえなかったことにして。
熱に浮かされるのも気の迷いも、今回限りだと名前は強く心に刻んだ。
が、しかし。
じゃあこれでおやすみなさい、といって再度寝付けるわけもなく。
顔を見なくてもシャンクスが笑みを浮かべているのがわかって、恥ずかしいやら気まずいやらで、名前は目の辺りまで布団を引き上げた。
そうして顔を隠したまま眠ろうと目を瞑ってみたけれど、布団の上からも視線が刺さっている気がして、どうにも落ち着かない。この空気感をなんとかせねば、と言葉を捻り出した。
「…あ、明日には忘れてくださいね…」
「……ん?ハハ、さぁな」
「熱のせいですからね」
「ああ、わかったわかった」
「…適当な返事…」
いやでも最初にしてきたのはそっちだし、とか懐かしい夢を見てちょっとセンチメンタルで…とか何とか言い訳をしたかったけれど、何だかだんだん瞼が重くなってきて、これ以上言葉を紡げなかった。
もう少し、言い訳を、したかったのに…。
「…おやすみ、名前」
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