長編パラレル
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※本編の9話めのすぐ後の時間軸です。
傘下の船との会合を終えて、レッド・フォース号の甲板は、今夜も宴で盛り上がっていた。
“さらば仲間たち”の宴らしい。
名前は久しぶりに気を張らずにお酒を飲めることに喜びながらも、いやこじつけすぎるだろうと脳内でツッコミを入れた。
早くに始まった今日の宴は、まだ日が暮れたばかりだというのに、すでにかなりの盛り上がりを見せている。
名前の席の斜め左前方では、今回も良いご縁がなかったことを嘆く男たちが、悔し涙ながらに呑み散らかしていた。
「クソォ…今回も、ダメだった…!」
「チクショウ、結局顔と地位か…」
「お頭たちの千分の一でも顔なり実力なりがあれば…!」
どんまい…と心の中で思いつつも、関わるとめんどくさそうなのでそっとしておくことにする。ヤケクソになった船員の一人が、モテモテ(死語)だったであろう幹部陣に絡み始め、名前はチラリとそちらに視線を向けた。
「くそぉおおおおいつもお頭たちばっかり…!お頭ァ!今回は何人食ったんですか?!」
「あァ?…バーカ、オメーらと一緒に毎日飲み潰れて朝まで寝てたろ」
「え?!」
「あんなにいい女たちに囲まれて、据え膳だらけだったのに?!」
「一人も食わなかったんですかい?!」
「…ああ、でも確かにそうだったかも…?」
シャンクスの返答に、えええ、とどよめくクルーたち。
あんなに選び放題だったのに…?!と納得いかない様子の一人が口を開いた。
「なんつーかこう、好みとか気に入ったとか、特別コイツ、っつーのはいなかったんですかい?」
「……特別、なァ」
その瞬間、シャンクスとパチリと目が合い、見ていたことがバレたことに内心慌てる。そんな名前をよそに、シャンクスは面白いものを見つけたような顔でこちらに近づいてきた。
「まァ、こいつだな」
目の前まで来たかと思えば、そう言ってスルリと側頭部に手を添えられ、その逞しい胸に頭を引き寄せられた。
え、手慣れ過ぎこわ、…とかいってる場合じゃない。何を言ってるんだこの人は。え、なにコレどういうノリで?てか絶対イジリ倒されるやつじゃんか。
と、名前が瞬時にそこまで思考を巡らせると、思った通り、その言葉に周囲は大いに湧いた。
「なんだ、名前かぁ!」
「特別って、そういうことですかい!」
「やっぱりかァ!隠してんじゃねェよお頭!」
「名前おめぇソレどういう顔だよ!」
ヒューヒュー!と古典的なガヤが飛んできて、停止していた名前の思考はハッと動き出した。
チラリとその顔を覗き見れば、シャンクスは明らかに悪ふざけを楽しんでいるような表情をしていて、特別という言葉に恋愛感情的な意味合いは含まれていないだろうことがわかった。
落ち着け落ち着け、酔っ払いの悪ノリだ、と自分に言い聞かせ、引き寄せられていた胸からパッと離れる。
「…またわけわかんないこと言って。…お客さんだからとかそういうことですか?」
内心バクバクしながらも、平静を装って尋ねると、シャンクスがムッとしたような、呆れたような顔をした。
「そんな小せぇこと気にしねぇよ。つーかお前は仲間だっつったろ」
「え、じゃあなにがどうして、」
名前が困惑の表情を浮かべていると、シャンクスは意地悪そうに笑って言った。
「さぁな、考えてみろ」
二人がそんなことを話している間に、周囲の会話のネタは移りかわっていき、また周囲の人間自体も入り乱れて入れ替わり、答えを聞けないままにあれよあれよと宴の時間は過ぎていった。
すっかり夜も更けた頃、名前は酔いを覚まそうと夜風に当たりながら歩いていた。
ふらふらと船内後方のヤシの木の下あたりまで歩いて行くと、見慣れたシルエットがぼんやりと視界に入り、ふと足を止めた。
「………シャンクスさん?」
「……ああ、名前か、どうした」
「酔い覚ましです。シャンクスさんは?」
「おお、オレもだ」
そう言ってニヘラと笑うシャンクスは、明らかに酔っ払いだった。あ、これたぶんめんどくさいやつだ、と察して、思わず一歩後退る。
酔い覚ましと言いながらもその手には酒瓶が握られていて、これでは永遠に酔いが覚めることはないだろう。
「あー、…すみませんお邪魔して。わたしもうちょっと夜風に当たってきますね」
「いや、…行くな、こっち来い」
そう言ってポンポンと自分の隣を示す酔っ払い。
これは相当に回ってるなと、半分は面倒くさそうだなと思いながらも、もう半分は心配な気持ちもあって、とりあえず隣に腰を下ろすことにした。
「…シャンクスさん、飲み過ぎじゃないですか」
「ん?ああ、……もっかい言ってくれ」
「…?、飲み過ぎじゃないですか?」
「その前だ」
「…………シャンクスさん?」
「ああ、それだ」
シャンクスは目を伏せて、一人納得したように笑みを浮かべた。
それに引き換え、名前は?マークでいっぱいだった。何言ってんだこの酔っぱらいは。
「…何言ってるんですかこの酔っ払いは」
思わずそのまま口に出した名前の困惑した顔を見て、シャンクスはダッハッハ、と笑った。
「…な、何笑ってるんですか」
「……さっきの、特別っていう、理由な」
突然素面かのように話し始めたシャンクスに、名前は首を傾げた。
「お前だけが、俺の名前を呼んでくれるからだ」
目を細めてそう言うシャンクスに、そうだったっけ?と考えを巡らせてみる。そう言われれば確かにそんな気もする。
「…確かに、みんな“お頭”ですね」
「あァ」
「や、でもうちの船以外では…」
と言いかけて、あ、“赤髪”か、と思い至る。
言われてみればそうかもしれない、と一人納得していると、シャンクスの顔がズイと近づいてきた。目の前で赤い髪がさらりと揺れる。
「…全然呼んでもらえなくて、俺の名前が可哀想だと思わねェか?」
「…………はぁ」
わざとらしく悲しそうにそう言うシャンクスに、思わず眉間に皺がよる。何を言っとるんだこの人は。
まぁ確かに、名前というものは自分だけの特別な所有物であることは間違いないし、全然呼んでもらえなければ寂しいものなのかも…?いやそうか…?
名前が至極真面目にそんなことを考えていると、シャンクスは微かにクスリと笑った。
「つーかな、敬称やめねぇか?」
「え、」
「さんとかいらねぇよむず痒い」
「…いや、呼び捨てとか……ちょっと無理ですね…」
「敬語もやめろよ」
「え、いや無理ですって…」
「いいから、ちょっと呼んでみ、ホラ」
「は?!いや意味わかんないです」
呼べと無理の応酬が続く。
ああこれだから酔っ払いの相手は面倒なんだ…と溜め息混じりに視線を逸らすと、その反応が気に食わなかったのか、突然ガシッと頬を掴まれた。
大きな手が両頬に添えられて、顔が固定されて逃げられない。その髪が名前の顔に触れそうなほど、端正な顔が間近に近づく。
「な、なん…?!」
「言えたら離してやろう」
目の前の男がにっこりと言う。非常に憎たらしい。
至近距離で目を合わせているのが恥ずかしいやら緊張するやらで、名前はとっさに視線を下げた。
「ん?」
優しげな、でも色気のある声が、早く名前を呼べと促す。頰が熱い。アルコールのせいか、この声のせいなのか、なんだか頭がクラクラとして、名前は視線を泳がせた。
離してもらえる気配は、まるでない。
「………………………………………………………シャンクス………………………………………………………………………………………………………………………………………さん」
……気力を振り絞ったが無理だった。
なかなかシャンクスの反応がないことに、気恥ずかしさよりも、ああもう何なんだ、と少々怒ったような気持ちが込み上げてくる。視線を上げれば、シャンクスは笑いを堪えているような、でも心なしか嬉しそうな、なんとも言えない表情をしていて。
「お前……………りんごみてェだ。真っ赤で、可愛いな」
と、吹き出して笑った。
その瞬間、名前が堪えていたものにピシッと亀裂が入る。
「もおおおおおおおおお!!!!離してください!」
こちらは緊張に耐えて気力を振り絞ったというのに。
怒りに任せて頰を挟んでいた両手を引っ掴み、その手を勢いのままにどりゃあ!と投げ捨てた。
シャンクスは一瞬少し驚いた顔をしたが、名前のその行動を受けてさらに爆笑している。
「いや悪かったって、もっかい頼む」
「絶対嫌です!!!!!!」
「なァ」
「絶対無理です」
「……名前?」
またもやスルリと手が伸びてきて、その手が右頬に触れた。と、同時にまたもや引っ掴んでペイッとぶん投げてやった。もうその手には引っかかりませんからね!という意思表示だ。
「未来永劫敬語かつ敬称つけて呼んでやりますからね!!!」
「ダッハッハ、まぁそう言うなよ」
怒られているのにも関わらず、嬉しそうに笑っているのが憎らしい。おそらく名前の怒りは1ミリも伝わっていない。
「未来永劫…な、一緒にいてくれるのか?」
「?!?!」
そ、そういう意味じゃなくて…!と、反論する名前の髪に、シャンクスの右手がそっと触れて、やさしく梳いた。そしてそのままその一房の髪に、そっと口付ける。
(いや臆面もなくコレできるのすごくない…?)
その流れるような手際の良さに、若干の冷静さが戻ってきた。そしてふと、自分がこの船を降りたら彼の名前を呼ぶ人はいなくなるのか、という考えがよぎった。それはそれでなんだか可哀想なような気もしてきて。その伏せられたまつげをじっと見つめた。
名前が動きを止めたことに気づいたシャンクスも、ゆっくりと視線を上げた。ふたつの視線が至近距離で交差し、髪を弄っていた手が、指先で首筋をなぞるように移動してうなじに回される。名前の反応を伺っているような、でもまっすぐなその瞳に射抜かれ、名前は目を逸らすことができずにいた。
その口元へと、シャンクスの唇がゆっくりと近づく。吐息がかかるほどの距離。その視線に捕らえられたかのように、名前が身動きできずにいると、真っ白だった名前の脳裏に、一つの言葉が浮かび上がった。
『今回は何人食ったんですか?!』
瞬間、名前は勢い良く後退った。
(今回“は”って何!“は”って?!)
毎回“そう”だから、今回“は”なのであろう。
あっぶねー流されるところだった、とシャンクスをジロリと見返す。別に船員に呼ばれなくても各地の女性に名前呼ばれてるじゃん、と思うと、先程少しでも可哀想に思って流されそうになった自分に腹が立ってきた。
「…そういうことは、各地でお名前を呼んでもらってる女の人にしてくださいね?」
そう言うと、シャンクスは一つ息を吐き、名前の隣に座り直した。
「っンと、つれねェなぁ」
「うっかりするところでした」
「…そんなモン、いねェんだけどな」
「ハハハまさか」
そんな不毛なやりとりを重ねた後、話はコレで終わりだと言わんばかりに、「じゃ、潰れて寝ないでちゃんと部屋に帰ってくださいね」と言い残して名前はさっさと部屋に戻ってしまった。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送りながら、シャンクスは溜息混じりにポツリと呟いた。
「今は、ほんとに、名前だけなんだがな…」
その呟きは風にかき消されて、名前に届くことはなく。
ここにベックマンあたりがいたら、「日頃の行いだろ」などと言われそうだ。と、シャンクスは夜空を見上げ、自嘲の笑みを漏らした。
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